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零シティ・改  作者: 観月
第一部
11/37

テラ解放軍 -1-

アウトサイドに根を下ろす集団は多々あったが、近頃台頭していたもののうち、一つはレッド・スコーピオン。これは、零シティの教皇一族とも血縁関係を結ぶブラッドベリ商会がその後ろ盾となっており新進のグループでありながらも、その知名度を増していた。そしてもう一つ、古くからその名が知れているグループにテラ解放軍があった。

 テラ解放軍は「テラと零シティの、テラ教からの解放」を目指す集団であり、軍と名のついているとおり、武力行使もいとわないという集団である。古くからある集団で、レッドスコーピオンが選び抜かれた少人数で構成された集団だとすれば、こちらは来る者拒まずの大所帯だ。その分規律は厳しいものであり、まさしく一つの軍隊と言ってよかった。

 アウトサイドで起きる武力によるいざこざの後ろには必ず名の上がる集団だ。

 レッドスコーピオンが頭角を現し始める数年前に、テラ解放軍のトップに躍り出たのがウ・グェンという名の男だった。

 テラ解放軍のトップは将軍の称号で呼ばれる。グェンは、先代の将軍が戦闘によって亡くなった後に急にその名が上がり、解放軍のトップ、将軍となった。どれほどの男かと思えば、彼に会った者は皆初めは一様に驚いた顔をする。十人が十人頭に思い描いていた想像を裏切られるからだ。

 将軍に上り詰めた時点で三十代前半であった彼は、若いうえに、うだつの上がらない優男といった容姿だった。口調も穏やかで、めったなことでは命令口調で話すこともなく、東洋系の中でも色白で、太っているということはないが決して引き締まっているわけでは無い。将軍と言う称号が似合わない男だった。白衣を着て研究室にでもこもっていた方がよほど似合う、そんな雰囲気があった。


 ❋


 今より八年前、アウトサイドでのヴェルヌ王子襲撃事件が起きたのは、グェンが将軍となって三年目の事だった。そして、その事件は決してテラ解放軍も無関係と言うわけでは無かったのである。

 アウトサイド、ファーストシティからほど近い山中に、テラ解放軍の本拠地はある。山中といっても、木が生い茂るようなものではなく、ごつごつとした岩場だ。もともとあった洞穴を利用して、その岩場の中にかなりの広さの基地が建設されていた。


 その基地の中の一室で、グェン将軍は珍しく眉間に深いしわを刻んでいた。彼の前には小太りの初老の男が座っている。エルマン・ガッソ枢機卿。ヴェルヌ派と言われている枢機卿である。ガッソ枢機卿の方も丸い顔を幾分朱に染め、心穏やかとは言開かない様子で応接用のテーブルを挟んでグェン将と睨み合っている。

「ガッソ枢機卿。ウチのメンバーを使うときは私に一言もらえないものでしょうか?」

 グェンは、自分にできるかぎりの、不機嫌な声を出して言った。

「うちの一個小隊を無断で動かした上にほぼ全滅ってどういうわけです?」

 彼がそう言い終わった時、ちょうど入り口のドアが開いてグェンとは対照的な風貌の男が入ってきた。がっしりとした体つきに口のまわりには怖い髭を生やし、黒髪を編みこんだ彫の深い男が飲み物をトレーに乗せて、立っている。

 彼はテラ解放軍ナンバー2のムハマンド・ビン・ハキム。

 応接セットに向い合せて座るエルマン・ガッソ枢機卿と自分の上官であるグェンの前にカップを置くと、自分は無表情のまま、グェンの後ろに控えた。

 声を出そうとしたガッソ枢機卿は出鼻をくじかれ、幾度か口をパクパクと開閉させた。が、ムハマンドがグェンの背後で動かなくなると声を荒げた。

「それは誤解であろう? グェン将軍。わたしは彼らに命令した覚えなどないわ」

 プクプクとした手をテーブルの上に乗せ、乗り出すようにして言った。

「隊長にヴェルヌ王子のアウトサイドでの情報を流して、武器を供与しておいででしょう?」

 グェンの一言にガッソ枢機卿は、うすくなった白髪から透けて見える頭皮まで赤くした。

「だからなんだというのだ、だいたい、君が将軍になれたのは、私の援助があったからではないか!?」

 ガッソの罵声を聞きながら、グェンはずずっと、わざと音を立てて目の前のカップからミルク入りのハーブティを啜った。あまりの話の飛躍ぶりに呆れ、今まで取っていた不機嫌そうな態度まで崩れてしまいそうになる。

「それについては感謝してますけどね」

 ぽりぽりとこめかみの辺りを掻きながら、全く感謝のない声で言う。

「あなたの要求にはなるべく沿うようにはします。ただ、私を通してほしいと言っているのです。ここの兵士は私の部下です。でないと、示しがつきません。あなたも、ここでテラ解放軍が分裂したりするようなことをお望みと言うわけでは無いでしょう?」

 グェンは、その気弱そうな外見からは意外ともいえる意志の強さを持っている。彼がここは譲れないと思った部分においては、てこでも動かない。

 睨むガッソ枢機卿から目を逸らすことなく見返す。

 上官の後ろにたたずみながら、ムハマンドは興味深げにその様子を眺める。

 案の定、先に目を逸らしたのはガッソ枢機卿だった。

「わかった、今度からはまず君に相談しよう」

 低い声でそう言うと、カップには一口も口を付けずに立ち上がる。身にまとったローブを翻し、足音を高くしながら部屋を出て行ったのだった。



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