辺境の村の記憶 -2-
今となっては、どうしてそんな行動を起こしたのか自分自身でもわからない。リョーマはだいたい考えるということをあまりしない性質だ。たいていの場合、思い立ったら考えずに行動してしまっている。
その時もそうだった。
この目で真相を確かめる。
それ以上の感情は無かったし、それについての恐怖も感じなかった。
だからといって、何が変わったわけでもない。今までと同じように、ごろつき相手に喧嘩をしながら町から町、村から村へと移動した。
目に移る景色に懐かしさを感じ、ふる里が近いと知った。
うわさを聞きつけてからここへたどり着くまでに多少の時間がかかってしまっていた。噂の病はどうなったのか。最近は噂もささやかれることが無くなったような気がする。
そんな中、自分の故郷の村から一番近い村にさしかかった。
その村には、ただの一人も人間がいなかった。少し前までは誰かが生活していたような気配はある。子ども部屋には転がったおもちゃ。キッチンにはつるされた玉ねぎやニンニク。濃厚に残る人の気配。なのに、耳の痛くなるような静寂がその村全体を包んでいた。
リョーマはその瞳であたりを見回しながら、村内を一回りすると、その村を後にした。
彼が自分の生まれ故郷へたどり着いたのは日が傾き始めたころだった。
そこへ近づくにつれ異臭に顔をしかめる。ものが焦げた臭い、その中に混じる饐えたようなにおい、そしてうっすらと薬品のようなにおいが混じる。
リョーマはそこに広がる情景をみても、すぐには心が動かなかった。
木も、草も、家も、店も、何もかも。焼け焦げ、炭となってそこここに転がっていた。人間は、影も形もない。
公園、いや、ただの空き地だった場所に新しく、掘り返して埋め立てられたような痕跡を見つける。
その中を歩いていくうちに、徐々に染み込むようにこの状況を頭が理解し始める。
「く、ふふふっ、ははは、あ、ははははは!」
突然、狂ったような笑いが口を突いて出た。
「なるほどな、わかったぜ。大した医師団だ!」
涙が頬を伝ったが、その涙の意味が分からない。
悲しみなどはない。ただ胸の内に怒りと、ぎゅうと心臓を締め付けられるような重さを感じる。それを断ち切りたくて、さらに怒りがわく。まだ答えの出なかった課題を隣からかっさらわれた。
────いつか、この落とし前はつけてやる。
その間、リョーマは狂気に心を明け渡していたのかもしれない。とめどなく笑った。涙の混じる笑いだった。ひとしきり笑い、泣ききると、リョーマは腰に下げたナイフを手に立ち上がる。
ほとんど闇色に支配され始めた濃紺の世界の中で、そよそよと風が抜けていく。
ナイフを自分のうなじにあてる。そのまま、ぐ、と上へ引き上げた。
ざくっと、小気味よい感触が手に伝わり。切り取られた自分の髪を拳が震えるほどに握りこむ。
頭上にそれを掲げると風の中に放った。
不意に強く吹き付けた風が、その黒髪を天へと攫って行った。
❋ ❋ ❋
リョーマの話を聞くエヴァンジェリンの表情から色が消えて行く。全てを聞き終えると、唇をかみしめた。トーブの裾をたくし上げ、隠し持っていた短銃をテーブルの上に置く。それを指でリョーマの目の前に押した。
「なんだよ」
リョーマが聞く。
「わたしだ……」
「……」
リョーマの眉間に皺がよる。アルフレッドとレベッカは何も言わずに二人を見守っている。
「私がガーディアンとしてその村へ赴いた、最後の任務だ。あの村にいた。人々を殺し、そして焼き、埋めた……。目の前にいるのがお前の敵だ」
「……で?」
そう言いながら、リョーマは目の前に突き出されたリボルバー式の短銃に手を伸ばす。
「お前の好きにしろ」
「ふうん」
リョーマは銃口をエヴァンジェリンへと向ける。が、引き金はひかず、シリンダーから銃弾を取り出した。
「この銃弾は俺が預かっておく」
リョーマは銃口をエヴァンジェリンの方へ向け差し出し、そのままくるりと手の中で銃を回転させると、テーブルの上にコトリ、と置いた。
「だったらエヴァンジェリン、俺に手を貸せ。ジュール・テルース。あいつへの意趣返しがしたい……」
そう言うと、目の前の拳銃をエヴァンジェリンの前に滑らせて返した。
「……わかった」
エヴァンジェリンは拳銃を掴み上げた。
それを確認して、レベッカが立ち上がった。テーブル脇のワゴンには一本スパークリングワインが冷やされている。それを手際よく開けると、それぞれの前に置かれていた乾杯用のシャンパングラスに注いだ。
アルフレッドがそれを手に取ると、他の者も続く。
「さそりに……」
四人の手に持った盃がぶつかり合う。よくあるフルート型ではなく、乾杯用のソーサー型の盃になみなみと注がれたその液体は、泡立ち混ざり合った。