第8話 重大な事実がスルーされました
「ソもそもだナ。
精霊は地域によっては神ト同格或いは御使いであるト認識されていテ、ソの存在は相当に高位の神官ガようやク知覚可能といったものデ、意思の疎通も不可能では無いが非常に難しク、トかく一般人にとっては夢幻にも等シ……」
「おい、ピ・グー。
どう見ても右から左のようだが、まだ続けるのか?」
苺花のワガママに付き合い、古くから精霊の寝床になっていると噂の大霊山。そのふもとにある町を訪れた一行。
すでに補給等は済ませているのだが、夕刻を過ぎていることもあり、彼らは適当な宿に腰を落ち着けていた。
さすがに禁則区域を越えることは犯罪にあたるため2人がかりで何とか諦めさせたが、それでも明日の朝に登頂を控えた苺花は興奮を抑えきれない様子で室内をウロついている。
大霊山は精霊が存在すると言われているだけあり、自然が豊かで魔獣含む様々な巨大生物が数多く生息する山だ。
ともすれば、ヤンとピ・グーでさえ不覚をとるかも知れぬ場所である。
浮かれた気分のまま足を踏み入れるなどとんでもないと、ピ・グーは苺花にその危険性や精霊との遭遇が奇跡レベルで難しいことなどを切々と説いていた。
しかし、当の彼女は「はいほーはいほー、魔法が好っきぃー」などと歌いつつ奇妙なダンスを踊っているばかり。
簡素な木の椅子に腰かけ黙々と自身の武器の手入れをしていたヤンが、いい加減その不毛さを見かねて彼に制止の言葉をかけた、というわけである。
「シかシ、コのままでハ……」
振り返り納得のいかないような態度を見せるピ・グー。
ヤンは彼の肩を落ち着かせるように2度ほど叩き、抑揚のない声で語り出した。
「今は放っておけ。
明日その時が来れば、いくらイッカでも少しは大人しくなる。
実際、モンハの森ではそれなりに弁えた行動が取れていただろう?」
「……ヌ」
彼の言い分は至極もっともだ。
ただ、ピ・グーにはまるでいかにも自分の方が彼女に対する理解が深いとでも言いたげなセリフのようにも聞こえてしまい、少しばかり反発精神が湧いてこぬでも無かった。
が、年齢に対し比較的熟成した精神を持つ彼はそんな幼稚な感情を当然のごとく理性で抑え込む。
眉間に皺を寄せたまま目を瞑り、負の感情を雲散させるように深く息を吐き出した。
と、そこへようやく踊りを止めた苺花が2人の視線の間にトコトコと割って入って来た。
どれだけ必死になっていたのか、彼女は額から汗を流しながら肩で息をするほどの荒い呼吸を繰り返している。
しかし、疲れ切ったような身体とは裏腹に彼女の表情はいたく満足げだ。
頬を朱色に染め、清々しいまでの笑顔を2人に向けていた。
「っあー、いい汗かいたぁー!
ね。ちょっと水浴びしたいからさぁー、どっちかついて来てくれない?」
『本当、アンタって自由人よね』
呆れた様な女神の呟きが耳に届くが、それはスルーだ。
苺花は常日頃から、けして単独行動を取ろうとはしない。
なぜなら、彼女は自分自身の人並み外れた美貌が周囲にどれだけの影響を及ぼすのか十二分に理解しているからだ。
そして、続く結果のほぼ全てが彼女にとって最悪な出来事しか招かないことも……。
また、苺花という女は逆ハーレムを作りたいなどというビッチな目標を掲げている割に、意中の男性以外に触れられることはもちろん、話しかけられることもしたくないというまるで男性嫌悪症を患っているような一面があった。
まぁ、この辺りはおそらく半ヒッキーニートのオタク女であった名残があるのだろう。
大抵の者は彼女の浮世離れした美しさに自然と遠巻きになってしまうものなのだが、構わず声をかけてこようとする人間に限って、どこか下卑た性質を持っている率が高かった。
ある意味では、当然の行動と言えるだろう。
そして、普段は厳しくツッコミを入れてばかりだが何気に苺花にぞっこんLOVEなヤンも、初恋のためか多少彼女に対して心配性もしくは過保護になってしまっているピ・グーも、その行動を積極的かつ好意的に受け入れているのが現状である。
どんなに顔面の良い相手にも冷え切った目を向け口を開こうともしない超級の美女が、ハーレムメンバーである自分たちにだけ無防備に笑顔を見せ素の姿をさらけ出してくれる事実に、男として優越を感じてもいた。
「なら、俺が行こう。
ピ・グー、荷物番頼む」
「アぁ」
こんな場面での彼らの決定は常にスムーズだ。
まぁ、いかに惚れているとはいえ、男たちも四六時中彼女に添いたいなどというストーカーのごとき行き過ぎた願望は抱いていない。
時には自ら単独行動を取ることもあるし、二手に別れた方が効率が良ければ迷わずそうする。
良く訓練されたハーレム構成員……と言うよりは、苺花の人選が悪くなかったというのが答えだ。
幸運の補正のおかげが多くを占めるだろうが、少しは男を見る目のある女なのかもしれない。
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そして翌日。
清々しい朝暘の中、ろくに整備されていない険しく細い山道をひたすら歩き続ける3人がいた。
経験豊富で目敏いヤンが先頭、守護対象である苺花が真ん中、しんがりはピ・グーが務めている。
すでに山に入ってから2時間は経過しているのだが、意外なことに、まだ魔獣や巨獣には1度も遭遇していなかった。
訝しむピ・グーが小声でヤンに話しかける。
「ヤン。聞きたいンだガ……」
「あぁ、分かっている。
俺は以前に依頼で大霊山の魔獣を狩ったことがあるんだが、その時の経験から言っても今の状況は少し異常だ。
これだけ歩いて何の獣にも遭遇しないなんてことは、この山に限ってありえない」
ヤンは、前方を見据えたまま彼の問おうとした内容の答えを先んじて口にした。
「ソれだけじゃあなイ。
酷く希薄な何かの気配が山全体に漂っていル」
「それも以前には無かったことだ。
……ピ・グーどんな状況に陥ろうと冷静さだけは失うなよ。
判断力が低下し、余計な怪我を負う原因にもなりかねん」
「分かっていル。
オレとて伊達や酔狂で5強士に選ばれたワケではなイ」
不気味に表情を変える大霊山へと、警戒を強める戦士たち。
一方、彼らに守られている苺花は気楽にも小声で歌など歌っていた。
「らいしゃいろーんなーへべーん♪」
『全然、分からないんだけど。それ何語?』
(えーっと。多分、英語?
耳コピだから正確な歌詞が分からないんですよねー)
あははー、と苦笑いぎみに頭に手をやりながら顔をほんの少し横に逸らす。
途端、苺花は驚いたように目を見開いて足を止め、焦ったような声色でこう叫んだ。
「あそこ何かいる!」
「本当か!?」
「ドこダ!?」
苺花の言葉に反応して鋭く視線を飛ばすヤンとピ・グーだったが、しかし、彼女の指さす方向には何の変哲もない木が植わっているだけ。
彼らは小さく首を捻った。
己らが見落として苺花だけが気付くような生き物がいるものなのかと。
いまいちな2人の態度に、彼女は指さした腕をブンブンと振り回しつつ不満げに声を荒げる。
「えーっ! すぐソコのアレだってば、アレ!
ホラっ、明らかに変なのがいるでしょぉー!?
人みたいな形に凝縮された緑のモヤに、目と口をつけてみましたーみたいな気味の悪い生物が!
あの木の下に!」
いくら目を凝らそうと、彼女の示す先に主張されるような何かは見えない。
ヤンとピ・グーの2人は訳が分からないといった困惑の表情で互いの視線を交わらせた。
彼らのあんまりな鈍さに苺花がさらに憤りを表そうとした瞬間、その不可思議な何かが幾重にもエコーのかかったような明らかに人とは異なる音声で話しかけてくる。
【面白い。我を見るか、人の子よ】
「うええええ、しゃべったし!
やだ! マジで何コレ、何なのコレ!?」
軽くパニックに陥る苺花。
ささっと男2人を盾にするように場所移動したあたりは、さすが女である。
ヤンとピ・グーはこれまでにない彼女の言動に、どうしていいのか分からず立ち竦むしかなかった。
【ほぉ……見えるだけでなく声も聞くとは。
中々に稀有なる存在よ】
人生で初めて遭遇した不可思議な存在に、さすがの苺花も恐怖を感じて口を閉ざした。
少々意外な事実だが、彼女はホラーが……特に物理攻撃の効かない霊という存在が大の苦手だった。
(ひぃーっ、やだぁ! 幽霊だったらどうしようヤダぁーーー!
お化けなんかいないー! 信じないー!
まじりっけのないものしか信じないぃー!)
『最後の関係なくない?』
他人事であるからか、涙目でふるえる苺花に対して女神は冷静なツッコミを入れる。
そして、彼女の態度など関係ないとばかりに、緑のモヤは再び何事か語りかけてきた。
【何、そう脅えるものでは無い。
我は汝ら人の子が精霊と名付けし……】
「獲ったどぉーーーーーッ!」
【なぁーーーっ!?】
精霊という名が聞こえた瞬間、ほとんど反射ともいえるスピードで強烈なタックルをかまし捕獲にかかった苺花。
驚くほど思考の切り替えの早い女である。
おかげで、ヤンとピ・グーでさえも彼女の行動を止めることが出来なかったほどだ。
油断していたのか、ソレはあまりにもアッサリと彼女の腕の中に収まった。
そして、拘束から逃れようと地上げされた魚のようにピチピチと跳ねつつ、動揺に声を上げる自称精霊。
【なっ、馬鹿なっ!
我らは明確な形無き、言わば概念的生命体。
時に姿を映す者こそ存在すれど、人の子には生涯触れること叶わぬはず。
それが何故っ……貴様、一体何者だ!?】
暴れる精霊をものともせず、苺花は彼を捕らえたまま冷静に女神に語りかけた。
幽霊ではないと分かった途端、本当に現金な女である。
(何か主張してますけど、フェロモニー様分かります?)
『んー。そりゃあ、アレよ。
苺花の肉体は正確に言うと私の下位神気である第5要素エーテルを基にその他少量の地・風・火・水の4大要素を合わせ固めて創造した、限りなく人に近い人以外の何かである人だもの。
全てが5大要素以上で構成された通常人類には知覚外の高次元霊気生物が相手とはいえ、人でありながら同時に人ならざる者である苺花なら普通に触れたっておかしかぁないわ』
(細けぇ事ぁいいんだよ!)
『ちょっ。アンタ、自分から聞いといてソレ……?』
明らかに理解を投げ捨てた苺花に、フェロモニーは深くため息を吐いた。
しかし、なんだかんだで面倒見の良い女神はもう1度、今度は噛み砕いた説明を施す。
『まぁ、とにかく精霊ってのは魔法そのものが自我を持った存在とでも憶えておけばいいわ。
そして、私の加護によって苺花は普通は触れない精霊に触れるようになってるってこと』
(よくわかった! さすが女神様、マジ女神!)
『それ、褒めてるの?』
話は終わったとばかりに女神の問いをスルーして、未だ諦めずに暴れている腕の中の精霊ににっこりと満面の笑顔を向ける苺花。
ここに再び、彼女の恐ろしいラブ無双が始まろうとしていた……。




