敵国の騎士団に潜入したけど暗殺対象が強すぎて逃げ出したい
目の前には教国のスパイである男。横には暗殺対象である敵国のお姫様。
「どうしてこうなった……」
ようやくお姫様の信頼を少し得てようやく不可能に思えた暗殺に成功の目処が立ったと思ったのに……
「トナリ殿!来るぞっ!」
なんで私は味方であるはずの人間と戦い敵であるはずの人間と共闘してるんだ。いや、共闘というにはお姫様が強すぎて私は魔法の迎撃しかしてないんだけどね。
「ぐっ……これほどまでの腕とは……一旦引かせてもらいましょう!」
だから!強いのは最初の奇襲を避けた時点で分かってるでしょ!そんなこと言いながらじゃどこに逃げるか丸分かりじゃない!
「逃がすかっ!」
「もちろんただ逃げるわけではありませんがね!」
男はあろうことか私にも同時に移動魔法を仕掛けてきた。これは一旦引いて共闘の策を練るつもりなのかね。
「トナリ殿!」
私はそのまま男の移動魔法で塔の中に連れ去られた。
こういうのって本来お姫様かその仲間の役目じゃない?私も仲間だけどさあ。スパイじゃん?実は敵側じゃん?
「ククク……あの姫騎士のいないお前ならば私とこのキメラで簡単に始末できるあとは残りを始末するだけだ。さあ!覚悟してもらおうか!」
あーここ最上階か。なーにが覚悟してもらおうか!よ。こいつ自身は正直たいしたことないし立場分かってんのかしら?
「いや、私も教国のスパイなんだけど。それにこの拠点私が用意したものなんだけどなに勝手に使ってくれてんの?せめてこのままお姫様の暗殺に協力してくれないと割に合わないんだけど」
「フッ……貴様より私のほうがここを上手く使えるから貰い受けたまで!貴様はここで死に!私があの姫騎士の首を教国への土産にさせてもらう!やれ!」
男は私にキメラをけしかける。キメラは私が造っただけあってすさまじい速度で私に迫り、左腕を肘の上辺りから喰いちぎる。傷口から血が噴き出してすごく痛い。
「すばらしい!このキメラならばあの姫騎士もたやすく殺せる!さあ!止めを刺せ!」
あーもーやっぱりこいつ馬鹿だわ。私がなんの抵抗もせず腕一本あげるわけないでしょうに。それにさっきから姫騎士、姫騎士うるさいんだよ姫も騎士も階級だからごっちゃごちゃじゃないか。
「キメラは使えないよだってもう死んでるし」
私が残った右腕で指差した先には頭から上のないキメラが横たわっている。
「な、なぜ……いつの間に……」
「説明する必要はないでしょ。だってあんたこれからすぐ死ぬし」
お姫様には何故か効かなかったけど私の一番得意な魔法は分解の魔法なのよね。相手に直接触れないと使えないからちょっと扱いづらいけど威力は保障できる。キメラの頭も私の左腕を喰いちぎったときに左腕から分解の魔法を流し込んだ。最終的には半分くらいまでは分解されるんじゃないかな。
「じゃ、死んでね」
うろたえる男に一気に近づき右腕でそのまま頭をつかんで分解する。男は悲鳴もあげずに首から上を失い、倒れる。
「あー終わったー腕痛いなーまだあれ残ってるかな?」
傷口に治療薬をぶっかけてとりあえずの止血をする。そのまま一つ下の階に下りて研究室の木箱をあさる。
「お、あったあったやっぱりあの低脳じゃ薬は扱えなかったか」
木箱の中には大量のガラス製のアンプルが入っている。その中から赤いものを取り出し先を割って中身を一気に飲み干す。
「うげー不味い……確かにアリシアの言うとおり味をなんとかした方がいいなコレ」
すぐに薬の効果が現れ、キメラに喰いちぎられた左腕がボコボコと生えてくる。そのまま何度か手を動かして問題がないことを確かめる。
「それにしてもこの状況をどうするかね……とりあえず残ってる薬は持っていくとして」
塔のオーガ達は運べないし何より支配権は召喚者のあの殺した男のものだ。残していってもいいけど面倒だし全部処分かな。地下の生物炉も魔法陣も全部処分してしまおう。全部処分すれば証拠も残らないしね。
このまま戦争が続けば負けるのは教国だろうなあ……うん、逃げよう。それがいい。
「いっそアリシアに言ったみたいにどこか静かな場所で薬師にでもなるかね。うん、そうしよう!」
そうと決まればお姫様が突っ込んでくる前にお掃除しなきゃ。
そのままオーガ達を分解しながら降りていく。地下の魔法陣はせっかくなので書き換えて帝国の端への移動手段にした。移動距離が長いせいで馬鹿みたいな魔力が必要だったけど生物炉を限界以上に稼動させて無理やり賄った。最後には耐え切れず爆発するだろうけど証拠隠滅を兼ねることができるので好都合だ。
その後、教国と帝国の戦争は復帰した騎士団長と妹の副団長の活躍によって帝国の勝利で終わったそうだ。エリスのやつ本当に団長に飲ませたのか……
終戦直前に一度帝国に潜んでいた教国のスパイどもが一斉に蜂起したらしいけどそれもすぐに鎮圧された。騎士団は教国に支配されていた小国の復興に尽力していてしばらくは忙しく働いているらしい。
私は帝国の端でひっそり薬を売りながら細々と生活している。やっぱり命あってのなんとやらだよ。雇い主の教国は解体されたし帝国の騎士団は任務中に消息を絶つと戦死扱い。生存が確信されても脱退扱いだから追われる心配もない!逃げてよかったー。