この世界のダンジョン
元の世界に戻るためにはダンジョンの神様を倒す必要があると言われて、頭を抱えてみたけれど、別に全てが終わった訳じゃない。
帰る手段がハッキリと提示されているのだし、戦うための力も貰っている。
いつまでも夢だと嘆いていないで、何も考えずとにかく前に進めば良い。
自分に何が出来るか分からないより、明確な目標がある今の状況の方がよっぽど良いんじゃないだろうか。
だったら、元の世界に戻るためにも、一番最初に踏破するためにも、もっとダンジョンのことについて知る必要がある。
そう思ってルカに声をかけようとしたら、ミリアにまた手を引っ張られた。
「今日は疲れたから寝る。ロキ部屋にいこ」
「え、ちょっと、俺はルカさんに聞きたいことがあるから」
「分かった」
初めてミリアが俺の言うことを聞いてくれた。
今までずっとミリアのペースだったから、ちょっと感動した。
一番近い席に座らせられると、ミリアは椅子を隣に並べて座った。
「それじゃ、話が終わるまで寝てる。終わったら起こして」
ミリアはそう言うと、俺の膝の上に頭を乗せて、寝息を立て始めた。
「寝るのはやっ!」
ミリアの寝付きに驚く俺の前に、ルカがお茶とクッキーを持ってやってきた。
紅茶のような香りと甘い匂いが混じり、食欲を誘ってくる。食生活自体はそこまで差が無いのかも知れない。
「ミリっちは成長期だからねぇ」
「ルカさん、ミリアは何歳なんですか? っていうか、両親とかは? ダンジョンを一人で歩かせるのはさすがに不安なんじゃ」
「十三歳。両親はいないよ」
「え……?」
よっぽど間抜けな顔を俺がしたのだろう。
ルカはケラケラと笑っている。
「物心ついた時からダンジョンにいて、魔物を狩って生活していたらしいから。人間不信で誰かとつるむことなんて一切無かったねぇ」
「でも、ルカさんとは話をしていたじゃないですか」
「仕事だからねぇ。鑑定と食事と宿泊、後は依頼については話すけど、私的なことは話さないもの。仲良くお喋りとはとても言えないんだよねー」
「そうなんですか」
静かに寝息を立てて眠る様子はただの女の子なのに、一人で生きてきたとはとても信じられなかった。
「で、このルカ姉様に何か聞きたいことがあったんじゃないの?」
「自分でルカ姉様と名乗るところからつっこみたいけど、魔神とダンジョンについて聞きたいんです。ダンジョンってどんな所なんですか?」
「神様が暇つぶしのために作った競技場かしら。異空間への転移門が街の外にあるから、行きたい時にすぐ行けるよ。中には龍とかゴーレムとか色々な魔物がいるわね。倒して手に入った素材なんかは私が買い取ってあげるから、見つけたらじゃんじゃん倒すことね」
気楽なノリで言われても困るような敵情報に、俺は苦笑いした。
ドラゴンにゴーレム?
ただの人間にそんな敵が簡単に倒せるのか?
「あはは。今どうやって倒すんだ? って顔したね。ま、神様が作った競技場だからね。人間にも勝てるよう魔法の武器を授けてくれたのよ。炎や氷や雷なんかを操って巨大な敵を倒すのよ」
「魔法武器? えっと俺の力とか、ミリアの剣とかですか?」
「ミリっちが使う双刀ペール・メールとあなたはちょっと特別だけどね。魔神の屍をもとに作られた神位武器と呼ばれて、年に最大十二本しか生まれないかな」
「十二本?」
「えぇ、ダンジョンは一ヶ月に一回更新されるんだけど、魔神を倒せるのは一度だけ。一年は十二ヶ月だから、最大十二本。ちなみにミリっちのマントも下着も靴も全部神位武器。装備だけ見れば、五回は踏破してる凄腕よ」
俺はルカの言葉を簡単に信じることはできなかった。
ミリアはこのひ弱な見た目と、十三歳という歳でダンジョンを何度も一番乗りで踏破したということになる。
「って、ちょっと待て。となると、ミリアってもしかしてメチャクチャ凄いの?」
「死神と言われるほどの子よ。この子が通った後に残るのは死体の列だけ」
「……嘘だろ。そんなやばそうな奴に拾われたの?」
「えぇ、嘘よ」
「嘘かよ!? さっきのもどこまで本当なんだ!?」
ルカが真剣に言うせいで信じかけた。それをあっさりネタ晴らしされたせいで、俺は思わず大声を出した。
「ミリっちと違って、からかい甲斐があって良いわね。ルカ姉様楽しいわ」
「勘弁して下さいよ。俺はこの世界の常識何も知らないんですから」
「んじゃ、次は本当のことを伝えるわ。死の呪いを一瞬で大量に注ぎ込む魔剣ペール。黒い霧で相手から姿を隠す魔剣メール。そして、ミリっちの身軽さの三つが合わさって、気付かれないうちに敵を暗殺するのが、この子のやり方。相手が人じゃ無くて良かったと思わない?」
ルカはニッコリと笑い、同意を求めてきた。
ミリアの戦い方は暗殺者のそれだ。笑って、はい。そうですね。と返せる内容ではない。
死神と呼ばれるのが嘘と言っていたが、そう言われてもおかしくない能力じゃないか?
「そんな力でもミリっちにとっての剣は、ダンジョンで自分を守ってくれる父と母なのよ。なら、ロキ君。君はこの子にとっての何になるのかな? もしも、ミリっちの願いが最強の剣じゃなくて、別の願いだったとしたら。それを叶えれば次のダンジョンが解放される前に、帰れるかもよ」
「え?」
「願いを叶えるために来たのなら、願いを叶えたら消えるもの。神様は意外と意地悪なのよ」
口元は微笑んだまま、ルカの鋭い目線が俺に突き刺さっている。
ネコのような人だとは思っていたが、飼い猫ではない。
山猫のような鋭い野生を内に秘めている。
「ロキ君の行く末、楽しみにしておくわ。お茶とクッキーは面白い物を見せて貰ったお礼にサービスするわ。後でミリアと一緒に食べてね」
妖艶な笑みを残したルカは席を立つと、カウンター席に戻り机に突っ伏して寝始めた。
残されたカップに入ったお茶を飲んでみると、ほんのり苦い味が口いっぱいに広がった。
「ミリアの本当の願いか……こんな俺に一体何を願ったんだろうな。君は……」