第三話 「依頼者の名はドリアド」
女は俺の隣に座ると、豊かな濃緑の髪を掻き上げて、俺の目を真っ直ぐに見据えた。……はずなのだが、俺にはどうも、女の目がひどく虚ろで、人形の目のように、実は何も見ていないのではないかと思われた。
「私は、南の森に住んでいます」女が口を開いた。「ドリアドと申します」
「ドリアドさんですか。それで、僕、いえ、防人にどんな御用で?」
「助けて欲しいのです。森に魔物が出るのです」
「森に魔物?」
「モリヒト、会議でそんな話しあったのか?」振り返るとブランがいた。
「いや、なかったな」
「私は森で生活するのに必要な日用品を、街に出ることのある樵と取引しています」
ドリアドはぐいっと身を乗り出すようにして言う。
「ですが、樵はいなくなりました。魔物のせいです。魔物が樵を襲ったのです」
「それで、俺たちに魔物を退治して欲しいと」
「そうです」
「分かりました、引き受けましょう」
それを聞いて、ブランが耳打ちした。
「いいのか、勝手に決めちまって?」
「先ずは俺とお前で偵察に行く。それで片がつけばそれでよし、駄目なら報告だ」
「え、二人で行くのか。危なくないか?」
「逃走が前提だ。魔物が本当にいるのかどうか確かめなきゃならないしな」
俺はドリアドに向き直った。
「それで、その魔物はどんな姿形をしているか、分かりますか」
「木です」
「木?」
「樹木そのものです」
「木がどうやって人を襲うんだ?」ブランが言った。
「蔦で餌を絡め取り、内部に引き込みます」
「内部って、木の内部ということでしょうか」
「そうです」
「そんな魔物は初めて聞くな。モリヒトは知っているか?」
「いや、俺も初めて聞く」
「お願いできませんか?」
「いいえ、問題ありません。日が落ちないうちに偵察しましょう。ここから森へはそう遠くありませんから」
「ありがとうございます」そう言ってドリアドは笑った。
美人であることに間違いはないのだが、その笑顔に薄ら寒いものを感じたのはなぜだろうか。
「私が案内します」ドリアドが椅子から立ち上がった。
「え、居場所が分かるんですか」
「はい、魔物は一体で、いつも同じ場所にいます」
「そ、そうですか」
「モリヒト、どうする。敵の居場所が分かるなら、応援を頼むか?」
「いや、止めておこう。先ずは俺たちで行く」
なにやらきな臭い。魔物の罠の可能性も十分に考えられる。大勢を巻き込むのは得策ではあるまい。
「そうか、じゃあ行くか。ドリアドさん、案内をよろしく頼みます」
「はい、お任せ下さい」
俺とブランも立ち上がって、先行するドリアドに続いた。
「あの」
礼拝堂の扉にドリアドが手を掛けたところで、背後からカリーヤさんの声がした。
「お気をつけてください」
俺は頷いて、礼拝堂を出た。
宗神院を出て、森に向かって歩くと、飲食店が立ち並ぶ区画に入る。立ち並ぶと言っても、質素な定食屋が五、六軒あるだけだが。
「ところで」
ドリアドが話しかけてきた。
「街には人が多いのですね」
「街といっても、やっぱり辺鄙な土地ですから、街としては少ない方ですよ」
「そうなのですか」
「ドリアドさんは街に出たことがないんですか? 良ければ俺が案内しますよ」ブランが言った。
「はい、それでは今度、お願いします」そう言ってドリアドは舌舐めずりをした。
歩くドリアドから少し距離をとって、ブランが小声で言った。
「なあ、どう思う」
「どうとは?」
「ドリアドさんだよ、美人だろ?」
「まあ、そうだな」
「さらに、俺の見立てでは、かなり遊べる方だ」
「お前な……」そっと拳を振り上げる。
「わーっ、待て待て、ドリアドさんをよく見てみろよ」
ドリアドさんの様子を見てみると、視線があちらこちらに移動して、たまによだれを拭くような仕草をしている。
「……確かに品は良くなさそうかもしれんが、ずっと森で暮らしているわけだしなあ。それに食べ物の匂いが漂ってきて、腹を空かせただけじゃないのか?」
「いや、彼女の視線の先には必ず男がいる。間違いない、あの娘は好き者だ」
「もう好きなように考えてろよ」
ため息を吐いて、先を急ぐ。
「ちょっとした冗談だよ、怒るなって」
そんな他愛のないやりとりをしながら、俺たちは森に入った。




