第7日目(日曜日) 安息日
僕はみさきちゃんと手をつないだまま話をしていた。
「ねぇ、ユウ。」
「何? みさきちゃん。」
「うん、あのね…。」
「非常に申し訳ないが、ちょっといいかな?」
唐突に聞こえてきたのは、悪魔さんの声だった。
「人間にも力があるんだな、知らなかった。」
え? 力? 何言ってんの、このひと。それにすっごくいいところなんですから、邪魔しないでください!
「そうか、気が付いていないのなら大変残念な知らせになるが、これは夢だ。君が見ている夢に干渉しているんだ。…あ、起きなくてもいいよ。」
そうなんですか、やっぱりこれって夢なんですか。みさきちゃんと手をつないで話をしてるって、何かおかしいなとは思っていましたけど。
あれ、みさきちゃんの姿がどこにもない。代わりになのか悪魔さん(谷口先生)の姿がある。
「ユウ君、本当にありがとう。」
谷口先生に感謝されているみたいで、何か変な感じ。
「そうか、じゃあこうしよう。」
悪魔さんの姿がみさきちゃんに変わり、口調もみさきちゃんに変わった。
「あらためて言うね。ユウ君、本当にありがとう。」
さっきの百倍(当人比)は、感謝された気持ちが増した。
「ホント? 喜んでくれて嬉しいな。」
僕の方こそ、とっても嬉しいっす。って違うだろあんた。あなたは悪魔さんでしょ! ややこしいな。あー、その姿は両刃の剣だ。最高だが、最低だ。本物じゃないし、そもそも夢だ。夢ってわかっているのに続くっていうのもすごいけど。…ん、今こう考えているのも夢の中なのか? 夢って無意識で見てるんじゃなかったっけ? どうなってんだいったい?
「これは夢の中よ。本来なら自意識と無意識は同時に成り立たないんだけどね。今はユウの無意識が作った夢の世界に、ユウの自意識が存在しているのよ。普通は夢から覚めて、無意識から自意識に切り替わるんだけど、わたしがそうならないようにしているの。」
そうなんだ、みさきちゃん。って違うか、悪魔さんだ。
「起きてからよりも、この方が意思の疎通が早くできるの。だから、このまま話を進めさせてもらうね。」
谷口先生の姿よりも、みさきちゃんの姿の方が案外逆らいにくい。
「はい、わかりました。」
「ありがとう。」
と言って、みさきちゃん(悪魔さん)が微笑んだ。細かいことは、結構どうでも良くなってきた。
「ユウ君が勝ったから、わたしがこれから地球の生きものを育てていくことになったの。あの子は最近夢中になっている違う星の生きもののところに戻っていったわ。」
そうなんだ、神様は行っちゃったんだ。
「そう、これからはわたしがちゃんと育てていくから、安心してね。」
みさきちゃんの姿でそう言われると、何かものすごく子供扱いされてるみたいで複雑な感じがするんですけど。
「…で、これからが本題なんだけど。」
え、これから? しかも本題って何?
「ユウ君が目を覚ました時には、全部戻しておくことになるの。」
はい? 全部戻すっていったい何を戻すの? 最初からやり直すの?
「違うわ。わたしやあの子が…、悪魔と神が影響を与えた人間達の記憶に干渉するの。わたしたちがいなかったはずの状態に戻すの。」
ってことは、…さっぱりわかりません。
「具体的に説明すると、ユウ君とヒロシ君はみさきちゃんと陽子ちゃんとカラオケには行かないし、陽子ちゃんがユウ君に魅かれることも無かったことになるの。」
あ、そういうこと。いつも通りの状態に戻るってことか。
「うん、そうなの。だから、…言いにくいんだけど、みさきちゃんとのことも元の状態に戻るんだからね。」
あ、そうなんだ。…じゃないよ、そりゃないでしょ。僕頑張ったんだよ、それなのにひどいじゃないですか。
「でも、元に戻さないと後でいろいろ影響が出ちゃうの。わたしたちが干渉した痕跡は消しておいたほうがいいことなの。」
そう言われても困るんだけどなぁ。あれ? ってことは、僕も悪魔さんのことや、今までのことも忘れちゃうの?
「もちろん、って言いたいところだけど、それはユウ君の判断に従うわ。わたしはユウ君に勝たせてもらった借りがあるからね。どうする?」
もちろん、覚えておきたいよ。
「いいわ。じゃあ、ユウ君だけはわたしたちのことを忘れない。でも気をつけてね、他のみんなとはこの1週間の記憶が違うんだからね。」
うん、わかったよ、みさきちゃん(悪魔さん)。目が覚めたときには、元の状態に戻っているんだね、僕以外は。でも僕は、自分が頑張ったことを忘れたくないんだ。この1週間の出来事は、僕を大きく変えたんだから。
「そうね、ユウ君は変わったわ。わたしにもわかる。」
「ありがとう悪魔さん。」
「こちらこそありがとう、ユウ君。」
なんか照れくさいな。
「目覚める時がきたようね。わたしは君のそばにいるわ。」
みさきちゃん(悪魔さん)が優しく微笑んだ。
「優ちゃーん、日曜日でもそろそろ起きなさーい。もう朝御飯の用意はできているわよー。起きなさーい。」
母さんの声だ。さぁ起きよう!
カーテンを開けたらとっても良い天気だった。澄んだ青空が広がっていた。
「おはよう。あれ? 父さんは?」
「もう出かけたわよ。今日はゴルフだって。」
「そうなんだ。…そうだ、母さん話があるんだけど。」
「何よ、急に改まって。この前の電話の女の子と何かあったの?」
はい? 陽子ちゃんの事? 母さんの中では結構インパクトあったんですね…。電話があったことはそのままなんだ。
「全然違うよ。そうじゃなくってテストの話なんだ。」
「テスト?」
「うん。」
なんとなく母さんの目が怖くなってきた。
「…どういうこと?」
「あのさ、3教科はほとんど勉強しなかったんだ。実際に社会と音楽はもう返ってきたけど悪かったし。国語も相当悪い結果だと思うんだ。」
「どうして勉強しなかったの? …何かあったの?」
あれ、母さんがあんまり怒っていない。
「うん。実はさ、…説明はできないんだけどちょっとあってね。」
「…そう、教えてくれてありがとう。いいのよ、優君達の年頃にはいろいろなことがあるんだから。次はがんばってよ。」
あれ、なんだかとっても優しいんですけど。
「ありがとう、母さん。」
「いいのよ。…もしも、どうしても自分で解決できないような悩みや苦しいことがあったら、母さんに相談してね。わたしに言いにくかったらお父さんに相談して。優は独りじゃないんだからね。」
そんな大それた悩みは今のところありませんが。ありがとう、母さん。…なんだか照れくさいや。
「うん、わかったよ。そうする。ありがと、母さん。」
正直に話してよかった。これで心おきなく朝食を食べられる。
「今日の予定は何かあるの?」
「ううん、今のところは特に無いけど。午前中はとりあえず家にいるよ。」
「そう、母さんはもうちょっとしたら出かけてくるから。優君も出かけるのなら、戸締りはお願いね。」
「うん、わかったよ。」
母さんには悪魔さんの影響は無かったみたいで、特に今までとは変わりはなかった。変わっているすれば、クラスと部活のみんなと陽子ちゃんくらいだと思うんだけど、どうなっているんだろう。僕だけがみんなとちがう記憶(でも事実)を持っているのはいいんだけど、みんなの記憶はある意味偽物になっちゃうんだけど、どうやって整合性を取るんだろうか。
部屋に戻ると悪魔さん(谷口先生バージョン)がいた。
「それは君が気にしなければ、問題無いよ。」
「でもどういう記憶にしたのかを知っておかないと、僕が何か話をしたときにおかしなことになってしまうと思うんですが。」
「ああ、そういうことか。記憶を全部変えたりはしていないよ。それだとユウ君の言うように整合性を取ることが非常にややこしくなる。ユウ君の周りに関して言えば、審判の日以外はユウ君+私だからこそ起こったことを、ユウ君単独ならどうなっていたのかに置き換えたんだ。簡単にいえばいつものユウ君の周りで起こる反応にね。具体的には、審判のときにみんなの好みに合わせてユウ君の分身が会話をしたことと、同じようにしたんだ。今回はみんなの記憶にいつも通りのユウ君がいたとして刷り込んだ。ちょうどテスト週間で接触時間も短かったので、それほど難しいことではなかったよ。」
「昨日の審判の記憶はどうしたんですか? 土曜日に学校にクラス全員が集まるなんて普通は無いことですよ。」
「ああ、あれは学校に来たのではなくて、それぞれがあちこちに出掛けたことにしたんだよ。ユウ君も含めてみんな私服だっただろう。行き先はそれぞれに合わせたけど、そんなにたいした問題にはならない。誰かがどこにいたのかなんて、関係無い人間には印象にすら残らないものなのだから。」
「じゃあ、審判は全く無かった事になっているんですか?」
「そうだよ。それを認識しているのは、私達とユウ君だけだ。マコト君もヒロシ君も全く覚えてはいない。」
「前田や、浅井、佐藤と話をしたことも、あいつらの記憶には残っていないんですね。それにみさきちゃんと話したことも。」
「残念ながら、そうだ。ただ、少なくとも前田君とは同じ話はできる。私の存在の有無と関係の無い話だったからね。残念ながら浅井君と佐藤君との話は、私の知っている知識を話すことがあって成立した会話だったから、同じ反応を引き出すにはユウ君にもそれなりの知識が必要になるよ。」
それは当面無理です…。でも、あの二人にも、話をしてみよう。あいつらの話をもっと聞いてみたいし。
「ところで、ユウ君が一番聞きたいことだと思うんだが…。」
何ですか、思わせぶりに。
「みさきちゃんについてのことだ。」
僕が本心でどうしても聞きたいことはその一点だけです。みさきちゃんはどうなっているんですか? 僕はどこから始めればいいんですか?
悪魔さんが、あきれたように言った。
「少し落ち着きなさい。」
「すみません。でも、僕にとっては大事なことなんです。」
「そうだったな…。審判の時のことは、他のみんなと同じ様に記憶は変えられている。つまり、残念ながらあのやりとりの記憶はみさきちゃんには無いんだ。あえて言わせてもらえば、全く、これっぽっちも、微塵も、無い!」
そこまで僕の心をえぐる必要があるんですか? あの時みさきちゃんと話したことは、僕にとっては大切なことなのに…。
「よく考えることだ、ユウ君。そうすれば道は開かれるだろう。君の望んだ道が。道は決して閉ざされてはいない。」
どうしたんですか急に。口調が全く変わってしまって、神様の啓示みたいですよ。
「最後の審判で下されたように、神はもはや地球にはいない。今の言葉は、私の、悪魔と呼ばれたものからの啓示だ。私の話を注意深く思い返すが良い。そうすれば汝は望むところに導かれるだろう。」
なんで急に神様口調に変わったんですか?
「いや、一度真似してみたかったんだ。雰囲気出てたかな?」
そりゃあ、神様と悪魔さんは元は同じなんですから、きっと似ていると思いますよ。でも僕は本物の神様の啓示なんて、今まで聞いたことありませんから何とも言えませんよ。
「あぁ、そうだったね。では、ユウ君。」
「はい?」
「君の健闘を祈る。君の記憶は、経験は残っている。もう一度言うが、私が言ったことを、自分の周りで起きたことをよく思い出すんだ。そこに道はある。閉ざされてはいない。では、またね。」
そう言うと悪魔さんの姿は消えてしまった。
悪魔さんの言ったことや、僕の周りで起きたことを思い出せか・・・。
月曜日の朝が悪魔さんと初めて会った時だった。あの時はびっくりしたなぁ。あれからテスト勉強の調子が狂っちゃったんだ。学校で何かあったっけ? そうだ、マコトが誕生日で女の子たちからプレゼントもらっていたっけ。みさきちゃんがその中にいなくて良かった。でも、みさきちゃんとは別に話はしなかったな。
火曜日は、・・・そういえば朝みさきちゃんと話した。また、幼馴染って言われて、へこんだんだった。
水曜日はテスト範囲を電話で聞かれたっけ。そういえば、みさきちゃんから電話がかかってくるのって久しぶりだった。あの時は…、みさきちゃんに悪魔さんの影響は無かったはずだよね。最後に何か話したそうだったけど、何だったんだろう。…そういえば、ヒロシがみさきちゃんを誘ったのはこの日だったんだ。
木曜日のカラオケは悪魔さんのおかげだから、参考にはならないよね。あ、でもみさきちゃんを誘ったヒロシは関係なさそうだったな。陽子ちゃんが来たのは悪魔さんの影響だから間違いなく違うけど。あのときのみさきちゃんは…。隣に座るように誘ってくれたし、そういえば陽子ちゃんの僕への好意(偽物だけど)を見て、なんか怒ってたな。
金曜日はどうだったっけ? そうだ、教室でみさきちゃんが話しかけてくれたんだ。あの時はたしか陽子ちゃんの話が出て、その後は…。よく考えると、何か意味深なことを言われたような気がしてきたぞ。そうだ、家に帰ってからも、陽子ちゃんの電話の後にみさきちゃんから電話があったんだ。あの時は悪魔さんからアドバイスがあったんだっけ。
ん、ということはあの時かけてくれた電話は、悪魔さんの影響じゃなくってみさきちゃんの意思だったってこと?
いや、ちょっと待て。自分に都合よく解釈していないか? だって、そんなことが起きるわけがないよな、僕はみさきちゃんに振られたんだし。
違う、このままじゃダメだ! ひょっとしたら、明日地球は無くなってしまうかもしれないんだ。悪魔さんが地球の生きものを助けてくれたけど、悪魔さんは目を離さずに見守るって言ってくれてたけど、絶対なんて無い。中途半端なままで終わってしまうなんて、そんなのはイヤだ!
そうだ、今からみさきちゃんに告白しに行こう。また、ダメかもしれない。でも、もう一度自分の気持ちを伝えるんだ。
「・・・せっかく決意したところに水を差すようで大変申し訳ないんだが、手違いがあった。」
ど、どうしたんですか、悪魔さん。思いっきり水を差されましたよ。振り絞った勇気がしぼんじゃいましたよ。どうしてくれるんですか!
「申し訳ないが、さっきした説明を一部訂正しなければならない。今は何時だね?」
「え、9時30分ですけど。」
「あと、30分すると陽子ちゃんがここにやってくる。」
はい? なんで陽子ちゃんが? 影響が無いようにしたって言ってましたよね?
「そうなんだ。もちろん記憶は修正したよ。だから今日のデートの約束も、していないことになっている。…ここからが私には理解できないことなんだが、彼女は君に好意を持ち続けているんだ。」
すみません、僕にも全く理解できないんですが。
「彼女の記憶ではなく、感情といわれているものにユウ君が非常に強く刻みこまれたようなんだ。だから、彼女は約束を覚えているわけではなくて、ただ単にユウ君に会いたいからここにやってくるんだよ。」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。なんでみさきちゃんじゃなくって、陽子ちゃんなんですか?」
「そこなんだ。私はユウ君がみさきちゃんに好意をもっていることは分かっていたので、みさきちゃんには極力影響を与えないように注意深く対応していたんだ。だからこそ、以前と変わるようなことにはなっていない。…だけど、陽子ちゃんの方は後で戻せばいいだろうと少し安易に考えていたんだ。人間の感情っていうのは恐ろしいね。私には理解できない力があるようなんだ。これからはそういう面でも観察がおもしろくなってきたよ。」
何言ってるんですか、おもしろいとかそういうことじゃないですよ。陽子ちゃんは学年のアイドルなんですよ、このままじゃ、金曜日に部活で起きたような罰ゲームが続くってことじゃないですか。
「…もう少し、話に続きがあるんだが。」
何ですか、これ以上何があるっていうんですか?
「私はあの時、ユウ君が陽子ちゃんにとって魅力的に見えるようにしただけなんだ。」
はい? それはどういう意味です?
「つまり、陽子ちゃんの積極的なアプローチは、…彼女自身の元々のもので私の影響ではないんだよ。彼女は好きな人には積極的になるようだね。」
何を他人事の様に言ってるんですか。まずいじゃないですか、それこそ再現しちゃうじゃないですか。困るじゃないですか。
「何とか戻そうとはしているんだが、今のところうまくいっていないんだ。感情に刻み込まれたっていうこと自体、私には理解できないことなんだから。…それで、相談があるんだが。」
「な、何ですか? 悪魔さんから相談されるなんて怖いじゃないですか。」
「陽子ちゃんの好意を受け止める気はないのかい?」
「は? 陽子ちゃんの好意? 僕が好きなのはみさきちゃんですよ。」
「どうしてもかい? 君が陽子ちゃんの好意を受けてくれるのなら、このままにしておけばいいんだからね。」
「ダメです、何を楽しようとしているんですか、あなた悪魔さんでしょ。何とかしてくださいよ。それに陽子ちゃんだって、いつかは目が覚めますよ。だって、悪魔さんが僕を魅力的に見せたからなんでしょ。もうそんなの無いんですから。」
「まあ、そうだね。じゃあ申し訳ないが、陽子ちゃんが来る前に外出してもらうか、居留守を使ってもらえないだろうか。これ以上影響が広がると修正も難しくなってくるんだ。彼女の好意はもう少し何とかできないかやってみるよ。」
お願いしますよ、ホントに。何か頼りなくなってきたな、大丈夫なのかな?
「外に出て鉢合わせしても困るから、居留守にしますよ。出なければいいんですよね。母さんも出かけて僕だけだから、大丈夫ですよ。」
「ああ、頼んだよ。もうすぐだ。」
そう言うと悪魔さんは消えてしまった。
ホントに陽子ちゃんが来るのかな? 悪魔さんはああ言っていたけど、何かの間違いとしか思えないんだよな。部屋の窓からそっと外をのぞいて見た。
あ、向こうから歩いて来ているの陽子ちゃんだ。ホントに来た! うわ、どうしよう。
「どうしようじゃなくって、ちゃんと居留守を使ってくれよ。」
そうだった、悪魔さんの言うとおりだった。でも、何かドキドキしてきた。
「ピンポーン」
チャイムが鳴って、ドアホンの画面に陽子ちゃんが写った。か、かわいい!
「ストーップ。通話ボタンを押しちゃだめだろ!」
そうだった、もう少しで話しかけちゃうところだった。危ない。陽子ちゃんの笑顔の魔力恐るべし。
「ピンポーン」
もう一度チャイムが鳴った。また、画面には陽子ちゃんの笑顔が。
「出ちゃダメだ。出ちゃダメだ。…出ちゃダメだ。」
僕は自分に何度も言い聞かせた。そうしないと出てしまいたくなる。陽子ちゃん勘弁してください。お願いします。
「ユウ君、もう大丈夫だよ。留守だとあきらめてくれたようだ。」
悪魔さん、お願いですから早く何とかしてください。あの笑顔の魔力はすごいんですから。負けちゃいそうです。
「そうするよ。だが、それほどの力を持つとはますます興味がわくな。少し研究してみたいから、もう少しこのままにしておかないか?」
「ダメです。無理です。僕が耐えられません。研究なら別の人でやってください。」
「そうか、…残念だがあきらめるよ。これまではこれほど人間の近くで観察したことはなかったんだ。君達は本当に面白いよ。私の知らないことがあるなんて。」
悪魔さん、浅井達と話が合うんじゃないんですか。まあレベルは全然違うんだろうけど。
何かすっかり気がそがれちゃったけど、みさきちゃんに告白しなきゃ。
みさきちゃん、家にいるかな? 電話してみないと…。
「もしもし、あの、僕、渡辺ですけど、優です。」
「あらー、ずいぶん久しぶりね優君。元気だった?」
みさきちゃんのお母さんだ。昔はよく電話してたもんな。
「はい、元気です。お久しぶりです。」
「みさきよね? ちょっと待っててね。」
そう言うと、受話器越しにみさきちゃんを呼ぶ声が聞こえてきた。
「みさきー、優君から電話よー。」
あれ? みさきちゃんの返事が聞こえない。何か足音はパタパタ聞こえてきたけど。
「お母さん、誰から電話って言った?」
みさきちゃんだ。
「優君からよ。聞こえなかった?」
「聞こえたけど・・。ホントなの? ホントにユウ?」
「何言ってんのよ。出ればわかるわよ。はい。」
「ちょ、ちょっとお母さん、保留にしてなかったの? ユウにみんな聞こえちゃったんじゃないの?」
はい、全部聞こえています。どうしよう?
「いいからさっさと出なさい。」
どうやら、みさきちゃんのお母さんは受話器を渡して離れていったようだった。
「……。」
あれ、みさきちゃん?
「もしもし? 僕、ユウだけど。みさきちゃん?」
「…うん。さっきの聞こえてた?」
「え、何のこと?」
ここは、とぼけておきましょう。
「ううん、別にいいの。…それよりどうしたの? ユウから電話しれくれるなんてずいぶん久しぶりだから。」
そういえばそうだった。振られてからは、僕から電話したことは無かったんだ。
「みさきちゃんに話があるんだ。今から会えないかな?」
「えっ。…いいけど。どうしたの急に。」
「いろいろあってね。どうしてもみさきちゃんに会って話がしたいんだ。」
「…うん、わかった。どこに行けばいいの?」
「じゃあ、昔よく遊んだあの公園でいい? ブランコの近くにあったベンチのところで待ってるよ。」
「うん。…ゴメン、ちょっとだけ遅れるかも。」
「いいよ、待ってるから。じゃあ後でね。」
「待っててね、すぐに行くから。」
みさきちゃんの声が、なんだか嬉しそうだった。
公園までは家から5分もかからない。ブランコでは誰も遊んでいないし、公園自体にも人が少なかった。昔はよくここでみさきちゃんと遊んでいた。中学生になってからは一緒に遊ぶことも無くなったし、1年のときに振られてからは、ここに来ること自体無くなっていた。
「決断したようだな。」
あ、悪魔さんだ。どうしたんだろう。
「君は自ら決断し、ここに来た。もうすぐ彼女もやってくるだろう。わたしに勝利をプレゼントしてくれた君にお礼をするよ。君の勇気の手助けだ。」
「もうユウったら、どうして最近電話してくれないのよ。」
あれ? みさきちゃん? まだ来ていないよね?
「違うよ、彼女の心の声だよ。最近のものだ」
どういうことですか? 悪魔さん。
「いいから聞いていなさい。説明はいらないはずだから。」
「私のこと、あきらめちゃったのかな? だって、急に言うからびっくりして…。あの時、うんって言えばよかった。今さらどうしよう。」
「電話してみよう。ユウは勇気を出して告白してくれたんだから、私も。」
「…言えなかった。どうしよう?」
え、これがみさきちゃんの気持ち? これってみさきちゃんも僕のことを…。
「これが、最後になるが、ついさっきのものだ。」
「嬉しい、ユウから誘ってくれた! 何を着ていこう? 時間がないけど、精一杯おしゃれしなきゃ。ユウに、かわいいって言われたらどうしよう。そうだ、今日こそユウに…。」
ありがとう、悪魔さん。勇気がみなぎってきました!
みさきちゃんが来たら告白します。「いつまでも好きだよ、みさきちゃん。たとえ世界の終わりが来たとしても。」って。
「そうか、健闘を祈るよ。…そうだ、もう一つ予言がある。」
予言ですか?
「ことがなされた後しばしの時を経て、ユウ君は思い出すだろう。私の言葉を、そして自らの力を。」
何ですか、意味深な。
あ、みさきちゃんが来た。…かわいい。どうしよう、心臓がバクバクしてきた。
「ゴメン、待った? …どうしたの?」
どうやら僕はみさきちゃんのかわいさに見とれて、返事をするのを忘れていたようだった。
「ううん、なんでもないよ。…みさきちゃん、とってもかわいいよ。」
「ホント? ありがとう。ひさしぶりだね、こうして2人で会うのって。」
「そうだね。…みさきちゃんに振られてから、何か気まずくってさ。」
「…あの時は、ごめんなさい。でもね、あのね…。」
「ううん、いいんだよ。今日会って欲しかったのは、みさきちゃんにどうしても伝えたいことがあるからなんだ。」
「…なに?」
僕は勇気を振り絞って言った。
「いつまでも好きだよ、みさきちゃん。たとえ世界の終わりが来たとしても。」
みさきちゃんが僕を見つめている。
「だから、…僕と付き合って欲しいんだ。幼馴染じゃなくって、恋人として。」
「…うん、いいよ。私もユウのこと、…好きだよ。」
真っ赤になって、みさきちゃんが答えてくれた。
「ありがとう、みさきちゃん。」
僕はみさきちゃんの手を握っていた。
「ねぇ、ユウ。」
「何? みさきちゃん。」
「うん、あのね…。」
…あれ? これって何か見たことがあるような気がする。
「そうだよ、ユウ君が夢で見ていた光景だよ。君は未来を予見していたんだ。」
そうなんですか? 悪魔さん。
「そうなんだ。…そして申し訳ないが、この後の展開がどうやら変わってしまったんだ。重ねて言うが申し訳ない。」
え? 展開が変わった? いったいどうゆうことなんで…。
僕の思考は聞こえてきた声で止められた。
「ユウ君! ここにいたんだ。」
陽子ちゃんの声に、僕は握っていたみさきちゃんの手を離してしまった。
「陽子ちゃん? どうしたの?」
「どうしてもユウ君に会いたくなって、お家まで行ったの。…でもユウ君がいなかったからあきらめて歩いていたんだけど、なんとなくこっちに来たらユウ君が見えたから。」
陽子ちゃんはみさきちゃんを見て、こう言った。
「…ゴメンね、みさきちゃん。今から私、ユウ君に大事な話があるの。ちょっとだけ、外してくれる?」
はい? 何を言い出すんですか、陽子ちゃん。
「…ユウ?」
みさきちゃん、怖いです。お願いです、やめてください。
「お困りのようだね、ユウ君。」
何を他人事のように言っているんですか。そもそもあなたのせいでしょ、悪魔さん! …あれ? 何だか少し違うような…。
「当たり! 私はあいつじゃないよ。…えーっと、君がヒロシって呼んでる子に付いていたものだ。あの時の審判だよ。」
え? 審判さんはまだ地球にいたんですか?
「正確にいうと、ずっとここにいたわけじゃないんだ。私たちはこの世界の移動に時間はかからないから、あちこちに行っていたんだよ。でも、何だか面白そうだったからここに来てみたんだ。」
「そうだな、面白そうだ。」
あれ? この声って、神様ですよね。あなた、違うところに行ったんじゃないんですか?
「もちろん行ったよ。審判も言ったように、移動に時間がかからないから、どこにでもすぐに行けるんだよ。で、私もここにまた来たんだ。
何しに来たんですか、2人とも。
「それはもちろん、ユウ君にふさわしい女性がどちらなのかを決めるためさ。」
「そうさ、その通り。今回は私も参加させてもらうからね。」
…ちょっとあなた方、いったい何を言っているんですか? 僕が好きなのはみさきちゃんですよ。さっき告白して、うまくいったところなんですよ。
「でも君は、陽子ちゃんにせまられてまんざらでもなかったじゃないか。」
なぜそれを…。
「…わかったよ。今回はわたしが審判を引き受ける。」
ちょっと、何を急に言い出すんですか、悪魔さん。
「いやー、人間ってホントに面白い。ユウ君のためでもあるし、ここは一つ新たな審判で決着をつけるってことでどう?」
「いいね、受けて立とう。」
神様、どうして戻って来たんですか?
「…負けたことが悔しいからに決まっているじゃないか。」
だからって、僕の大切なことに足を踏み入れないでくださいよ。
「ではこれから陽子ちゃんとみさきちゃんの、どちらがユウ君の恋人にふさわしいのか審判を始める。ルールはユウ君が言ったように、同じ方法はダメってことでいいな?」
「いいぞ。今度は負けん。私は陽子ちゃんを推す。」
「あー、今回は参加できて良かった。もちろん、いいよん。じゃあ、みさきちゃん推しで。」
…あんたら、全員悪魔だよ!




