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零シティ・改  作者: 観月
第二部
25/37

アウトサイド -1-

 曇天。

 だが、屋外での催しにはちょうど良い天気だったかもしれない。

 もちろん、雨天の場合でも対応の出来る移動型ドームが用意されている。

 ファーストシティ郊外。

 一夜のうちに姿を現した巨大なドームの中には、本日行われる着座式と、それに続く神化の儀の用意がすでに整えられていた。それだけではなく、その様子はテラの中の各七つのシティに設置された巨大スクリーンを通して、映し出されるのだ。  一連の儀式が終われば、ジュールは名実ともにテラの絶対的指導者となる。テラにおいては王であるというよりも、教皇であるということの方が重みをもっていた。

 ドーム内に設置されたステージには、横一線に緋毛氈が敷かれていた。

 すでに群集は会場内、そして、会場の外に設置されたスクリーン前に集まっている。

 その時ドーム中央に用意されていた大きな鐘が、低くなり始め、時が満ちたことを告げた。ゆっくりと、空気をゆがませていくような低い鐘の音があたりに鳴り響くと、それまでのざわめきがぴたりとやんだ。しんと静まり返ったホール内に、鐘の音の残響が長く尾をひく。

 その残響すら消え、静寂に包まれた。ステージの袖から、真っ白な聖職者を現す長そで、つま先を隠すほどの丈の服を一枚身に着けたジュールが姿を現した。ゆるくウェーブしたアッシュグレイの髪を肩にたらし、抜けるように白く美しい面差しに観客からは「ほぅ」というため息が漏れ聞こえた。ステージ中央に進む。すると、ステージの両サイドからは、やはり真白の衣装を身に着けた者達が四人でてくる。彼らがつけている衣装は白いが、前身頃の中央に喉元から裾まで、一直線に黄色のラインが入っている。

 四人の従者はそれぞれの手に、金のローブ、金のミトラ(教皇の宝冠)、百個のクリスタルで編まれたコンボスキニオン(数珠)、そして柄の先端に地球を模した球体に蛇が絡まりあった細工の施してある杖を捧げ持っている。

 今回、それらの教皇である印の品を、ジュールへ与える役目を果たすのが、枢機卿の中で最長老であるガルベス枢機卿である。八十を迎える老枢機卿は、ステージの左手からゆっくりと中央に進み出た。

 一歩一歩……、足裏をするようにゆっくりと進む老枢機卿。会場はシン、と静まり返り、固唾をのんで老枢機卿の動きを見守る。

 その時、それが起こった。

 ぱん。

 膨らんだビニール袋が破裂したような乾いた軽い音。

 会場、観客席の中から、小さなざわめきが広がりだす。

 会場に居合わせたほとんどの者がとっさの反応をすることは出来なかった。その音を、銃声だと気づいたものも、ほとんどいなかった。それどころかこの銃声も儀式の一環だと思ったものがほとんどだったろう。着座式、進化の儀など実際に目にしたものは数えるほどしかいないのだ。

 真っ先に反応をしたものは、ステージ上にいた四人の従者。そして、会場のあちこちに配置されていた、白金の鎧に身を包んだガーディアンたちだ。

 従者たちは、ジュールを守るように固まる。ガーディアンとこの会場に入り込んでいた何者かとの間に、銃撃戦が起こる。その光景に、初めて人々は悲鳴を上げた。


 それより少し前、アウトサイドに設置された、式典会場より北へ五キロの地点にテラ解放軍の本体は拠点を張っていた。十一時からの式典開始に合わせて、解放軍側の作戦も開始されれる。

 何台もの装甲車が陣取る間をグェンとムハンマドは歩いて回っていた。

「予定通り解放軍側の兵士は、一般人に紛れて式典会場入りしている」

 ムハンマドはグェンに作戦が今のところ問題なく進んでいることを告げる。

「ここから会場まで、作戦が開始される前にこちらの動きが知れることは避けたいから、作戦開始までは本体を動かせない……、一番心配なのが、作戦開始後。本体が会場入りするまでの間だ」

 グェンが忌々しそうに眉根を寄せた。

「あいつらには、無理はするなと言ってはいる。一般人も多いからな。相手さんも、誰彼かまわず発砲するわけにもいかないだろ? こっちは、相手がはっきりしてるぶん、分があるんじゃないか?」

 のんきに言うムハンマドにますますグェンの顔がしぶくなる。

「あいつら、どれだけ、無理をせずに我慢できるか……。ジュールのそばにはガーディアンがいる」

 エドゥアルド・ロッシから、警備の本体をロッシに託す代わりに、会場式典にはガーディアン部隊の全員が配備されることになったとの報告があった。こと接近戦において、ガーディアンの右に出る者はいないだろう。会場に潜入しているテラ解放軍の兵士など、ガーディアンにとっては子どものようなものではないのか?

 そのことが、グェンをいらいらとした気分にさせるようだった。

 ムハンマドは、今回の作戦に犠牲は出るものと覚悟している。グェンとて、そこはわかっているはずだが、グェンと言う男は人が死ぬことを極端に嫌う。

 本体が到着するまで、無理はするなとは言っているが、ジュールの身柄を、殺すのではなく確保するとなれば、接近戦は免れない。大人と子どもほどの力の差を埋めるにはこちらは数で行くしかない。要するに、式典会場に潜入した者達の間にある程度大きな犠牲が出るということは、織り込み済みの作戦なのだ。

 テラ解放軍が所有している高機動装甲車の最高時速が120キロ程度。その他のものは、もっと遅い。要するに、それが到着するまでの間が一番もろい。たとえ数分にせよだ。

「いくぞ」

 イライラと、グェンが奥に張られた天幕へ向かった。

 今回作戦の指揮を執るグェンは、この本拠地に残らねばならない。己自身が前線へ出ていけないことが、普段は温厚なこの男をいらだたせているのだろう。

 司令官であるグェンが天幕内に姿を現すと、中にいた者達が振り返った。ムハンマドもそれに続きながら天幕内の様子を一瞥する。

「グェン将軍、レッドスコーピオン、予定通り作戦を開始したとの連絡が入ってます」

 何やら複雑な機械の前に陣取り、ヘッドセットを付けた兵隊がそう告げる。

「リョーカイ」

 のんびりとした口調で答えると、その場にあったパイプ椅子に腰をおろし、グェンは天幕内に設置されている大型のスクリーンを睨んでいた。グェンからいらだった雰囲気が消える。グェンは、皆の前でそのいら立ちを見せることはない。ムハンマドはそんな己の上官の様子に舌を巻いた。その一方で自分にだけが上官のいら立ちを見ることが出来ることに、小さな優越感をも持つのだった。

 目の前のスクリーンには、今現在何事もないような式典会場の外観が映し出されている。

 ファーストシティの郊外に設置された巨大な移動型ドーム。ドームの周辺には会場に入りきらない者達が蟻のようにあふれている。そのそばに即席の駐車場。同じ敷地に大型のヘリもある。最新型の空を飛ぶ車、エアカーもあるようだ。おそらく零シティからの物だろう。アウトサイドにエアカーや大型ヘリを所有できるものはいない。万が一所有していてもそれを公には出来ないだろう。

 グェンが手元の腕時計に目を走らせる。

 時刻は十一時。

「将軍、予定どおり、定刻に式典開始されました」

「ん、作戦開始、全軍前進。全速力」

 いつものごとく、気合の入らない指示ではあったが通信係には緊張が走る。

「は、全軍全速力で前進せよ。目標、ファーストシティ郊外神化の儀、式典会場。目的、ジュール・テルースの身柄確保。なお、目標達成後は直ちに本拠点へ帰還!」

 打ち合わせ通りの指示を出す。

 グェンの睨むスクリーンが切り替わり、周辺の地図と解放軍の配置状況が映し出された。


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