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雪夜  作者: 文月 優音
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序章

この世界には秘密がある。

神や精霊が存在しているということ。精霊の力を借りれば魔法も使えるということ。

だがこの世界に住む人間はほとんどがそれを知らない。

他の人が知らないことを知っている。それは翔流(しょうる)にとって何でもないことだった。

子供の頃からそうだった。みんなの知らない雑学や、その年ではまだ教わっていないはずの漢字や方程式。それから神や精霊、魔法の存在。それらは全て周りが教えてくれた。

翔流の家には精霊が住み着いていた。人の目に見えるほど大きなその精霊は、幼い頃から翔流を見守ってきた。

だが白海家の人間は、その存在を外に知らせることはない。神も精霊も人間と関わりを持たずに生きていく。それが普通なのだと翔流の父は言った。

翔流の頭には今もその教えが残っている。神や精霊の存在も、魔法の使い方も、教えてもらいながら人にはそれを伝えない。それは幼い頃から当たり前のようにしてきたことだ。



学校に行くことは、翔流にとってただの習慣だった。高校で習う勉強は全て頭に入っているし、友達らしい友達もいない。彼にとっては学校より家の方が刺激があった。

「おかえりなさい。翔流」

家に帰ると、金髪の少女が出迎えてくれる。

「ただいま。藍悠(らんゆう)

藍悠は白海家で預かっている少女で、翔流とは幼馴染でもある。

「クッキー、焼いた。食べて」

「ああ」

翔流を癒してくれるものは、藍悠の笑顔だけだった。この美しい少女が幸せそうにしているだけで、嬉しい気持ちになる。

諒季(りょうき)は生徒会で遅くなるって」

「ふうん」

 諒季は翔流の二つ下の弟だ。翔流と同じく上位の教育を受けているが、学校ではうまく過ごしているらしい。

今年からは中等部の生徒会長になったと聞いた。だがそれも藍悠から聞いただけのことだ。

諒季は翔流に厳しい態度を見せる。親や友人に対しては優しく紳士的なのだが、翔流にだけはつらく当たる。それも他の人の前では見せず、二人でいるときだけ腹黒い一面を見せる。

それを知っているのは藍悠だけだった。

諒季は翔流を兄として意識しているだけなのだ、と藍悠は言う。だが、どうもそれだけではない気がする。

諒季は翔流より優秀だ。成績も人との付き合い方も諒季の方が上である。だから、尊敬できない兄を軽蔑しているのではないか。

「クッキー、おいしかった。ありがとう」

藍悠にそう言うと二階にある自分の部屋に行こうとする。少しでも勉強して、諒季との差を詰めなければ。

「翔流」

呼び止められて振り向くと、彼女は迷うように翔流を見ていた。

「藍悠?」

「……なんでもない」

藍悠はそう言って自室に入っていった。翔流は首をかしげると、階段を上ったのだった。



部屋で勉強をしていると、緑色の光が浮かび上がった。白海家に住み着いている名も知らない精霊だ。

「どうした?」

精霊は翔流の周りを回ると、誘うように外へ出る。後を追って外に出ると、精霊は外に出て行こうとする。

この精霊は家に住み着いている。今まで外に出ようとしたことは一度もなかった。翔流は怪訝に思いながらも後を追う。

ドアを開けると、精霊はそのまま外に出る。玄関先にいたのは、長いローブを着た女性だった。

女性はフードを目深に被っていて顔がわからない。だが精霊には誰だか分かるのか、女性の周りをくるくると回っている。

翔流が絶句していると、女性は口元を緩めた。

「あなたに頼みたいことがあります」

「頼みたいこと……?」

「藍悠を守ってください。そのための力を授けます」

彼女は懐から本を取り出す。そして羽ペンでなにかを書くと、本と精霊が発光した。

「なんだこれ……魔法……?」

光の奥で女性は微笑む。

「あなたなら、この試練を乗り越えられる。そう確信しています」

光が視界を覆い、思わず目を閉じる。

次に目を開くとそこに女性の姿はなく、代わりに小さな少女が浮かんでいた。

くせのある桃色の長い髪に、透明な羽。目を開くと茶色い瞳が翔流を見つめた。

「翔流。やっと話せるね」

「君は……」

 もしかして、あの精霊?

「私は風の精霊神フィミア。白海家でずっとあなたを見ていた」

「精霊神……?」

 膨大な数いる精霊の中でも最上位の存在、それが精霊神だ。精霊神は四神いて、おそらく目の前にいるのがその中の一神だ。

 精霊は魔法に欠かせない存在だ。それをまとめる神だから、神としての位も高いはずだ。どうしてそんな高位の精霊がこの家にいるのだろう。神と呼ばれる者の多くは天界に住んでいると聞いていた。だから精霊神も天界にいると思っていた。

「あのね、翔流。お願いがあるの」

 あの女性とはまた違う頼みがあるのか。

「この世界を救う手助けをしてほしい」

 突然壮大なことを言われて戸惑うが、フィミアの目は真剣そのものだった。翔流にそんなことができると思っているのだろうか。

「他の精霊神も今地上に降りてきてる。私たちには倒さなくちゃいけない悪魔がいるの」

 悪魔は黄泉世界からの使いだ。いつもは黄泉の女神の近くで控えていて、この世界には滅多に出てこないと聞いていた。

「私たち精霊神は、他の精霊と同じで自身は力を持たない。魔力を具現化してくれる人が必要なの」

 精霊は膨大な魔力を持つ。だがそれを人や物に与えることはできても、自ら行使することはできないのだという。

「だから私と契約して。お願い」

 神に見初められた人間は、神と契約することができる。人間は神から力を借りることができるが、その代わり神の依り代として身を差し出すことになる。

神はこの世界で力を使えない決まりになっている。だが神が人間に憑依したとき、神はこの世界でも力を行使することができるようになる。

「これが、藍悠を守ることにもつながるの」

「藍悠を? どうして」

「あの悪魔を倒すには、あの子の力が必要だから。時が満ちたら悪魔は藍悠を襲いに来ると思う。だからあの子を守りたいなら、私に力を貸してほしい」

 藍悠はなんの力を持つというのだろう。世界を危機に陥れるほどの悪魔を倒す術が彼女にあるというのか。

「藍悠は神の子どもなの。だから自身も神になる素質を持ってる。その神としての能力が、あの悪魔を倒す対抗策なんだ」

「……分かった」

 詳しいことは分からない。だが自分が力を貸すことで彼女を守れるというのなら。

「藍悠を守る力を得られるなら、お前と契約する」

 フィミアは嬉しそうに笑うと、両手を差し出した。

「我が名は風の神フィミア。私と契約することに同意するなら、手を取って」

 緑色に発光する少女に手を伸ばす。彼女の小さな手に触れると、緑色の光が視界のすべてを覆ったのだった。



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