テュールの呪い
翌日、朝食をとるために一階に下りると、ルカが声をかけてきた。
「おはよう。ロキ君。朝ご飯を食べながらで良いから、話を聞いて貰って良いかな?」
「何ですか?」
「ルガールの件で面白い話を小耳に挟んでね。昨日はミリっちのこともあったし、言わなかったけど」
「面白い話?」
ルカはパンとスープ、そしてサラダの乗ったお盆を机において、手招きをしてくる。
ルカの言うことだ。面白いと言いつつ、酷い話しになる予感がする。
「そう。あいつらがどうやって勢力を広げて、奴隷や傭兵団を手に入れている手段を聞いて来たよ」
「……ご飯が不味くなりそうな話しですね」
「ほら。依頼報酬で一週間ご飯タダになったんだから、食べる量減らして貰わないと」
「まったくこの人は……」
さらっと言われた理由のひどさに、いきなり俺の食欲が減退した。
それでも食べる物は食べるけどさ。
「とまぁ、冗談は置いておいて、ここからは真剣な話。ルガールの連中に絡まれた所は例外無く、その家や店を支えている人が体調を崩すのよ。ベッドの上で一日の大半を過ごすくらいのね」
「え? ちょっと待て。アイリスも母親が急に病弱になったとか言っていたけど、まさか?」
「えぇ。ルガール商会に家や店を奪われた人達は例外無くね。そして、必ず言うのが痩せこけた顔が怖い男を見たと言っている」
俺はその男を知っている。
やせこけた狼のような男だった。
「テュール=ルガール……」
「えぇ、まさにその彼よ。ちなみに、彼は一度ダンジョンを一番乗りで踏破している。何かしらの魔神を倒し、願いとともに神位武器を持っているはず」
「つまり、ルカさんはテュールが魔法の力で、アイリスの母親達を苦しませていると言いたいのか?」
「信じられる?」
「信じられない。と言いたいけど、実際この目で見たからな。この世界ならそういうこともありえるんだろ?」
諦め気味に尋ねると、ルカは肩をすくめて頷いた。
魔物に魔法、元の世界では無いことだらけの世界だ。
今更何があっても受け入れられるぐらい慣れた。
「アイリスちゃんにかけられた首輪の呪いも、恐らくテュールの仕業だろうからね。ということで、今日は呪いの実物を見にアイリスちゃんの家に連れて行って貰って良い?」
「本当に真剣な話をしましたね」
「あら、このルカ様。不真面目にやってることなんて一度も無いのだけれど?」
「どの口が言いますか。人を茶化すの大好きなくせに」
「だから真面目に茶化してきたよ?」
「余計たちが悪いって……」
ダメだこの人、自由人過ぎて歯止めが利かない。
頼りになると言えばなるのだけれど、どこまで信じて良いのかさっぱり分からない。
とはいえ、ルカ以外に力になってくれる人もいないのだから、信じるしか無い。
「おはよ」
「おはよ。ミリア」
「ミリっち。おはよー」
ミリアの挨拶に俺とルカが挨拶を返す。
ミリアはまだ眠いのか目をこすりながら、こちらによろよろと歩いて来ていた。
そして、俺の前で一旦立ち止まると、何の遠慮も無く俺の膝の上に腰を乗せてきた。
「ミ、ミリア」
全然重くは無いのだけれど、突然過ぎて戸惑ってしまった。
それでも、ミリアは全くお構いなしに座り続けている。
「ルカ。ごはん」
「はいはい。持ってくるから待ってて」
ルカにも普通にスルーされた。
ちょっとはつっこんで貰わないと、困っている俺がおかしいんじゃないかと思ってくるよ。
「あの、これは一体?」
「ロキの膝は落ち着く」
「えーっと……」
理屈うんぬんではない。ネコが突然膝の上に乗っかるのと同じような感じだ。
それとも、昨晩のことで気を許してくれたのだろうか。
もしそうだったら、どけるのは忍びない。
そう思ってミリアの頭を見ていると、あることに気がついた。
寝癖で随分髪の毛がはねている。
仕方無いなぁと思っていたら、ついミリアの髪の毛を撫でてしまった。
「ロキ?」
「あ、ごめん。急に触られるのは嫌だったか? 寝癖を直そうと思ったんだけど」
「ううん。触っていいよ。寝癖直すのもお願い」
「ん。なら、任された。ルカさん濡れたタオルを一枚お願いします」
ミリアのお許しをえた俺は、キッチンであれこれ準備するルカに声をかけた。
「はいはーい。ちょっと待っててねー」
軽いルカの声が返ってくる。
香ばしいパンの香りが漂う部屋で、俺は気持ちよさそうな顔でもたれかかってくるミリアの頭をゆっくり撫でていた。
本当にこうしていると大きなネコみたいな子だ。
「ミリっち気持ちよさそうだね」
お盆を持ったルカが席の前に立ち、楽しそうな笑顔を浮かべている。
「ん。ロキは私のお世話が上手」
「あらあら、ルカ姉様も色々やってるんだけどねぇ?」
「ルカは仕事」
「ミリっちは手厳しいねぇ。はい、これ今日の朝ご飯。それとロキ君、こっちは濡れたタオル。で、こっちは濡れた髪を拭く用のタオル。後はこれ櫛ね」
ルカはミリアのあしらうような言葉に、ニヤニヤと笑いながら食器を机の上に移していった。
そして、一通り料理を並べ終わると、俺の手に温かな濡れタオルと、木製の櫛が手渡された。
「冷たい水じゃビックリしちゃうでしょ?」
「今、ようやくルカさんが宿屋で客商売やっている人だと実感しました」
「あっはっは。ルカ姉様のことをもっと褒めても構わないわよ?」
そうやって調子に乗るのが無ければなぁ。と思ってしまうあたり、やはりルカはどこか残念な人だ。
それでも、自分から何度も褒めろって要求はしてこないし、冗談っぽく言うあたり意外と照れ隠しだったりしてな。
「ミリっちご飯食べ終わったら、依頼のお話するね」
「ん。分かった」
ルカは依頼内容を告げる代わりに、さりげなく俺にウインクを飛ばした。
おそらく、アイリスのことだと思う。
ミリアのことを気遣って黙ってくれているのだろう。
素直じゃ無いけど優しいミリアのことだ。全部知ったら何をするか分からない。
自分を犠牲にしてでも、一人でルガール商会を潰すために動きかねない。
「ミリア。タオルのせるからな」
「ん」
ミリアの髪の根元に濡れた暖かいタオルを軽く押し当て、はねた髪を寝かせていく。
野菜と玉子を挟んだ即席サンドイッチを咥えているミリアは、完全に俺に身体を任せ、なさられるがままにされていた。
少しミリアの頭を傾けようと軽く押せば、ミリアは素直に俺の手に従って頭を傾けてくれる。
「食べ辛くなかったか?」
「問題無い。ルカ。おかわり」
中の具材をこぼすことなく、ミリアは器用にサンドイッチを平らげた。
同時に寝癖も直った。後は髪を拭いて櫛でとかしてあげれば終わりだ。
タオルでそっと濡れた髪を拭いていると、どうしても手にミリアの髪の毛が触れる。
すっと触れる毛先は柔らかくて、少しくすぐったい。
水気を含んだ髪がとても綺麗な発色をしていた。
ゆっくり時間をかけて髪の毛の水を拭き取ったころには、ミリアの食事も終わっていた。
「今から髪をとくけど、ミリア自分でやる?」
「ロキにやってもらいたい」
「そっか。痛かったら言えよ」
「ん」
櫛の間を銀髪が流れていく。
髪が根元から真っ直ぐにまとまり、毛先でふわっと広がる。
ミリアは本当に人形みたいに精巧に出来た子だと思う。
でも、人形と違って、心の中ではとっても寂しがり屋だ。
俺は櫛を机に置くと、もう一度手を頭の上にのせて、そっと撫でた。
「終わったよ。ミリア」
「ん。ありがと。ロキ」
「どういたしまして」
「それじゃ、ルカ。依頼の件は?」
俺の膝に乗ったままミリアがルカに声をかける。
するとルカは大きめのバックを背負って、カウンターの裏から出てきた。
「アイリスちゃんの家に案内して貰える?」
「ん。分かったけど、なんで?」
「お母さんの病気は呪いかもしれないからね。ちょっと見てみたくなったのよ」
「治せる?」
「当たり前じゃない。このルカ姉様よ?」
「ん。なら、すぐ行こう」
ミリアは言うなり俺の膝から降りると、今すぐにでも飛び出しそうなほど、うずうずしているように見えた。
ミリアは何だかんだでアイリス達に結構懐いているのが良く分かる。
嫌いと言っていたけど、本当は気になって仕方がないんだろう。
「ルカさん今から行けますか?」
「もちろん。と言いたかったんだけど、何か嫌な予感がしてきた」
「え?」
「んー……駆け込んでくるお客さんがアイリスちゃんだったら、ヤバイかも」
扉をじっと不安そうに見つめるルカに釣られて、俺も扉の方に視線を向ける。
何か慌ただしい足音が聞こえてきたような?
「ミリアッ!」
大声とともに扉を勢いよく開けたアイリスが宿屋に飛び込んできた。
朝から息を切らし、汗だくになっている。
ルカの言っていた嫌な予感が、俺の中にも広がってきた。
「お母さんがさらわれた……」
アイリスは今にも泣き出しそうな顔で、こちらを見上げてくる。
嫌な予感が現実に変わったことに気付いた俺は、頭を押さえながらため息をついた。
やってくれたな……テュール=ルガール。




