星を行く -2-
そこそこのひろさのホールの中に乗員乗客全員がきれいに並べられていた。
乗客は不安を隠しきれないで、ひそひそと言葉を交わす。
エンリケは、リリアを己のマントで包みながらその一団の中にいた。二人の後ろに、やはりフードつきのマントをすっぽりとかぶった男が近づいてきた。
「何か、情報はあるか?」
エンリケは、後ろに近づいてきた男に振り返ることなく尋ねた。つぶやくような声だった。
「サソリのお出ましだ」
後ろの男も小さな声でぼそりとつぶやく。だがその声は、エンリケの声とは対照的に張りがあり、しかもどこか楽しげだ。
「サソリ? それはお前が追ってる宇宙海賊じゃあなかったのか? じゃあ、リリアの追手ではない?」
「わからんな。スリースターも、お前たちを押えるのに、自らが出てくるわけにはいかないだろう。サソリに依頼をかけたってこともあり得る」
二人はほとんど口元を動かさずに話している。その声が聞こえているのはリリアだけだったろう。リリアはエンリケのマントの中でその身を固くした。
「いざとなったら俺が援護する。目指す惑星はすぐ目の前だ。星系内に入ればスリースターと言えどもそうやすやすとは手が出せない。全面戦争する気はないだろうからな。小型機を奪って逃げろ。ここからの距離なら可能だ」
スリースター・コーポレーション。今現在、人類最大のシェアを誇る電化機器メーカーだ。家電はもちろん、コンピューター、軍事機器や、宇宙船の部品まで、幅広く手掛ける。
リリアの父は、このスリースターの統括本部長であり、祖父は会長を務めているのであった。
そして、リリアと共にあるエンリケという男は、この星間連絡船の到着地、ウル惑星系の第四惑星の今現在の代表者である。この星は、発見当初より価値のある鉱石がよく採掘できる星だった。そのため、一攫千金を狙うならず者が多く入り、大変治安の悪い星でもある。現在代表に収まっているエンリケも、他の宇宙ステーションや惑星、人口惑星の代表者からはならず者の代表のように見られていた。
鉱石の取引を通じてリリアとエンリケは出会い、恋に落ちた。
だが、エンリケがいかに惑星の代表と言えども、ならず者の巣窟のような星にリリアの父は娘をくれてやる気にはなれなかった。そして、リリアはたった一人で家を出てエンリケのもとに飛び込み、二人の逃避行が始まった。目的地の星はすぐ目の前にある。
「君はどうするんだ?」
エンリケはひっそりと後ろに立つ男に声をかける。体は前を向いたまま、わずかに顔を後方に向けた。
「ここで解散かな? ここまでくれば用心棒もいらないだろう? 俺の方も、探していたサソリとようやく対面できそうだしな」
男の声を聴いて、リリアがエンリケのマントの中から姿を現した。
振り返り、男を見上げる。小柄なリリアは、男の胸辺りまでの身長だ。
「いままで、ありがとう」
フードに隠れた男の顔を見上げて言った。
「リリア。幸せになるよう祈っている。エンリケ、困ったときは、また、格安で用心棒になってやるよ。あ、リリア、夫婦げんかをしたときは、俺に連絡をしろよ? お前さんには、帰る実家もないんだからな? 俺が面倒見てやる」
「ぬかせ、てめえの世話になるようなへまはしねえ」
リリアは、笑顔を浮かべながらも恥ずかしそうにまたエンリケのマントの中に潜り込んでしまった。
リリアは小柄と言うだけではなく、顔立ちもそのしぐさにも、どことなくあどけなさが残る。一方エンリケは、落ち着いた完成された大人の雰囲気を持っている。荒くれ者を束ねるだけに、どこか闇の雰囲気を纏い、一言発するだけで、気の小さい相手なら後ずさってしまうような凄みを持っていた。まったく違う二人だったが、一緒にいると、その場が和らいでいくのを感じる。
「今回は特別だ。リリアがいたからな。俺も、俺一人くらいなら、どうとでもなるさ」
そう言いながらエンリケは、マントの中のリリアをその手に囲った。
「困ったな……恩を売ろうと思っているのに……」
二人の男の頬が一瞬緩んだ。
その時、扉がしゅん、と音を立てて開き、強化スーツに全身を包まれた人間が三人、ホール内に姿を現した。それまでざわついていたホール内に緊張が走る。エンリケたちもその例外ではない。静寂が耳をうつ。
一人は、銀色のスーツに全身を包まれフェイスマスクもしているためにその表情は見えない。その後ろに黒髪の小柄な男が眼光鋭くホール内を一瞥する。もう一人は大柄なやはり黒髪の小山のような男だ。銀色の後ろの二人はフェイスマスクはしておらず、スーツの色は黒っぽいものだった。
エンリケは後ろに立つ男から、密かに笑ったような気配を感じた。
そして……「いくぞ」とエンリケの背中が軽くノックされた。
男がマントの下に隠していた銃をとりだし、発砲する。
静まり、高まった緊張感が一気に爆発する。
エンリケはリリアを抱え上げて走り出した。
おそらく、男は混乱を招くためにわざと銃の音量を上げている。殺傷能力はそうないはずだが、この場にいるものをひるませるには効果がある。だいたい、宇宙船内でそれほどに威力のある武器を使うことは危険すぎるだろう。
すさまじい爆発音は敵をひるませるには、だが、十分な効果がある。
入ってきた三人がとっさに伏せた。
人々の悲鳴がホールに響く。
伏せていた銀色のスーツが飛ぶように跳躍すると銃を放っていたフード付きマントの男の前に蹴りを繰り出した。ヒトとは思えないほどの跳躍だった。男は間一髪足先をかわすが、短髪黒髪の男が放った、捕獲用の網にからめ捕られた。倒れこんだすきに小山のような男がその体躯に似合わぬ素早さで男を踏みつけ、そのこめかみに銃を突きつける。
あっという間の見事な捕獲。だが、その間にエンリケとリリアはこのホールを出て行くことに成功していた。突き付けられた銃の下で男は「ふっ」と、笑みを漏らした。
銀色のスーツを着た人間が腰に手を当て、上から男を見下ろしていた。男のフードは落ち、金色の髪とサファイアの瞳が姿を現していた。
真上から足蹴にされた男の表情を立ったまま覗き込んでいた人物が、己の顔を覆った銀色のフェイスマスクに手をかけて脱ぎ捨てる。
その下から現れたのは、マスクと同じ、銀色の髪。
「……アルフレッド?」
瞬きもせずに見開かれた瞳は、その男を捕えて放さない。
「アルフレッド! てめえ、こんなところで何してやがる」
黒髪の小柄な男が倒れた男……アルフレッドに巻きついた縄を解きにかかった。
「やあ、久しぶりだなリョーマ」
身動きできないまま、アルフレッドはヘラリと笑った。
「痛いんだが、ダンダ?」
そして今度は、自分を踏みつけている男に声をかける。ダンダは悪びれもせずにゆっくりと銃を下ろし、次いでアルフレッドを踏みつけた足を下ろす。
「エヴァンジェリン?」
そう呼びかけると、エヴァンジェリンは初めてはっとしたように首を振った。何とか平常心を取り戻したようだった。
「この男をもらう」
そうひとことこの星間連絡船の船長に言うと、エヴァンジェリンはアルフレッドに向かって手を差し出した。
アルフレッドはその手を取ると立ち上がる。
その瞬間、エヴァンジェリンは既視感に襲われる。自分を取り巻く背景が、砂にまみれたテラのアウトサイドの風景に変わる。ブラッドベリ商会のキャラバンの視察に、ヴェルヌと共におもむいた。夜半に奇襲を受け、ガーディアンであった自分は、警備隊員であったアルフレッドと一緒に砂にまみれて戦った……。
────おいおまえ、中身!
────あんた、アルフレッド?
────中身じゃない! シルヴァ! ガーディアン=シルヴァ!
あまりに鮮やかにうかんだ幻に、エヴァンジェリンはぱちぱちと数回瞬きをする。
「エヴァ?」
立ち上がったアルフレッドに耳元で名を呼ばれ、ようやく現実に戻った。
エヴァンジェリンはすっと視線をずらし、踵を返すと、もう用は済んだとばかりにホールを出ていく。
残された男三人は、慌ててその後ろ姿を追った。




