聖なる一族 -2-
申し訳ありません、八月三十一日に、聖なる一族の前に「テラ解放軍 -1-」「テラ解放軍 -2-」の二話を割り込み投稿いたしました。
ドゥシアス三世の今は亡き正妃は、たいそう美しい女性であった。
漆黒の髪に、黒檀の瞳。白い肌にバラ色の頬と唇。おとぎ話の姫君のような女性。だが、彼女の精神は破綻していた。教皇であり王であるテルース家の者は、その癒しの力が衰えることを嫌い、近親者同士での婚姻に偏る傾向があったからか、ときおり障害のあるモノや精神に異常をきたすものが生まれてくる。
妃のエリーゼもテルース一族の中から選ばれた。だが彼女は、恐ろしいほどの美貌と、唾棄したくなる嗜好の持ち主だった。
夜な夜な繰り広げられる彼女主催のパーティーでは、時折死者さえ出ると言われていた。もちろん、そう言った憂き目にあうものは、アウトサイドから狩ってきたものであるとか、咎人であるとか、この世から姿を消しても大きな問題にはならない者達ではあった。そうでなければ、いかに妃だとてドゥシアス三世が放置はしておかなかったであろう。
彼女は、ドゥシアス三世との間に男の子を産み落とした。正妃の長子。ゆくゆくはこのテラの教皇であり王となる運命の子。彼はジュールと名づけられた。
だがエリーゼは幼い子どもには全く興味を示さなかった。ジュールは完全に乳母の手によって育てられたと言って、過言ではない。
母親がわが子を手に抱くときは、公務の時以外になかった。
宇宙の彼方から、聖地のテラへ巡礼にやってくるテラ教の信者の前に子を抱き、夫であるドゥシアスとともに姿を現す。それが彼女の務めだ。
清楚ではかなげな彼女が幼子を抱いて教皇の傍らで微笑む。ステンドグラスの光に揺れる大聖堂最上階にある礼拝堂の中でのみ、彼女は聖母となった。
公務以外では、子どもを寄せ付けず、美しい女や男を選んで侍らせ、狂乱の時を泳ぐ。
そのエリーゼが初めて自分の息子に目を向けたのは、ジュールが七つになるころだ。
ジュールは母によく似た美しい子どもに育っていた。髪の色が灰色がかっていたことと、父譲りの青い瞳のせいで、母よりはふわりと優しい印象だった。そして、性格は内気でおとなしい子だったから、母にとっても邪魔にはならない。そして、彼女は自分によく似た面差しの彼をたいそう気に入った。
「ジュール。いい子ね。今度私のお部屋にいらっしゃい?」
こうして、ジュールはたびたび母の部屋へ呼ばれるようになっていった。
一時間ほど母と二人で、もしくは母の友人を名乗る男と三人で共に時間を過ごす。
母はジュールを部屋から送り出す際にいつもキスを息子に与えた。それは、母子の間の接吻としてはかなり濃厚なものだったが、ジュールがそれを嫌がるそぶりを見せれば、母の機嫌は悪くなる。せっかくこうして会ってくれるようになった母の機嫌を損ねるのを恐れたジュールは母の口づけをおとなしく受ける。
母の部屋にもっともよく通っていた男はレオナルド・オリバンと言った。オリバンの父は七枢機卿の一人であったが、彼の母はアウトサイド出身の貧しい女性で、彼は表向きは枢機卿の息子とはなってはいない。
ジュールは、母の取り巻きの中で、レオナルドにだけには懐いた。母の取り巻きは皆、母の顔色をうかがいながら、ジュールに接してきたが、レオナルドだけは、ジュール自身を見てくれていると感じたのだ。だから、母とのお茶の時間にレオナルドが同席するひとときは、ジュールにとっては密かな楽しみでもあった。
そのうちに、ジュールは母の催す夜会にも、連れられて出席するようになっていく。
エリーゼの主催する夜会と言えば、その当時ある意味において人々の好奇心をひいてやまない催しであった。それには、いつも黒いうわさがついてまわっていたからだ。
時には周りをぐるりと取り囲んだ観客の中で見るに堪えないショーが行われることもあった。そう言った時はだいたい同行したレオナルドが、ジュールを別室に連れ出してくれた。
周りのものも、教皇の息子であるジュールを傷つけるようなことはない。ただ、彼の母親であるエリーゼだけは、別として。
レオナルドは確かに、エリーゼの気に入りではあった。しかし彼とて、エリーゼには異をとなえることは出来ない。大きくなるにつれ、美しくなる息子をを怪しげなステージに上がらせることもあったし、彼女自らが息子を弄んだこともあった。
ジュールが拒めば、母は大きくため息をつく。
レオナルドは、そんな時、何も言わずにジュールを見つめていた。何も言わない。何もできない。
「わかったわ。お前にはもう頼まない」
口先で、無理強いはしないと言いながら、大きなため息とともに吐き出される言葉はジュールを傷つけた。
だから、受け入れてしまう。いやなことも、恥ずかしいことも。
「ほら、やっぱりお前はそういう子でしょう? 私と似てる」
そう、母に言われることが、うれしいのかどうかはわからないが、ほっとした安堵を覚えるのは確かなのだ。
ことが終わった後で、いたわるように頬を撫でるレオナルドの手も、苦しそうに見える彼の瞳も。どう受け止めてよいのか、ジュールはわからなかった。
こういった日常が徐々にジュールを蝕んでいた。




