男装の麗人に婚約破棄を告げる!
江本マシメサ様主催『男装の麗人小説企画』に参加させていただきます。拙いですが賑やかしになれば幸いです。苗字が被っててすみません。
「エタイア辺境伯令嬢シモーヌ! お前との婚約を破棄させて貰う!」
茶髪茶目の、多少強いくらいで凡人のこの俺、レッドラト伯爵子息ブフネリーが目の前の麗しき婚約者シモーヌに告げる。
ここはさる公爵家主催の舞踏会の会場。
内容が内容だ、俺の上げた声に周囲の注目が集まる。
「おやブフネリー、何故でしょう?」
シモーヌは一笑に付すと言った風情で俺を見る。優雅さと余裕に満ちた笑み。その瞳には好奇心の色さえ浮かんでいる。
「お前が! 俺が誘おうとしている令嬢をことごとくかっ攫っていくからだ!!」
そう。シモーヌは女性だが男前だ。風貌はまるで王子様で、女性の理想を体現したと言っていい。
柔らかな金色の髪を撫でつけて後ろに束ね、瞳は朝焼けから作り出したような紫。背はすらりと高く、靴によっては俺を追い越す。
所作は優雅でまめな気配りが出来、女性がこうされたいと思うような優しいふるまいを自然にする。
話し上手で聴き上手。その上共感性が深く、女に悩みを相談された男にありがちな単なる解決手段を羅列するような味気ない返事なぞせず、心から「それは大変でしたね」とか「とても嬉しいですね」とか、相手の女の感情に合わせて感情深く一緒に一喜一憂してやれるのだ。共感されたほうはもっと一緒にいたくなる。
本人は女なのだが、女に人気が出ない訳が無かった。
「お前知ってたろう! 俺がそのお嬢さんをダンスに誘おうとしてるのを知ってて先に誘ったろう!? その上で殊更滅茶苦茶情熱的に踊りやがってこの場にいる観衆のほとんどがお前に見惚れたわっ! その上でその女性を誘える勇気のある男がこの会場にどれだけいますかねーっ」
「何です人聞きの悪い。私はただ今夜はこの美しいお嬢さんと踊ってみたいと思っただけですよ。後から来て無粋なことを仰るのは男を下げると思いませんか?」
シモーヌが、連れの女性の腰を抱き引き寄せる。女性はみるみる頬を染めてゆく。彼女の瞳は最早恋をするまなざしで、シモーヌに抱かれたその様子がとても絵になる。観衆の女性たちから黄色い歓声が上がった。
「ほら、彼女は私の腕の中でますます美しい。――貴方は、彼女を美しくすることが悪いとでも?」
「悪いわっ! ――お前は女だろ! 女は女の格好をしろ、踊る時は女側で踊れ! なんでいつもお前は男として踊るんだ!」
「貴方と踊る時は女性役で踊っていますよ?」
連れの女性の手を取り愛でるシモーヌ。シモーヌの艶のある唇が可憐な令嬢の頬につきそうでつかない。普通の男がすれば過度の接触過ぎてマナー違反だろうがこいつがやると許される。
「ああ、確かに女性側で踊っているな。男の格好でな!」
「何か問題が?」
「何も問題ないと言わんばかりの態度を取れるお前は凄いなーっ!」
「では今度貴方が女性役で踊ってみますか? 完璧にリフトをして差し上げる」
くつくつと意地の悪い笑み。美しいから性質が悪い。想像して俺は鳥肌が立つ。
「そんなもの見たい奴はいないし、俺は男色家じゃないからそういうのは勘弁願いたい」
「見たがる女性は結構いるんですけどね。私は女です、だから男色は関係ありません、何も問題はないですね?」
「あ・る・に・決まっているだろうがーっ!!」
俺の声が大き過ぎてこれまで動いていた場も固まる。
「咲き誇る花たちの前です、私たちの喧嘩はいつもの事ですが抑えて下さいブフネリー、皆を怯えさせてしまう。婚約破棄はしません、貴方は強い。貴方の武勇、貴方の人生は我が辺境で一番光輝くはずだ」
「俺を婿に望むならなんでこんなっ……」
「好きな子は苛めたくなるものでしょう?」
好きな子という言葉に、きゃーっと観衆の女性たちが黄色い悲鳴を上げる。やっぱりシモン様はブフネリー様を愛しておられるのねとかなんとか勝手に感激されて。あ、シモンってのはこいつの取り巻きが呼ぶこいつの愛称です。
「~~~~~~っ!!」
俺の顔が赤くなっていくのが分かる。止められない。こんな俺が何を言っても完全に負け犬の遠吠え。
落ち着け。
「……皆様、頭に血の昇った若輩者が場を壊し大変失礼をいたしました。どうか引き続きお楽しみください」
これ以上惨めになりたくなかったので周囲の固まった客に詫びの言葉を口にする。
俺が皆に非礼を詫びると、俺の荒げた声で止まってしまった時が再び動き出した。
「……失礼する」
踵を返して現場を立ち去る。俺が先に帰ると一緒に来た婚約者のシモーヌの帰りの足が無くなるが、あいつは取り巻きの女性たちにいくらでも送って貰えるだろう。
シモーヌは先程の令嬢の頬に軽くキスをして(周囲の女性たちから歓声が上がった)惚けさせたところを母親らしい女性に任せ、俺を追って来る。
「待って、ブフネリー」
「なんだよ」
「まだ貴方と踊っていません」
「お前さっき俺が婚約破棄を申し出たのを分かってるか?」
「ええ、分かっていますよ怒った顔も可愛過ぎる愛しいひと。ちょっと目移りした女性を女である私に取られて悔しくて勢いで言ってしまっただけでしょう? あなた勢いで色々言いがちな所のある人だから」
シモーヌは「貴方が本気でそうするならまず父親同士で話を進めるような、もっと確実なやり方を取る筈です」と言って余裕に満ちた笑みで笑う。ふ、ふん、愛しいひととか言われても誤魔化されないからなっ!
「男装したお前と踊るの、俺は嫌なんだからな?」
「ほら、旅の恥はかき捨てと言うではありませんか」
「王都は思いっきり俺の地元ですうーっ!」
婚約者と踊らず帰るのは確かに非礼だがこいつの格好が格好なので俺は許されるだろうと俺は思っている。
なのに、男装の麗人シモーヌは俺の手を取る。その取り方は女性の振る舞いかたで。
「踊りましょう」
どきりとするような美しい顔――ただし思い切り男の装いだが――で俺を踊りに誘うシモーヌ。
「くっ、ここで、ここで応じてしまうから俺はきっとまた同じ目に遭うんだ!」
「いいから、ね、機嫌を直して? ブフネリー」
男同士で踊るように見えるのだ。いつものことではあるが好奇の視線に晒される事が分かっているのに。
でも俺はその手を、いつもと同じくまた拒めなかった。触れる手からじわりと体温が伝わって来て俺の心をちりちりとくすぶらせる。
今回は婚約破棄なんて言葉を使ってしまったから余計注目を集めたが、こいつと仲違いをするのはいつものことで、その後こうして共に踊るのもいつものことで。
曲が始まる。俺たちは動き出す。優雅に、男の装いで女の踊りを踊るシモーヌ。男性の上着を着ていても、俺と絡め合う腕の動きはたおやかで、踊っている今は女性に見える。
ああ、今、こいつは俺だけを見ている。
こいつと踊っているといつも感じる。周囲に沢山人はいるのに、取り巻きの女性たちからも黄色い声が上がっているのに、まるで世界は俺とこいつだけになったみたいに、こいつに全身全霊で俺と言う存在を感じられている。
取り合う手、絡める腕、音楽の合うタイミングで合わさる指と指。俺以外を見ていない紫の瞳。
彼女の腰を持ち高くリフトをして下ろすときに、唇と唇が触れそうな位の距離をかすめて情動が胸を駆け抜ける。
鳥たちがキスをするように優しく右手を何度も触れ合わせながら、美しい紫の瞳に捕らわれる。
じゃん、と音楽が止む。
男の姿なのに、弓なりに反るポーズをしてもこいつは美しい。
上がる拍手。ファンの女性たちから上がる声。礼をするシモーヌはもう男の振る舞いだ。ドレスの裾がないから仕方ないが。
俺は男装のこいつをエスコートする。こうして俺は、なし崩し的に今日もまたこいつの婚約者を続けるのだ。
空気を吸いに外に出る。
今夜の月はいやに白いなと思っていると月の光に金髪を煌めかせたシモーヌに囁かれる。
「ねえブフネリー。明日、時間はありますか?」
明日は休日だ。
「無いわけでもないけど、何だよ」
「デートしましょう」
俺はさっきあんなに激高して婚約破棄まで口にしたのに。シモーヌに相手をされて明日も誘われて、それだけで胸の奥の、地の底で煮詰められたような何かが霧散する。胸の疼きを抑えながら明日の誘いに応じた。婚約破棄はやはり一笑に付されたようだ。
俺はちょろい。それが悔しい。
++++
「で、お前から誘って来るくせにやっぱりいつもの男装なわけだな?」
「それはお分かりだったのでは?」
くすりと笑う彼女はの貴公子そのものだ。気品と麗しさの溢れる物語の中の王子さま。紺の上着とかっちりした黒の帽子、黒いジャボを金のブローチで止めている。
別にその装い自体が嫌いな訳じゃない。こいつが本当に男だったら友人になれたかもしれない。昨日は当て擦りのような行動をされて激高してしまったが。
ただ、普通の女性としてのドレスだったら、きっと凄く綺麗なのになと思えて残念なだけで。
俺の家の馬車で移動する。王都に自宅の無いシモーヌは通っている学園の寮暮らしだ。迎えに行ったら女子寮のシモーヌファンにきゃあきゃあと見られること見られること。
シモーヌの行きたい場所は流行の菓子店だった。カフェにもなっていて、語り合いながら店の菓子を頂く事が出来る。
他人から見れば女性も連れずに野郎二人で甘いものを食いに来ている妙な男達だ。それでも美麗なシモーヌなら許されるだろうが俺は浮いている自信がある。
シモーヌが勧めて来たケーキと紅茶を注文する。
「ここはお嫌でしたか?」
「いや」男だって甘いものは好きだ。慣れないが嫌な訳じゃない。「家に居たって親の同意を得ない俺の勝手な婚約破棄騒動で謹慎を言い渡されるだけだしな。当のお前から誘ってくれて助かったと言わなくもない」
今一煮え切らない言い方なのはそもそもの問題がこいつが男装なぞしているせいだからだ。
「良かった。辺境にはこんな洒落た店はありませんからね。王都にいる今の内に堪能しておきたくて。――貴方と来れるのを楽しみにしていたんです」
「――っ」
落ち着け俺。こいつはきっとどの女にも同じ台詞を言っている。
「私がこんなことを言う男性は貴方だけですよ?」
今度こそ俺は軽く噴いた。多分近くのテーブルの婦人達に聞かれている。
「お前、他人にどう聞こえるか考えろよっ!!」
「ふふふ、顔を赤らめて可愛い、ブフネリー」
「~~~~っ!!」
ガタ、と思わず俺は軽く立ち上がってしまった。
こいつはこういう奴だ。全部分かった上で俺をからかっている。
「俺をからかうな」
「なら、その最高に可愛い顔を止めていただけます? ますます苛めたくなるのですが」
「そういう物言いも止めろ! 学園内で俺が特殊な趣味扱いされるんだ!」
「ほら、注文の品が来ましたよブフネリー。座って下さい?」
にや、と美しい顔が黒い笑みを作る
「座らないなら私の膝の上に座らせますよ?」
「だから性質の悪い冗談はやめろと言ってるだろうがっ!」
周りのテーブルの女性たちがちらちらと俺たちを見る。居たたまれない。そんな俺の様子をシモーヌに眺められ楽しまれる。
本当に、こいつといると俺は調子が狂う。笑って流しておけばいちいちからかわれなくて済むだろうに、どうして俺はムキになって反応してしまうんだ。
ケーキを一口食べる。口の中にナッツ類の風味のするムースと酒で湿らせたスポンジの味が広がる。下の砕いた固めのクッキーか何かは苦い別の酒の味。何だこれ超好み。
「美味い、なんだこれ」
「良かった。貴方、お好きだと思っていたんですよね。食べさせてみたかったんです。念願叶いました」
シモーヌは破顔する。こいつは他人の喜ぶ顔を見るのが好きだ。今多分俺はみっともない位喜んでいるんだろう。だって美味いんだもん。俺は湿らせたスポンジが好きだ。美味い。舌の上に幸せが広がる。そして俺が好きであろう物を俺に食べさせたいというシモーヌの気持ちは嬉しかった。
紅茶を飲みながら、俺達は色々な話をした。俺達の通う学園の話、クラスメイトがした少し馬鹿で笑える話、今課題にしている強化魔術の新しいアプローチ。シモーヌは女性たちの噂を教えてくれる。
ちょっとトイレに席を外して戻ってみればシモーヌは女性たちにきゃあきゃあと囲まれていた。一人一人を愛でるように余裕で笑うシモーヌ。お前は蟻の巣の前に落とした砂糖か何かか。
群がる女性たちをなんとか解散させ、シモーヌを送るためにうちの馬車に乗る。
「お前は爆発すればいいと思う」
「何ですそれ」
「世のもてない男子の恨みを思い知ればいい。神は何故特定の一人に多くをお与えになるのか」
(貴方はお気づきでないみたいですが、貴方だって、随分お嬢さんがたの視線を攫っているんですよ?)
シモーヌが何か呟いたが馬車の音にかき消されてよく聞こえない。
気配が動くのを感じて、道すがら外を見ていた俺の視線を戻すと、シモーヌの顔が近い。
男装しているとは言え美しい顔がすぐそばにある。シモーヌの、崩さずにきちんと上まで止められた詰め襟とジャボの下にある首の細さは注意を払わないと分からない。この細さを知っているのが俺だけだったらいい。
「ねえブフネリー、私がドレスを着ていたら他の女性と踊らない?」
「そうしないこともない」
どきどきと焦げつきそうになる胸を押さえるのに必死で固まっていると、ちゅ、と頬に唇を付けられた。
――ああ、ご期待通り今俺は真っ赤だろうよ!
「言質、取りましたよ?」
いたずらが成功した、と言うような顔で目を細めるシモーヌ。
女だと知ってはいるが男装している今は線の細い男に見えるのに、何で俺は動悸が抑えられない。抑えられないからシモーヌにからかわれて遊ばれるんだ。すぐ赤くなるのが可愛いとか言われて。
シモーヌを学園の女子寮まで送って、その夜は俺はホモじゃない俺はホモじゃないと呟きながら眠る羽目になった。
++++
今日も舞踏会だ。俺だけではなくシモーヌも招待されている。
「なあブフネリー、お前シモーヌ嬢に婚約破棄を申し出たんだろ? 俺エスコート申し込んでいいかな?」
「あ”?」
声をかけて来た学園の知り合いは、ごろつきみたいな声で威圧するだけで逃げていった。シモーヌを誘いたいなんて、奴はホモだったのか。
シモーヌは一応婚約者なので馬車で迎えに行ったら、奴は女装していた。いやこの場合は女装とは言わないのか? こいつが王都に来てから女の装いをしているのを見るのは、王都に来てすぐ俺の父に挨拶に来て以来、実に久しい。
木漏れ日で編んだような金の髪を上半分は編み下半分は下ろし、青いドレスもアクセサリーもかつて俺が贈ったもので、首で布を支え肩と腕を出すドレスは長身で肩幅のあるシモーヌを品良く彩っている。失敗すれば寂しいと映るであろう胸元も、芸術的な細さで雰囲気があり、魅力の一つとすることに成功している。
一目見たときは美し過ぎて軽く呆けた。
――これを、俺が、エスコートしていいと?
なんとか彼女に手を差し出し、馬車までエスコートして、何を話したかも覚えていない。俺が何かを呟くと何やら距離を詰められて耳元で何か囁かれて死ぬかと思った。
奴にのぼせ上がる女性達の気持ちが分かってしまった。
会場に着いて、女の装いのシモーヌを見て何故だか更にきゃあきゃあ叫ぶ女性たち。普通の格好をしただけで見せ物として成立するシモーヌには是非生き方を反省して貰いたい。そんなものを期待するだけ無駄だが。
「踊りましょう、ブフネリー」
シモーヌに手を取られる。
女の格好をしている――しかも間違いなく会場で一番美しい――くせに、男がする手の取り方、だと!?
観衆の女性たちからきゃーっという声上がる
「おいっ! 俺に女役をやれってことかよ!?」
「だって普通に踊っては面白くないじゃないですか。私達ですよ?」
「女の踊りなんて分かるか!」
「この曲は貴方の運動神経なら大丈夫。期待していますよ、武術成績通年一位さん」
「や、やっぱり婚約破棄してやるっっ!」
「はいはい、私も好きですよブフネリー」
「お前頭沸いてるんじゃないのかっ!?」
「貴方、さっき馬車で私に好きだと囁いたの分かってます?」
「はっ!?」
はあ!? 何してんの俺? 何してくれてんの記憶も朧気な俺ぇっ!?
「嘘ですよ」
「~~~~っっこの、性悪っ!!」
「ふふ、その顔、最高に可愛い」
思い出したくもないので詳細は割愛するが、結局、男女逆で踊った俺達は中々に会場を沸かせた。強化魔術で男をリフトできる美貌の女とか、世の中はどうなってるんだ。
今日は何故かシモーヌ取り巻きの女性達も囲まずに距離を置いてくれているので俺はシモーヌとテラスで風に当たる。
「私はきっと嫉妬深いんでしょうね。婚約者が他の女性と踊れば何だかもやもやするんです」
風が、下ろされているシモーヌの髪を揺らす。男装時と違い束ねられていないので何だか新鮮に感じる。
「でも女性を悪く思いたくない。女性は皆愛すべき存在です。だから私はああいった、貴方から略奪するような方法を取ってしまうのだと思います。ねえ、複雑な乙女心なんですよ、分かって下さい私のブフネリー」
乙女ってどこにいるんだろうな、とつっこみたいが今の彼女が乙女そのものなので切り込んで行けない。
「そして私以外の女性を見ないで?」
自分が女性を侍らせているのに俺は女性と踊っては駄目だと言うのかこの女は。
「……頼むから女として生きてくれ。それなら俺はお前以外と踊らない。何でいつもお前は俺より男前で、ドレスじゃないんだ」
「だって私は貴方と肩を並べて強くいたいから。いつまたホブゴブリンに囲まれるか分かりませんし。私だけ逃がされるなんてもう御免なんですよ。私は共に戦いたい」
「……ここは王都だ、魔物はいない」
俺はその言葉で、昔の事を思い出す。
~~~~~~
俺、ブフネリーは魔力のクソ強い子供だった。身体強化魔術を習ったはいいが、力があり余り悪さばかりしていて、ならば魔物を倒して人類のお役に立って来い、と魔物のいない王都の実家から魔物とシモーヌのいる辺境に預けられたのが九か十の頃。
その頃はまだ動きやすいが女と分かる装いをしていた、同い年のシモーヌと遊んでばかりいた。シモーヌもよく突っかかって来たしな。
その頃から既にシモーヌの美貌は格別だった。俺は密かに騎士として、忠義を誓う姫君に出会った気分でいた。
ある日、行ってはいけないエリアだがいつもは安全な筈の平原に行き、ホブゴブリンの小集団に囲まれて、ここへ誘った私が悪いのだから私を囮にして早く逃げろと言うシモーヌを背後に追いやり、戦うのは男の役目だお前が逃げろと彼女を逃がしてホブゴブリンどもと戦って。
シモーヌが大人を連れて現れるまで俺はなんとか生き残っていた。というかホブゴブリンを逃走させることに成功した。ヘマをして大怪我をしていたが。
回復魔術で回復され、二人してさんざんこってり怒られた後で何故かシモーヌに求婚されて俺も応じた。お互いの父親も仲が良いのですんなり婚約が成立した。嬉しかった。
――俺を忘れないで、俺のお姫様。
そこで生まれて初めてのキスなんかしちゃったりして。いつかまた逢うのを楽しみに実家のある王都へ戻って。
王都の学園で学んでいた十五歳のある日、シモーヌが学園に編入して来ると聞いて俺は逢えるのをとても楽しみにしていた。
どれだけの美姫に育ったか、俺の姫君を心待ちにしていた俺は、現在のような男装の麗人と化していたシモーヌを見てそれはそれは驚いた。
「だって貴方、あの時、戦うのは男の役目だと言って私を逃がしてしまったでしょう? 私はそれが悔しくて男性になりたくなったんです。だって肩を並べて戦いたいじゃないですか、私は、あのとき貴方だけに戦わせて大怪我をさせてしまった事を悔いている」
綺麗な顔でそうのたまう彼女を俺はどうすれば良かったのか。
シモーヌはたちまち学園の王子になった。少し歩けば女生徒たちが憧れのまなざしで彼女を見つめる。
女を侍らせるイケメン(女かつ婚約者)。
爆発しろ。俺の姫君はどこに行った。
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「お前、まだあの時の事気にしてるのかよ。気にするなって言ったろ?」
「……でも、傷」
「俺の体の傷なんか勝手にどんどん増えてるよ。あれ以来多対一での戦いを常に想定するのが趣味みたいになっちまったしな。それに、お前は辺境伯長女で跡継ぎ予定。俺は伯爵家の三番目で何も継ぐ予定が無い。どっちの命が重いかなんて明白で、あの時の選択はあれで良かった」
女でも爵位は継げるしシモーヌは他に兄弟がいないので辺境伯の後を継ぐ。そして俺は婚約破棄をしなければそこに婿入りするのだ。
「怖いのは、これからなんです。辺境領主の務めなんて魔物討伐がかなりを占める。きっと貴方はいつかまた同じ状況になったら、私を逃がして貴方が残ろうとするでしょう」
「まあ、そうするだろうな」「嫌なんです」 食い気味に言われる。
「嫌なんですよ。足手纏いにならない戦いの実力はつけたつもりです。貴方の側で戦わせて」
「ま、もうあんな状況作らなければいいだけだ、未来の辺境伯サマ。魔物討伐時には兵士を沢山つけてくれるんだろ?」
「それは勿論」
「じゃ、俺と一緒に戦いたいからなんて理由で男の格好なんかする必要ねえよ。人数がいればヘマなんかしない。お前は司令塔、大将になるんだから大人しく守られておけ、でないと俺の口がすべっていつか婚約破棄しちまう」
「婚約破棄も嫌です」
「じゃあ守られて、俺が贈ったドレスを着ててくれ」
「でも貴方をからかうのも捨てがたい」
「お前はその性質の悪い趣味が無ければなあ」
「貴方が最高に可愛いからいけないんです」
「――っ、これでも俺はお前に好かれてるんだよな? お前一体俺のどこが好きなの? 学園一の麗人のお前が俺に惚れる理由ある? まじ分からねーんだけど」
シモーヌは笑って、ブフネリーは馬鹿ですねと言う。おう俺は馬鹿だぞ。
「私を助けてくれたあの時から、貴方は私の王子様なんですよ?」
「王子様から王子様と言われてしまった」
「ブフネリー、好きです。まずそのシンプルな強さと胆力が好きです。その強さは我が辺境でどれだけ輝いてくれるのか楽しみです。私が急に無茶振りしてもついて来てくれる運動神経も素敵です。私と喧嘩をしようがなんだかんだ律儀に送り迎えしてくれるのも好き。私に妙な男性が近づかないように密かに威圧してくれているのも好きです。からかうとすぐ真っ赤になるのも貴方は不本意でしょうが凄く凄く可愛い。ずっと軽口を叩き合いたい。貴方はすぐ御自分の事を私に見劣りすると言いますけど、その茶色の瞳を私はずっと見ていたくなるんですよ」
シモーヌが俺に唇を寄せてくる。
「……俺も、お前が好きだよ。お前がドレスを着続けてくれたらだけどな」
ああ、なんだかんだ言って、俺もこいつが好きなんだよ! 大抵の魔物には何も感じないのにシモーヌに好きと言われて嬉しくて震えて、しかもそれをシモーヌに知られるのがとんでもなくこわい。くそ、俺はちょろい、まじちょろい。ええい勝手に俺の赤い顔を楽しめばいい!
触れ合う唇は、慣れない紅の味がした。
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その後、結局そのまま婚約破棄することなく学園を卒業後辺境で結婚した俺達は、三男二女を儲け、シモーヌは爵位を継ぎ、俺は辺境の魔物をよく討伐して民の安寧を守った。
末の娘が一番美しいくせに男の格好ばかりしたがるので行く末を心配している。
子供を産んで女性らしくなったシモーヌは流石にもう男装はしない。けれどシモーヌは未だに性質の悪い冗談で俺をからかう。一度子供が「とうさまをいじめちゃだめです」と庇ってくれたが、「こういうのは『けんかっぷる』と言って、一種の仲良しなんですよ、犬も食わないって言うんですよ」と長女に諭されてその庇護も失った。どうしてこうなった。
けれど、あの時婚約破棄を笑って流されて良かった、と俺は思っている。美しい妻と子に恵まれて俺は今幸せだ。
かつてホブゴブリンに囲まれたあの時と同じ状況になったら、まず子どもたちを逃がして、やっぱりシモーヌも逃がすだろうけれど、な。
お読みいただきありがとうございました。
検索したら婚約破棄と男装の麗人を組み合わせたものは多分無かったと思うのですがもしネタ被りあったらすみません。
婚約破棄がしてみたかった、企画を目にして思いついてしまったのでつい。