第九話 「暗黒森」
日が傾いている。空を仰げば赤く、夕日の反対側は暗い海の底にも似た、夜の色に染まりつつある。そして、暗黒の夜を背負うようにして、森が待ち構えていた。
「にしても、良かったのか? 守衛を気絶させてきちまったが」
「時間がないなら手段を選んでいられない。人命がかかっているんだ」
カールによると、カリーヤさんたちは魔物に捕えられているだけだが、魔物の気分次第で食われてしまうらしい。つまり人質の状態だ。カールは一度、カリーヤさんたちを助け出そうとしたが、カリーヤさんらを盾にされ、引き下がったらしい。魔物の保存食となってしまった人はまだまだいたため、カリーヤさんたちが食われるのはもう少し後だろうとカールは言っていたが、急げば他の囚われた人たちの命も救えるかもしれない。
俺が守衛に言伝をした後、カールが守衛を気絶させて抜け出すというかなり強引な方法をとったが、緊急事態だ。致し方ない。
「入るぞ」
森を目前に、横に立っていたカールが言った。
森に入ると、木々の枝が空を覆い、夕暗がりは不気味な彩光を伴って、幻惑的な森の風景を作りだしていた。
「道標になりそうなものはないが、道は分かるのか」
「一応、この森で暮らしているからな、なんとなく分かる」
そう言ったカールの足取りはスムーズで、ドリアドを彷彿とさせる。俺は相変わらず歩き慣れない。
「それにしても、木が街に入り込むとはな……」
周囲の樹木を見回して、そう呟いた。カール曰く、カリーヤさんたちを連れ去ったのは、俺とブランが倒した木の魔物と同じ魔物らしい。
「木の姿で入り込んだわけじゃねえよ」
「そうなのか?」
「ああ、街に入り込んだのは親玉だ」
「親玉だと姿が違うのか」
「殆ど人間だ。仮初の姿だとは思うが……」
「見たことあるのか」
「ああ、何度かな」
「倒さなかったのか?」
「この森はあいつの体内みたいなもんだからな、簡単に逃げられちまう」
「体内?」
「この森そのものが魔物で、その中枢、指揮系統の一番上とでも言やいいかな、それが親玉だ」
「つまり、俺たちは敵陣真っただ中でしかも……」
「ああ、侵入はばれてる」
そういうことはちゃんと言え! と思ったが、多分、言う必要のないことと判断したんだろう。どっちみちやることは変わらない。
それからしばらく進むと、いつの間にか森は静寂に包まれていた。聞こえるのは自分の呼吸と、足音だけ。
カールが歩みを止めた。
「来るぞ」
周辺の木が一斉に襲いかかってきた。上から、下から、四方から枝が突き出てくる。咄嗟に転がることで回避し、転がった間に剣を抜く。息もつかない間に、2本の枝が胸を目掛けて突き出された。
「ぐっ」
剣を盾に辛うじて防いだ。枝は次々と襲いかかってくる。剣を振るい、一本一本斬り伏せる。しかし立ち止まっていると地面の草が絡みついてくるため、枝を掻い潜りながら走りだす。
「倒してる暇はねえ、無視して先に進むぞ」
カールが俺に並走する。襲いかかる枝は俺が剣で叩き落とすか、カールが斬った。
「逃げながら辿り着けるのか」
「力技でなんとかする」
木が進路に立ち塞がった。するとカールは一瞬、地面を踏みしめ、猛烈な速さで木に肉薄し、幹をぶん殴った。木は仰け反りながら倒れ、道が開いた。
カールは再び俺に並走し、平然としている。
「お前、狩人とか言っていたが、一体なんなんだ?」
「あ?」
「一介の狩人にできる芸当じゃないだろう、なんだその強さは。お前が鹿を追っている所なんて想像できん」
そう言うとカールは大きく笑っただけで、そのまま森の奥へと進んだ。




