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第9話 押し売り・ダメ・絶対



 ゾクリと悪寒がして、精霊は動きを止め自身を捕まえている奇妙な女へと意識を向けた。

 瞬間、待ってましたとばかりに彼女は口を開く。


「まぁまぁ、精霊様!

 長く生きてりゃ、人間に捕獲されることだってありますよ!

 ありえないなんてことはありえないって、どっかの金髪少年も言ってました!

 そんな細かいこと気にする必要ないです、大丈夫ですよ、精霊様!

 それより、精霊様!

 その長い生涯に閃光のように鮮やかに輝く一瞬の時を手に入れてみませんか!

 永遠にも等しい貴方様の生涯に添い慰める暖かな記憶はいりませんか!

 人間という生き物にもう少しだけ詳しくなってみませんか!

 ぶっちゃけ、私の男になりませんか!

 ついでに、私のためだけにバンバン魔法なんか使っちゃったら良いと思うんですよ!

 私の物は私の物、恋人の物も私の物みたいな!

 ちなみに、こういう横暴な考え方を私の世界でジャイアニズムなんて言うんですけどね!

 まぁ、そんなことは置いておいて、ねぇ、精霊様!

 きっと私たちと一緒にいると楽しいですよ!

 どうですか、精霊様! 精霊様ってば! ねぇ!

 精霊様! 返事してください、精霊様! 精霊様!」

【ッえええい、姦しい!

 それでは問答を返す暇も無かろうが!】

「うほっ」

『まぁ。キレるわよねぇ、普通……。

 分かるわぁ、その気持ち。すっごい分かるわぁー』


 当の精霊に一喝されて、ようやく口を噤む苺花。

 女神は女神で、1人何かに共感するようなセリフを呟いている。

 また、彼の発言と同時に激しく山の木々がざわめき、ヤンとピ・グーの2人が驚きと緊張に息を飲んだ。


「何ダ……?」

「お、おい。イッカ。

 本当にそこに精霊……様がいるのか?」


 疑心暗鬼の表情で、ヤンが苺花へと問いかける。

 ちなみに彼は精霊信仰とは関係の無い地域出身であるため、普段は様などつけない。

 万一にでもそのような超常の存在が目の前にいると仮定した場合に、さすがに己のようなただの人間が呼び捨てでは拙かろうと咄嗟に改めたのである。


「うん。人が精霊と呼ぶ存在だって主張してたから、ほぼ間違いないと思う」

「……そんなことが」

「ただヤンとピーちゃんに見えないなら、これが本当の精霊かそれとも幻覚等の症状か分からないよね。

 それならその存在を信じるかどうかは別にして、今は話だけ合わせててくれたらいいよ。

 少なくとも、私が見えないのに見えるだとか意味の無い嘘をついてるなんて思ってないでしょ?」

『うーわ。確実に相手が精霊だって分かってて、良くそんなセリフが言えるわね苺花。

 さっすが、OTAKUは計算高いわぁぁ』


 当然、女神の呟きはスルーだ。

 もはや、お約束と言っていいレベルである。


 苺花があっけらかんと放った内容に驚き、男たちは言葉を失った。

 彼らにして、彼女が嘘や冗談を吐いているとは最初から考えていない。

 ただ、当の彼女の言うとおり幻覚など他の可能性を疑っていたのも確かなのだ。

 そして、その場合、どう対応すれば良いのか判断に迷っていたことも。


 普段は猪突猛進な人間の典型のような言動を繰り返す苺花が2人の思考を寸分違わず看破し、的確な提案を下したことに、男たちはとにかく愕然としていた。

 グッと複雑そうに顔を歪めて、ピ・グーが呟く。


「……情ケないナ」


 黙ってはいるが、隣に立つヤンも彼と同じ気持ちだった。

 自らの不安や懸念を年下かつ女である苺花にあっさりと言い当てられ、あまつさえ先回りで気遣われてしまったのだ。

 さらに、自身が彼女へ向ける愛情のあり方を完璧に理解しているかのような最後の発言に、わずかばかりにでも歓喜してしまったという事実。

 男2人の胸の内に苦い感情が走ってしまうのも、もはや仕方の無い話だと言えた。


【ふむ……汝ら人の身にあって在り難き関係を築いておるようだな。

 中々に興味深い】

「おっとぉ! 今、興味深いって言いました!?

 言いましたよね!

 じゃあ、ホラ! 私のハーレムに入ったらいつだって興味ムンムン万々歳ですよ!

 どうせ、精霊様なんてアレでしょ、普通に何千年とか生きてるアレなんでしょ!

 その中のほんの数十年くらい人間の女に囲われたって大した事ないですって!

 思い切って、うんって言っちゃいましょうよ! ねぇ!

 いいから黙って私に惚れて下さいよ!

 さぁ! 黙ってないで! 早く! カモン!」

『アンタ、学習能力ないの!?

 ついさっき、ソレやって怒られたばっかじゃないの!』

(あっ、そうでした!)

『ていうか、黙って惚れろとか言った直後に黙るなって……。

 一体どっちなのよ』

(フェロモニー様、意外と細かっ!)


 女神のありがた~い助言によって、今度は怒鳴られるより先に口を噤んだ苺花。

 見ると、腕の中の精霊はどこか疲れた様な空気を纏っている。

 彼女から逃れることはもう諦めたのだろう。

 不本意そうな雰囲気を全面に押し出しながら、精霊はこのように告げた。


【……そう矢継ぎ早に言を重ねられたのでは、要領を得ぬ。

 今一度機会を授ける故、疾く答えよ】

「サー! イエッサー!」

『どこの軍人?』


 苺花の言葉の意味など精霊に理解できるはずもなかったが、おそらく肯定だろうと推測して彼はそのままひとつの簡潔な問いを口にする。


【汝、我に何を望む】


 それに対する苺花の答えもまた、実にシンプルなものだった。

 彼女がその可憐な唇から紡いだのはたった2文字。

 けれど、その回答によって彼女は見事、念願の精霊をハーレム入りさせることに成功したのである。




~~~~~~~~~~




「うっひょおーーっ!

 すっげ! 魔法すっげ!

 ヒト化と聞いた時はテンプレ美形降臨フラグじゃねぇだろうなウゼェなんて思ってましたけど、さすがは精霊様!

 この路傍の石のごとき究極なまでの存在感の無さ!

 一昔前のエロゲによくある目隠れ主人公クリソツの影の薄さ!

 それでいて、実は大陸丸ごと海に沈めるほどの実力を持っているというギャップ!

 萌え魂が疼くぅーーー!

 オレのハートが萌え滾るぅっフゥーーーー!」


 赤子ほどもある大きな石に片足を置き天に向かって心の限り叫ぶ苺花を放置して、魔力を凝縮・加工し人の身を成した精霊が男2人へと軽い疑問を投げかける。


「その方ら、アレに囲われる立場に真に依存は無いのか……?」

「あー、はぁ、まぁ、その。一応?」

「無イ……コともなイ……ようナ」


 揺れる目を逸らしつつ、曖昧に頷くヤンとピ・グー。

 新たに精霊を加えたハーレムメンバー3人の周囲に、何とも言えぬ空気が漂った。


「しかも、人仕様になったら声が遊佐様になってるとかどんな究極生命体ですかッ!?

 っあー、これは死ねる! キュン死ねる!

 我が生涯に一片の悔いなぁああし!」

『……はいはい。楽しそうで何よりねー』


 無言で後方に佇む男達と興奮のまま雄たけびを上げる美女という混沌とした構図は、それから十数分に渡り繰り広げられていたという。

 その間、この光景が誰の目にも触れなかったという事実だけは確かな幸いであった。


 さて、吠えるだけ吠えて満足した苺花が彼らの間に割って入ってくる。

 次いで、彼女はパンパンと両手を叩き自身に視線を集めさせた。


「下山前に話しておきたいことがあるから、ちょっと聞いてくれる?」


 また何を言い出すつもりなのかと警戒に眉を顰めるヤン。

 一方、ピ・グーと精霊はきょとんとした表情で彼女の動向を見守っている。


「とりあえず、今後の精霊様に関してなんだけど」

「……アぁ、ナるほド。

 姿は変えどモ、ソれだけでは不安要素もあるカ」

「確かに、人里に降りる前に話をつめておいた方が良いな」

「手間をかける」 


 話し始めれば、それぞれが納得顔で頷き同意を示した。

 先ほど不安気にしていたヤンも、真面目に進みそうな雰囲気を見て取りホッと胸をなで下ろす。

 が、当然のごとくその安堵は早計と言える結果となった。


「まず、精霊様って呼び方は不味いからぁ。

 これからは、ターマノミ・スピリンタルって名乗ってね」

「絶望的な名付けセンスだな!」

『もうちょっと精霊っぽい名前いくらでもあったでしょー!?』

「その名、確かに受け取った」

「マさかの異論無しだト……っ!?」


 無知とはかくも恐ろしいものである。

 一般的な名がどういったものかを知らない精霊は、苺花のその場のノリで作った適当な名をあっさりと許諾してしまったのだった。

 焦りを禁じ得ない男2人だったが、それよりも早く苺花が次の爆弾を投下する。


「愛称はどうしようか。タマちゃんで良い?」

「否やは無い」

「なっ!?

 オ、おイ。ヤン。コレは止めなくテいいのカ!?」

「無茶を言うなっ。

 精霊自身とイッカの決定を覆せる理屈がどこにある」


 苺花とターマノミから1歩身を引いて、ひそひそと小声で会話するヤンとピ・グー。

 99%以上の確率で精霊をハーレムの一員に加えることは不可能だと思っていた2人は、ここに来てついに動揺を隠せなくなってきていた。


「魔法を使う時は常に私の指示に従うこと。

 緊急時はその限りじゃないけど、やっぱり正体がバレたりすると大変だもんね」

「面倒をかける」

「っ本当に大丈夫なのカ、アレは仮にも神と同格視されル存在だゾ!?

 オレ達はトンでも無イ過ちを犯そうトしているんじゃないのカ!」 

「止めろ、それ以上は言うなっ。

 ……仮にそうだとしても、俺たちには他の選択肢など用意されていないんだっ」


 一見ピ・グーよりも冷静そうな態度を取っているようだが、ヤンのこれはむしろ現実逃避に近いものである。

 思考を止めることで、問題を先送りにしようとしているのだ。


「皆、とりあえず、立場としては対等ってことで、敬語とか下手な遠慮は無しね。

 タマちゃんも、そんな偉そうにしてないで人間っぽく砕けたしゃべり方で宜しく」

「善処しよう」

「って、ヤンにピーちゃん。聞いてる?

 あなた達がタマちゃんに人間世界の常識を教えてあげるんだからね?」

「オぉぉイ、ヤンんんん!」

「っだー、もう俺に振るなぁーーッ!」


 実際、男たちが取り乱すのも無理はない。

 彼らの感覚を分かりやすく例えるならば、目覚めた人ブッダや神の子イエスなどを相手に馴れ馴れしく接しろと言われているようなものなのだ。

 いくら他宗教や無宗教の人間であったとしても、何とも畏れ多い話であった。


「ちょっと、何?

 2人してどうしたの?」


 しかし、苺花にとっては獣人であるピ・グーと同様、ただ、珍しい人種といった程度の認識でしかない。

 そもそも、本物の女神であるフェロモニーに対してですらアレなのだ。

 彼らの挙動不審の理由など解する訳がなかった。


『今日も今日とて、安定のカオスねぇ……』


 全ての事情を知るフェロモニーは1人、誰に聞かせるでもない呟きを溢す。

 ようやく逆ハーレムらしい人数になって来たとはいえ、何とも複雑な胸中に身を焦がす女神であった。



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