第六話 「狩人対防人」
俺はその男を呼び止めたことを、少し後悔した。
俺たちが今、追っているのは魔物だ。それに隊長への報告も急がねばならない。もちろん、この男が怪しいことには違いないが、それでも隊長の元へ急ぐべきだった。
男が振り返る。あえていうなら、男は無表情だったが、「剃刀」とでも形容したくなる雰囲気を纏っていた。
ほんの一瞬、男から膨れ上がる殺気。
殺気に反応したのは呼び止めた俺ではなく、隣を歩いていたブラン。
「おい、貴様、この街では見ない顔だな、どこから来た」
ブランが詰問するような口調で言う。その手は剣の柄に置かれていた。
「森からだが?」男はぼりぼりと頭を掻きながら言った。
「森だと? お前、何者だ」
「……狩人だ」
俺はブランと狩人を名乗った男を交互に見た。
「信用できんな、所持品を見せろ」
ブランは明らかに、自称狩人の男に対して敵愾心を抱いている。先程の殺気が原因だろう。尋常のものでなかった。ただの狩人とは思えない。
「ほらよ、これでいいか? 持ってるものはこれだけだ」
困ったような表情をしていた男は、外套を片手で開いた。出てきたのは、腰ひもに括りつけられた大小、様々なナイフや短剣。錆びついているものや、血糊がついたものもある。一介の狩人が何本も刀剣を所持できるほど余裕があるとも、思えない。この男の風体なら尚更だ。おそらく、戦場かどこからか拾ってきた盗品だろう。
ブランの敵愾心が膨らんでいく気がした。
「貴様、その武器は盗品だろう。どれも狩猟には向いていないぞ」ブランは男を睨みつけていた。
「ああっと、気にしたことはなかったがね」男は飄々と言う。
「俺たちと来てもらう」
ブランが男を掴もうと手を伸ばすと、男はサっと避けた。
「悪いが急いでいてね、付き合っている暇は……っ」
ブランが剣を引き抜いていた。辺りは騒然となる。
「付いてこい、これは命令だ」
「おいブラン、落ち着け!」
「……やれやれ」
男の殺気が膨れ上がった。さっきのように一瞬ではない、まるで肌を打ち付けられるような圧迫感だ。まるで戦場にいるかのような緊張感。
たまらず、ブランが斬り掛かった。
「っ!?」
先に動いたのはブランだった。しかもブランは、速度だけなら俺や副隊長をも上回る。そのブランに対して、男は構えもしていない状態から、首元に剣を当てていた。
ブランの首筋から血が垂れる。ブランが、あるいは男がもう少し踏み込んでいたら、ブランの首に短剣が突き刺さっていた。そして現時点でも、男が剣を突いてしまえば、ブランは死ぬ。ブランの血の気が引き、慌てて飛び退いた。
「どうする?」
そう言ったのは男だ。構えを解き、腕をブラブラさせている。であるというのに、斬り掛かる気にもなれない。
「ブラン、お前は副隊長たちを呼んで来い」
ブランに耳打ちする。
「お前はどうするんだ!?」
「あいつを足止めする。こうなった以上、放っておくわけにはいかない」
「お前一人でか!? 無理だ、せめて二人で……」
「二人でも無理だ」
ブランは言葉を失う。
「行け、ここからなら兵舎までそう遠くないし、お前の方が足は早い」
「……無茶すんなよ」
そう言ってブランは駆け出した。ブランは男の方向へ走っていったが、男は気にも留めなかった。
俺は一人で、男と対峙する。
「逃がしてはくれねえか」
「そうだ、悪いがな」
「急いでいるんだがねえ」
「俺もだ」
男に動きはない、俺は剣を抜いた。
「やるのかい」
「大人しくしてくれると助かる」
「そうもいかねえ」
男は文字通り瞬く間に間合いを詰めた。
ぞわっと、全身の血が逆巻く。反射的に斬り上げた剣が空を切る。男は2、3歩、後ろ向きにステップを踏んでいた。あの踏み込みの勢いからどうやって避けたのか、まるでわからない。
「気味の悪い奴だ」
心臓が痛いくらいに鼓動する。呼吸が浅い。手が震える。体は逃げ出したいようだ。
「無傷は無理かな」男が呟く。
その言葉に、わずかだが安心する。太刀打ちできる気がした。時間稼ぎくらいには。
「お前が大人しくしてくれたら、怪我はさせないぞ」心を落ちつける為に、壮言を吐いてみる。
俺の言葉に男は微笑し、そして言った。
「俺じゃなくて、お前の怪我のことだぜ?」
男は再び間合いを詰めた。俺は半ば投げやりに剣を振った。男は片手に持った短剣でそれを受け止め、空いたもう片方の手で、俺に掌底を放った。
腹に衝撃。俺は後ろに吹っ飛び、地べたを三回転がった。
四回目に受身をとった所で、俺の横を走り抜けようとする男が見えたので、進路を遮るようにして剣を突き出した。
「っとお」
男がバックステップで下がる。
「なんつー馬鹿力だ!」
己の気勢を削がれないよう、全力で声を上げるが、普通の喋り声程度にしかならない。
「兄ちゃんも結構な気骨だよなあ」男はへらへらと笑っている。
その視線が、どうも俺の横や後ろをちらちらしていることに気が付いた。
「お前、もしかしてここを通りたいのか?」
男は俄かに動きを止めて、真面目な顔で言った。
「そうだと言ったら?」
もうさっさと通り過ぎてくれ! と、叫びたい心を抑え、口元に笑いを作る。きっと、引きつった笑みだろう。だが、弱音を吐く訳にはいかない。ブランが皆を連れてくるまで、ここで耐える。それが俺の使命だ。
だから、俺は言った。
「ここは通さん」




