その 2
「ふう…………」
少女は一息いた後に持っていた剣を腰に提げている鞘に戻し、こっちに向かって歩いてくる。
「ねえ、ねぇてば、お~い、聞こえてるかい?」
俺は何を考えればいいのかそれすらも分からず頭の中が真っ白になっており、少女が近くに来て喋りかけていることに全く気付けないでいた。
「……………………」
「そろそろ返事がほしいんだけど~」
そして目の前に少女の顔が現れて、ようやく話しかけられていることに気付いた。
「……へっ? あ、いや、えっと何?」
「君は本当に大丈夫なのかって、聞いてるんだけど」
「あ、ああ、大丈夫だ。怪我とかもないし全然平気だよ」
「本当? さっきの様子を見た限りでは全然大丈夫に見えないんだけどなあ」
確かに、いろんな意味で大丈夫じゃないな……。
「いや、その、なんだ、ボーとしていた理由はだな、ここは本当に訳のわからない場所だなって、思っていただけであって」
「ふうん? よくわからない場所、ね。まあ、それなら質問を変えることにするけど、なんで君はこんな危険なところにいるの? ここが禁止区域っていうことわかってるよね?」
「いや、……実はそれすらもよくわからないんだ。此処がどこなのか、どこが安全で、どこが危険なのかとか」
「なに、君は記憶喪失なの? もしそうじゃないなら私にもわかるように説明してほしいな」
「……そう言われても説明の仕方がわからないしな」
説明しろと言われても、本当に説明のしようがない。いつの間にかここにいた。なんて言っても少女は納得しないだろう。……まぁ、それでも命の恩人なので、これまでのことを話すことにした。
そうしたら少女はクスッと笑い、
「ごめん、何を言ってるのかまるで理解できないや」
そう言われた。やはり話すべきではなかったと、心の底から後悔。
「そういえば、君の名前はなに? あ、ちなみに私の名前は桜ユイね、ユイでいいよ。よろしく♪」
ユイ、ね。こっちでまともに話せる人に会えたのは嬉しいけど、この少女は本当に人間なのだろうか?
さっきの悪魔との戦いでは、悪魔が手から火を出したりするのは悪魔だからいいとして、この少女も剣で風を操るという常識では考えられないようなことをしていた。
しかし、名乗られたら名乗り返す。これは一種の礼儀として自分の中では決まっている。なので、ユイという少女に自分の名を教えようとすると、
「…………………………あれ?」
「ん? どうしたの?」
「い、いや」
…………おかしい。
「ねえ、本当に大丈夫?」
……………………俺は、俺はいったい、
「俺はいったい────誰だ?」
「へ? いやいや、それは私が聞いてることだから」
「いや、そういう意味じゃなくて、──ああ、くそっ! 何だこれは!」
「ええと? ……どうしたの?」
ユイは俺の挙動不審な行動にどう対処していいかわからない様子で困っているが、しかし俺はそれ以上にどうしたらいいかわからない。
なにせ自分の名前や、自分が誰なのか、そしてどこで生まれたのか、なにもかも自分に関わること全てがわからないのだから。
「はは、何だこれは……意味わかんねえ。どうなってんだよ」
俺はまるで電池が切れた人形のようにいきなり力が抜け、その場に倒れこんだ。それを心配するような、いや、そんな俺の行動に対して戸惑っているような顔をしてユイはこちらを伺ってくる。
「…………どうしたのか聞いてもいいかな?」
どうした、どうしたのか……ね。それは俺が知りたいことだ。どうして俺はなにもわからないのだろう? どうして俺は、どうして──。
そんなことを考えていると、ユイに質問された時のことを思い出し、そのまま思い出したことを口に出してみる。
「……記憶、喪失なのかもな」
「え?」
「さっき、君は俺のことを記憶喪失なのって聞いてきただろう。俺自身はさっきまで自分が記憶喪失なんて自覚していなかったけど、自分の名前がわからない、自分の生まれた場所がわからない、自分のやるべきことがわからない。これを記憶喪失と呼ばずなんていうんだよ」
ただの思い付きでの発言だったが、言えば言うほど真実味が出てくる。
その真実味が、俺は本当に記憶喪失なんだ納得させられる。
「はは」
ここまでくるともう笑うことしかできない。
そして俺はやることも分からず、ぼんやりとしながら、
「生きる理由もないし、死んでみようかな…………」
適当なことを言って悲哀感に浸っていると──
「本当に死にたいと思っているの?」
さっきまでの緩い雰囲気だったユイが一変して真剣な雰囲気になり、俺にそんな事を聞いてきた。
「……そう、だな。うん。死んでもいいかなって気持ちではあるな」
軽い気持ちで言った言葉ではあるが特に否定する気にもならず、俺はそのまま話を続ける。
「…………そっか」
「ああ。それに今の俺は生きたいと思うほどの理由もないしな」
俺はそのままどう死のうかなんて考えてると、
「なら!」
ユイが大声をあげ、俺にこう言ってきた。
「その命、私に頂戴!!」
「………………………………は?」
「だから、どうせ死ぬんならその命を私に頂戴って言ってるの」
……この少女は何を言っているのだろう?
俺は上半身を起こしユイのほうを見ると、少女は満面の笑みを浮かべていた。
「えっと、なぜ?」
「ん~? そうだねえ、強いて言うならもったいないと思ったから」
「もったいない?」
「うん!」
そんな元気の良い答えを聞き、俺が呆れていると、
「それにね、生きる理由がないから死のうなんて考え……つまんないよ。理由がないなら理由を創っちゃえばいいじゃん」
なんてことを当たり前のように言ってきた。
「それは、そうだけど」
それができれば俺は死のうなんて考えないぞ? そう反論するが、
「だから~、それを私と一緒に探そうって言ってるの!」
さも今までそのことを主張してきたみたいにそんなことを言う。
ちなみに俺の記憶が正しければその主張は初耳だ。
「記憶喪失した人が記憶について語っても説得力ないよね~」
「いやいや! 確かにそうだけど、それでも今さっきの──」
事はさすがに覚えている。そう言い返そうとするが、
「で、どうするの? 君は私に君の命をくれるの? くれないの?」
言い終わる前にユイが割り込んで、選択肢を出してくる。
これは何かの冗談かと思おうとするが、少女の顔を見ると冗談で言っているわけではなく本気で言っていることが良く分かる。俺は少女の真剣さに何も答えられずにいると、少女は笑顔で俺のことをこう誘ってくれた。
「それにね、私と一緒に旅をすることで記憶が戻る、なんて可能性だってあるんだよ? 可愛い女の子と旅ができて、生きる理由も探せて、さらに記憶が戻る可能性もある。君にはメリットしかないじゃん。断る理由なんてないと思うんだけど、どうかな?」
俺は一瞬、断ろうと考えたが、この時ユイが言った誘いの言葉に何らかの運命みたいだと、俺はこの少女と一緒にいならなければいけないと感じた。
だからその誘いに対して俺は笑みを浮かべ、
「確かに、そうだな」
そう答えることにした。
「それじゃあ、君は生きる理由が見つかるまで私に命をくれて、私は君の生きる理由を探すのを協力する。こういう契約でどうかな?」
そう言いながら、ユイは笑顔で俺に手を差し伸べ、
「ああ、その契約で問題ない。俺の命を……君に預けるよ」
俺はユイの笑顔に見惚れながらも差し出してきた手を掴み、契約を結ぶ。
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