王宮 -1-
仄暗い無機質の壁に囲まれたプラットホーム。王宮直下のマイクロトラムステーション。そこへ一台のマイクロトラムが静かに姿を現し、停車する。
すっと、扉が開いた。
マイクロトラムのすりガラスには八名の人影が写っていた。
開いた扉からはまず二人の小山のような大男が、腰をかがめながら姿をあらわす。彼らは体にぴたりと沿った、ボディーアーマーを着用していた。前身頃、肩、肘、膝などは厚みがあり、かなりの衝撃にも耐えられるようになっている。それ以外の部分も、決してもろいわけでは無い。短時間なら宇宙空間での作業にも耐えられるという素材でできているのだ。最新の繊維でできたそれは、丈夫でありながら、滑らかさを持っていた。
最初に出てきた二人はまるで双子のようによく似た体格だったが顔つきはまるで正反対だった。一人は黄みのかかった肌色に黒髪に鷲鼻。目元はゴーグルに隠れて見えないが、明らかにモンゴロイドの血をひくと思われる。この男の名前はダンダ。口元は常に穏やかな笑みが浮かんでいるように見える。もう一人はトウモロコシの毛のような金髪。口のまわりにも金色のひげを蓄え、肌は白い。ピリピリとした気を放ち、鋭い目つきで周囲を確認する。この男の名はオンジという。
トラムから降り立つと、ダンダとオンジは肩に担いでいた大きな袋を、床にそっと下した。その袋の中からホバーボードと呼ばれる折り畳み式の乗り物を取り出し、器用に組み立てていく。
二人に続いてリョーマの古くからの仲間であるカイと、美しい黒髪を後ろで束ねた女性、ジンがステーションに降り立った。カイは、リョーマと出身地法も近く、似たような風貌だ。ジンの方は、チャイニーズを思わせる大きく吊り上った一重の瞳と、長く滑らかな黒髪を持っていた。 二人は小走りにステーションを出ていく。その先にいた、警備兵が気づくよりも早く襲い掛かると、あっという間に警備兵の意識を奪った。二人は警備兵を縛り上げ、猿轡を噛ませる。
ここに、警備兵が二人立っていると言う情報は、エドゥアルド・ロッシ枢機卿から事前にもたらされていた。
次いでマイクロトラムから姿を現したリョーマとレベッカがホバーボードの組み立てに手を貸す。最後にアルフレッドとエヴァンジェリンが降り立つと、マイクロトラムは静かにステーションから離れていった。
アルフレッドとエヴァンジェリンは、ダンダとオンジが組み立て終えたホバーボードを受け取ると、それに足を載せる。
ホバーボードとは、板の上に細い棒がつきだしていて、その先端にハンドルがついているという、極めてシンプルな形の乗り物だ。ハンドルは小ぶりで自転車のハンドルに似ている。宙に浮き、体重の移動と簡単なハンドル操作のみで動かすことが出来る。小回りも効き、時速八十キロというスピードが出るが、その分扱いは難しい。
最初にダンダとオンジがステーションに降り立ってからここまで、ほんの数十秒ほどだった。
アウトサイドにて、ジュール王の着座式とドゥシアス三世の神化の儀が行われる今日、主役のジュールも、幾人かの枢機卿も、そしてガーディアンも、零シティに残ってはいない。
零シティに残り、第二の零シティとも言われる宇宙船アダマスに乗り、全指揮権をその手にしているのはエドゥアルド・ロッシ枢機卿であった。レッドスコーピオンはそのロッシから、王宮地下へ立ち入ることのできるセキュリティ情報の記載されている身分証も、王宮内の警備についての情報も提供されている。
組み立て終わったホバーボードにアルフレッドとエヴァンジェリンが片足を載せる。ハンドルについている電源をONにする。かすかな唸りをあげ、ホバーボードは軽く宙に浮いた。アルフレッドが体を前に倒し、床につけた右足を蹴りだすと、瞬く間にホバーボードはスピードを上げ、飛び出していく。すぐ目の前に迫る階段も、わずかに宙に浮いたまま、滑るように駆けあがる。エヴァンジェリンも床を蹴ってアルフレッドの後にに続いた。
次いで、警備兵を縛り上げたジンとカイが組み立て終わったホバーボードを受け取る。ほとんど間をおかず、ホバーボードを組み立てていた四人が組み立てを終えると、一斉に飛び出していった。。
マイクロトラムがステーションに入って一分と経たないうちに、再びプラットホームは完全な静寂に包まれた。
警備のためのモニターの動きも、切り替わるタイミングも。決められた台本通りに進んでいく。
レッドスコーピオンのメンバーは迎え入れられるかのように、城の奥へと吸い込まれていった。
何の障害もなく、一気に階を駆けあがり宮殿の奥深くへと滑り込んでいく一団だったが、 さすがにヴェルヌ王子の監禁されている部屋の前の警備兵はやり過ごすことはできない。
アルフレッドは階段を上がりきり、広く一直線な廊下に出るとスピードをいっそう上げた。左手でハンドルを握り、前傾姿勢だった体をおこし、右手のみで銃を構える。ホバーボードはほとんど音はしないのだが、さすがに部屋の前に起立していた警備兵二人がこちらに気付く。二人の視線がこちらを向いた瞬間に引き金を引いた。警備兵側も、応戦してきたが、反応は遅い。
一人の警備兵が倒れる。
その直後、アルフレッドの背後から現れたエヴァンジェリンの放った銃弾が、アルフレッドをかすめるように追い越し、もう一人の警備兵に当たった。
「おいおい……」
アルフレッドは自分のわきをかすめて行った銃弾に冷や汗をかき、スピードを落としたが、エヴァンジェリンはそのままスピードを上げ、彼の脇を風のように通り過ぎ、倒れこんだ警備兵の前で停止した。
アルフレッドが幾分のろのろとそれにつづくと「よかったね、急所は外れてるみたいだ」と、エヴァンジェリンが兵士を覗き込みながら言った。
追いついてきた黒髪の美女、ジンが太ももの収納ポケットより細い拘束用のロープを取り出すと、二人を器用に縛り上げていく。
その間にも、残りのメンバーが次々と部屋の前に集まる。
「時間ぴったり! アウトサイドでもそろそろ作戦開始のはずよ」
レベッカがスーツの右手首ににへばりついた時計に目をやり声に出す。
「ゴー!」
レベッカは手にした最新式の銃を目の前の扉へと向けた。




