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今日も肉を切る

作者: politru

とある人物の日常について書いてみました。

僕は、少々長めの包丁を手に握り、肉を切る。

淡々と。

そして黙々と。


目で次の作業を確認する。

目下には、あと2時間で終わらせなければならない作業が簡単にメモしてある。


(あともう少しスピードを上げないとな)


そんなことを考えながら黙々と次の作業に入る。


-----


賃金は地域最低。

全国から見ても、下から数えたほうが早いほどのお金しかもらえていない。国民年金や健康保険を払ったら、手元に残るのは雀の涙だ。

そんな時、現場主任の人から正規雇用のお誘いもされた。

しかし、僕の体力もそんなにあるわけではない。若くはないのだ。だから、例え正規に雇ってもらえたとしても、途中から上への限界があるように思った。僕の昇格への熱意はそれほど強くもないというのもあった。

ほぼ休みなく働く現場の主任を見て、(こうは成りたくないものだ)と常々思っていたせいでもある。


現場には僕のほかにパート労働者の女性が一人。

年は高齢者の分類に入る。

彼女の性格か、手を止め、話を始めることが多いように思う。

そんな彼女が苦手だった。


早く作業を終わらせれば、早く帰ることができ、なおかつほかの作業に手を付けることができるにもかかわらず、仕事に関係ない事などを主任や僕に話して作業がどんどん遅れていくのだ。

その作業の埋め合わせは僕がする。もっと忙しい現場にいたこともある僕は、少しだけ手が早いということで、彼女から手が早いとほめられ、「手が早いあなたがやってくれたほうが作業が早く終わる」と平気で言ってくる。

「一生懸命早く動くと疲れる」と僕が言っているにもかかわらず・・・だ。

そんな彼女が苦手だった。


-----


彼女はよく話した。

お店に出ると、よくお客さんから話しかけられていたり、話しかけたり。知人や友人が多いように見えた。

早く作業に戻ってほしいのにだ。

しかし、僕が少しイライラしつつ、(早く作業に戻ってくれないか・・・)と思いながら彼女を観察していてふと気づいたことがある。こんなにもよく知り合いが多いものだな。と。

僕はというと、この地域で知人はほとんどいない。

友人などは、この付近で割りがいい仕事が無いため、都会へと出ていくのだ。ゆえに僕は、ほとんど喋ることはない。黙々と仕事をして、家に帰って本を読んだりゲームをしたり。会話はほとんどしない。

なので、少し彼女のことがうらやましいと、ふと考えたことがあった。

苦手で嫌いだが、うらやましい。

少し見方が変わった。



その日はいつもとは違った。

彼女がひき肉を作る機械に、柔らかい肉以外のものを詰まらせてしまったのだ。

きっと、少しぼんやりしていたのであろう。

そういう少し、それでいて大きなミスは誰だってあることだから、責めはしない。誰だってミスはある。

僕はそう思った。

しかしイライラはしてた。


(これでこれからどうやってひき肉を作っていくか・・・)


とため息をついた。

普段から「お願いします」と、多くの仕事を彼女から振られるので、かなり彼女に対してうっぷんが溜まっていたというのもある。(この上、機械も壊してくれるのか)と、彼女に対して仕事を任せられないかもしれないと、不信感に似た感情を持った。


しかし、次に彼女は驚く行動に出た。

知人に電気関係の修理士がいるという。

知人が多いとは思っていたが、まさかこういう機器を修理する人が彼女の周りに都合よくいるとは思わなかったのだ。それも、こういう困ったときに手を差し伸べてくれるという事が。


その人はすぐに来てくれ、機器を見た。


「これは刃の部分が欠けているので、そこを新しい部品に取り換え、一旦電気の供給を切ります。直ぐに替えの刃が届けば電気供給をしますので、その時に連絡ください。」


そう言って去っていった。

そうして、1週間もしない間に機械は直ってしまった。

主任も動いてはいたのだ。替えの刃の手配などは彼が行った。しかし僕は今回の彼女の顔の広さに、彼女を見直したのだった。

機械が壊れて、作業が一つ、1か月ぐらい出来なくなるのではないか。そう誰もが思っていた時だったので、なおさら彼女への印象は変わった。


また、その頃から彼女は「私は高齢だから、あんまり多くは食べないの」と、知人からいただいた菓子、行事に参加した時にもらったと言った食料や飲み物などを職場のみんなで食べてください。と持ってきてくれた。

僕は単純で、食べ物にもつられた。

彼女の手の遅さ、作業を僕に振ることも、この食糧でチャラにしようじゃないか。そう思うほどだった。

思えば飼いならされているのかもしれない。

僕は犬なのかもしれない。

多少嫌なことをされても、餌を与えればしっぽ振ってしまうように。


-----


月日はどんどん過ぎていき、今日も色んな人から社員にならないかとお誘いを受ける。

まだまだ単純作業の現場のことは好きにはなれないし、会社のことも好きにはなれない。

だけど、まだ続けてみよう。自分にないものを持っている人がここにいる。


今日も肉を切る。

おわり

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