女神フォルトゥナ -2-
アルフレッドは格納扉を開けた。その中にあったパワードスーツに自らの身をすっぽりと沈める。人形のパワードスーツの中に体が全て納まると、それに反応し起動したスーツは自動でアルフレッドの体、全てを覆った。体全てを装甲化される。多少慣れないと動きにくいが、これもすでに訓練済みで、アルフレッドは自在に操ることが出来る。
「こちらアルフレッド」
『こちらレッド』
声をかけると間髪入れずに答えが返ってくる。通信も問題ないらしい。
「悪いがいったん通信を切る。指示があるまで待て、いつでも飛びたてる準備を」
『わかりました』
「通信、off」
このスーツは、中にいるものの声にも反応する。通信を切ると言えば、自動で通信を切る。装甲化したアルフレッドはガチャンと音を立てて、その身を起こした。
フォルトゥナでは、レッドスコーピオンの面々がアルフレッドからの指示を待っていた。言葉を発するものもなく、通信機器が繋がりアルフレッドの音声を伝えるのを待つ。
と、その時操縦席のレッドが息をのむ音がした。
「どうした」
背後からリョーマが声をかける。
「扉が動いている!」
そこにいる全員がコックピット内の強化ガラス越しに頭上を見上げた。地上に続く天井部分が少しずつスライドしていき、天から光が差し込み始める。電源が落ちて暗闇となった世界に、色が戻っていく。
エヴァンジェリンが叫んだ。
「アル! アルフレッド! 返事をしろ。どこにいるんだ。お前がしたことなのか!?」
しばらくの沈黙の後に、アルフレッドの声が響いた。
『遅くなって悪かった。俺も実際に入ったことはなかったから、戸惑った。零シティの心臓部は大聖堂地下にある。今回、爆破され零シティのほとんどの機能がストップしている。だが、こう言った不測の事態に備えてそれぞれの施設には非常用の電源もある。王族と、一部の、ごく一部の枢機卿、ガーディアン数名しか知らないがな。俺は今、宇宙ステーションの非常用電源装置のある部屋にいる』
「無事、なんだな?」
エヴァンジェリンが確認する。
『俺は問題ない。テラ……いや、零シティは混乱の極みだ。みな、右往左往している。ただ、すぐにも、アダマスが零シティに帰還するだろう。そうすれば、脱出は難しくなる。今はまだステーションまでは手が回っていないが、すぐにここも制圧されるはずだ』
レッドスコーピオンのメンバーは、静かにアルフレッドの言葉を聞いた。
『レッド、行け! 俺は後から追いかける。今のうちに宇宙へ』
その言葉を聞いた途端にエヴァンジェリンが席を立った。
「馬鹿が! 残るつもりか!」
そう言い放つと、操縦室を出て行こうとする。
そのエヴァンジェリンの腕をリョーマが取って止めようとするが、エヴァンジェリンにあっという間に投げ飛ばされた。
「てめー!」
リョーマが起き上がりながら呻く。
「ダンダ! オンジ! エヴァを押えろ!」
リョーマの怒声に小山のようなダンダとオンジが二人がかりでエヴァンジェリンに向かっていった。
エヴァンジェリンはダンダのタックルを受けてよろめくが、よろめきながらも突進してきた力を利用してダンダを投げ飛ばし、続いて襲い掛かるオンジをかわす。コックピットの出入り口を塞ぎに回ったカイが、エヴァンジェリンの猛攻をみて顔色を青くさせた。カイは肉弾戦が得意とは言い難い。ダンダとオンジがエヴァンジェリンを止めると踏んでいたのだ。
「油断するなよ! そいつは元ガーディアンだぞ!」
室内に、ようやく身を起こしたリョーマの声が響く。
「まじかよ……」
出入り口を固めたカイはますます顔色をなくす。エヴァンジェリンが立ち上がったリョーマに相対する。リョーマは腰を落として、深呼吸をした。眼がぎらっと暗く光る。口元には秘かに笑みが浮かんだ。
その瞬間。
エヴァンジェリンの背後から、目にもとまらぬ速さでチャイニーズ系の美女、ジンが回し蹴りを食らわした。適確な一撃にくずおれたエバンジェリンを、レベッカがさっそく縛り上げる。
リョーマとダンダとオンジはあんぐりと口を開けて、三人で顔を見合わせた。
「アルフレッド……ジンとレベッカがやってくれたぜ?」
一人、傍観を決め込んでいたカイが通信機器に向かってつぶやいた。
「放せ!! ほどけよこれ」
軽い脳震盪だったのか、すぐに気を取り戻したエヴァンジェリンはなおも抵抗した。しかしここは、力自慢のダンダとオンジが席に無理矢理にしばりつける。
『レッド、頼んだ、飛んでくれ。俺一人なら、この後どうにでもなる。エヴァ、お前はベータだろう? いいか? おれがいなけりゃあ、お前がリーダーなんだ。リョーマとレベッカはエヴァの補佐を頼む』
「わかったわ」
レベッカが返事をする。
「リョーカイ」
リョーマ低い声で答える。
「発進します。皆さん、一応席についてベルトを!」
気が付けば次第に存在感を増していくエンジン音がさらに、轟音を響かせ始め、レッドが一同に着席を促す。
「アル! 絶対だな! 絶対、ここへ来るんだな!」
エヴァンジェリンが座席に縛られたまま声をあげた。
『ああ、エヴァ、先に宇宙へ行っててくれよ……ちゃんと後から追いかけるから』
エヴァンジェリンは瞬間、体が押し付けられるような不快感を感じた。
「発進……!」
レッドの声が響く。フォルトゥナはゆっくりと上昇を始め。地下からその体を引きはがした。
宇宙へ……!
遠くから見れば、ゆっくりと上昇しているように見えたかもしれない、だが、女神フォルトゥナは引き絞られた弓から放たれた矢のように一直線に天へ向けて登っていく。
『レッド、フォルトゥナのことは……に、まかせ……』
アルフレッドからの通信がとぎれとぎれになる。もうすぐ通信が途切れてしまうのだろう。
「アルフレッド! アル!」
エヴァンジェリンが叫び声をあげた。
『エヴァ……』
「どうやって! この広い宇宙でどうやってフォルトゥナを探すって!?」
その叫びは悲鳴のようだ。
「だい……ぶ。かな……」
しばらく待つが、アルフレッドの声はそれきり聞こえなくなる。フェルトゥナは、あっという間に雲の中を突き抜けて上に出る。深い青が広がる。小さなモニターにはフォルトゥナの足元に渦巻く雲海が映し出されている。
「アルフレッド、待ってる。待ってるから!」
エヴァンジェリンの頬に、きらりと光るものが落ちた。
「愛している」
モニターの中に写るテラ。緩やかな曲線を見せる水色の地平線。それに向かって、エヴァンジェリンはそうつぶやいた。




