王宮 -2-
最新式の銃は、相変わらず空気のの抜けた様な情けない音がする。
扉の右斜め上から、部屋の鍵を壊す。
扉を開けて、室内に入り込むと、外の不穏な気配を感じていたのか、ヴェルヌが立ち上がり、大きな瞳で入口を凝視していた。その瞳が、部屋に乱入したものの中にエヴァンジェリンを認めると、さらに大きく見開かれる。
「シルヴァ……!?」
「ヴェルヌ様。ご無事で何よりです」
エヴァンジェリンは足早にヴェルヌの前に進み出るとひざを折り頭を垂れた。
「無事だな。脱出するぞ。手筈通りだ。二手に分かれる。合流は、フォルトゥナだ」
カイとリョーマとレベッカ、そして黒髪の大男のダンダがアルフレッドの視線に頷いて見せた。
中庭に面した窓へ向かいながら、アルフレッドは振り返り言った。
「リョーマ、遅れるなよ。おいてくぞ?」
「生きてりゃ後から追いつくよ」
口の端に笑いをのせながら答えたリョーマにアルフレッドはしかめ面をして見せた。
合流先になるフォルトゥナは、この日のために用意した宇宙船の名だ。恒星間をも行き来できる性能を持っているそれは、表向きはリンバルド枢機卿が保有していることになっている。ブラッドベリ家が100%出資して作った宇宙船であり、テラから出れば、この宇宙船がレッドスコーピオンの拠点となる予定だ。
立ち上がったエヴァンジェリンの肩に手をかけ無事を喜んでいたヴェルヌが声を上げた。
「待って下さい! 僕は、兄に反抗するつもりはないんです、ここを出れば、ぼくが兄に敵対したことになってしまいます!」
「もう遅い」
と、アルフレッドはヴェルヌの前に立って言った。その言葉をエヴァンジェリンが補足する。
「ヴェルヌ様、今、アウトサイドで行われている着座式ではガッソ枢機卿とテラ解放軍が暴動を起こしているはずです。旗艦アダマスにはジュール王から警備についての全権を現在託されているロッシ枢機卿が乗り込んでいますが、彼もこちらに与しています」
「ロッシ枢機卿……エドゥアルド様ですか!?」
ヴェルヌの口があんぐりと開いた。
「とにかく早く。ことは動きだしている。後戻りはできないヴェルヌ!」
アルフレッドはヴェルヌの手を強く引き、ヴェルヌを自分の体の前に抱えてホバーボードに乗った。有無を言わせず発進させると、窓から王宮の中庭へと飛び出した。続いて、エヴァンジェリンと黒髪の美女ジン、そして最後に金髪の大男オンジが窓から姿を消す。それを見届けたリョーマが、部屋中に銃弾をやたらめったらに放った。物の砕ける音が響いた。音を立てるために、銃の音量の目盛もマックスになっている。
部屋に残った四人がドアから廊下へ一歩踏み出すと、雨あられのように銃弾が襲い掛かってきた。
「おーおー、さすがに来てるわ」
冷や汗をかきながら、部屋の中に逆戻りする。
「まー、そのために銃をぶっ放したんだけどな」
「まっかせて」
レベッカがぴたりとしたスーツの胸元の内ポケットから小さなペンのような形のものを取り出した。
「ホバーボード、用意しておいてよ!」
そう言い放つと、小さなペンのキャップのような部分をひきぬく。
入口からそれを廊下に向けて投げた
「ゴーグルかけて、息止めててね!」
小さなペンは投げ捨てられたその先で派手な音と光を放って爆発した。そして、これでもかと言うほどの煙を出し始める。
リョーマが右手を軽く上げ、前方に倒すと、四人そろって、ホバーボードを勢いよく発進させ真っ白な煙の中を、銃声を響かせながら突っ切っていった。
一方、中庭に降り立ったヴェルヌ王子を連れた一行は、いったんホバーボードを折り畳み、それぞれが肩に担ぎながら緑の中を進んでいた。
「待って下さい、エドゥアルド様があなた方に与しているというのは、本当なんですか? わたしの記憶違いでなければ、彼は兄に忠誠を誓ってます」
ヴェルヌがアルフレッドの手を振り切ると数歩後辞さって距離を取る。そのまま距離を取りながら、説明を求める。
「今回の作戦について、彼からの要求は一つだ。ジュールの無傷での確保、無血での王位の受け渡し」
「お、王位の!?」
「ヴェルヌ。俺を覚えているか? 以前、アウトサイドで、お前がキャラバンの視察に来た時、会っている」
眉間に縦じわを寄せて、遠い記憶の糸を手繰り寄せるようにアルフレッドを見たヴェルヌはハッとしたように目を見開いてエヴァンジェリンに目を向けた。
普通だったら忘れていただろう面影。だが、憶えていたのには理由がある。あの時会った護衛の一人が自分の従兄弟にあたるセドリック・ブラッドベリとよく似ていたからだ。それと、暴動が起こり、ガーディアンのエヴァンジェリンと彼が中心となってそれを制圧した。金色の髪、青い瞳。セドリックより肩幅が広くがっしりをした体格。
「あのときの?」
エヴァンジェリンは頷き、一歩ヴェルヌへ進み出る。
「ヴェルヌ様。彼の本名は……アルフレッド、アルフレッド・テルース」
エヴァンジェリンを見つめていた瞳が、今度は吸い寄せられるようにアルフレッドへ向けられる。
「にい……さま?」
腹違いの兄弟はその視線をからめた。
ヴェルヌは自分に腹違いの兄がいたことは知っていたが、自分が生まれるよりも前にすでに死亡したとされていた。
「ヴェルヌ、もう事は動きだした。アウトサドではジュールの身柄を抑えにかかっている。テラ解放軍とエドゥアルドが手を結んでいる。俺たちの役目はお前をアダマスへ連れて行くことだ。テラ解放軍がジュールを確保してしまえば、アダマスの指揮権は王位継承第二位のお前に移る。アダマスが動く。エドゥアルドは、ジュールの身の安全と引き換えにお前を王位につけることに同意している。対外的には、テラ解放軍が、ジュールの身の安全と引き換えにお前の即位を迫るという筋書きだ。何もなかったことには出来ないんだ。お前が王位と教皇の地位を継承し、零シティのアウトサイドへの開放。連合との交易協議開始を宣言しなければ、テラ自体が混乱に落ちる」
ヴェルヌが蒼い顔で己の兄を見つめていた。
「どうして私を迎えに?」
ヴェルヌはさらにアルフレッドから一歩後退する。
「兄さまならば、そこまでしたのなら……なぜご自分が王位につかれないのです?」
「あのなぁ……」
アルフレッドは横を向くと己の金髪をかきむしった。
「俺は死んだ人間だ。このせせこましいテラから宇宙へと出ていく。悪いが、面倒はごめんだ。時間がない!」
アルフレッドが踵を返し、ヴェルヌに背を向ける。それを合図に「失礼いたします」と、その凶暴な面相からは想像もつかない恭しげな声を出して、オンジがヴェルヌを担ぎ上げた。




