ジョリーマーメイド 短編
※要素として同性愛の表現、描写があります(ラブは無いです。苦手な方はお逃げください;)
※強さ:ヒロイン>>壁>>ヒーロー
人魚は伝説の生物として人に言い伝えられてきた。人は雲上の生物として、人魚に言い伝えられてきた。
人魚らは魚のように人に捕まりたくはないから、滅多に人の前に姿を現さない。人は、人魚を魔物として探すこともない。
人は陸でしか、生き続ける事は出来ず。人魚は海でしか生きられない。
陸と海は混じり合うことは決してないのだ。
けれど、ある人魚が海の魔女と取引をして人の足を手に入れた。
その代わりに、人魚の失ったものは決して小さなものではなかった。
人魚は人の足で陸に上がった。“海の薔薇”を求めて。
遠くで重い破裂音がして、海に大きな水柱が立った。潮風に乗って、離れたここにもしぶきが飛んでくる。船尾が沈んでいたから、もうあの船は二度と航海には出られない。ただ、水死者は少なく済んだことだろう。
最後の大砲だったらしい。
静かになる海上に反して、海の中の騒ぎは収まらない。逃げ惑う魚たちに何度体当たりをされたことか。鱗が数枚剥がれてしまった。
いくら泳ぎが速いと言われていても、中々に大変な作業だ。
「これで終わりっと」
水を蹴って抱えていた男を岩上に押し上げる。びたんと頭を打ち付けさせてしまったが、さして問題にはならないだろう。
昇りゆく太陽に逆行する海賊船を確認すると、ルージュは岩に手を置き、尾を振ってから、足をついて海からあがった。頭を振って、日に焼けた茶髪から水を落とす。
「災難だったなあ、まさかこのタイミングでやってくるなんて」
そうつぶやきながら服の裾を絞る姿は、年頃の青年のものだ。あるいは少年か。
引き締まった細身の体、そこから伸びる手足も細い。男にしては小柄なために、まだ発育途中にみえる。
随分と若いが、裾から垣間見える傷跡から幾千の修羅場をくぐり抜けてきた猛者だと知れた。
粗方水を絞り終えたところで、引き上げた男が咳き込みはじめた。気が付いたらしい。
助けたのに死んでいたりされると非常にやるせない気持ちになるので、ルージュは安堵してその場を離れようとした。
いつも介抱して、ろくな事がないからなのだが。
「うわ、……すごい美人だ……」
つい男の顔を見ていまい、そのまま引き込まれるようにのぞき込んでしまった。
艶やかな黒髪は白絹のような肌にはりつき、青白い頬を隠している。泥汚れや小さな傷があるものの、その美しさは際だっていた。
細い顎、高い鼻梁、丸い額。羽扇子のように長い睫。正に、深窓の姫君という言葉があてはまる。
しかし男である。
勇猛な船乗り達を見慣れていたからか、ルージュから見て男はあまりにも貧弱に見えた。男が着ている簡素な服からはわからないが、海賊でないのは確かだ。
この見た目からして、売られる所だったのだろう。海賊船に乗っているのは海賊か、売り物かのどちらかしか無い。
海賊であるルージュにとって、海軍に襲われたことは不運だったが、この男にとっては幸運だったようだ。
それにしても水が髪から滴る様はこんなにも艶っぽいのかと、ルージュは見とれてしまった。病的な白さもあって、見てはいけないものを見ている気分になってしまう。
人形のような、それか死人のような静を具現化した美貌。……惹かれてしまうのは怖いもの見たさなのかもしれない。
ただ一つ、死人と違う点は睫が震え、そこから赤い瞳が見つめ返してきた事だった。
視線が絡む。ルージュの胸は跳ね上がった。
「うぅ……ここは、どこだ……?」
男の掠れた声にルージュは我に返った。
目を開ける前は、ただ綺麗な容姿だと思っていたがなるほど、これならば捕まるわけだ。もしかしたら売られるのではなく、船長自ら閨に侍らすために船に乗っていたのかも知れない。
男が完全に覚醒する前に、此処から立ち去ろうと思うのに、心の隅でもう少しこの美麗な男を見ていたいとも思ってしまう。
誘惑に惹かれる己を叱咤してルージュは男から離れようとした。
だが、急な動きに男は再度ルージュを見て、あろう事かその骨張った手でルージュの肩を掴むと抱きしめてきたのだ。
思いもよらぬ男の行動にルージュは抵抗出来ず、薄い胸板に顔を打ち付ける。
「な、何をする!? 離せっこのもやし男っ!」
力任せに暴れると、筋肉のない男の腕はすんなりと解けた。そのまま起き上がろうとすれば、男は骨張った手でルージュの腕を掴む。
「お願いだ、待ってくれ! 置いていかないでくれ!」
ルージュの力でも男の手は簡単に払える。なのに右手を払えば左手、左手を払えば右手と、男は弱いながらにしつこくルージュを離すまいとしてきた。
他人から見れば何遊んでるのかとつっこまれるだろうが、本人達は必死だ。
ルージュは海で溺れる者達を助けてきた。
人は弱っている時に本性が現れると聞くが、ルージュはそれを実感してきている。
介抱すれば次にあれをしてこれをしてと要求され、徐々に増えていく。弱っているのだからと理解は出来るが、増長する求めに嫌気がさすのだ。それならばと命は助けるが後は放ることにしていた。
それが、今回は男に見とれてしまい逃げる機を失ってしまった。助けることに悔いは無いが、その後は全く持って、ろくな事がない。ルージュは舌打ちした。
男は尚もルージュに縋り付く。
「わからない。……わからないんだ! 何で俺は此処にいる? どうして俺はこんな所に? 俺は一体何者なんだ?」
「……覚えていないのか?」
ふと、海から引き上げた時、男が後頭部を打ち付けていたのを思い出した。大きなこぶになっているだろう。
「あんた、何か知らないのか? 何故俺は覚えていないんだ? 一体何がっ」
「記憶喪失……いやいや、まさかあれが原因とか」
「……」
「……」
錯乱しかけた男は、ルージュの零した言葉に沈黙して、赤目でじっと見つめてきた。
動揺を悟られないように、同じくルージュも見つめ返す。どのくらいそうしたのか、長い時間に感じられた。
「……お前のせいか?」
「…………そう? かも?」
男は逃がすまいとルージュの腕を掴んだままだが、ルージュは逃げる気を失せていた。
頭を打って記憶を失う。あり得ないとは言い切れず、断定はできないためにルージュは曖昧な返事をするしかない。溺れたためか、頭を打ち付けたためか、もしくはその他が原因か、わからない。
自信なく答えるルージュに男は目を細めた。
「……そうか、わかった。責任取れ」
「は?」
「お前のせいだろ?」
「いや、でも違うかも――」
「おまえのせいだろう?」
ルージュの言葉を遮り、言い聞かせるように男はゆっくりと言って、にやりと笑んだ。口は弧を描いているというのに、獲物を見つけた肉食獣みたく光る目は笑っていない。
さっきまで倒れていた男と同一人物かと疑いたくなるほどに男の雰囲気は一変した。
「……医者に連れてってあげるよ」
咎める男の赤い視線から逃げるように目を逸らす。
男の言葉はルージュの罪悪感を刺激するには十分だった。
それに、なにより怖い。
本気になれば、この細い体だ。弱ってもいるし、ルージュなら男から逃げるのは簡単なこと。しかし、逃げたとしてもこの男は亡霊になってでも追ってくる気がした。それだけの執念を感じて腹の底が冷えたのだった。
***
早くこの土地から離れないと面倒になるかも知れない。
こんな事をしている場合では無いのにと焦る心を抑え、見た目通りに軽い男に肩を貸して医者に連れて行った。
診断は一時的な記憶喪失。しばらく療養すれば直に思い出すらしい。対したことはなかったとルージュは安心して、医者に男を押しつけ町へ出た……つもりだった。
「なあ、頭の後ろにでっかいこぶが有るんだが」
「……」
「すごい痛いんだけど?」
紛れもなくそのこぶはあの時に出来たものだ。つまりは、ルージュのせい。
二人が歩いているのは、ならず者の町だった。
あちこち崩れていたり、人為的につけられた傷が目立つ建物ばかりが並んでいた。歩くのも浮浪者や世捨て人、公然に出られない無法者達。勿論その中に、ルージュの様な海賊も含まれている。
普通の町医者に診せるべきだったのだろうが、破れた衣服やそれでは隠せない傷跡ではルージュは怪しまれてしまう。一般人らしい男を連れて行くにしては間違っているが、無法者の町を選ばざる終えなかった。
ただ、この町の医者とは顔見知りだったのが良かった。賊ではあったが気が弱く、まあまあ信頼が置ける医者だったのだ。
「なあ、責任取ってくれるんじゃ無かったのか? 怪我をして、尚かつ記憶喪失の人間を放るとは、お前に流れている血は緑色か?」
「あー! うるさいなあ、もう! わかったよ、水袋を買ってやる。それで冷やせば良いだろ。記憶だって直に戻るって言われたじゃないか。それに、わたしは責任取るなんて一言も言ってないぞ? 安全な所まで送ってやるからそれで満足しろ」
押しつけてきたはずの男は、医者を言いくるめて追いかけてきた。
そして腕が痛い、頭が痛いと体の不調を訴えてくるのだ。溺れたばかりなのにそれだけ動けるのだから男の訴えは明らかに嘘っぽい。
だがルージュの罪悪感を針で刺すように言ってくるので、強く言い返せなかった。たんこぶについては、男の高い位置にある頭を見れば一目瞭然だったので、男の主張を無下にも出来ない。
肩を並べて歩くと、男はかなり背が高かい事がわかった。平均よりも高いだろう。小柄なルージュは見上げるばかりだ。
けれど、高い背に比べて悲しいほどに筋肉が無いようだった。地に足をつけてしっかり歩いてはいるが、風が吹けば折れそうだ。細すぎる。
そんな荒くれ者には一切見えない男と歩いているものだから、さっきからすれ違う人々の視線が痛かった。
彼らは金になるものにはとことん目がない。この町で顔の利くルージュと共にいるから大丈夫なものの、この男が一人になれば瞬く間に連れ去られる。
間違ってもこんな賊だらけの町に居て良い人物ではなかった。
「いいか、わたしは海賊だ。この町は海賊達の拠点にもなっていて、恐ろしく治安が悪い。わたしと一緒に居るからあなたは無事なんだ。医者の所からなら此処を通らず、安全に大きな町へ行けたろうにな」
「……ふーん」
医者の家はこの町の外れにあった。賊達に姿を見られず、安全なところまで帰れると忠告したはずだったのに。拐かされるのはわかりきっているから、これでは下手に置いていくことも出来ない。
気のない返事をする男に、ルージュはイラっとしつつも共に店に入る。
店主はルージュの隣にいる男を見て値踏みするような粘りのある視線を向けるが、ルージュが睨むと商売人特有の作り笑いをしてごまかした。
たったこの今、無言でこの危機感のない男の未来が取引されていたというのに、本人はぼんやりと商品を眺めているばかりだった。
どうして男はついてきたのか、ルージュには理解できない。ルージュもならず者の一人というのに、身の危険を感じないのか。
考えられる理由とすれば嫌がらせかと思いつつ、新しい服や食べ物等目当ての物と引き替えに、持っていた金を渡して店を出る。診察代もけっこうしたのにと軽くなった財布を懐にしまった。
この男は自分の容姿について自覚があるのだろうか。それさえも忘れてしまったのかと苛立つが、ルージュには男が何を忘れていようと関係のない事だった。
同じ船に乗っていたとはいえ、男についてルージュは何も知らないし、男も聞いてこないので特に教えることも無い。
むしろ海賊に捕まっていた記憶は忘れた方が幸せじゃないかとも思う。
さっさとこの男を送り届けて、この土地から離れようと、ルージュは自然と早歩きになる。
身長差もあって、ルージュの歩く速度が上がっても、悔しいことに男は悠悠と隣に並んだ。
「ところで、あんたの名前は? 俺はオールト……名前だけは覚えていたんだ」
「ふん、それは良かったね。……わたしはルージュという、覚えなくて良いよ」
「……それなりに名の通っている海賊なのか?」
「まあね」
医者の家や、店でのやりとりを言っているらしい。顔を覚えられているのもあって話が早かったからだ。
確かに、ルージュは海賊として名が通っている……あまり嬉しいものではないが。海軍や、海賊と違い、一般人なら知る由もないくらいの通り名だ。
逆に、それを知っている賊達は、滅多にルージュに手を出すことはない。
町を出ると、今度は海沿いに行く。遠回りになったが、もうしばらく行けば一般人が暮らす、普通の町へ着くはずだ。
その間、男は絶えず質問してきた。それも自分のことではなく、ルージュのことばかり。
ここで別れるのだからと、暇つぶしにルージュもぽつりぽつりと答えてやった。
「どうして海賊をやっているんだ? 儲かるのか?」
「さあ? 儲かるんじゃないのか? 他の奴らは知らないけど、わたしはある財宝を探して海賊をしているんだ」
「財宝? どんなのだ?」
「“海の薔薇”って言われているけど、詳しいことは知られていない。薔薇って言うくらいだから赤い宝石の類かと思って当たりをつけているんだけどね。探し当てたのはどれもわたしが探している“海の薔薇”じゃなかった。今回もはずれだったし」
ルージュは歩きながら、懐から手のひらに収まる大きさの、赤い宝石を取り出した。
元はどれほどの大きさだったのか、その宝石は薔薇の形に削られ、日の光に美しく煌めいていた。売れば大金が手に入るのは想像に難くない。
「盗んだのか?」
「そのつもりは無かったよ。上手いこと騙して取った……まあ、同じ事かな? 相手からすれば盗まれたって思うだろうし」
短くはない期間をかけて盗った物だ。よもやその時に海軍が現れるとは予想できなかったが、苦労して手に入れた財宝は、残念ながら求めていた物ではなかった。
ルージュにとってこの宝石はただの石ころ同然だ。
「……ほしい?」
「いいや」
男は即答する。同じ色の目を疲れたように閉じて首を振った。
普通の人なら涎物だろうに、ルージュを警戒しているのか、それとも無欲なだけか。変わった男だとルージュは思った。
「さあここまでくれば、あなたでも大丈夫だろ。詫びじゃないが、これをやる。ああ、水袋を渡し忘れていた」
ずっと町のならず者達を牽制していたから忘れていた。ルージュはあまり意味がないなと苦笑して、買ったばかりの食糧と共に渡す。
つい話に夢中になってしまい、予定より来すぎてしまった。このか弱い男にとっては有りがたいことだろう。
「……オールトだ」
「何でも良いだろ。あなたとはもう会うことはないだろうし、名前なんて覚えたって意味がないよ。わたしの名前も忘れてくれ」
むっつりと名前を訂正して、お礼も言わない男にルージュは呆れる。
思えば、貧弱な態をして、終始態度はでかかった。
ルージュではない別の海賊が相手だったら即斬りかかられるだろう。海の男は大らかと言われるが、そんなのは一部だけなのだから。
「悪いけど、これ以上わたしに出来ることは無いよ。あなたを助けて、ここまで送りと届けてやった。後はわたしから離れるだけだ。真っ直ぐ行けば大きな町がある」
「……ついていっては駄目なのか?」
また責任が云々と文句を言われると身構えていたルージュだったが、男はついていきたいと言い出した。……冗談ではない。
やっぱり、この男は自分がならず者達にどう見られていたか分かっていなかったようだ。
言うなればこの男は金のガチョウ。金を生むし、見目も良い。食べることも出来る。そんなガチョウは金に飢えた者達からすると、どんな手を使ってでも手に入れたいはずだ。無論、死んでもとはいかないが。
同じ穴にいるルージュだが、ルージュは金や美しい物に興味はない。あればいいと思う程度だった。
それに、こんな弱々しい男が一緒では荒くれ者達の世界ではやっていけない。
「足手まといは要らないよ。あなたはわたしみたいな悪と一緒に居ては生きていけない人だ。これから先、関わらないように気をつけな」
じゃあなと、男が反論を口にする前にルージュは元来た道を歩き出した。後から男の声は聞こえなかった。
少し歩いてからルージュは後ろを振り返った。別れた場所に人影はない。その先の向こうにも。
「行ったか……変な奴だったなあ」
乾いてぱさつく短い髪を撫でて、ルージュは呟いた。
ルージュのように海で一日の大半を過ごす者は、日の光に肌から髪の毛まで焼けてしまう。気の荒い者達と渡り合ってきた体は筋肉がついて引き締まったが、大小様々な傷跡だらけになった。
男――オールトは痛みのない黒髪、白く傷一つ無い肌、高い背とルージュとは正反対だった。何もかも。
もう会うことはない。オールトにとってルージュが関わることの無かった人種だったのと同様、ルージュからしても一生関わることのない類の人だ。
多分オールトは何かしら身分のある者。そうでなければ、滑らかな荒れていない手にはならない。例え記憶を失っていたとしても、町に出れば顔を知る誰かと会える可能性が高いだろう。
オールトの立ち去った場を見ながら、そこまで考えてルージュはおかしいことに気が付いた。
「……置いていったのか? それにしても変、だよな」
嫌な予感がして、別れたその場所に走る。そこには渡したはずの水袋が落ちていた。
捨てたにしても、そこから点々と落ちている食糧が謎を呼ぶ。
周囲に複数の足跡を確認すると、ルージュは深いため息をついて、その場にしゃがみ込んだ。
「おい、勘弁してくれよ……攫われたっていうのか?」
せっかく溺れていたところを助け、医者に診せて、安全な所まで手土産持たせて送ったというのに。もっと先まで送れば良かったのかと、今更考えても仕方がなかった。
幸いなことに、渡した食糧が足跡を示すように道からそれた方向へ続いている。
これまでの労力が無駄にならないことを祈りながら、ルージュは走った。
***
「おれはついてる! 船は失ったが、お前らは生きていた。おれのお楽しみも返ってきたことだし、後は、あのこそ泥を始末して財宝を取り返すだけだ」
「へい、そうですぜ船長。ルージュの野郎海軍と通じてたに違いないですぜ。じゃなきゃあいつが宝石を持っているはず無かったんですから」
「町をのこのこ歩き回ってるって聞いた時はおれの運が怖くなった。目立つ奴連れて、まるで見つけてくださいと言ってるようなもんだよな。……にしてもあいつら、遅いな。帰ってきたら締めてやらないと」
この体では逃げられないと判断されたのか、縛られては居ないがオールトは複数の海賊達に囲まれていた。
青い目をした茶髪の青年――ルージュと別れ、渋々諦めて歩き出したところを襲われた。ただでさえ本調子では無い体を引きずられ連れて行かれたのは、海賊達が集まっていた丘の上だった。
くるりと巻いている口ひげの男が海賊達の船長らしい。幸運だと自分の運に酔っている。いかにもという、オールトには無いがたいのいい体をしていた。
話し込んでいる中肉中背の男が副船長か。こちらは小物臭がする。
「それにしても船長、本当に運が良いっすね。こんな美人捕まえられるなんて」
近くにいた手下の一人がオールトの体に触れた。不快感に吐きそうになるが、抵抗するのは得策ではないと拳を握りしめて耐えるしかない。
「震えてるみたいっすよ。男なのにかわいいもんだ」
気色の悪い手下は、仲間達に茶化されて反論する割に、その手を止めない。オールトは怒りに震える拳をさらに握り込んだ。
覚えては居ないが、一度オールトはこの海賊達に掴まったらしい。
それがルージュの手引きでやってきた海軍の襲来により、海賊船は沈没。船長含め、船員達の多くは生き延びたが、積み荷や財宝は全て海の底へと失われ、捕まえたオールトも逃げた。
そのオールトと共に歩いているルージュを町で見つけ、後をつけていた……というのが奴らの話のまとめだ。
「味見くらい良いっすよね」
裾をまくる海賊の手を無視する。
あの茶髪の青年は海賊だと名乗っていたが、仲間を売るような策略を巡らす奴なのだろうかとオールトは違和感を感じた。
半ば脅して助けを求めたが、ルージュは渋りながらもオールトの安全を優先して手配をしてくれた。
小柄な青年は自身の倍近くある男を背負って、大枚をはたき、賊から守りつつ、手土産にと細々した物も用意してくれた。おかげで、それを使って連れ去られた痕跡を残せたが。
海賊とは思えないほど親切な奴だった。もう少し粘れば言いくるめられたかもしれないと、今になって思う。残してきた痕跡も、あの甘っちょろい奴なら見つけて追いかけてくると、オールトは確信していた。
勿論、気づかない場合もあるが、どうしてか想像できない。
出会って一日も経っていないというのに、いつの間にかオールトはルージュを信頼しているらしい。自分のことだが、その点については不思議に思うほか無かった。
釦がはずされ、オールトの着ていたシャツが脱がされる。
拒絶の言葉を飲み込むオールトに、荒れた手が触れる直前、銃声が鳴った。
煙の匂いに混じって、鉄臭い匂いが漂う。振り払うように手を叩けば、それにつながる体もオールトから離れて地に伏した。
「おい、それはおれのもんだ。まだ食っても居ないってのに、味見もあるか糞が」
口ひげは銃をベルトの入れ物につっこむと立ち上がって、オールトの元に歩み寄った。
船長が船員を撃った。
日常なのだろう、他の手下達はうろたえることなく死んだ仲間だった男を運び去る。
「娼館で酒でも飲まされてたんだろ? ん? ふらふらと酔って近づいたのが海賊船だったなんて、お前はおれと違ってついてないよなあ」
口ひげはそう言ってオールトの肩を抱く。腹が立つが、そう言われてもオールトは思い出せなかった。自分がそんな阿呆なことはするとは腑に落ちない。
それとも、記憶を失う前のオールトは今のオールトとは違う考えを持っていたのだろうか。
「何か話したらどうだ?」
話さないのは無闇に海賊達を刺激しないためだ。挑発することを警戒して口を閉じているオールトに、太い指で口ひげは触れてくる。
どいつもこいつも気持ちが悪い。海で女に飢えすぎてそうなってしまうのか、その趣味はないオールトには嫌悪しか抱けない。
下っ端が船長に替わっただけでオールトの状況は何も変わらないと思われた。
「うげ……そうじゃないかと思ってたけど、やっぱり男色家だったのか」
オールトと同じ気持ちなのだろう。心底気持ち悪そうに言って現れたのは、茶髪の青い瞳をした青年だった。走ってきたのか息が少し乱れている。
「尻尾巻きのルージュ!!」
「その名は嫌いなんだって何度も言ったじゃないか! 散々人をからかっておいて、まだ言うか」
指さして叫んだ中肉中背に、青年は抱えていた水袋を勢いよく投げつけた。
見事それは良い音を立てて顔面に当たる。打ち所が悪かったのか、中肉中背は顔に袋を貼り付けたまま後ろに倒れた。
副船長がやられたというのに、口ひげ含め海賊達は気にする様子もなく現れたルージュに下卑た笑みを向けた。
「おや、おれの手下達はどうした? 相も変わらずに逃げてきたのか?」
「さあね。そんなことより、その人離してもらえない?」
助けに来てくれたのは正直言って嬉しかったが、十数人はいる海賊達に囲まれてルージュは丸腰だ。武器にもならない水袋は投げつけてしまった。
小さい体一つでは単身逃げるしか出来ないだろうに、ルージュはオールトのために現れた。
もっとやりようがなかったのか、使えないなとオールトはルージュを睨む。視線に気づいたルージュは何故かごめんと手のひらを合わせた。通じていない。
一体何しに来たんだとオールトは眉を寄せた。
「随分この男と仲が良いみたいだな。お前もこっち側か?」
「……一緒にしないでもらえるかな。わたしにその気はないよ。ちなみにその男も」
あってたまるかとオールトもげんなりした。なのに口ひげの言うこっち側にオールトも含まれているらしく、不本意極まりない。
「そうか、その気があるならば命だけでも助けてやろうと思ったが。お前ら、手を出すな? 喧嘩さえ逃げる弱虫がわざわざやってきてくれたんだ。おれが直々にお前を始末してやるよ」
口ひげはオールトから離れると、腰から使ったばかりの銃を抜いた。海賊達からは野次が飛ぶ。
海賊達とルージュは親子ほどではないが、年の離れた兄と弟くらいに体型がかけ離れていた。相手が口ひげ一人になったとしてもルージュが不利なのは変わらない。
「逃げ延びたとき、お前だけは生きて宝石を盗ったと思っていた。まさか海軍を使うとは思わなかったがな」
「あーそれ、勘違いだから。海軍とわたしは別につながってなんかいない。偶然だったんだ。宝石を盗ろうとしたのはあってるけど」
オールトの考え通り、ルージュは海軍と共謀していなかったらしい。共謀していたら、気の良い青年はオールトを海軍に預けていただろう。
「同じ事だ。逃亡者、裏切り者はおれたちの掟ではどうなるかわかってるよな?」
「知ってる。けどわたしは端からあなたの手下になったつもりは無かったから、当てはまらないんじゃないかな」
ルージュは銃口を向けられても動じることなく飄々と話した。その余裕はどこから来るのだろうか、オールトにはわからない。
通り名があるとは、それなりの海賊だという事だが“尻尾巻き”とは不名誉な名だ。野次を聞いていれば、いつも戦わずして逃げてばかり居たからついたもののようで、そんな奴が強いとは考えられない。
それに、屈強な大の男に、小さな青年が渡り合えるとは到底思えなかった。
「戯言を。さて、言い残すことはあるか?」
「じゃあ戯言をもう一つ言うよ。もし船長であるあなたをわたしが倒すことが出来たら、その男を解放して今後一切関わらないと約束してくれないか? 掟に誓って」
「死の間際の願いが他人のためか? 良いだろう、誓ってやる。叶うと良いなその願い」
金属的な音がして、引き金を握る口ひげの手に力がこもった。
銃声は一発ではなかった。
続け様に二発、不規則に三発。そして金属がぶつかる連続した軽い音。
「くそっ、何だあいつっ!」
空を撃ち、弾が切れた銃に口ひげは焦っていた。手下達も動揺している。平然と立ち上がるルージュにその場に居た全員が戦慄した。
ルージュは何事もなかったように、口ひげとの距離を詰める。
「願いは叶えるものさ。……口ひげアスターシ! 二言はないね」
そうルージュが言い放つと、口ひげはオールトに振り向いた。
オールトは何が起こったか理解する間もなく、抱え込まれるようにして筋肉質な太い腕に首を挟まれた。
煙草や腐ったものの臭いがする息を吐きかけられ不快感を覚えるも、首を絞められて気にしては居られない。
「へへっ、大人しくしないと首の骨を折っちまうかも知れないぜ? お前もだ、それ以上近づくならこいつの命はない」
大人しくするも何も、筋肉隆々の口ひげに、並の男の力にさえ勝てないオールトが抵抗出来るわけもない。それに、首の骨を折られる前に窒息しそうだった。
弾はまだ有るはずなのに、口ひげは銃を捨てて、腰から舶刀を抜いて構える。
予想外だったのだろう。酸欠で朦朧とするオールトでも、分口ひげが震えているのがわかった。
弱い弱いと思っていたルージュが、恐るるべき速さで銃弾を避けたのだ。オールトにとっても信じがたい速さだった。
銃弾を避けた相手に、剣で何ができるというのか。まだ銃の方が距離を取れる分有利だったのに、口ひげは阿呆なことをした。
この時点で口ひげはルージュには勝てないのに、船長のプライドなのか、オールトを人質にとった。
そのためにオールトは窒息寸前だ。死んだら真っ先に口ひげを呪い殺し、次いでルージュにとりついてやろうとオールトは思った。
「卑怯だね」
「海賊に卑怯とは、褒め言葉だぜ。この男を助けたいならおれの刃にかかって死ね」
苦しい。口ひげが後ろに下がってルージュから距離を取ろうとしている。そんな事がわかったって、オールトは空気を求めて喘ぐしかない。
「ごめんだよ。わたしはその男のために死ぬわけにはいかないんだ」
ルージュは声変わりしていないその声を、一段低くして言う。話し方は変わらないのに、冷たく聞こえた。
当然だ。会ったばかりのオールトを海賊の手から救うために、ルージュが命をかける訳がない。オールトだって自分のために他人が死ぬのは寝覚めが悪いが、あっさり言われるとルージュを批判したくなる。
血流が止められているのか、顔が熱くなってきた。思わず口ひげの腕を掻きむしるが、意味を成さない。
「……だけどお互い譲歩しないと話にならないな。その男と、わたしが持っている薔薇の宝石を交換しないか?」
「ふざけるな、この男もその宝石もおれの物だ。どちらもお前が盗んだくせに」
「そうだね、だけど今はこの宝石はわたしの手にある。男と宝石、どっちがほしい? 決められないというならわたしはこれを持って逃げることにする」
「こいつを助けに来たんじゃないのか?」
「言っただろ。わたしはそいつのために命は捨てない。早くしてくれ、気が長い方じゃないんだ。わたしを捕まえるのは容易じゃないことくらい知っているだろ?」
口ひげは一瞬迷った物の、決断は早かった。
腕がゆるみ、オールトの体は空気を求めて大きく咳き込む。あと数十秒口ひげが迷っていたらオールトの意識は確実に飛んでいた。
咳き込んでうずくまるその背を口ひげは乱暴に蹴りあげて、オールトを立ち上がらせる。
「武器は捨てろ」
ルージュの命令にに口ひげは舌打ちして従い、甲高い音を立てて舶刀は投げ捨てられた。
「次はお前がこっちに来い。宝石を見せろ」
「良いよ」
今度はルージュが口ひげに従った。その手にはオールトに欲しいかと見せてきた、薔薇の形をした宝石がある。
手を出すなと言われた手下達は固唾を飲んで口ひげとルージュとのやりとりを見ていた。
息が整ってきたオールトはルージュを見るが、彼は口ひげに注意を向けていて気が付かない。
抱えられていたオールトは、髭を巻いたこの海賊が武器を捨てていないことを知っていた。懐に細長く、鋭利な物を隠し持っているのだ。
口ひげの考えていることがオールトには手に取るように分かる。
隠している武器で、油断しているルージュを刺し殺す気だ。口ひげはオールトも宝石も手に入れられる。
もしオールトが叫んでルージュに危機を知らせれば、口ひげはオールトを殺すだろう。死体でも需要はある。今オールトが生きているのは、口ひげが欲深い海賊だからだ。
どちらに転んでもオールトにとって最悪だった。
オールトもルージュを助けるために命をかける気は無い。だからといって、このむさ苦しい口ひげの言い様にされるのも絶対に嫌だ。
苦悩するオールトを知らずにルージュは手が伸ばせば届くところまで来た。
上手くいく保証も、体力に自信も無い。海賊達に捕まってルージュの苦労を泡にするかもしれないが、やらない訳にはいかなかった。
意を決して、オールトはルージュから宝石を奪い取って走り出した。
口ひげ、その手下達、ルージュも、互いの挙動にばかり注意を向けていたためにオールトの行動に反応が遅れる。
「おい、何やって――!?」
「おまえら! あいつを捕まえろっ!!」
ルージュから距離取るために後退したため、口ひげの背後に手下達は居なかった。それでも、オールトは自分の足の速さを過信しては居ない。走って海賊達から逃げ切れはしない。
だから、オールトの予測ではこの先の向こうまで行けば良かった。
「オールト!」
男にしては高い声で名を呼ばれたのと同時に、オールトの足は崖を踏み越え宙に浮いた。下は底の見えない海だ。
攫われるときに、坂を登った。連れてこられた丘では潮風が吹いていたから、土地勘のないオールトでも、一方は浜辺になっていて、反対側は崖になっている、海に囲まれた細長い陸地に居るのだとわかって居た。
海に飛び込んでしまえばこちらの勝ちだ。海中で人を探すのは、それこそ海の住人で無ければ難しい。走りに自身のないオールトが逃げるのに、もってこいの場所。
全身を硬い床に打ち付けたかのような衝撃と冷たい水の感触に、オールトは息を吐き出す。どうやら岩にぶつかることなく海に飛び込めたらしい。
海上に顔を出して息を吸おうとするが、荒れ狂う波に押されては海に沈められ、満足に息が継げなかった。
遠くにオールトの名を呼ぶ声が聞こえた。
名を覚えても意味がないと言っていたくせに、ちゃっかり覚えている。
オールトも彼の名を覚えていた。自分の名前と共に。
“ルージュ”
それが何を示すのかはわからない。けれど、オールトは何かとても大切なことを忘れている気がしていた。
それは、彼に関することではないのだろうか。ルージュと名乗った彼と居れば、記憶の手がかりが掴めるのではないかと思った。
なにより彼の側は酷く居心地が良いのだ。だからついていきたいと言ったのだが、はねのけられた。
足手まといでなければ、彼と共にいられるのだろうか。
ならば自力で浮かび上がって泳がなければいけないのに、手を伸ばせば波に埋められた。
流されるまま沈んでいく体に、オールトは自分が金槌だったと思い出した。
***
「オールト!」
ルージュが叫んだのと同時に、波の音に混ざって水音がした。この先は崖だ。
急いで海をのぞき込めば、押し寄せる波間から赤い光りが煌めいたのが見えた。
海賊達の驚く声を後ろに聞いて、ルージュは躊躇せず崖から海に飛び込んだのだった。
落とされていた食糧を目印に、攫われたオールトを追えば、その道中で元仲間達に出会った。
彼らは生き延びたことを幸運だと自慢し、そしてルージュが裏切り者だと言って襲いかかってきた。
ルージュが船中で徹底的に喧嘩を避けてきたからか、手下達は油断しきっていて昏倒させるのは簡単だった。
恩に着せるつもりはないが、海賊船が沈められても水死する者が少なかったのはルージュが海から拾い上げたからだ。それなりの時間を寝食共にしたのだからという気持ちから助けたのだが、ルージュと同じ船に乗っていたという意味で、彼らは幸運と言えるかも知れない。
手下達を沈めた後、突然響いた銃声にルージュは足を速めた。
そして、海賊達が集まる丘の上につけば、オールトに絡む口ひげの海賊、アスターシが居た。
男だらけの船に長いこと乗っていると、段々と彼らの趣向が傾いているのが知れたものだ。驚きはしないのだが、そっち系じゃない者からすると進んで見たいものではない。
やはりというか、不幸にもオールトはそのために捕まっていたのかと、オールトに対してもルージュはちょっと引いた。
嫌そうにアスターシから体を反るオールトは、ルージュに怒りの視線をよこしてきた。多分遅いと言いたいのかとルージュは謝るが余計に睨まれた。助けに来たというのに嫌な男だ。
船長のアスターシも、手下達同様ルージュは戦うことが出来ないために逃げているのだと思っているらしい。半分当たっていて、半分はずれている。
ルージュを軽く見ているアスターシは、一対一に持ち込んでくれたとはいえ、丸腰の相手に銃を向けるのだから対等ではない。ルージュは元より望んで居なかったが。
銃弾を避ければ周囲は呆然とした。今が逃げる好機かも知れないのに、オールトでさえ呆気にとられて固まっている。
下手に行動するよりは賢明な判断だと思うが、確かに体つきからしてオールトに体力があるとは思えないのでルージュ自ら助け出すしか無いようだった。
ルージュは戦いが嫌いなだけで、戦わずして生きてきてはいない。海賊として甘いのは自覚しているが、命のやりとりはしたくないのだ。
戦いを避けるには、必然的に逃げる道をとるわけで、逃げて逃げ続けて居たら嬉しくない通り名をつけられていた。戦う者達にとっては不名誉なその名でからかわれること幾百。いい加減鬱陶しいので隠密に嫌がらせして止めさせてきた。
だからルージュの力量は知れ渡らず、わからないために、海賊達はルージュに手を出して来ない。それが、船で共に過ごす内にアスターシ達は勝手に誤解したらしかった。
それが悪い方向に働いいた。
プライドの高いアスターシはオールトを人質にとった。その腕がオールトを窒息死させようとしているのにも気づかないほどに、ルージュの力量に狼狽えている。
早く決着をつけなければとルージュは焦って、宝石と交換にしようと取引を持ちかけた。
オールトが宝石を奪って逃げ出すなど、誰が予想できたのか。
出し抜かれたのかとルージュは思ったが、アスターシが懐から出した細く短い剣を見て、その行動の意味を理解した。
追いかけようとしたルージュに隙を見たのか、アスターシはオールトを手下に追わせて剣を突き出してきた。
「死ねえぇ!」
刺し貫こうとする刃を寸前でかわす。服の上部が裂けたが、ルージュの身に刃が触れることはなかった。
ルージュは避けた勢いを殺さずに、アスターシが投げ捨てた舶刀を手に取り、剣を握る野太い腕に体重をかけて振り下ろした。
決着は一瞬。
ルージュの重さでは骨までとはいかない。だが、傷つけられた腕はしばらく使い物にならないだろう。
ルージュは痛みの怒声をあげるアスターシに飛びかかり、素早く止めの手刀を加えて昏倒させる。倒れた体を下敷きに立ち上がれば、残っていた手下達は恐怖を目に浮かべていた。アスターシに駆け寄る者は一人もいない。
日頃から船長の所行を見てきたルージュはそれも当たり前かと目を伏せた。
手下達が何を考えたのかはルージュにはわからなかったが、追いかけてくる様子もないので気にせずにルージュはオールトを追ったのだった。
「どこだ? 居るなら返事をしてくれオールト!」
海上に顔を出して叫ぶが、沈んでしまったのか返事はない。
人は海で息が出来ない。
魚が陸で窒息するのと同じ様に。人魚であるルージュと違って。
急がなければとルージュは深く深く潜る。長く伸びる海藻達を引きちぎる勢いで泳いでいけば、赤い光りが人の手から煌めいた。
オールトだ。意識はないが、剥き出しの胸に耳を当てれば弱い心音が聞こえた。まだ生きている。
ルージュは脇の下に手を入れてオールトを抱えると、尾びれを振って海上へとのぼった。
そういえば、海賊船が沈み海に落ちる海賊達を助けていたときに、すでに波に翻弄されるままに揺れていた者が居た。青白さもあって見た瞬間、水死体かと思った。
けれど、確認すればその体は鼓動していたのだ。それが一番最後に助けた男……オールトだった。
オールトの腕を肩にかけて、砂浜に上がる。海から出た尾ひれは人の足へと変化していき、ルージュは立ち上がった。
辺りは砂浜だ。かなり流されていたらしく、遠い岩場を越えた先に崖が見える。
「起きろこの馬鹿!」
ルージュはオールトを仰向けに転がして、意識を戻そうと頬を叩く。
自ら海に飛び込んだくせに泳げなかったのかと、ルージュは舌打ちした。飛び込みも、打ち所が悪ければ死ぬことだってあるというのに、無茶をする。
崖の周辺は激流だ。どこに流されるか予想がつかない。それこそ、ルージュが人魚でなかったら見つけられずにオールトは溺れ死んでいた。
頬が赤くなってもオールトは気が付かない。胸に手を当てれば鼓動は弱くなっていく。顔を近づければオールトは息をしていなかった。
すかさずルージュは顎を持ち上げて、オールトに人工呼吸した。
「頼むからっ、死ぬなっ」
海で溺れる者達をすくい上げてきたルージュは、人への対処は慣れたものだ。せっかく海からあげたのに死なれては嫌だからと覚えたこと。
オールトも同じだ。ここまで手をかけさせておいて死なれては、怒りを通り越して……悲しくなるから。
息を吹き込み、鼓動を確認する。戻らない。
ルージュは悪態をついて繰り返した。
何度やったか数えられなくなった時に、心音を確かめるルージュの頭に手が触れた。
「っオールト!」
気が付いたオールトが、飲んでいた水を吐く。荒い息を吐いてから、ぼんやりと赤い目をルージュに向けた。
「……痛い」
小さな文句を聞いて、ルージュはオールトの右肩を掴んでいた手を離した。思わず力が入っていたらしく、赤い手形がついている。無我夢中だったらしい自分が恥ずかしくなった。
「このっ馬鹿が! 死ぬとこだったんだぞ! なんて無茶をするんだ。本当に肝が冷える思いだったんだから。わたしの苦労を無駄にしないでくれよ」
「死に損ないに、開口一番言う言葉がそれか。……悪かったな」
オールトはルージュから目を逸らして呟いた。意識は戻ったが反応は緩慢だ。
「調子は大丈夫か? また記憶が無いとか言わないよな??」
「あー……あんただれだっけ? ル何とかさんだったな。忘れろって言われたから覚えていないんだが」
「……そこまで減らず口を叩けるなら大丈夫そうだな」
薄い胸板に置いていた手は確かにオールトの鼓動を感じていた。力強くは無いが、もう弱くなることもない。
ルージュがほっとしていると、オールトの視線がある一点を見つめていることに気が付いた。
「何だ? わたしの体に何かついて――」
かがみ込むルージュの襟を引っ張ると、オールトはおもむろに胸に触れてきた。驚きのあまり、ルージュは声もなく硬直する。
かろうじて動く頭で、ルージュはアスターシに服の上部を引っかけられていたのを思い出し、オールトの視線が意味することに気が付いた。
「……ルージュ、あんた女なのか?」
オールトは苦しそうに眉を歪め、静かに言った。
切られたのは服の端だけだったが、丁度さらしを止めていた金具が飛んでいた。海藻の辺りで水流によって取れてしまったのか、そのために胸を潰していた布はゆるみ、丸みを戻してしまっていた。
今まで細心の注意をもって隠してきた事の一つだったが、このようにして暴かれてしまうとは考えていなかった。
ルージュは慌てて寝そべるオールトから離れる。ばれては仕方ないと腹をくくって深く息を吸った。
「そうだよ。船に、まして海賊船は女人禁制だからね。さすがにわたしも女の身であの荒くれ者達と過ごす勇気は無かったから」
「…………そうか」
「? それだけ?」
「ああ」
一般人のオールトがルージュを女だと吹聴しても、すぐに広まるわけではなく、虚言とされる可能性もある。
だが、知られてはいけない真実は、少しでも疑われてしまえば危険なのだ。多くの人に知られた時点で、すでにルージュの身は破滅している。
覚悟を決めたルージュだったが、オールトの返事は思いの外そっけない。
「周りにわたしが女だと言いふらす? 情報としては金になるかも知れないけど」
「別に金は欲しくはない。……けど、そうだな。気になるなら俺を見張ればいい」
回復してきたのか、オールトは上体を起こし、ゆっくり立ち上がった。
見下げていたルージュは、逆に見上げなければオールトの顔が見えなくなる。
仰ぎ見てルージュは鳥肌が立った。そこにあった目はルージュの罪悪感を脅してきた時のものと同じだった。
「俺を連れて行けルージュ。さもないと言いふらしてやる」
背は高いもののひょろひょろの体で、オールトは横柄に言った。
「はああぁ!? そんな脅しの仕方ってあるか!?」
「どうする? ばらされたら困るんだろ? 共有者がいれば何かと便利だと思うがな」
オールトの言うとおり、一人で女であることを隠すには骨が折れた。誰かに助けを求めたくなることが何度もあった。それでも今まで何とかなってきたし、これからも何とか出来るはずだ。
ばらされたら困るが、ルージュはきっぱり言った。
「……駄目だ。連れてはいけない。あなたは目立ちすぎるし、か弱すぎる。わたしはまた何処かの海賊船に乗るが、オールトでは乗せてもらえたとしても海賊達の慰み者になるだけだ。前にも言ったが、わたしは足手まといは要らない」
「……慰み者は遠慮したいな」
「乗せてもらうからには、船長が望めばわたしにはあなたを守る事は不可能だ」
「まあ望まれなければ良いだけだ。それにあんただって、女とばれれば船には乗れなくなるし、暴行されるかもしれないぞ」
「覚悟の上だ。あなたは連れて行かない。好きに言いふらせばいい。わかったなら、わたしに関わろうとするな」
「強情だな」
強情はどっちだとルージュは思った。何故オールトが連れて行けと言うのか、やっぱり意味が分からない。財宝が欲しいわけでもないだろうに、わざわざ危険に足を踏み入れようとしているみたいだ。
睨んでくる頭上の赤い瞳に、ルージュも負けじとにらみ返すと、オールトは握りしめた拳をルージュにつきだした。
「あんたが船長になれば全部解決だよな? 船長命令なら船員が俺に下手なことは出来ないし、個室を使えればあんたが女だって隠しやすいだろ。俺を連れて行けば言いふらされる危険も無いし、何かと楽だ」
「……今度は何を言い出すかと思えば。確かにその通りだな。けど船も船員もいない、金だって無いのに、そんなの夢物語だ」
船を持つと言うことは、莫大な資金が居る。人件費だって馬鹿にならないし、必要な船員が集まるとも限らない。
ルージュの目的は特定の財宝だったため、情報を集めやすいという理由で海賊船を渡り歩いてきた。おこぼれとして貰ってきた金では足りるはずもない。
呆れるルージュに、オールトは不敵に笑うと握り込んでいた拳を開いた。
「なあ、これでも俺は足手まといか?」
***
赤い薔薇を象った宝石は、口ひげ海賊の秘宝――アスターシの所有物として有名だった。海の薔薇と呼ばれ、その値打ちはいかほどかと海賊達を賑わせていた。
ルージュもそれこそが探している“赤い薔薇”かと思って、アスターシの船に乗ったのだ。盗み出したそれはルージュの求めていた物ではなかったが。
それが今はオールトの手にある。死にかけながらもずっと握っていたらしい。その宝石をオールトが離さなかったからこそ、ルージュも彼を見つけることが出来た。
ルージュにとっては価値のない石だったが、石は思わぬ力を発揮した。
まずはじめに、ならず者達の町に戻ったら運良くそのまま中古の船を手に入れた。
海賊の秘宝として知られている財宝は、正規で換金することはできない。没収され、悪ければ捕縛されてしまうため、その全てが闇に消えている。
ルージュはオールトの事をひとまず置いておいて、新しく服を調達するために町に戻ったのだった。すると、ルージュが着替えていたその短い時間で、オールトは海賊達に絡まれていた。
目を離す暇もないと駆け寄れば、海賊達は何故かオールトから離れてルージュに飛びついてきた。
「おれたちの船を譲るから、あんたの宝石をくれないか!? 本物の海の薔薇だろ! 船を探してるって言うじゃないか。先月作らせたばかりだから、耐久性は問題ない。他にほしいものがあるなら用意する。ああ、まずは船を見てくれ」
返事をする前に海賊達とオールトは行ってしまうのだから、ルージュは追いかけるしかなかった。
崩れかけた港にあった船は、誰が見ても申し分のない海賊船だった。汚れも少なく、戦闘にあった後もない。中型に分類される大きさは機動性に富むだろう。
乗るならばこのような船が良いとルージュは一瞬思ったが、操作する船員が居ない。ルージュが断ろうとした時、オールトは海賊達に宝石を渡して、すでに舵の鍵を手に入れていた。
海賊達は後で必要な物は届けさせると言い残し、るんるんと何処かへ行ってしまった。
次に、アスターシの手下達が集まった。幸運にも船を操作するのに十分な人数だった。
負傷した船長のアスターシは丘に置いてきたと元手下達は言った。
元々船員達を平気で手にかけていた男だ。人望が無かったアスターシを手下達は見捨ててきた。
町に戻ると、手下達はルージュが町に居るとすぐに気づいたという。そして、宝石を交換してきたと豪語して酒を飲む海賊達と会い、ルージュ達が船を持ったと知ったらしい。
ルージュの強さを目の当たりにした手下達は、ルージュが船長ならと集ったというのだ。
こんなにも早く話が進むとは思わなかった。しかもルージュの意を全く介さず。
アスターシは頻繁に己のことをラッキーマンと自負していたが、あの宝石のお陰だったに違いない。
「後は食糧が届けば、いつでも俺と共に財宝探しの航海に出られるな」
「…………わたしは一言もお前を連れて行くと言った覚えは無いんだが……」
ルージュは集まった海賊達がせっせと航海の準備をはじめているのを見ながら、がっくりと肩を落とした。
巣に帰っていくカモメ達がルージュ達の頭上を過ぎていく。肩に糞を落とされた。拭こうともしないルージュを見て隣のオールトは言う。
「うんがついてるなルージュ」
「わたしの望んでいない方向になっ! 探している財宝を身近で見つけられた方が何百倍も嬉しかったよ! 勝手に話が進んでいるが、わたしは船長になるつもりはないし、オールトを連れて行く気もない」
「じゃあだれが船長になるんですぜ? 多分ここにいるやつら全員あなた以外認めないと思いますが」
物を運びながらルージュ達の会話を盗み聞いていたのか、顔を腫らした男が問いかけてきた。
ルージュが水袋を投げつけた中肉中背の男だ。副船長だったが、ルージュはこの男と話をしたことがなかった。
「……わたしはあなた達からすれば裏切り者になるんだが。また裏切るかも知れないわたしを船長にしたいのか?」
「何言ってるんですぜルージュ……おっと、船長。わかっていると思いやすが、おいら達海賊は金と酒と女があって、楽しめればそれで良いんですよ。効率が良いから、集まるだけなんですぜ」
「そうだよな、わたしも同じだった。けれど、あなたは水袋を投げつけられて怒っていないのか?」
「いえいえ。副船長とは名ばかりで、おいらはアスターシと船員の緩衝役でしたから、あんなので怒る気になれませんぜ」
男はやれやれと首を振る。思い返せばこの男が副船長として命令していた姿を見たことが無い。いつもアスターシの側に文字通り影のように居た。得体の知れない男だ。
「船長はおいら達に恨まれてると思ってるんですね? 危害を加えられた訳じゃないのに何を恨むって言うんです? 仲間意識なんてありません。船長はその逃げ足で名前が知られていますが、おいらのような腰巾着は違います。他のやつらもそうですぜ。互いに自己紹介しない限り知り合うことは無いんですから。海賊ってそういうもんでしょう? 嫌になったら船を下りればいい」
「けっこう乾いた関係なんだな」
静かに聞いていたオールトが、ルージュの肩の糞を拭いながら言った。拭っている布は、いつの間に取ったのか副船長だった男が腰に巻いていた布だ。
男はそれを見て自分の腰を確認しながら続けた。
「ええ。掟なんてあってないようなものなんですよ。だから船長も寝首を掻かれないように注意した方が良いですぜ。まーあんなの見せつけたんですから要らない注意かも知れませんが。ちなみに、おいらのことは好きに呼んでくだせい」
ルージュが渡り歩いてきた海賊達は色々な人間関係を作って居たが、アスターシの手下達は本当に烏合の衆らしい。それを纏めるのがルージュだと、彼らは一致しているという。
「ほらな。中肉中背が言うように、もうあんたが船長って決まりきっているぞ?」
「……じゃあわたしは今から船を下りる」
「……それは早過ぎやしませんか?」
何食わぬ顔で汚れた布を返すオールトに、その布をつまんで受け取る中肉中背。
オールトの言ったとおり、船長になればルージュの思い通りに身の危険が少ない航海ができるだろう。
うまい話だと思うが、大勢の手下達を持つのはルージュにとって、とても煩わしいことだった。オールトについてもそうなのだ。
ルージュは必ず彼らを裏切ることになる。何故ならルージュは他人のために命をかけられないから。言うなれば、財宝さえ見つかれば後はどうでも良いのだ。
「どうしてもと言うなら止めやしませんけど。ではその別嬪さんはどうするんですぜ? おいらは興味ないですが、船長だから従う奴もいるんです。船を下りるとなれば別嬪さんの身の保証は無いですね」
「げ」
オールトの声に、ルージュも気が付く。船を下りたら、オールトを安全な所まで送り届けなければ行けない。空はもう暗くなっていた。
日が暮れた港で荷を運ぶ海賊の内、近くの一人がルージュと目が合うと恥ずかしそうにしながらおずおずとやってきた。噂をすればと、中肉中背は汚れた布を洗いに行ってしまう。
「あのぅ、ぼくの聞き間違いじゃなければ、船長……乗ってもいないのに船降りるんですかあ? じゃあ、その綺麗な人、僕に譲ってください。……船長の男だと思って遠慮していたんですけど」
爆弾発言だ。ルージュは絶句した。
彼らはオールトを追って海に飛び込んだルージュを見ていたのだ。彼らには命を賭して助けに行くほどにルージュがオールトに思いを寄せていると見えていたらしい。
飛び込んだのはルージュが人魚だからで、溺れ死ぬ事は無いから助けに行っただけだった。
「ち、違う! わたし達はそんな仲じゃない」
「……そうなんですか? じゃあ――」
「ああ、俺達は船長とかそういう肩書きを越えた仲だ。俺はこいつのもの、こいつは俺のものだ」
「ばっ、何を――!!」
ルージュがオールトの言葉を否定するより先に、オールトはルージュの頭を胸に押しつけた。すぐそばで、高い口笛が鳴る。
ルージュは両手でオールトの胸を押して離れようとするが、頭を掴まれ、身長差もあって顔をしか離すことができなかった。
どういうつもりだと睨みあげれば、オールトはかがみ込んでルージュの額に丸い額をくっつけてきた。海賊達には見えない側の頬をつねられ、ルージュは身動きが取れなくなった。
端から見れば男同士が睦み合っているようにしか見えないだろう。色々とおかしい。
「俺を売る気か?」
「売るって、わたしには何も利益が無いじゃないか。一体どういうつもりだ?」
「いいか、よく聞け。俺は女が良い。男の相手はまっぴらごめんだ」
一応ルージュも男として周知されているが、言われる分には良いらしい。これは女のルージュの方がまだマシとでも言いたいのだろうか。正直ルージュには嬉しくなかった。
「何が問題だ? こんなに上手くいくとは思っていなかったが、船も船員も手に入った。あんたが船長になれば俺の身はこの船で安泰だ。なのに俺が船長の気に入りじゃないと知れたら意味がないだろ?」
「わたしは船を下りる。あなたはちゃんとわたしが責任持って安全な所に送る」
「……この港にいる男好き全員が襲いかかって来たとしたら、あんたは俺を守りきれるか? 送るったって、今日はこの町に泊まらなきゃならないぞ」
「……いひゃい」
ほぼ吐息だけで成される会話に、恥じらう暇もない。できんのかと、凄まれながら、ぐにりと頬をつねられる。
この場にいる何人が男好きかはわからないが、一人や二人では無さそうだ。ルージュも夜道や寝ている間に襲われればオールトを守りきれる自信はない。
「わかってんのかルージュ。俺の貞操がかかってんだ。船長になるだろ?」
つねった頬を引っ張られる。痛くて涙が出てきたが、ルージュは頷かなかった。
ずっとくっついているルージュ達に痺れを切らしたのか、オールトを譲れと言ってきた男は、乙女のように頬を染めながら言ってきた。
「ちょっとだけで良いんですう。空いた時間にその人を貸して貰うって事はできませんか?」
乙女のような海賊の言葉に、ルージュは冷や汗が止まらない。何を言っているのか、別世界の単語を聞いて居るみたいだ。
だからそんなんじゃないと否定したいのに、眼前で鋭く光る赤い目がそれを許さなかった。
「貸さないよな? 誰にも触れられたくない位俺のことを船長は気に入っているんだよなあぁ?」
「……」
「気に入っているって言えよ。俺に手を触れるなってな」
「……」
脅してくるオールトの眼光を跳ね返すつもりで目を開けていると、つねられているのもあって視界が歪んできた。でも、ルージュは脅しに屈したくなかった。
すると、オールトは一度目を閉じて開けると、表情をかすかにをゆるませた。
「良いから言え。あいつら裏切っても良いって言ってただろ? 俺のことも裏切ってくれてかまわない。今は船長になって好きなように捜し物を探せよ。少しの間くらい俺の身を保証しろ」
「……っえ」
目を開くルージュをオールトは鼻で笑うと解放し、ルージュの背中優しく叩いた。オールトの不意打ちの言葉に、ルージュは読まれていたのだと驚き、どきりとした。
顔の片側が赤くなっているルージュを見て、不思議そうな顔をする乙女な海賊に向き直る。
オールトにそこまで言われては折れないわけにいかなかった。
「……? 船長?」
「…………貸せない。彼はわたしのお気に入りなんだ。だから誰一人彼に触れることは許さないよ。船長命令だ」
「……そうですかあ……わかりました。じゃあぼくはお二人の仲を見守らせて頂きますね」
ルージュの言葉を聞いて、乙女な男はお幸せにと涙ぐみながら、振り切るようにして船へと走っていった。無駄に乙女走りだ。
それを見た他の船員達がにやにやとルージュとオールトを見やってくる。
言ってしまった。ルージュは早くも時間を巻き戻したくなった。
「決まりだな」
オールトはルージュの肩に手を置いた。思い通りに言ったと晴れ晴れしている。ルージュは恨めしげにオールトを見上げた。
「“赤い薔薇”を手に入れるのにオールトと交換しなければならなくなったら、ためらう事無く突き出すからな」
「ああ良いぜ? 中肉中背が呼んでる。船の準備が整ったみたいだぞ。食糧も積み終わったみたいだしな」
受けて立つとばかりにオールトは笑うと船へと歩き出す。荷物を運び終えた船員達も次々と船へ乗り込んでいた。
明かりの漏れる船内からは、すでに宴を始めたのか騒がしい声が聞こえてくる。
ルージュは深く息をついて、オールトの隣を歩いた。ルージュに会わせているのか、その歩調は遅い。
「なあルージュ」
船と岸をつなぐ板を渡り歩いた直後、オールトはルージュを呼び止めた。その目は船の明かりに、ルビーのように反射した。
“海の薔薇”もこんな美しさを湛えているのだろうか。
「何だ?」
「俺を裏切ってもかまわないからな。その代わり、俺はお前に一生つきまとってやる」
オールトはいつものにやりという表現がぴったりな笑みを浮かべた。
「船長、もうはじまってやすぜ」
それは亡霊になってでもと言う意味かと問う前に、青くなるルージュは船内へと引っ張られて聞くことができなかった。
「俺も見つけられるかな」
オールトが呟いた言葉は、夜の海に吸い込まれていった。
海賊船を手に入れた人魚は、船長となり財宝“海の薔薇”を探す航海に出た。
彼女の名前はルージュ。彼女に執着する記憶喪失の男、オールトと共に男好きが多い船員を引き連れる。
海賊ながらに女であり、そして人魚である彼女の船旅は困難を極めるが、それでもルージュは諦めるわけにはいかなかった。
“海の薔薇”を求めて。
お読み頂き、どうもありがとうございました<(_ _)>
連載にしようか迷った末の、まさかの短編投下。習作のつもりで何度か修正すると思います。それなのに続く終わり方になりました……お目汚しすみません……。
無駄に設定だけはあるので、機会があれば連載版にするか、あるいは続きをもにょもにょ投下するかもしれません。その時には文章力が今よりマシになっていることを願います;;
ヒーローが非常に頼りなく、よわっちいという、ヒロインがヒーロを守っちゃってるお話ですが、ほんの少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。