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ミリアの友達

 階段を上がり開けっ放しの扉の部屋に入ると、アイリスとベッドの上に座っていた女性が抱き合っていた。


「会いたかったよ……お母さん」

「あぁ……アイリス良く帰って来たね……本当によく無事に帰って来てくれたね」


 親子の感動の再会だったらしく、二人は涙を流している。

 そんな光景を見たら、邪魔をするのも悪いと思って、俺は思わず立ち止まってしまった。

 そう言えば、テュールがアイリスのことを奴隷と言っていた。アイリスはルーガル商会に奴隷として連れ去られたということだろうか。

 この二人は一体どれだけ会えなかったのだろうか。


「でも、どうやって助かったの? お母さんお店を売り払う準備をまだしてたのに……」

「ある人達が助けてくれたの。ロキさん、ミリア、お母さんに紹介したいから入ってきて」


 アイリスからお呼びがかかったことで、俺はミリアの手を引きながら部屋に入った。

 アイリスの母親は、上品で優しげな顔だが、どこか疲れているようにも見える。


「ありがとう二人とも。本当にありがとう。私の娘を守ってくれて」


 アイリスの母の手が俺とミリアの手を弱々しく包み、何度も何度もお礼を言ってくる。


「え? 娘?」

「あぁ、そう。まだ話してなかったのね。奴隷としてルーガル商会に連れ去られる前に髪を思いっきり切ったのよ。近所の人達にも協力してもらって、アイリスを男の子だと偽ったの。女の子だと色々酷い目にあうから、お店を売るまでの一週間、この子を守る方法がそれしか無かったのよ……」

「……え? ミリア気付いてた?」


 アイリスの声がそこまで高くないから、全く気がつかなかった。いや、言われてみればルカもアイリスちゃんと言っていた。

 気がつかなかったのは、もしかして俺だけ?

まさかと思って俺がミリアに確認を取ると、ミリアは当然のように頷いた。


「肉付きで判断出来た。胸が平らだったから少し悩んだけど」

「あんたにだけは言われたくないわよ!」

「別に私は気にしない。胸が無い方がギリギリの回避が出来るし、問題無い」

「いや、発想が女の子としてどうなのさ……」

「男装している人間に女の子の発想を説かれたくない」


 ミリアが胸を張った宣言に、アイリスは胸を押さえながら後ずさりをした。


「アイリスにも仲の良い友達が出来たのね」

「友達じゃ無い」

「友達じゃない!」


 ミリアとアイリスが同時に母親の言葉を否定した。


「あらあらまあまあ」


 アイリスの母親は本当に楽しそうに笑っている。


「ねぇ、ミリアちゃんあなたのことを教えて貰って良いかしら?」

「え……どうしても?」

「えぇ。どうしても。アイリスを助けてくれた人ですもの」

「……ん。分かった」


 ミリアがぽつりぽつりとダンジョンとルカの宿屋の暮らしを語ると、アイリスの母親は突然人差し指をミリアの唇に当てた。


「ん?」

「ミリアちゃん。ちょっと目を瞑って」

「ん」


 ミリアは言われた通りに目を瞑っているように見えた。

 アイリスの母親はミリアの肩に手を置くと、ゆっくりミリアの身体を引き寄せた。


「……え?」


 ミリアが戸惑ったような声をあげて固まった。

 ミリアの身体はアイリスの母親の膝の上に乗せられ、両腕で抱きしめられていたのだ。


「寂しかったんだね。ミリアちゃん」

「そんなことない」

「強いんだね。ミリアちゃん」

「ペールとメールがいるから」

「うちのアイリスちゃんと、これからも一緒にいてもらって良い?」

「……なんで?」


 ミリアの声は段々と小さく弱くなっていた。

 開いた目もアイリスの母親に合わせること無く、下を向いている。

 でも、嫌がっている様子も無い。少し困っているような表情だ。

 ミリア。今君はどんな気持ちなんだろう?


「さっきアイリスが楽しそうにお喋りしてたから。ミリアちゃんはアイリスを楽しませてくれると思ったからよ」

「ちょっと母さん!?」


 置いてけぼりのアイリスが手を大きく振りながら声を張り上げる。

 だが、母親はアイリスを置いて話を進めていった。


「ね。見ての通り素直じゃ無い子だけど、ミリアちゃんのこときっと好きだから」

「それは依頼?」

「そうね。A級探検者に依頼は初めてなのだけれど、受理して貰えるかしら?」

「……問題無い。報酬はご飯で良い」

「交渉成立ね。ありがとうミリアちゃん」


 頭を撫でられたミリアは目を瞑って、身体をアイリスの母親に預けている。。

 あのミリアが完全にネコのように扱われている。

 敵に霧刃だとか賞金首だと恐れられ、やけにさっきから俺に対して冷たく接していたミリアが、意地をはりながらも甘えている。


「……アイリス。お前のお母さんすごいな」

「え? ロキもハグされたいの?」


 アイリスが若干ヒキ気味で尋ねてくると、ミリアも鋭い視線をこちらに向けた。


「……止めとくよ」

「あはは。良かった。ロキは重そうだから、病弱なお母さんには辛いだろうし。昔はそんなこと無かったんだけどね」


 アイリスの口調は茶化しているように聞こえたが、目は悲しそうに伏せられていた。自分を誤魔化さないと辛いのだろう。

 ルガール商会の暴漢に押しかけられても、母親がベッドの上に居続けたのには、身体が良くなくて動けなかったからか。


「私がダンジョンの奥まで行ける力があればなぁ。お母さんの病気を治せたのに。結局私は囮とか、魔物を呼び寄せる撒き餌に使われただけだったし」


 小さく呟いたアイリスの言葉は、どこか悔しそうな声だった。



 その後、俺達はアイリスの家で夕飯をごちそうになり、宿屋に戻ることになった。


「ふふ。今日は楽しかったわ。ロキ君、ミリアちゃん、また遊びに来てね」

「ルーガル商会の連中はこらしめたし、多分ちょっかいは出してこないと思うのですが、用心はしてくださいね」


 笑顔で手を振るアイリスの母に俺はつまらないことを言った。

 ルーガル商会のやり方は簡単で、経営状態の悪い店を見つけては手下を使って難癖をつけて客を遠ざけたり、仕入れルートに圧力をかけたりして借金を背負わせ、店を奪うか家族を奴隷として奪っているらしい。

 奴隷として連れ去られた人達には、言うことを聞かなければ家族を殺すと脅したり、発する言葉をルーガル商会の記録係に流して、反抗的な態度を取る者に奴隷としての教育を施していたとアイリスが語った。

 そんな連中だ。また何かをしてきてもおかしくはない。


「何かあれば依頼して欲しい」

「ふん、誰があんたなんかに頭を下げて依頼なんかするもんか!」

「アイリスは実に無知。依頼というのは対等な物。頭を下げる物じゃない」

「むぐ……」

「でも、アイリスは何も持ってない。対価を払えないアイリスは依頼を出せない。それでも、どうしてもと言うのなら、頭を下げてくれれば、話しは聞いてあげる」

「いくら強いって言っても、何であんたはそこまで上から目線なのか、まずはそこが知りたいわ……」

「私は強い。アイリスと違って、ペールとメールもいるし、ロキもいる」

「わ、私だって、魔法武器があれば、あんたに負けないわよ! ダンジョンだって踏破してみせるんだから!」


 ミリアとアイリスは意地を張り合っているのか、一歩も退く様子がなく言い合いを続けていたのだが、先に黙ったのはミリアだった。

 アイリスに無鉄砲に突っ込む癖がある限り、どんなに強い武器を持っていても、返り討ちに遭うだろうなぁ。と俺ですら思ったので、フォローのしようがなかった。


「ちょっと何でそんな可愛そうな人を見る目をしてるの!? ちょっとお母さんまで何で私を子供扱いして頭なでてるの!?」


 母親からも遊ばれてアイリスは顔を真っ赤にしながらあたふたしている。

 そんな様子を見たミリアは二人に背を向けた。


「……ロキ。いこ」

「ちょっ! ちょっとミリア!」


 ミリアがため息をついて俺の手を引っ張ると、アイリスがミリアの名前を呼んで引き留めた。


「……なに?」

「……ロキとミリアありがとう」


 冷たいミリアの問いに対して、アイリスが絞り出すような声でお礼を伝える。


「……え?」


 戸惑いの声とともにミリアの手がピクッと震える。

 お礼を言われて驚いているのか?


「あんたにも……ミリアにもありがとう。って言ったの! 私もお母さんも助けてくれてありがとう!」

「依頼だから。お礼は良い。……ロキ。早く行こう」


 ミリアはアイリスを振り払うように走り出した。

 だが、アイリスは走り出した俺達に届くほどの大声を出してきたのだ。


「おやすみ! バカミリア! ロキもありがとう! おやすみなさい!」


 アイリスの声でミリアは走る速度をさらに上げ、一気に明かりの灯る夜の街を駆け抜けた。

 俺の手を掴んだミリアの手は、いつもより強く握られていた。


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