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1-3

 リュウスケとバジルは村人に交じってモンスターの正確な情報を得ようとした。隣に居るバジルが村長に話しかける。


「村長、どこ辺りにモンスターが現れた?」

「あちらの方角だよ」


村長が指差した方向はリュウスケ達が来た道とは反対の方向、つまり次の街へと続く道の方だった。そしてその道の遠くから全速力で一人の槍を持った男性がこっちに近づいてくる。男性が叫んだ。


「大変だぁ! ツインピッグが出たぞぉ!」


男性の言葉を聞くと村人がざわついた。リュウスケの隣にいたバジルも若干険しい顔つきになる。なぜそこまで皆が驚いているのかというと、ツインピッグがこの周辺に現れるようなモンスターでは無かったからだ。当然そんなことを知らないリュウスケはバジルに質問をした。


「そんなにヤバいモンスターなの?」

「ああ、こいつは面倒くさいことになったぞ。俺達も一緒に戦うべきだ」

「わかった」


 二人が耳打ちしていると村長が全員に指示を出す。


「若い男は直ちに武装して撃退に向かってくれ」


 村長の号令のもとに村人たちが気合十分に掛け声を上げる。そこにバジルが村長に声をかけた。


「悪いが俺にもなにか武器を貸してくれ」

「わかった、そこの者。案内してあげなさい」


 村長が村人の一人に声をかける。そして村人たちとバジルは武器庫がある場所まで駆け足で走っていく。

 武器庫の中は薄暗く若干カビ臭かった。平和になったものだから使う機会があまりないのだろう。バジルはその中から長い槍を持つ。大きな図体でもピッタリなサイズだった。多分人間が持つには少々重いだろうとバジルは思った。他の村人はほぼちゃんとした武器が無かったために斧、鍬、鎌などの農具を代用した。

 全員が武器を持つと再び村の中央に集まる。そこには槍を持った門番も合流していた。

 リュウスケは鞘から剣を抜き出して刃をチェックする。刃には自分の顔が映る。緊張して眉間にしわが寄っていた。

 緊張している彼にバジルが肩を叩いて落ち着かせようとした。


「そう緊張するな。この人数ならいける」

「うん」

「それと……」


 バジルは顔を近づけて耳元で声をひそめて言った。


「村人の前で魔法は使うな。もし使うとしたらピンチの時だけだ」

「わかった」


 リュウスケは剣しか使えない不安があった。しかし嘆いても仕方のないことだ。覚悟を決めて剣を握りしめる。それにいざとなれば薬草でもかじって体力を回復でもすればいいと思った。

 死神は言った。ゲーム感覚でやればいいと。その言葉を信じて勇気を振り絞った。

 そろそろ暗くなってきそうなので松明に火をつけてそれぞれの片手に持たされる。

 村人の中で村長の次に年齢の高いものが大声で掛け声をあげた。


「行くぞおおおおおお!!!」


 空の色は青から橙に変わりそうになる頃。野獣のように勇ましい雄叫びを上げて男たちは土道を走っていく。先は暗くて深かった。





=〇〇〇〇=





 男たちが走っている周りには沢山の木々が両脇に生えていた。奥まで続くその木は暗くなった今入ってしまえば容易に抜け出せなくなるだろう。

 昔の先人たちがこの森の中に土道を作ってくれたおかげで真っ直ぐに進めた。

 そしてその中にリュウスケとバジルは居る。10人が均等に2列に並んで走る。そしてその前には先程掛け声をあげた中年の男性が先導を切っていた。彼らはリーダー格の男性の後ろに横に並んでいた。

 走っている途中、森の中からモンスターが飛び出してくる。スライム、角の生えたウサギ(ホーンラビット)、牙が一本しかないイノシシ(ランスボアー)。どれもこちらに向かってくるがそれほどの脅威でもなかった。武器を一振りすれば全部倒せるくらいだ。しかし本命はツインピッグ。それだけはなんとしてでも喰い止めなければいけない。さもなければ村にとんでもない被害が及んでしまうからだ。

 バジルが自分の真後ろに居る男性に声をかける。その男性はツインピッグの存在を知らしてくれた人物だった。


「どこら辺で見かけたんだ?」

「もっと先です! でもあれから時間も経ちましたしこちらに向かっているかもしれません!」


 そこでリュウスケは疑問に思った。それをバジルにぶつける。


「なんでこっちに向かうことが解るの?」

「ツインピッグは人を食う化け物だ。このあたりで人が居て一番近いとなるとメルソン村だろう」

「人を食う……」

「ああ、だからくれぐれも気を付けろよ」

「うん」


 二人が話していると前から大声で「止まれ!」という声が聞こえる。全員が走るのをやめて前を見ると大量のスライムが道を塞いでいた。ここまで全速力で掛けは知ってきたので皆息が上がっていた。辺りは汗の臭いと松明の先端の布に塗られている松脂が燃えて焦げる臭いがする。その臭いが緊張感を高めていた。リーダーが深呼吸して声を上げる。


「皆で斬りかかるぞぉ!」


 全員でスライムを斬っていく。リュウスケはこれを炎で焼いたら一瞬で済むのにと思うが実行はしない。あくまで剣で切っていくだけ。

 全部のスライムを斬り終えるころには完全に皆がへばっていた。若いといっても村人のほとんどは中年だ。むしろここまでよく頑張ったというべきだ。まだ平気なのは比較的に若い村人三人、門番、バジルとリュウスケくらいだ。しかし長期戦になってしまえばこちらが不利になるだろう。

 そんな時、再び森の中からホーンラビットとランスボアーがわらわらと出てくる。リュウスケは剣を強く握りしめるが。門番がそれを手で遮って止めながら冷静に言う。


「ここは俺達で何とか食い止めるから先に行け」

「わかりました」


 リーダー格の男が立ちあがり、リュウスケとバジルと若い村人三人の計五人を引き連れて前に進んだ。残った村人たちは背中合わせに立って次々とモンスターを蹴散らしていった。





=〇〇〇〇=





 リュウスケ達が森の中へ進んでいくと少し開け場所に出る。そこに小型のモンスターが数匹チラホラ居たが直ぐに片付けた。そこでいったん休憩してツインピッグとの戦闘に向けて準備をする。リュウスケがリーダーの声をかける。


「これからどうすれば?」

「とにかく石集めをするぞ」


 森の近くに落ちている石をかき集めて一か所にまとめる。これを全員で投げて相手にぶつける寸法だ。幸いにもツインピッグは足が遅い。

 もちろん石だけでは歯が立たない。他にも何かないかと探す。するとバジルが何かを見つけた。


「よっしゃ、これは使えるぞ!」


バジルは一部の木から生っていた果実をもぎ取る。それは黒くて硬めの皮に包まれている。リュウスケが石を拾い集めながら近づいて聞く。


「それがどう使えるの?」

「こいつの果汁にはモンスターに対しての有毒な物質を持っている。こいつを塗れば多少は戦力アップするだろう」


 バジルは沢山もぎ取って石の隣に置いた。そして全員に声をかけて毒を塗る作業に入る。

一番優先させた武器は若い村人の一人が持っていた弓矢。これでそれなりに戦力アップになったはず。そう信じた彼達は全員分の武器にも塗った。

 そして石と弓矢を相手にぶつけている隙にリュウスケとバジルが足を斬りつけて自重が保てなくなって倒れたところを全員で襲う作戦となった。二人はツインピッグが来るまで隠れるために物陰に身を潜める。行く間際にバジルがリュウスケに声をかけた。


「合図は俺の槍の刃が光った時。いいな?」

「うん!」


 場所は道の両脇にある木。獲物がここまで来たら横から斬りかかる。両者の武器を握る拳が強くなった。

 バジルはそれなりの経験があるからか平然としていた。緊張していないかというと嘘になるが意外と頭は冷静だった。何故なら確信があったから。この人数ならいけると。

 対するリュウスケは緊張の色が隠せず額に汗を掻いていた。獲物を仕留められるかどうか少々不安だからだ。彼は転生前でも運動神経は悪くない。普通に生きていく分には支障はなかった。しかしこちらに来てから初めて剣に触れた。予想以上に重たくて。一振りするだけで相当力を使う。ここまで来るまでかなりの数を相手にした。体力も消耗している。

 そこで彼はポーチから薬草を取り出したが使い方がわからなかった。とりあえず口に含んでみる。味は苦くて舌がピリピリした。あまりの味につい口から離した。中はまだ変な味が残っている。それを取ろうとするためにツバを飛ばした。それでも取れないので顔をしかめた。


「まっず……」


 少し時間をおいてみるがなかなか効果が出てこない。少し気分が良くなった程度だった。もしかしたらちゃんと食べないといけないのかと思った彼は我慢して一枚全部噛み切る。

 リュウスケが薬草を食べ終えた頃、前方に矢先を向けている若い村人と、石をそれぞれ持ったリーダーたちが暗闇の奥底から何かがうごめく気配を感じた。

 かすかな地鳴りと共に音域が低い豚の鳴き声が全員の耳に入ってきた。それぞれが万全の態勢で迎え撃てるように念入りにチェックをする。

辺りはすっかり暗くなって明かりはリーダーたちが持っている松明だけが頼りだった。その光がうっすらと周りを照らす。

 だんだん音が近づいてくる。暗闇の方向から来る地鳴りは激しさを増した。周りにある木々も大地が揺れるのに連動して葉がぶつかりあって音を立てた。

 明かりが届く範囲内に討伐対象のツインピッグが見えてきた。足はカエルのように折曲がってつま先は馬のヒヅメのような物がついている。胴体はゴリラのようにガッシリとした筋肉がついている。そこから横に生えている筋肉が沢山ついた腕が二本ずつ左右に生えて計四本の腕。そして頭部は豚の顔が横に二つ着いていた。その姿でこれまで戦ってきたモンスターとは一味違うことがわかった。

 全長は五メートル前後……のはずだが目の前にいる個体は違かった。その二倍はあるだろうとリュウスケ以外の全員が思った。

 リーダーの合図と共に大量の石と毒の塗られた矢が放たれた。しかし弓矢が獲物の皮膚に刺さる気配など全然なかった。全てが弾かれてその場に散らばった。

 バジルはその光景を見て急ぐべきだと思った彼はリュウスケに合図を出す準備をする。相手の鈍臭いのと石と矢に気が囚われているのでこちらには気づいていない。バジルは立ち上がって刃の先の角度を少し変えて光を反射させて合図を出した。

 その合図を受けてリュウスケは物陰から飛び出す。それと同時にバジルも飛び出す。

 リュウスケは全速力で走る。目に汗が入って視界が歪む。それをたまらず手で拭った。地面に散らばった石や矢に足を取られそうになるも立て直して全速力で相手に接近した。目標との距離はもう目の前に差し掛かった。

 片手で持っていた剣を両手で構える。今まで触っていなかった左手で柄を持つと汗で少し湿っていた。滑り落ちないように強く握りしめる。剣を地面スレスレまで近づけていた剣を上に掲げて上段に構える。そのまま目前にあるピンク色の太い肉柱に向かって突き刺した。

 それと同じタイミングでバジルの持っていた槍も反対側の足に刺さる――――はずだった。

 結果は槍の方が折れて傷一つも付けられなかった。同様にリュウスケ側の足も剣の鋭さがあったおかげで刺さりはしたが浅くて致命傷という訳ではなかった。

 作戦は失敗した。確実に仕留められると思っていたその場の全員は他の案など考えていない。リーダーは大声をあげた。


「逃げろおおお!!」


 リーダーと若い村人は近づく前に全速力で来た道に戻る。 

ツインピッグの近くにいたバジルも素早く距離を取って逃げる。しかしリュウスケは気が動転して突き刺さった剣を取り出そうと奮闘していた。それに気づいたバジルは怒鳴った。


「バカヤロウ! お前も早くこっちにこい!」


 リュウスケは剣とバジルを交互に見て、頭が混乱して明確に判断できなかった彼はやっと今の状況がピンチだってことに気付く。剣を諦めてその場から離れた。

 リュウスケが丁度離れてバジルと一緒に全速力で走っている時、後ろからツインピッグの怒りに満ちた激しい咆哮が近くにいた全員の耳が破けそうになる。

 ツインピッグの巨大な足が持ちあがるとその場で急直下に振り下ろす。その衝撃で地面が叩き割れて足がめり込んだ。

 激しい地響きに足を取られたリュウスケは躓いて転んでしまった。早く立ちあがろうとするがまだ動揺していた彼の足腰は言うこと聞いてくれず力が入らない。バジルも夢中になって走っていたが転んだリュウスケに気がついて「早く立て!」急かすが返ってそれが彼の心をよりいっそう乱してしまって全く立ちあがれなくなってしまった。バジルの声を聞いた遠く離れた村人たちも状況を理解する。その場にいる全員の肝が冷えた。

 助けに行こうとバジルは思ったがリュウスケとツインピッグとの距離はあと六メートルくらいで目と鼻の先ほどの距離しか空いていないのでなかなか手が出せない状況だった。

 リュウスケは必死に逃げようとして上半身を起こして尻餅を着いた状態で後ずさりをする。その体制になったせいでツインピッグを下から見上げる形になってしまいあまりの巨大さに彼の恐怖心は更に煽られた。

 心臓の鼓動が速くなり、歯がうまくかみ合わなくなってガチガチとなって息苦しくなると、視界が涙で歪む。それでも後ずさりをして何とか距離を取ろうとする。しかし恐怖が勝ってそれすら上手くできなくなってしまう。相手はそれをあざ笑うかのようにじっくりと近づいて、足音を次第に大きくさせながら、異臭を放ちながら鋭い牙を見せて口をゆっくりと開けた。その口からはヨダレが出ている。

 リュウスケはそこで異世界に来て、三回目の死を感じた。一回目は病院で医者に余命一ヶ月と宣告されたときに沸いた感情。二回目は初めて死神の姿を見たときに沸いた感情。この感情だけは何回訪れても慣れることはない。むしろ来る度に恐怖が増していった。

 醜い巨大な豚の太い四つ腕が上がる。ゆっくりと天高く上がっていく。そして天まで上った拳は勢いよく振り下ろされた。

 リュウスケから映る拳はスローモーションのようにゆっくりと動いて見える。彼の脳内には今までの思い出がフラッシュバックされていた、俗に言う走馬灯だ。

 生まれて初めて見た親の顔、初めて自転車に乗った日のこと、小学校、中学校、高校生、そして異世界に来るまでの記憶が一気に押し寄せる。

 初めて異世界に飛ばされて見た壮大な草原。デコボコのジャリ道。スライムの柔らかさ。バジルと出会ったこと、初めての村を訪れて薬草買って、村の娘と話して……。

 そこで彼は思い出す。モンスターを討伐しに行く前にバジルが言った言葉。


「村人の前で魔法は使うな。もし使うとしたらピンチの時だけだ」


 自分には魔法が使える。死神はこの身体には膨大な魔力が宿っていると言った。遠くでは村人が見ている。だが今はピンチだ。今しかない。使わなければ死んでしまう。

 周りがゆっくりと動いている中、リュウスケだけが咄嗟に動けて、彼は手を前に出し、二の腕を右手でがっしりと掴んで支えにした。初めて魔法を出そうとしたときのように。

 明確な出しかたは解らない。だが村に来るまで多くのスライムを焼いてきた。そこで掴んだコツをフルに使う。

 頭の中で火のイメージを明確に映し出す。しかし相手が大きい為、それに見合った激しい炎をイメージする。そのイメージを思い浮かべながら体の中で渦巻いている物を左手に流すイメージを同時におこなう。その塊が左腕の中を遠いって行く感触がすると掌が熱くなる。そうすれば魔法は放てる。

 リュウスケは恐怖を紛らわすために叫びながら左手をツインピッグに照準を合わせる。そして掌の中に溜まっていた塊を外に吐き出すとそれが激しく燃え上がる赤い炎となった。

その炎が相手にまで伸びるとツインピッグの全身が炎に包まれた。

 モンスターの騒音のような悲鳴と吐き気のする異臭が辺りに広がった。ツインピッグは炎を振り払おうともがくがバランスを失って後ろへ倒れる。

 倒れた後も炎は全く消える気配はない。身をグネグネとうねらせながらしばらく苦しむと動きが止まった。しかし炎が消えたのはそれから10分も後のことだった。

 リュウスケは魔法を放った瞬間にその場で倒れていた。かすかな意識の中、バジルの声が聞こえるがはっきりとは聞き取れなかった。彼はモンスターを倒した安心感と恐怖から解放された嬉しさ、それに加えて大量の魔力と体力を消費したせいで身動き一つも取れなかった。


(ああ、俺は倒したのだな)


 そう思った彼は意識を更に奥深く潜り込ませて眠りについた。

 バジルはリュウスケが気を失ったかと焦って彼の口元に耳を近づける。そこから聞こえるのは小さないびき。どうやらただ眠ってしまったことを確認出来ると安堵の息をつく。

 森の開けた中、黒く焼け焦げた物体がある。それは人々が強大なモンスターに打ち勝ったことを示していたのだった。



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