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1-4

 リュウスケが目を覚ますと目の前には古ぼけた木の天井を見つめていた。外からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。もう朝になっていたのかと思った彼は起きようと思って力を入れて身体を起き上がらせるが節々が少し痛んだ。


「よぉ、起きたか」


 はっきりとしない意識のまま声のする方に目を向けた。そこに居たのは椅子に座っていたローブを被ったままのバジルの姿だった。


「随分寝ていたな、まぁしょうがないけどよ」

「……ここ、どこ?」

「どこってメルソン村の空き家、昨日泊まるって言ったろうが」

「そうだったね……」


 リュウスケはベッドから出ようとするが少しよろける。それを慌ててバジルが支える。彼はバジルを支えにしてちゃんと立ちあがる。今度は大丈夫だった。


「まだ無理すんなって」

「もう、大丈夫だから」


 それを聞いたバジルは少し距離を取る。リュウスケは自分の格好を見てズボンとシャツだけだと気がつく。辺りを見回すとテーブルの上に自分が身に着けていたもの一式が置いてあった。その中には突き刺したままのはずの剣も置いてあった。それを手に取る。


「昨日、熱が冷めた頃に俺が引っこ抜いたんだわ」


 後ろからバジルが声をかけてくる。一瞬彼の顔を見た後再び剣に目を落とす。鞘に収まっていたので少し身を出すと血がべったりと着いていたはずだが綺麗になっていた。きっとバジルが拭いてくれたのだろうと思ったリュウスケは礼を言った。実はリュウスケが疲れてぐっすり寝ている頃、バジルと村人たちはモンスターの死体の片づけをしていた。しかしそれを彼が知る余地は無かった。

 リュウスケが身に着けた物を全部つけ終えるとベッドに腰かけた。彼の顔は曇っていた理由は昨日の出来事だ。ここの村人の前で魔法を使ってしまったことだ。

 そのことを察したバジルは隣に座ってリュウスケの頭を撫でた。


「気にするなって。自分の命が大事だ。お前は良くやったよ」

「……俺、どうなっちゃうのかな?」

「何があっても俺はちゃんと次の街まで送ってやる。そんなに気を揉むな」

「……うん」

「さぁ、さっさと行こうぜ」

「わかった」


 二人はここから去る準備をする。と言ってもほとんど手荷物が無いため、身の回りの点検ぐらいしかやることは無かった。

 準備が出来ると扉を開けて外に出た。日はまだ登り始めたばかりで人影はちらほらとしか居なかった。しかしその全員の視線がこっちに向かっていた。その視線は心地の良いものではなく少し軽蔑的な目だった。

 視線を感じたリュウスケはたじろいでしまう。その中に昨日楽しくお喋りをしていた娘の一人がいた。目が合うと相手は戸惑った様子で目を逸らされた。それを見てリュウスケは胸がチクリと痛くなった。


「早く出ようか」

「……」


 バジルが近くに停めてあった荷車を持ってくる。リュウスケはバジルの隣に並んで誰にも声をかけずに村を後にしようとした。

 村を出る柵の間際まで来た時リュウスケの後頭部に何かがグシャリと当たってそれが地面に落ちる。頭を触ると少し濡れていた。下に落ちた物を見ると落ちて崩れてしまった昨日娘達がくれた赤い果実だった。

 投げた主を探してみると、一緒に戦ってくれた弓矢を持った若い青年だった。険しい顔つきで怒鳴る。


「出ていけ、この異端者!」


 リュウスケは雷が大地に堕ちたかのようなショックを受けた。初めて向けられた人の憎しみの感情にどう対応するべきなのかが解らず、ただ頭の中で先程の言葉を頭の中で何回も壊れた音楽プレイヤーのようにリピート再生して実は違う感情なのではないのかと自問自答していたが、頭の周りが速くなりすぎて世界がそのままグルグルと回転して思考が地面に落ちた果実の如くグチャグチャになってしまった。

 襲い掛かろうとした若者をリーダー格の中年が「落ち着け」と言いながら抱きかかえて抑えた。

 その言葉を聞いた村人たちが続々と集まってくる。それぞれヒソヒソと話していて、悪意のある言葉を吐く人、怖がっている人、困惑な表情を見せる人と、どれもが友好的とはあまりにも言えないものだった。

その中を村長が潜り抜けて一歩前に出て二人に話しかけた。しわだらけで表情はよくわからなかったが声は昨日のように優しいものではなくどこかトゲのあるトーンだった。


「我々はあなた方に救われました。しかし昔から続く魔法への嫌悪はどうしても振り払えないのです。申し訳ないが今すぐこの村を出てもらいます」


 リュウスケは地面に落ちた果物を拾う。それを両手で大事そうに持つとフラフラと道の方へ歩いていく。バジルがその後を追った。

 通行料の10Gをリュウスケの状態を見かねたバジルが代わりに二人分払う。門を出て村の外に出てからしばらくしてからリュウスケはあまりの理不尽さに憤りを覚えるがそれをどこにぶつけてもいいか分からなくなって涙をボロボロこぼしながら膝から崩れ落ちた。

 自分の命を危うかったから魔法を使った。そのおかげで村も救われた。それでいいじゃないか。それなのに何故あんなに冷たい目を向けられなくてはいけないのか。おかしいおかしすぎる。様々な感情が爆発してどうしようもなくなって地面を拳で殴り続けた。バジルがリュウスケの二の腕を掴みあげて荷車に乗せた。


「落ち着け」

「俺は村を救ったはずだぞ! それなのにこんな酷いことされなくてはいけないんだ!」

「気持ちは解るが、ここの人達が昔から持っている魔法に対しての恨みだってある。むしろお前が狩られなかったのは不幸中の幸いだ。本当に下手したら村人に殺されていた」

「……っクソ!」


 リュウスケは横になって顔を腕で覆い隠した。すすり泣きが聞こえるがバジルは少しの間そうしておいてやろうと思って被っていたフードを彼の上にかけて布団のようにしてあげた。少々寝不足なバジルは頬を叩いて無理やり目を起こして荷車の取っ手を持って次の街へと目指した。





=〇〇〇〇=





 少し落ち着きを取り戻したリュウスケはただ何も考えたくなくて寝転びながら空をずっと見上げていた。今日もまた快晴。しかし昨日感じた爽やかさはどこかに消えて青い空と太陽の眩しさが自分を責めているようで辛かった。

 彼の脳裏に自分の意思に反して思い浮かんでしまう村人たちの顔。あんなに優しく接した人たちが一変してまるでゴミを見るような目になったことがなにより怖かった。一種の裏切りと言ってもいい。普通に生きていれば転生前ではありえなかった。しかしここが異世界なのだと認識した。

 もう一つ裏切りといえば死神だ。リュウスケは死神の表情の全くない薄ら笑いが憎たらしくて仕方がなかった。よくも騙したな。なにがゲーム感覚だ、回復も出来ないうえに唯一の強みでもある魔法を使えばこんな目に遭う。もし今度会ったら今直ぐに辞めさせてもらおうと思った。とにかくこの世界には居たくない。早く帰りたくて仕方がなかった。こんなことになるのならば短絡的に決断を出さずにもっと物事を考えてから決めておくべきだったと後悔しても後の祭り。もしこれから一回も死神に会えなければアルカナの地を目指さなくてはいけない。

 リュウスケはふと左手の傷跡を見る。触ると少しヒリヒリとして痛かった。時期に治るだろうとその痛みを知らないふりしてじっと見つめる。人前で魔法を使うのは止めようと思った。また使えば人に裏切られてしまいそう。そんな思い込みが彼のトラウマに変わった。

 気分を紛らわすためにポーチからスライムを取り出していじる。荷車が土道を走って振動する音と複数の足音と会話が聞こえてくる。それを起きて確かめようとも思わなかった彼はただ寝転んでいただけだった。

 今二人が歩いている場所は街道と呼ばれる大きな道。重要な都市部を結ぶ大事な道だ。そこから脇に細い道が伸びていれば村がある証拠。

 街道には多くの人々がいる。バジルの様な旅商人。パーティーを組んで冒険する冒険者。用事があって歩いている兵隊。街から村へ戻る人々。多種多様の種族が自由に歩いていた。

 メルソン村からかれこれ3時間ほど歩いた頃、前方に大きな壁に囲まれた街が遠くの方で薄らと見える。バジルもそろそろ疲れて来たので脇道にそれて荷車を留めた。


「リュウスケ、腹減らないか?」

「……うん」


 リュウスケは荷車から身を起こして気だるそうにバジルの方を見た。バジルは荷車の木箱を漁ってなにか好きそうなものはないかと探りながら聞いた。


「なに食うよ?」

「これでいい」


 リュウスケが手に取ったのは崩れた赤い果実。村人に投げられたものだ。果実には土が少し着いていた。


「でもお前、それ泥着いているぞ?」

「いいよ、食えれば」


 リュウスケはどこかいい加減な言い方をして果実をかじる。バジルはそんな彼が心配になり手で止めようとしたがもう遅かった。一口かじると昨日と同じ味だが美味しく感じられなかった。噛めば噛むほど出てくる果汁の甘さは今の彼にとっては重いものだった。飲み込むと息苦しくなって食べるのを止めた。


「ごちそうさま」

「ハァ……」


 バジルは自暴自棄な彼を見て何て声をかけていいのかわからなくなってため息をついて頭を掻くが、何も言わずに頭を撫でてやった。しばらく撫でたあと手を離しながらリュウスケの額まで手を持ってデコピンをお見舞いしてやった。ちょっとした痛みが走ってびっくりしたリュウスケはバジルを睨むがそれをバジルはニヤニヤと見ていた。


「いいこと教えてやるよ。あの街には可愛い女の子が沢山居る」

「……そんな気分じゃないよ」

「嘘つけ、今ちょっと考えていたろ?」

「そ、そんな事ない!」


 リュウスケは荷車の上で慌てて立ちあがる。それを見てバジルのニヤケ顔が一層深くなるといきなり遠くの方を指差して叫んだ。


「あっちから巨乳の美女が!」

「えっ!」


 リュウスケは指差した方向へすぐに見たがそこには誰も居なかった。騙されたと気付いた時には、バジルがその隙をついてリュウスケの脇辺りを抱えて上に持ち上げた。


「おりゃあ!」

「うわっ!」


 バジルはそのままリュウスケを肩車させる。リュウスケは幼い頃父親にやってもらった記憶があるが、今はもう高校生になったからそんなことをやるなど恥ずかしくてたまらなかった。


「ちょっ、恥ずかしいから降ろしてよバジル!」

「いいから前を向いてみろって」


 リュウスケは言われるがまま前を向いた。

 そこに広がっていたのは壮大な緑の大地。遠くには街。道には先程まで通行人で人がいっぱいのはずだったのに今は誰一人も居なくてとても静かだった。時折通り過ぎていく風が大地に生えた芝と木の葉を揺らしてざわつかせる。その音は自然が呼吸している音に聞こえてくる。さっきまで憎たらしかった青空も今は爽やかに感じた。

 いつもより高い目線。ちょっと高くなっただけでこれほど世界が広がるとは思いもよらなかった。下からバジルが話しかけてくる。


「どうだ、世界は広いだろ!」

「……うん」


 リュウスケはまさか肩車されるとは思いもよらなかったのでバジルの言葉に呆気に取られてしまった。そんな彼を見たバジルが笑う。


「おいおい、お前さんは『アルカナの地』を目指す冒険者様だろ? これくらいの景色を見ただけでポカンとしていちゃあ命がいくつあってもたどり着けやしないぜ?」


 バジルはリュウスケを降ろすと両肩に手を置いて目を見て言った。


「これからお前は世界中の沢山面白い場所に行く。まだ始まったばかりだろ? 世界はこんなにもデカくて綺麗だ。そしてどこかにあるアルカナの地はもっとすげぇに決まっている。こんな所で立ち止まるな。前に行け!」


 リュウスケはそこで気がついた。バジルは自分を励ましているのだと。それが解った彼はニヤリと笑って言った。


「そうだよ、俺はアルカナの地を目指す!」

「じゃあ歩かないとな!」

「うん!」


 二人は休憩を止めて再び歩き出した。今度は一緒に歩く。残り少ない旅のお供と一緒に。




=〇〇〇〇=




 休憩した場所から一時間で街の前まで来た。街の名前は看板に「リベルタウン」と書かれていたのですぐに解った。

 リュウスケはバジルと向き合ってお礼を言った。


「ありがとう、バジル」

「おう」

「じゃあね」


 手を振って見送ろうと思ったらバジルがまた頭を撫でてくる。


「おいおい、じゃあねじゃないだろ?」

「え?」

「また会おうだ。世界は広いが丸い。だからどこかでバッタリとまた会える」

「そうか、そうだよね!」


 バジルは離れて親指を立てて言った。


「また会おうぜ!」


 リュウスケもそれに応える為に親指を立てた。それを見てフッと笑ったバジルは荷車を引きながら自分の次の目的地へ目指すために歩いていった。リュウスケは彼の後姿が見えなくなるまで見守った。

 異世界に来て初めての村を過ぎ去った二日目。リュウスケは大きな壁を見上げる。それはリベルタウン。ここで『アルカナの地』に近づくための情報を掴むために前へと踏み出したのだった。


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