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第2日目(火曜日) 神はいない

 朝眼が覚めたときに、悪魔さんの姿はなかった。あれから少しは勉強できたけど、あんまり集中できなかった。そもそも、いろいろ言われたけど本当なのかな? 特に何の変わりもなく、普通に学校に行けるんだけど。…全くいつも通りだよなぁ。今日から3日間テストか。今日の3教科は正直言ってマズイ。勉強全然足りてないけど、こればっかりは受けてみないとわからないしな。


「ユウ、おはよう。」

「あ、タイキ。おはよう。」

「日曜日、あの後ヒロシと練習した? あいつ、最近急にいろんな技を使えるようになったんだよな。どこで覚えたんだろう。」

「いや、誘われたけど、お互いにテストがんばらなきゃいけない状況だってことになって、結局帰ったよ。」

「そっか。俺も練習して市のリーグ戦には出たいんだ。あいつに技とか教えてもらおうかと思って。ユウだってそうだろ。」

「そりゃそうだよ。せっかくのチャンスだもんな。…でも、とりあえずはテストがんばらなきゃダメなんだ。」

「まあ、そうだよな。じゃあ、またな」

 タイキは違うクラスなので、先に教室に入っていった。そうなんだよな、ホントはサッカーの練習を優先したいんだよなぁ。あーあ、テストか。しょうがない、がんばりましょう。


 タイキを見送って何となく立ち止まっていたら、後ろから誰かにぶつかられた。

「痛っ。」

「あ、ああゴメン。」

 ぶつかってきたのは同じクラスの前田だった。

「なんで僕にぶつかるんだよ。」

「ゴメン、本読んでて気がつかなかったんだ。」

「…まあ、いいけどさ。」

 僕がそう答えると、前田は本を読みながら廊下を歩いていった。…それじゃあ、何かにぶつかるって。こいつどれだけ本が好きなんだろ。どう見ても教科書とかじゃないから、勉強してるわけじゃないしな。

『バシッ』

 後ろから急に肩を叩かれた。

「おはよ、ユウ。」

 叩かれた方を振り返ると、みさきちゃんがいた。

「…痛いよ、みさきちゃん。」

「あいさつは?」

「…おはよう、みさきちゃん。で、何で叩くの?」

「前田君とぶつかったり、ボーっとして歩いてたから、ユウはまだ起きてないのかなーって。だから起こしてあげたのよ?」

 寝ながら歩くなんて特技はありません。

「大丈夫? 何かいつものユウと違うんだけど。…何かあった?」

「遅くまで勉強してたから、眠くって。」

「…ホントに大丈夫? ユウが遅くまで勉強って、10時間は寝るユウが?」

 それはあんまりな言われようだ。

「子供じゃないんだから、今は10時間も寝てないよ。…8時間は寝てるけど。」

「やっぱりよく寝てる! で、どうして急にたくさん勉強しだしたの?」

「…別にたくさん勉強したわけじゃないよ。いろいろあって、勉強し始めたのが遅くなっただけなんだから。」

「いろいろあって? ・…何があったの?」

 もちろんあったけど、悪魔さんが来ていたなんて言えないしな。

「…大したことじゃないよ。」

 うまい言い訳が思いつかなかった。

「そうなの? ならいいけど、何かあったら相談してね。私たち幼馴染なんだから。」

 今のが一番心に痛かった。…幼馴染か。

「みさきー、この問題教えて。全然わかんない。」

「私もこれがわかんないから教えて。」

「うん、いいよ。じゃあね、ユウ。」

 みさきちゃんはクラスの女の子達の方に歩いていった。

「おはよ、ユウ。みさきちゃんと何話してたの?」

 …ヒロシ、びっくりするだろ急に。

「大したこと話してないよ。僕達、…幼馴染だからさ。」

「そうか、そうだったな。うらやましいよ、みさきちゃんと幼馴染だなんて。」

 ヒロシ、お前はわからないと思うけど、幼馴染だからって何でもいいことばかりじゃないんだぞ。

「みんなにもよく言われるよ、お前と代わりたいって。」

「…気にさわった? ユウ怒ってない?」

「怒ってないよ。それより早く教室に行こう。もう1回ノートを見直したいんだ。」

 僕とヒロシは急いで教室に向かった。


 テストの手応えは…やっぱりダメだった。数学は最後に見直したノートのおかげで多少はできたけど、社会は苦手な地理で解けなかった問題ばっかりだったし、音楽は覚えきれなかったのでこれまた解けなかった。ヤバイ。これから取り戻さないと。


 家に帰って、自分の部屋の前に来てから思い出した。悪魔さん、また来てるのかな? ドアを開けるのを躊躇していると、声が聞こえてきた。

「ええ、お邪魔しています。そんなに嫌がらないでくださいよ。別にユウ君に何も悪いことしていませんよ。」

 仕方がないのでドアを開けると、また怖い姿の悪魔さんがいた。

「確かに今のところはされてませんけど、悪魔って悪いことをするんじゃないんですか? 昨日だってあれからあんまり勉強できなくって、今日のテストは散々だったんですよ。…まぁ、最終的には自分のせいですけど。でも悪魔さんって、名前に悪と魔ってついてるじゃないですか。両方とも結構悪い意味ですよ。」

「名前は人間が勝手につけたんです! わたしは自分自身の意思で悪いことなんて1回もしていません。」

「…でも昔からそう言われていますけど?」

 そうやって聞くと、悪魔さんはちょっと怒ったような感じがした。

「わたしが悪いことをしたって言われてるようですけど、わたし自身の意思や希望で行ったことは一度たりともありません。わたしと契約した人間が望む事を、誠実にかなえてあげただけです。かなえてあげた願いが悪いことだっていうのなら、それは頼んだ人間の問題なので、わたしには本来関係ないことです。人間が言う良いことと悪いことの基準は、あまりにもあやふやなのでわたしには理解できません。」

 そう言われれば確かにそうだった。色々な話に出てくるのも、契約したか誘惑された人間が望んだことを、悪魔がかなえているだけだった。

「悪魔さんが僕に悪いことをしないっていうのは、わかりました。…ところで、昨日地球の生物が絶滅するって言ってた話はどうなったんですか?」

「ああ、あれですか。地球の生きものは何も知らないし、対応もできないのがわかりましたから、私が対応しておきました。」

「…はい?」

「ですから、太陽内部に干渉してエネルギーの偏移を平準化しました。これでスーパーフレアは起きませんので、ガンマ線バーストも発生しません。」

「絶滅しないってことですよね。」

「もちろんそうです。そんなことさせません。」

「ありがとうございます、悪魔さん! でも、なんで神様じゃなくって悪魔さんが助けてくれるんですか? 人類を救うのは神様ってことになっていますよ?」

「…これも言いにくいんですが、あいつはこのあたりにいませんよ。」

「えっ、あいつって『神様』いないんですか?」

「ええ、いません。かなり前からいないようですけど。」

「だってみんな神様にいつも通りお願いとかしてますよ。…でも、いないんですか?」

「いません。だから私が代わりに災厄を防いだのです。本来ならばあいつの仕事です。」

「…仕事なんですか?」

「うーん、正確に言うと仕事とは違います。この星の支配権はあいつが持っていますので、あいつが地球の面倒をみなきゃいけないんです。いわば義務ですかね。」

「地球の支配権?」

「ええ、それで何をするかっていうと、昨日わたしが説明したように生きものを育てることなんですよ。まあ、人間の言葉で言うと生きもの係っていうやつですかね。飼育員でも同じ意味だと思いますが。」

「…神様の立ち位置って、生きもの係りなんですか。ずいぶん思っていたイメージと違うんですが。」

「それは、昔ちょっとあったことが原因でしょうね。そのことでわたしも変なイメージを持たれてしまいましたし。」

「ちょっとあった? 何があったんですか?」

「説明してもいいですけど、明日のテスト勉強はいいんですか。」

 明日のテストは、国語と理科と保健体育。国語は苦手だから、勉強する気がそもそもおきないんです。…もちろんがんばりますよ、話を聞いた後で。

「気になるんで説明してください。昨日も気になって、その後で気持ちを切り替えるのが大変だったんですから。」

「そういうことなら、いいでしょう。…わたしが育てていた恐竜が、絶滅したところまでは説明しましたよね。」

「はい。」

「わたしは恐竜が絶滅してしまったショックで、しばらく地球から離れました。その間に哺乳類が繁栄し、最終的には人類が頭角を現したのです。これは自然にそうなったのではありません。あいつが、…ユウ君たちが神と呼んでいるあいつが、人類に合うように環境を整えて君たちを育てたんです。」

 神様が人類を育ててくれたんですか。神様ってやっぱりいい存在なんですね。神様、ありがとうございます!

「その前に、あいつがわたしの恐竜を滅ぼしたことを忘れてもらっては困ります。わたしだって大切に育てていたんです。」

 まぁ、でもやっぱり僕も人類の一員ですし。恐竜を育てていた方よりは、人類を育てていただいた方のほうがありがたいと思うんですよ。やっぱり、神様ですよ。悪魔さんとは違うんですよ。

「それを言われると。…確かにあのまま恐竜がいれば、人類は台頭できなかったでしょうからねぇ。まぁ、話を聞いてください。」

「わかりました。」

「わたしが地球に戻ってきたときに、人類はなかなか文化的になっていました。君たちが古代と呼んでいる時代のころだと思います。それで、観察していたらすごくおもしろそうだったんで、あいつに頼んだんですよ。」

「え、あいつって神様ですよね。神様に何を頼んだんですか?」

「地球の支配権を譲ってくれって。元々はわたしが持っていたんだから。」

「はい? 地球の支配権? それを悪魔さんに譲れって?」

 そんな大切なことを、そんなにあっさりと?

「いや、そんなに驚くような話じゃないですか。さっきも言いましたが、どっちがこれから人類を育てるのかっていう、それだけのことなんです。」

 いやいやいやいや、あなた一体何を言ってるんですか。人類の行く末がかかっているじゃないですか。なんでそんなに簡単なんですか。気になるじゃないですか。

「それで、どうなったんですか。」

「…知ってて、聞いてます?」

 悪魔さん、よくわかりませんが怒らないでください。怖いです、やめてください。お願いします。

「で、知ってて聞いたんですか?」

 まだ重ねてくるんですか、怖いじゃないですか。

「いえ、何にも知らないです。ほんとです。」

 ようやく答えられた。

「あいつはイヤだと言いました。人類をここまで育てたのは自分だと言って。」

 そりゃそうでしょ、ガンバレ神様!

「くっ、…まぁいいです。あいつがそう言ったんで、わたしも言ってやったんですよ。わたしが育てていた恐竜を滅ぼしたのは誰なんだって。」

 悪魔さん、やっぱり悪いやつじゃないですか…。

「そうしたらあいつも折れてきて、人間の魂をどれだけ集められるかで勝負しようってことになったんです。魂を多く集められた方が、より人類を育てるのに適しているはずだって。」


 はい? 何で神様と悪魔さんの争いに、無関係な人間の魂が出てくるんですか? おかしいじゃないですか、自分達のことは他人を巻き込まずに解決しないと。ましてや神様と悪魔さんじゃないですか。

「まぁ、確かにそうなんです。でも、わたしとあいつで直接争っても無駄なんですよ、わたしたちには基本的に差がありません。だから、わたしたちの代わりのもので勝負しないと決着がつかないんです。それでその時の勝負は、自分が手に入れた魂の数が多い方が地球の支配権を持つってことにしたんです。」

 魂ってホントにあるんだ。

「ああ、誤解の無いように言っておきますけど、さっきから魂って言っているのは生きものが持っているエネルギー体のことです。全ての生きものが持っていて、どちらかというとそっちの方が私たちに近い存在です。」

 ふーん、そうなんですか。そんなのがあるなんて知りませんでした。

「で、悪魔さんは勝負に負けたと。」

 いきなり寒くなった。

「やっぱり、知ってて聞いたんですね? なかなかいい度胸です。」

「ストーップ、違います。話の流れから読み取っただけです。」

「まぁ、いいです。そういうことにしておきます。それで、勝負が始まりました。私は人間と契約して、願いをかなえる代わりに魂をもらうことにしました。」

 ええ、もちろん知っています。ものすごく有名な方法ですから。

「それで結構集めたんだですが、あいつが集めた魂は桁違いに多かったんです。ずっと人類を育ててきただけあって、人類の特性をよく知っていたんですよ。」

「はぁ、そうですか。」

「わたしは人間と同じ姿形ではダメだと思って、違う星の生きものの姿にしました。今のこの姿です。しかし、あいつは人間と同じ姿で現れて、自分の周りを光で囲んだんです。それじゃわたしよりもダメだろうって思ったんですが、その姿でいろいろやって見せたら見事に人間は信じたんですよ、自分達を超える存在がいるってことを。宗教っていうやつです。それからは勝手に人間が広めてくれて、どんどん信じる人が増えて、あいつのところには魂が集まる集まる。もう、全く勝負にならなかったんです。」

 何か遠い眼になってますけど…。

「もっと悪いのはですね。私はあいつのことを悪く言ったりしなかったのに、あいつの仲間になった人間は、私のことを悪魔だとか嘘つきだとか信じるとひどいめにあうとか、メチャクチャなでまかせを人類に広めたんですよ。わたしと実際に会ったことのある人間は、その中には誰もいなかったのにですよ。…そしてあいつも、それを止めはしなかった! その方が有利だからでしょうけど。わたしは契約者一人一人の願いを誠実にかなえて、契約通りに魂をもらっていただけなのに。」

 あれ? なんか話が違うような…。

「え、そういうことだったんですか? それはちょっとひどい話ですね。」

「そう思ってもらえますか。…でも、いまだにその時の悪いイメージが人類に残っているんですよ。さっきのユウ君の反応がそれです。あれから結構時間もたっているから、もうそんな話は残っていないと思っていたんですが、未だに悪魔っていう呼び名も残っていますしね。わたしとあいつに本来違いは無いんです。でも、あいつは神様って呼ばれていて、私は悪魔って呼ばれています。困ったものですよ。」

 いや、別に困りはしないと思いますが…。

「でも、勝負は勝負ですので、結果を受けてわたしはあきらめて地球を離れました。」

 でも今地球にいるじゃないですか。離れてないじゃないですか。

「じゃあその後も神様が、人類を育ててきてくれていたんですね?」

「…たぶん。」

 あれ? 今の間はどういうことですか?

「さっきも言いましたが、あいつはこのあたりにいません。少し言いにくいんですが、…もう飽きたのかもしれません。」

 はい? 飽きた? 神様が、飽きた? それはどういうことですか?

「わたしとの勝負はとっても盛り上がりましたが、結果が出てしまったので盛り下がって飽きちゃったんじゃないのかなと。激しい炎は早く燃え尽きるって言うんですよね。」

 いやいやいや、あなた何を言ってるんですか。神様が今いないって知ったら、全人類の、かなりの人たちがショックを受けますよ。神様のことを信じている人が多いんですから。

「あいつ、すごいな。結構時間も経っているのに、ここまで影響を与えるって。今度、わたしも真似してやってみます!」

 真似してって…。悪魔さんが神様の真似をする気ですか? 本当の神様は、今いないんですか…。みんなこれ知ったら驚くだろうな。まぁ、僕が神様は今いないんだってって言っても、誰も信じてくれないとは思うけど。

「まあ、これがわたしが悪魔と呼ばれるようになった所以です。…とにかく地球の生きものは絶滅から逃れました。わたしが防いだのですが、それを知っているのはユウ君だけです。他の人たちは何も知らず、何かが起きそうだったことも知りません。でも、それでいいのです。では、わたしはそろそろお暇します。」

「もう来ないんですか?」

「ええ、もう目的は達しましたから。ユウ君の記憶に干渉して、わたしとのやりとりを消してもいいんですが、もう少し様子を見たいのでこのままにしておきます。」

「…そんなこともできるんですか?」

「起きてしまった事実はわたしにも変えられません。しかし、わたしとユウ君のやりとりは、わたし以外にはユウ君の記憶にしか残っていません。記憶を別の内容にすることはわたしにもできますから。」

「…何でもできるんですね。」

「まあ、悪魔と呼ばれていますしね。では、さようなら。」

 そう言うと悪魔さんの姿は消えてしまった。

「…さよなら、悪魔さん。」

 いなくなってしまうと、少し寂しく感じられた。ちょっとだけ頼もしかったもんな・・・。あ、いい加減勉強しなきゃ。

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