表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
零シティ・改  作者: 観月
第一部
3/37

レッドスコーピオン -2-

 テラは大きく、「零シティ」とそれ以外の地域「アウトサイド」に分けられていた。アウトサイドの中で最も巨大なシティはファーストシティ。アウトサイドにはシティが七つ存在する。零シティから最も近いファーストシティ。セカンドシティ、サードシティと続きもっとも遠くに位置するのがセブンスシティであった。

 そして、ちいさな「零シティ」がテラの富の八十パーセント以上を有しているのだった。


 ❋


 アウトサイド、ファーストシティの中では最も高級と言われている地上七階建てのホテル。最上階の一角にあるバー「オールドムーン」に一人の人物が滑り込んだ。

 ベージュの、裾の長いたっぷりとした男性用のシャツ(トーブ)を身に着けていた。頭に被った白い布は、顔を隠すように目だけを出している。砂漠を渡っていく商人に多い服装だが、ここまで顔をすっぽりと隠す者はシティ内では少ない。足元は涼しげな編上げのサンダルだ。

 客を迎え入れるために入り口付近のウェルカムボードの脇に立っていた女性店員が、ニコリとほほ笑みかける。白いシャツに紺のスカート。色気のないデザイン。けれども、体にぴたりとしたシャツの胸元はその下のボリュームを強調している。きわめて短い紺のスカートからは女性店員の太ももが惜しげもなく晒されている。

「いらっしゃいませ」

 まだ早い時間という事もあり、店内に客はいない。

 足を踏み入れた途端に、目の前にガラス張りの壁面が広がり、暮れなずむシティとその向こうに広がる砂漠が目に飛び込む。

 金髪のふわふわとした髪をなびかせながら、店員は客の先に立って案内する。

「ハイ、ベータ。奥。もうアルファは来てるわよ」

 客の耳元に口を寄せて店員がそうささやくと、一度だけ視線を合わせて、奥の扉を手で指し示して去っていった。

 ベータは一度だけ立ち止まり、去っていく店員を見やると、示された扉を開けた。


「話って……なに?」


 小さな部屋には丸いテーブルが一つあり、入口から見れば奥の方からこちらを向いてアルファが座っていた。

「これからのこと」

「これから?」

 話しながらベータがテーブルに近づくと、アルファは手の平を上に向け「どうぞ」というように、軽く自分の正面に位置する椅子を指先で指し示した。ベータは椅子をひくと、指示された椅子に腰かける。長い腕と足を組むと、軽く椅子に背中を預けた。

「そう、ベータ。レッドスコーピオンはこれから本拠地を変えることになる。あと、仕事も。その上で、この組織に残るか否か決めてもらいたい」

 腰かけたベータに笑顔を向けながらアルファが言葉を重ねた。

「まずは自己紹介からだ。俺の本名はアルフレッド・ブラッドベリ。生まれた時の名はアルフレッド・テルース。この名のどちらかに心当たりは? ガーディアン=シルヴァ」

 ベータは背中を預けた椅子から身を起こし、アルファを見た。口元が引きつった。

「ブラッドベリ……。アウトサイド最大の商家。このホテルの持ち主もブラッドベリのはずだ。それに……アルフレッド・テルース。現教皇ドゥシアス三世の長子。十才の時に死んだと聞いている……おまえが?」

 ベータの瞳が、信じられないと語っていた。

「そう。表向きにはね。俺は死んだよ」

 ベータが、何かに思い至ったように顔をあげた。

「だからなのか? あの癒しの力」

 アルフレッドはテーブルの上に肘をのせ手を組む。組んだ手の上に顎を載せて、ベータの驚く様子を見ていた。

「待て、おまえ今、私をガーディアン=シルヴァと……?」

 アルフレッドは笑った。

「ごめん。混乱させたね。順を追って話そう」

 そう言うと、アルフレッドも足を組み、椅子に深く腰掛けた。

「俺の名は、先も言った通り、アルフレッド・ブラッドベリ。ファーストシティの商家ブラッドベリ家の養子だ。ブラッドベリ家の現在の当主の実際には甥にあたる。俺の本当の父は、教皇ドゥシアス三世。君もさっき指摘したとおり、表向き俺は死亡したことになっているけどね。……俺のことはこれからアルフレッドと呼んでくれないか? アルでもアルフでも、なんならフレッドでもいいんだけどね。で? 君のことはなんと呼べばいい? シルヴァと呼んでもいいだろうか?」

 ベータは首を振った。

「いや、シルヴァは私がガーディアンだった時のガーディアン名だ。エヴァ。エヴァンジェリン・モーガンだ、私の本名は」

 ベータはあっさりと本名を名乗る。どうせ、誰も覚えてなどいない名だ。

「本名を名乗るのは何年振りかな? わたしは、孤児だ。零シティ内で育った。両親はわからない。名を記したプレートが、捨てられた私をくるんだブランケットに縫い付けられてあったそうだ。零シティでは、親のいない子どもも大切に扱われるから、私はあのシティに生まれて幸運だった。」

「そうか、本名までは調べられなかったんだ。王と王家の鉄壁の守護、ガーディアンとなったものは、過去と切り離されるからね。君が孤児なら、なおさらだろう」

「アル。アルでいい? 私のことはエヴァとよんでくれればいい」

「エヴァ?」

 アルフレッドが復唱する。しばしの沈黙の後、エヴァンジェリンは横を向き、指先でそっと目元をぬぐった。

「もう、その名で呼ばれることはないと思っていた」

 自分の名を呼ばれるという事が、思った以上に感情を揺さぶった。

 ベータは被っていた白い布を取り払い、アルフレッドに素顔をさらす。

「アル。現教皇であり王の息子アルフレッド。あなたは毒殺されたと聞いている」

「ああ、毒殺、されたよ」

 エヴァンジェリンはぱちぱちと瞬きをした。

「だって、生きてるでしょう」

「毒の量がわずか少なかったことと処置が早かったことが幸いしてね。そして俺は、ファーストシティを拠点とするアウトサイドでは一番の商家ブラッドベリ家へ死んだ者としてかくまわれた。公にはされてないけれど、ブラッドベリ商会は零シティとも太いパイプがあり取引もある。そして現教皇ドゥシアス三世の妹……俺のおばだ……が、ブラッドベリ家に嫁いでいる。その叔母が瀕死の俺を見て、父に言ったそうだ、『その死にかけの少年を私にくれ』とな。俺は叔母のひとり息子のセドリック・ブラッドベリとよく似ていたから、彼の影武者として重宝されたし、俺もセドリックとは本当の兄弟のように仲良く育てられた。だからこのレッドスコーピオンも後ろ盾にはブラッドベリ家がいる。今までレッドスコーピオンのボスは、ブラッドベリ家だった。まあ、俺とイコールと思ってもらって間違いない」

「なるほど……ひとつ、きいてもいい?」

「なんだい?」

 アルフレッドは笑顔のままエヴァンジェリンの問いを待つ。

「あなたを毒殺しようとしたのは誰? 噂では妾腹だったあなたをねたんで正妻が毒を盛ったとも、その正妻の子、ジュールが毒を盛ったともきくが」

 アルフレッドは逡巡するように、エヴァンジェリンから視線を外し、口元に手を当てたが、すぐに視線を戻すと言った。

「俺に直接毒入りの飲み物を手渡したのは同い年の弟のジュールではあったけれど、だからと言って彼がそれを毒入りと知っていたかどうかはわからないな。俺が意識を失った後、真っ先に応急手当てをしてくれたのはジュールだと聞いている」

「……そう。それが二十年前?」

 エヴァンジェリンは眉間にしわを寄せ、記憶を呼び覚まそうとする。

「そうだ。俺が十の時」

 アルフレッドが難しい顔をしたエヴァンジェリンに頷いて見せる。

「そして、二十年前には影も形もなかった末の弟ヴェルヌが、己のガーディアンであるシルヴァ……君と共にブラッドベリ商会のキャラバンの視察へやってきたのが八年前だ」

 そう言ったアルフレッドをエヴァンジェリンがいぶかしげに見つめた。その瞳の中に、かすかな揺らめきが広がっていく。

「おまえ……まさか、あの時の……!」

 エヴァンジェリンの目がこれ以上ないくらいに見開かれた。アルフレッドはにやにやと笑いながら肩をすぼめる。

「ああ、憶えていてはくれたんだ、もうすっかり忘れられているのかと思ったよ」

 エヴァンジェリンが真っ赤になりながら銀色の髪をかきむしった。

「いや、だから。どこかで会ったことがあるような気はしてたんだって!」

 アルフレッドはついに声を立てて笑っていた。





お読みくださりありがとうございます。

なるべく毎日17時に投稿していこうと思っております。よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ