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零シティ・改  作者: 観月
第二部
30/37

大聖堂

『自爆装置が作動しました。二十分以内に建物内より退避してください』


 無機質な合成音が大聖堂内に響いた。

 大聖堂内にいた者ははじめ、事の重大さを全く理解していない。

 お互いに目線を合わせ、これはいったい何のジョークだ? と言うように首をかしげる。


『繰り返します。この建物は、二十分後に爆破されます。自爆装置が作動しました』


 しばらくの間の後、繰り返されたアナウンスにようやく人々の目は見開かれ、事の重大さに今度は動きを止めた。

「どういうことです」

「誰か、確認を」

「いや、中にいるものを、まず退避させて……」

 少しずつ言葉が飛び交い始め、次第に騒ぎが大きくなっていく。

 とにかく巨大な建物であるから、上階にいるものなどは二十分と言えば、早く退避しなければ、間に合わない。

「早く退避しろ! これは冗談でも訓練でもない!」

 一人の男が、声を張って叫んだ。

 大きな広い階段。踊り場だけで一つの部屋ほどにもなる。その踊り場で、先ほど大声を出した男が、近くにいた者達に向かって話しかける。

「建物内の者達を退避させるんだ。ここにいる君たちにそれを頼んで構わないか?」

 その付近で右往左往していた数名の者が、男に注目した。

「ロッシ枢機卿!」

 一番近くにいたものが、驚きの声を上げた。なにしろ目の前にいる男は、今頃はアダマスで指揮を執っているはずのエドゥアルド・ロッシ枢機卿だったからだ。

「君たちに頼めるか? 建物内の者達の退避を促して欲しい。一刻を争う。手分けして伝達を……」

 枢機卿の肩書を持つエドゥアルド・ロッシの言葉を聞き、その場にいた者達の中に緊張が走った。

 エドゥアルドの言葉を聞いた一人が、すぐさま、上腕部の小さなポケットにしまわれていた小型の通信機器を取り出す。連絡の取れるものに退避の命令を出していく。「俺は直接声をかけてくる」数名は伝達のためにかけだした。

 エドゥアルドはその姿を見届けると、階段の手すりを握り、上階を見上げた。

 エドゥアルドの一番近くにいた青年が上階へと歩を進めようと踏み出したエドゥアルドの背に声をかけた。

「枢機卿はどこへ!?」

 背後から掛けられた声に、エドゥアルドは振り返る。

「君、名はなんという?」

 数段下にたたずむ青年を見下ろして聞いた。

「マーカス・トレンデ、です」

「ではマーカス、君に任務を。ヴェルヌ陛下か、リンバルド枢機卿に伝えてくれ。ジュール陛下とわたしは大聖堂に残ったと」

 そう言うと、ローブを止めていた留め具を引きちぎるように取り外し、マーカスの目の前に突き出した。

「これが証だ。すまないが私は急いでいる。さあ、行くんだマーカス」

 止めてあったものが外れて、ローブがするりと落ちた。

 アダマスで指揮をとるために、その日ロッシはローブの下に一般的な枢機卿としてのずるずると長い着物ではなく、すっきりとした濃いグレーの警備用の服を着ていた。

 マーカスは、手を差し出して、その留め具を受け取る。

 軽い出で立ちになったエドゥアルドは、マーカスから視線を外すと、飛ぶように上階を目指して走った。

 走っていくロッシをマーカスは敬礼をして見送った。


どんどんと、人々が上階から下階へと流れていく。時折、爆破までの時間を告げるアナウンスの声に、人々の表情に焦りが現れ、次第に駆け足となり出口を求めて列をなしていた。大人数の者がつめていたわけでは無いし、広い階段がいくつかある。十分、逃げ切ることが出来るだろう。

 逃げて行く職員たちの流れを横目で見ながら、その流れに逆らうように、エドゥアルドは階段の端を駆け上がっていた。

『自爆装置が作動しました。爆破まで残り時間十分』

 そう、アナウンスが告げる頃、エドゥアルドはついに最上階の祈りの間にたどりついていた。全力で駆け上がったためにかなり呼吸が乱れている。歩を緩めながら呼吸を落ち着けていく。

 大の大人の背丈の二倍ほどもあろうかと言う重厚な木の扉。エドゥアルドは額の汗をぬぐうと、その扉に体重をかけて押し開けた。

 大きなホールの中に入る。

 壁面に施された、ステンドグラスからは赤や黄色や青色など、色とりどりの光がホール内に静かな影を落とす。

この最上階は、もうすでにみな退避したのだろうか、しんと静まり返って、階下の喧騒すら聞こえては来ない。エドゥアルドの呼吸も、次第にゆっくりとしたものになっていく。

 無人に見えたホール内にだったが、歩みを進めたエドゥアルドの気配に、振り返るものがあった。

「何しに来た」

 鋭い声がとんだ。祈りの祭壇の前に跪いていた男が、立ち上がりエドゥアルドを睨んでいる。

 祈りの間の祭壇を背後にして立ち上がった男……。

「……ジュール様」

 エドゥアルドは呼びかけながら、象牙色の絨毯の上を真っ直ぐにジュールへ向けて歩みを進める。

「あなたはまた、こそこんなところで何をしているんです」

「何しに来たんだ。早く戻れ、エドゥアルド・ロッシ枢機卿。私は君にアダマスにて零シティの警備を指示していたはずだ。戻って、ヴェルヌの補佐をしろ。今なら間に合うだろう」

 そう言いながら、こちらに近づいてくるエドゥアルドから距離を置こうと一歩後辞さる。

「いつの間に、自爆装置なんて作ってたんです? うっかりだまされるところでしたよ。一人で逝くおつもりだったとは」

 そう言った後にエドゥアルドは声を立てて笑った。

「それにしても大聖堂を爆破とは、剛毅ですね。テラは大混乱でしょう。過去のしがらみごと、持っていこうというわけですね」

 ホールは広いが、天井が高く声がよく響く。話しながら、どんどん近づくエドゥアルドにジュールはあわてる。

「ば、ばか! 早く戻れ。わたしの事は構うな! 放っておいてくないか」

 そう言っている間にも、エドゥアルドはジュールに近づく。そうして、ついにジュールの目の前に、手を伸ばせば届く距離で歩みを止めた。ジュールの背後には祈りのための祭壇があり、それに背をピタリと押し付けているため、もうこれ以上は下がれない。

「ジュール。放っておけるわけがないだろう?……君、震えているのに?」

 エドゥアルドはさらに一歩踏み出す。

 あわてたジュールは震える手でエドゥアルドに後ろを向かせようとその胸を押す。

「あなたがここにいてくれて助かりました。ここにいてくれなければ、今生ではもうお会いできないかと思いましたから」

 エドゥアルドは押してくるジュールの手を捕えると、笑顔を見せた。

「何言っているんだ」

 ジュールは震えながらも、怒気をはらんだ眼でロッシを見た。

「ジュール。もう、友人に戻ってもいいかな?」

 エドゥアルドがジュールの顔を覗き込みながら、静かに声をかける。

 ジュールの目が揺らぎ、そこから暖かい涙が落ちた。

「お前は……」

 そこまでいうと絶句して、エドゥアルドに腕をつかまれたままだから、涙をぬぐうことも出来ない。

「もう、あと数分かな。どうせ、もう間に合わないし。あきらめてください。あきらめて、残りの時間を俺にもらえるとうれしいんだけど」

「ばかだ。本当に馬鹿だ」

 ほたほたと涙を落としながら、ジュールはつぶやくような声で言った。

「あなたには言われたくはないなあ」

 ロッシはのんびりとした声でそう答える。

 ジュールは瞬きを繰り返し、涙を押しとどめようとするが、どうやらうまくはいかないようだった。

 十歳の夏の日に出会い、それからエドゥアルドはジュールのために生きた。

(きっと、このひねくれていて、頑なで、臆病で、繊細な主を失ったら、生きていくのも面白くないだろう)と思う。

「エドゥアルド」

 ジュールは、うつむいたまま友に語りかけた。

「なんです?」

 エドゥアルドはささやくようなジュールの声を聞きもらすまいと耳を寄せる。

「……今度はもっと、早く見つけてくれないか?」

 残り時間をカウントするアナウンスを聞きながら、エドゥアルドは、そう言ったジュールの言葉の意味を計りかねる。

「今度?」

 ジュールは、ずずっと、鼻を小さく鳴らしながら顔をあげると、共に生きた友人を見つめた。

「ああ、今度、もし生まれ変わったら、今度はもっと早くに私を見つけてくれないか?」

 おそらくはジュールの一世一代の告白に、ロッシは楽しげに笑って「もちろんです」と答えた。


❋ ❋ ❋


 かつて、聖堂に輝いていた王冠は転げ落ち、うつろな運命を告げる。輪は回転を続け、人々はなすすべもない。

 その日、零シティに住む人々は、世界の中心であると信じた大聖堂が、もろくも崩れ落ちるさまを目の当たりにした。轟音と共に火の手が上がり、黒煙の混じった煙が太く天へと立ち上る。

 世界が息をのみ、驚愕に震え、なすすべもなくその光景を見守っていた。


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