第八話 「狩人の情報」
平生とは異なる、ぞくっとする冷気が、感覚を覆う。
地下への階段は、魔界に続く蛇の口と化していた。
「あいつが、いるだけですよね」
思わず副隊長に訊いてしまう。
「そうなんだがな」
通路は階段を一歩くだるごとに暗くなっていく。カンテラの灯りなしには、転げ落ちてしまいそうな暗さだ。
階段を降りきり、狭い通路を進む。
ある扉がカンテラの灯りに映し出され、副隊長が扉の前で止まる。扉の横には守衛が一人、立っていた。
「入るぞ」副隊長が守衛に一声かける。
「はっ」守衛は敬礼した。
扉はキィという乾いた音を立てて開いた。そして中には、ブランと隊長、そして椅子に縛り付けられたあの男がいた。
隊長が振り返った。
「来たか、マケイン」
「はい」
「じゃあ、俺と交代な」
そう言って隊長は取調室を出て行った。副隊長は嘆息を漏らしながら首を振っている。
「もう少し威厳というものを持っていただきたい」
そう小声で言っていた。
男を見た。太い縄で何重にも縛られているが、心許なく感じる。
「で、いつになったら手伝ってくれんのかな?」
男は笑みを浮かべていた。獰猛な獣が敵を噛み殺さんと、大きく口を開ける様を連想してしまう。男に歩み寄って、全力で殴った。
「おいモリヒト!」副隊長が瞠目する。
「さっき吹っ飛ばされた分だ」
「おお、痛え」
ブランはさっきから難しい顔をして、この光景を見ていた。
「それで、どうなんだ」男に問う。
「どうって?」
「お前が世話になったという人は、カリーヤさんなのか」
「生憎、名前は知らなくてな。ただ、この街じゃ金髪は珍しいんだろ? で、教会みたいなとこで会ったてんなら、同一人物かどうか分かるんじゃねえか」
「教会……お前、異国の人間か。名前は」
「……カールだ」
「なにが目的でこの国に来た」
「流れ着いただけだ」
「……世話になった人が魔物に襲われたかもしれんと言っていたそうだな。魔物っていうのは、森に出る魔物のことか?」
「そうだ」
正直、この男を信用したくない。しかし、刻一刻とカリーヤさんらに危険が迫っているとすれば、悩んでいる暇もない。
「副隊長、俺が森へ偵察に行きます」
「そう言うんじゃないと考えていた」
副隊長の手が肩に置かれた。
「偵察はもう送ってある。お前はブランと交代でこの男を見張ってくれ。少しでも腕の立つ奴がいい」
俺が自嘲気味に笑ったのを見て、ブランは目を逸らしていた。
森の奥深く、二人の防人が苔むした倒木を飛び越えていた。
「大分、奥まできましたね」
「そうだな、しかし特にこれといった気配は感じられないな」
「かえって不気味ですね、獣の一匹や二匹いそうなものなのに」
二人の防人は、失踪した宗神院の者たちと、狩人の証言にあった魔物の姿を探していた。
ブランと見張りを交代して、今はこの男、カールと二人きりだ。剣呑な空気を放つカールに、いやがおうにも緊張を強いられる。
「……兄ちゃん、あんた」
長い沈黙が続く中、カールがぽつりと言った。
「もしかして、故郷に恋人が待っていたりするか?」
俺はぎょっとした。どこにそんなことを推察する要素があったのだろう。
「いたら、なんだって言うんだ」
そう言うと、カールは大笑いした。
「はっはっは、そうかそうか、あんただったか、いやあ参ったね」
「なんなんだ」
「いや実はだな、俺はあんたに手伝ってもらうために、教会に向かってたんだよ。まあ、あんたに阻止されちまったわけだが」
「俺を知っているのか?」
「強い奴だってことは教会の姉ちゃんから聞いてる。それとしょっちゅう子供に会いに行ってるとかな」
別に子供に会いに行っているわけではないのだが……。
笑うカールからは剣呑な雰囲気が失せて、和やかにさえ思える表情をカールは浮かべた。
「ともかく、それを知っているってことは、カリーヤさんと面識があるのは本当か」
「信用に足るかい」
「まあ一応な」
「にしても運が良かったな、二人目で当たりだ」
「二人目?」
「兄ちゃんの前の見張りの兄ちゃんが一人目だ」
つまりブランだ。
「片っ端から聞いて回るつもりだったんだがな」
「ここにいてどうやって?」
「ほい」
カールが立ち上がり、縄ははらはらとその足元に落ちた。
「ど、どうやった……?」
「俺の爪は鋭いのさ。それより、手伝ってくれるよな? 俺一人では、姉ちゃんたちを助け出せねえ」
「いずれにしろ、話しを聞くしかないだろう。俺は手も足もでないしな。忌々しい」
「へっへ、じゃあ説明するぞ、姉ちゃんたちは今――」
防人の二人は、巨大な袋状の植物を目の当たりにしていた。人間が丸々飲み込まれそうな大きさだ。
「な、なんでしょうこの植物。初めて見ましたが……」
「もしかしたらば、魔物の影響で巨大化した植物かもしれん」
「では、やはり、この付近に魔物が!?」
「そうだろう、近辺に注意して進め」
防人の二人は更なる奥へ進むと、驚きのあまり、一時、言葉を失った。
「な、なんだ……これは」
「か、果樹園?」
そこには、先程の袋状の植物が、等間隔に並んでいた。数え切れない程の本数が植わっていた。
「あら、お客さん?」
防人二人は振り返った。そこに居たのは、深緑髪の美女。枯れ木色のローブから、数本の蔦が生えうねっている。
「き、貴様、これはなんだ!?」
「待て、落ち着け、こいつもしや……!」
深緑髪の女――――ドリアド――――は、くすくすと笑いながら、おもむろに手を振りかざした。
「ぐぎゃっ!?」
地面から飛び出した木の根が、片方の防人を突き刺した。後ろから首を根に貫通された防人は、血泡を吹き出し、何度か痙攣したあと、動かなくなった。
「くそっ」
片方の防人は、根の攻撃を紙一重で避けていた。
「あなたは保存食ね」
ドリアドは頬笑み、また手を振りかざす。
四方の木から蔦が無数に伸び、防人の体に巻き付く。
「や、やめろっなにをするつもりだ! う、うわあああぁぁっ」
身動きできなくなった防人を、袋状の植物が頭から丸呑みした。
「で、こっちはおやつね」
そう言って、ドリアドは惨死した防人の死体をうっとりと眺めた。一本の木から幾本もの枝が、防人に伸びていき、全身を絡め取った。そして、万力のように締め上げた。バキバキバキと骨の折れる音とともに、木の枝に血が滴り、箇所によっては、血が噴き出す。
枝は死体を締めたまま激しく振れ、辺りの草木に血を撒き散らした。
その血を浴びたドリアドはより恍惚として笑う。彼女の器官たる人喰いの森は、一心不乱に血を吸っていた。




