Ready -3-
四日前。
惑星テラ。外宇宙との交易は固く禁じられていたが、一部の例外はもちろん存在する。
テラの中心零シティの最北部には、飛空艇や宇宙船が発着するためのステーションが存在し、王族と枢機卿に限り、自家用の宇宙船を持つことを許されている。また、月に一度ほどの割合で、聖地テラの巡礼を許された地球教の信者たちが、この地を訪れる。そこが、テラと宇宙を結ぶ結一の窓口だった。
ステーションは地下に作られている。宇宙船発着の際は地面がぱっくりと割れ、ステーションの内部が初めて顔を出す。
遠くから眺めれば、地面の中に飛空艇やら宇宙船やらがまるで吸い込まれたり、湧き出たりしているようにも見える。
そのステーションにヴェルヌ王子は六年ぶりに足を下ろした。
ヴェルヌを出迎えたのは、ヌハル枢機卿。
「ジュール殿下より、ヴェルヌ様のお世話は全て仰せつかっております」
と、その老枢機卿は慇懃無礼にのたまった。小柄ではあるのだが、四角い顔、鷲鼻に落ちくぼんだ眼が、見るものに威圧感を与える。
ヌハル枢機卿はテラ教徒を受け入れる窓口と言う役目をこなす枢機卿でもあり、かなり強固なジュール派の枢機卿だ。宇宙との交易が自由となれば、テラ教の窓口として得ていた甘い汁が、その懐に入らなくなるのだ。そのヌハルがヴェルヌのテラにおいての世話係になるという。
ヴェルヌ自身、テラに戻っても、そううまく事は運ばないに違いないと踏んでいたが、自分の前にヌハルが出迎えとして現れた時には軽いめまいを覚えた。
それ以降、どこへ行くにもヌハル枢機卿の手の者が、護衛と称してついて回る。
ヴェルヌは到着するとすぐに父、ドゥシアス三世との謁見に臨んだ。
謁見とはいっても、ドゥシアスはその身を病室のベットの上から持ち上げることもできなければ、意識もほとんどないという状態だった。
枕元で「父上!」と呼ぶ息子にわずかに目を開き、一瞬の再会を果たす。だが、ドゥシアス三世の瞼は、それを最後に開かれることはなかった。言葉も交わすことも無く、昏睡状態へと陥る父を見つめながら、ヴェルヌはあふれ出る涙を止めることが出来なかった。
父との再会を果たし、何とか兄に会いたいとヌハルに申し入れるのだが、のらりくらりとかわされ、一向にそのチャンスが得られない。
痺れを切らし「いつになったら兄に会えるのです!」と、ヌハルに詰め寄る。
「ジュール殿下は大変忙しいのです」
ヌハルはゆっくりと諭すようにヴェルヌに語りかけた。
「陛下の病状が目を離せない段階となってございます。万が一に備え、準備が進められているのです。そちらが落ち着きましたら、兄上とまた、ゆっくりお会いになれる日もございましょう。それまで数日の事ではありませんか……」
その数日が過ぎてしまったら、終わりなのだ!
ヴェルヌは歯噛みする。
「では、ぼくが兄に会いに行きます!」
ヌハルの脇をすり抜けて、王宮内に用意されていた自室を出ようとした瞬間、警護の者に取り押さえられた。
「なにを……!」
四名の護衛が一斉にヴェルヌに飛びかかった。後ろ手に腕をとられ、ガクリと膝をついたところを押さえつけられ、銃口が頭に突き付けられる。
「ヴェルヌ様とて、自由にここから出ることはまかりなりません! ジュール様からのおいいつけでございます!」
まったく動じた様子もなく、ヌハルはヴェルヌを見下ろしながら言った。
ヴェルヌの頬が、屈辱に赤くなる。
ぐぐぅ……。
と、歯を食いしばり、呻いた。
「では、ヌハル枢機卿……親書を」
「親書?」
ヌハルは小首をかしげると、ヴェルヌを押さえつけていた護衛に顎をしゃくって立たせろと指示を出す。
手は後にとられたまま立たせられたヴェルヌは、自分を落ち着かせるために深呼吸をする。
「宇宙連合議長からの親書を、預かっております。兄に手渡したいのです」
「なるほど、ではその親書をお預かりいたしましょう」
ヌハル枢機卿が初めて笑顔を見せた。
その笑顔を見ながら、ヴェルヌは絶望的な気持ちに支配されるのだった。
3日前
「ヴェルヌ王子が王宮に入った」
エヴァンジェリンにアルフレットが告げた。
アルフレッドを見つめたエヴァンジェリンの瞳がわずかに揺れる。
「ドゥシアス三世との謁見後、王宮の一室に監禁状態になっている」
「監禁……」
「自由に出歩くことも、外部と連絡することもできない状態だ」
アルフレッドはリンバルド枢機卿の屋敷に用意された自室にエヴァンジェリンを呼び出していた。部屋の小さな窓の枠にもたれるように、アルフレッドは外の景色を眺めた。エヴァンジェリンは反対側の窓枠に軽く持たれて腕組みをしている。
「そこにいる間は身の危険はないと思う。でも、俺たちとしてはそこにじっとしていられても困るんだ」
うつむきかかった視線をエヴァンジェリンはハッとあげた。
「助け出すのか?」
「そうだ」
驚いた表情のエヴァンジェリンにアルフレッドは笑いかけた。
「無……」
「無理とか言うなよ」
そう言われてエヴァンジェリンはむぐ、と、言葉を飲み込む。
「ドゥシアス三世はまだ生きてはいるが、意識はない。医師も、今日明日亡くなってもおかしくないと言っているらしいな」
このあたりの情報は、リンバルド枢機卿からじかに入ってくるので、間違いのない情報だ。
「うん」
「まだ内密な話なんだが」
アルフレッドはそう前置きをして話し出した。
「通例では、教皇が崩御されたらすぐに王宮にて戴冠式。ここで王の座を継承。次の日に聖堂にて教皇となるための着座式が行われる。ここで教皇の座も継承するわけだ。その後に、ドゥシアス三世の神化の儀……まあ、一般に言ったら葬儀だな、が新教皇によって執り行われる」
「ああ」
エヴァンジェリンも一度は王宮に仕えたものだから、頭の片隅に、そんな知識もあった。
「今回、ジュールは、ドゥシアス三世が神となりテラと一つになられたということをテラ中に知らしめるために、着座式と神化の儀のをファーストシティにて執り行うという案を提示しているそうだ。そこで、ヴェルヌ派のエルマン・ガッソ枢機卿がアウトシティの不満分子をあおって、暴動をおこそうとしている。もともと、エルマン・ガッソという男はテラ解放軍に影で武器の供与をつづけ、アウトサイドの不満分子を煽っていたようだしな。彼としては、そこでジュールを抑えちまえば何とかなると思ってるんだろうが……零シティ内にはジュール派のエドゥアルド・ロッシ枢機卿が後を守るために残る。アウトサイドで何か事が起これば、零シティの力でもって、エドゥアルドがジュールを援護するわけだな」
「エドゥアルド・ロッシはジュールの親友だろう? 私だって知っている。穏やかな顔のくせに、なかなかつかみどころのない奴だ。奴が零シティを抑えていたら、無理だろう? 暴動なんて、動いた途端ぺちゃんこにされて終わりだ」
エヴァンジェリンが眉間にしわを寄せて、頭を振りながらアルフレッドを見た。
「エヴァンジェリン。奴はこちらと通じている」
「はあぁ?」
声のトーンが跳ね上がり、エヴァンジェリンが思わずアルフレッドに身を乗り出した。
「やつ、って……ロッシか!? ありえない!……いや、信じられない! あいつは子供のころから、ジュールの護衛だぞ。あいつのあだ名を知ってるか? 三人目のガーディアンだ!」
そう言い放つと、エヴァンジェリンはアルフレッドの机の上に置かれた冷めかけたコーヒーに口を付けた。
子どものころから、精神的にも不安定だったジュールには、常に二人のガーディアンがついていると言われていた。それゆえについたエドゥアルドの通り名が、三人目のガーディアン。それほど彼はジュールの近くにいて、彼を守り続けている。
「俺も、それは知ってるんだけどさ。零シティ内に、まだアルフレッド・テルースとして住んでいたころには、あの二人と面識もあったしね。だが、エドゥアルドがレッドスコーピオンに接触してきてから8年。情報は正確だし。ガーディアンを抜けたお前の救出に向かえたのも、彼からの進言があったからだし」
「保険をかけるべきだ」
「保険?」
エヴァンジェリンは頷いた。
「エドゥアルドが寝返った時のための策が無ければ、分が悪すぎる」
「確かにねー。俺もそう思うんだけど。今回の案にはガッソ枢機卿が決行を決めているから、足並みそろえるには、ここで俺たちも動かないと結局潰されそうな気がするんだよね」
アルフレッドは痛いところをつかれたと片目を眇めて見せたが、エヴァンジェリンは表情をゆるめはしなかった。
「どうする?」
アルフレッドはエヴァンジェリンに尋ねた。
「……え?」
「俺は動く」
ここまでくれば、もうひくことは出来ない。アルフレッドの気持ちはもう決まっていた。
だが、よくよく考えてみると、エヴァンジェリンに関しては、かなり強引にここまで関わらせてしまったという自覚はあった。
「他の奴にはしつこく確認したんだが」
「なにを?」
アルフレッドを見返すエヴァの瞳はきょとんと開かれ、何を言われているのかわからないと言っている。
「俺についてくるんでいいのか? 思い返すと、エヴァにはちゃんと確認をして無かった気がしてさ、なし崩し的にひき込んじまった、と思って」
そう言って、アルフレッドは言葉を区切る。
しばらくの沈黙の後、エヴァンジェリンはやおら目の前にいる男の胸ぐらに掴みかかった。そのままグイと引き寄せられ、アルフレッドは思いのほか近くなった視線を同じ目の高さで受け止める。
「いまさら?」
エヴァンジェリンの言葉にアルフレッドは苦笑する。
「ここまで来てそんなくと、聞くな」
そう言うと、思い出したように顔に朱を登らせて、手を放す。赤くなった顔をそむける様に踵を返し、あっという間に部屋を出て行ってしまった。
アルフレッドは多少あっけにとられて、出ていくエヴァンジェリンを見ていたが、エヴァンジェリンが最後に見せた表情に思わず口元が緩むのだった。




