第二話 「ブランとカリーヤさん」
さして広くもない会議室には、俺を含め十数名が集まった。
「それではこれより、定例の会議を始める。議長はデイリ・ターリッヒ狼部隊長、司会進行はマケイン・ケイドニア狼部隊副長が務める」
副隊長がそう宣言すると、場の空気が一気に引き締まった。
「うむ」隊長が俺たちを一瞥する。「物見からの報告を頼む」
「異常ありません」
「うむ、町民からの要望や情報はあるか」
「ありません」
「うむ、他になにかあるものは……いないな」
「それでは、これにて会議を終わる。解散」
最後に副隊長が告げた。
会議の後、午前は基礎訓練に費やされ、午後は槍の訓練だった。訓練が全て終わった頃、日はまだ傾いておらず、夕飯まで時間がありそうだった。
俺は宗神院まで行こうと兵舎を出た所で、ブランに声を掛けられた。
「おいモリヒト、どうせ暇だろ? ベニーワまで行かないか」
ブランはあどけなさを感じる笑顔で言った。
「俺が娼館に行くわけないだろ」
「なんだ、故郷の彼女のことか?」ブランが肩に手を回してきた。
「そうだ。それに娼館なんか一人で行けばいいだろう」
「暇そうな友人をわざわざ誘ってやってんじゃないか」
「気持ちだけ受け取っておく」
「つれないな。しかしモリヒト君、彼女に操を立てておきながら、別の女の所へ足繁く通うっていうのはどうなのかね?」
「別の女って、カリーヤさんか? 別に彼女はそんなんじゃない」
「だけどお前、殆ど毎日、顔出してないか? 俺が娼館に顔出すのと同じくらいの頻度だぞ」
「俺はお前と違って信心深いんだよ、この罰当たりめ」
「他に娯楽もねえし、仕方ないだろう」
「女を娯楽扱いするな」
「お堅いね。まあいいや、そんなら今日は俺もカリーヤさんに会いに行こうかな」
「おい!」
「なんだよ、構わないだろ? 俺にだって信心くらいあるんだよ」
「くそっ、わかったよ。好きにしろ」
俺とブランは宗神院に向かった。
道中、ブランはすれ違う女性にことごとく声を掛けていた。一見して奔放そうな娘は朗らかに返事を返すが、貞淑そうな娘は嫌な顔をしたり、そっぽを向いていた。ブランは童顔と性格の明るさでそこそこ女性にもてるが、節操のなさは知れ渡っていた。
貞操観念がしっかりしている女性はブランを遠ざけているのだろう。そんなこいつを穢れとは最も縁遠い場所に連れていくとは、カリーヤさんに申し訳がないな。
そうこうしている内に、宗神院の礼拝堂に着いた。白く塗られた外壁に、蔦が絡みついている。
「カリーヤさんはいるかなー」
ブランはそう言いながら、礼拝堂の門を開けた。
「勇者カエスオルカが言いました。私は勇者などではない。それは命を賭して戦った七人にこそ与えられるべき称号だ」
礼拝堂では、カリーヤさんが経典の神話を子供たちに読み聞かせていた。並べられた長椅子の一つに座り、カリーヤさんを囲むように子供たちがいる。カリーヤさんは俺とブランを見てにっこりと微笑むと、読み聞かせを続けた。
俺とブランは子供たちの後ろに座った。子供たちは読み聞かせに夢中なようだ。勇者の話は子供に人気だな。
「……そして勇者は一人、生まれ故郷の獣界へと舞い戻ったのでした。はい、今日はここまでですよ。お外で遊んできなさい」
「え~、もっと聞きた~い」
「もう、また明日読んであげますから。お外が嫌なら、部屋でお勉強にしましょうか」
「お外で遊ぶ!!」
子供たちは電光石火の早さで庭へ出て行った。
「もう、元気ねえ」カリーヤさんはにこにこと笑っている。
カリーヤさんが椅子から立つと、この国では珍しい鮮やかな金髪が一瞬ふわりと舞った。色白の肌に、頬笑みを絶やさないその姿は、まさに聖女だ。あるいは天使。
「こんにちは、カリーヤさん」立ち上がって挨拶をする。
「こんにちは、モリヒトさん。こちらの方は?」
「ええと、こいつは……」
「モリヒト君の大親友のブラン・レイドと申します。私は何度かカリーヤさんを見かけたことがあるのですが、こうしてご挨拶するのは初めてですね。前々から、貴女とお話しをしてみたいと思っていました」
「ブラン・レイド……」
ブランはカリーヤさんの手をとって、甲にキスしようとしたが、やんわりと手を引き戻された。ブランはめげずに笑顔を向けたが、カリーヤさんの目を見た瞬間に引きつった。
カリーヤさんはまるで、古の剣豪のような鋭い眼光でブランを見ていたのだ。俺は知っている。カリーヤさんは単に笑顔を止めただけだ。それと、近眼だからちょっと目を細めているだけだ。カリーヤさんは元々、目付きが悪いのだ。笑顔でいるとそれが目立たないだけだ。
それを知らないブランは、多分、物凄い敵意を向けられていると思っているだろう。
「ブラン・レイドという名前は聞いたことがあります」
「へ、へえ、それは光栄です」
「娼館に通い詰める助平だそうです」
「へ、へえ」
「あなたのことですか?」
「い、いや、そ、それは多分……」
「カリーヤさん、こいつです」
「おい、テメエこの野郎!」
「そうですか」カリーヤさんは一つため息をついた。
「子供たちに悪い影響が出るでしょうから、言動には十分、注意してくださいね」
カリーヤさんは笑顔で言ったが、ブランは威圧と受け取ったようで、しばらく礼拝堂の隅っこでじっとしていた。
「それにしても……」カリーヤさんが言った。「モリヒトさんもあの方と一緒に、娼館に?」
「まさかまさかまさか」俺は首をぶんぶんと振った。「カリーヤさんも知っているでしょう。俺には故郷で恋人が待っているんですよ」
「でも、防人の方はパートナーと五年も離れるわけでしょう? 大変ではないかしら」
「大変て……カリーヤさんは俺に娼館へ行って欲しいんですか?」
「い、いいえ! まさか、とんでもない。変なこと訊いたわ、ごめんなさい」
カリーヤさんは顔を赤くして俯いた。
「で、でも、そうしてもうかれこれ3年ですよね。立派です」
取り繕うような台詞に俺はくすりと笑った。カリーヤさんは笑顔を作ろうとしているが、上手くいかず、口の端が若干、下がっている。
「立派と言えば、カリーヤさんだってそうですよ。あんなにたくさんの子供たちの面倒をみているんですから」
「そんな、当然のことですよ。私はここの修道女ですから」
「立場は関係ありません。貴方は立派です」
「……ありがとうございます」カリーヤさんの下がっていた口角が、今はにまにまと上がっている。
うん、笑顔に戻れて良かった。
「ところで、モリヒトさん。会わせたい人がいるんです」
「俺に?」
「はい、本当は防人の兵舎に直接、行ってもらえば良かったのでしょうが、道が分からないとのことでして。道案内をしようにも、子供たちの面倒をみなければなりませんし……」
「ああ、そういうことですか。それなら僕が会うのは当然です。仕事の範疇です。その方はどちらに?」
「呼んできますわ」
そう言ってカリーヤさんは礼拝堂の奥へ行き、一人の女を連れてきた。枯れ木色のローブを身に纏い、濃緑の髪に、カリーヤさんより白い肌。血の気が感じられない。それなのに、唇は血のように赤い。
女は、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。




