第四話 「木の魔物」
森に入る頃には日が既に傾いていた。
「急ぐぞ」
「こっちです」
ドリアドの先行に従い、俺とブランは森を進む。一切、迷うことなく進むドリアドを見てブランが言った。
「しかし、なんの目印もなしに、よく道が分かるな」
「慣れていますから」
ドリアドは一言だけ返すと、すいすいと奥へ進む。足元にはぬかるみや石、折れた木の枝、背の高い雑草なんかもあって歩きづらい。しかし俺とブランが2、3歩進む間に、ドリアドは5歩も6歩も進んでしまう。
「あれは真似できないな」
「それだけ慣れてるってことなんじゃねえの?」
歩き続けて、黄昏になった。森は急速に暗くなっていって、奥を見通すことができない。
「ちょっと時間の見積もりを誤ったかな」
「大丈夫です、あとほんの少しで着きますから」
それから百歩いかないうちに、円形に拓けた場所へ出た。
「草原みたいになってるな」
「中央に一本、木が生えてるけど、まさかあれが」
「魔物です」ドリアドが頷く。
「ふむ、ブラン、いけるか?」
「まあいけないことはないけどよ、あれか? あの木を切ろうとして、樵が襲われるのか?」
「かもしれん」
「下手に切りつけるより、焼き払った方がいいんじゃねえの」
「駄目です! 火事になります」ドリアドが慌てて言った。
「だ、そうだ」
「なら仕方がねえか、モリヒト、作戦は?」
「先ずお前が切りつけろ」
「え、やだ」
「お前の方が速い、やれ」
「なにかあったら身代りになれよ」
「分かってるから、さっさと行け」
「へいへい」
ブランは剣を抜いて、じりじりと木へ近づいていく。俺も剣を抜き、ブランの右後方から、やはりじりじりと近づいていく。
そして、ブランの間合いに木が入った。
「実はただの木でしたってことはないよな」
「油断するな、斬れ」
ブランが剣を振り上げ、木に向かって斬りつけた。が、木は根を足のように動かして後ずさり、剣を避けてしまった。
「げ、まじか!?」
次の瞬間、木がぱっくりと縦に割け、中から無数の蔦が飛び出してきた。
ブランは後ろに飛退き、俺は蔦を切り払い援護する。しかし切っても切っても蔦が伸びてきて、俺の腕と脚に絡みつかれてしまった。
「ブラン!」
「おう!」
蔦が俺に絡みついている隙に、ブランが突進した。ブランが突き立てた剣は割けた木の口に刺さった。
「~~~~~~~!!」
すると木は幹をくねらせて、逃げるように後ずさった。
「いけるかな?」隣に立ったブランが呟く。
「いけないことはなさそうだ」俺に絡みついていた蔦は全て引っこんでいた。
木が根を素早く動かし、俺とブランを中心にして回り始めた。
「攪乱のつもりか?」
木が再び蔦を伸ばしてくる。
「ふんッ」
難なく切り払い、木の進行方向に向かって駆けだす。伸びてくる蔦はブランが斬った。俺が木の進む先に立つと、当然、木は俺に向かって体当たりをすることになる。
「一、二の、三ッ!」
木がぶつかる寸前に剣を突き立てた。
「ぐうぅお!」
押されながら、なんとか踏ん張る。剣は木に深々と突き刺さり、俺が四歩使って踏み止まった辺りで、木はついに沈黙した。
「倒したのか?」
「やりましたね!」
俺がブランの質問に答える間もなく、ドリアドが歓声をあげた。
「え、ああ、倒した、のかな?」
「念のため斬り倒しておくか?」
「そうしたいところだが、もう日が暮れている。戻ろう」
空はもう鋼色に染まっている。
「それでは街に戻りましょう。急げばまだ迷うことはないはずです」
「この暗さでか? 凄いな」
「ええ、はぐれないようにしてくださいね」
行きと同じく、俺たちはドリアドの先行に従って森を出た。森を出るころにはすっかり夜中だった。
「それでは、俺たちはこれから兵舎に戻りますが、ドリアドさんはどうしますか。もしかして、また森に?」
「いいえ、さすがの私もそれはできませんので、カリーヤさんの所へ行こうかと思います」
「それがいいでしょうね」
「ではドリアドさん、今度、街を案内しますから、俺とデートしてください」
ブランが出しゃばってきた。ドリアドはきょとんとしたが、すぐに笑みを取り戻して、
「いいですよ」と言った。
「え、いいんですか?」とつい訊き返してしまったのは俺だ。
「ええ」
ほれ見たことかと、ブランがにやにやしながら俺の肩を小突いてくる。
「ま、まあそれはともかく、宗神院まで、一人で平気ですか?」
「はい、お気遣いありがとうございます」
「そうですか、それではこれで」
「いや、やっぱりここは俺がドリアドさんの付き添いに」
「駄目だ、隊長に今回のことを報告しなきゃならないだろう」
「いやでも」
「ドリアドさんは一人でいいと言ったんだ」
「ああ、もう分かったよ。わかったわかった」
そうして俺たちとドリアドは別れて、俺たちは兵舎に戻った。
「……と、以上が事の顛末になります」
俺とブランは隊長と副隊長に今回の報告をしていた。
「そうか、ご苦労だったな」隊長が言った。
「しかし、実際に魔物がいて、被害もあったのに、なんの話も上がっていなかったのが気になりますね」
何故か鎧を着ている副隊長が言った。少々嫌な予感がする。
「明日、街へ聞き込みに行こうと思います。魔物がどれだけの被害を出していたのか調べなければなりませんし」
「ああ、頼んだ」
俺とブランが一礼して部屋を出ようとしたところで、副隊長が言った。
「ああ待て、モリヒト。寝る前に一戦やらないか?」
やっぱり。




