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第7話 話をしよう



「最初で最後の命令……だト?」


 ただただ困惑するピ・グー。

 決闘前のヤンの言葉が真実であるとするならば、ここで彼女の支配下から解放されることも、まして死を強要されることも無いはずだ。

 だが、そうなると最後の命令という部分が分からない。

 苺花の奇怪な発言に、彼の混乱は深まるばかりだ。


「えー、これより以後っ、ピーちゃんがピーちゃん自身の意思を無視することを禁じます!

 以上!」

「…………ハ?」

「ほぉ、そう来たか」


 咄嗟に何を言われたのか理解できずに固まるピ・グーと、驚きと感心を混ぜたような表情で顎をさするヤン。

 苺花はしてやったりといった得意げな顔をしている。

 ここに無関係の第三者がいれば確実に苛立ったであろう、そんな顔だ。


『えーっ。それって、決闘の意味が無くなってなぁい?』

(いやいや、意味はありますよ。

 これで彼が面白みのないイエスマンにならずに済むじゃないですか)


 フェロモニーはどこか不満げである。

 苺花のその回答にも納得がいっていないのか、女神はさらに質問を重ねた。


『じゃあ、このトン・デイブ人がハーレムに入らないって言っても許容するわけ?』

(もちろん、私のものにならないって選択も有りです。

 強要は私の美学に反します。

 心の伴わない形だけのハーレムなんて虚しいだけですからね)


 なんと、意外とまともな考えからの発言だったようだ。

 とてもヤンとの邂逅初日に強姦……いや、夜這いをかけた女の言葉とは思えない。

 女神もようやく得心が行ったようで、声を明るくしていた。


『ふーん。何だか、ちょっとだけ見直したわ。

 案外、苺花も色々考えているのね』

(いやまぁ、隷属してたって何かと反抗的な態度を取ったり屈辱に顔を染めながら命令を聞くっていうんなら、こっちも興奮もするし滾るんですけどぉ。

 どうも、ピーちゃんってそんな感じじゃないでしょう?)

『さっき見直したの取り消すわ』


 やはり、苺花は苺花だったようだ。その変態っぷりにブレはない。

 彼女が女神との会話で黙り込んでいる間に、再起動を果たしたピ・グーが疑問を口にしてくる。


「ヤはリ、オレのような者の隷属は必要無いト。

 ソういうことカ?」

「ちっがぁーう、そうじゃなくて!

 えーっと、だからぁ……私は愛し愛される恋人が欲しいのであって、主従関係なんか望んでいないの。

 女に囲われるのは恥だって思うんだったり、欲情はしても恋愛対象じゃないって言うんなら、別に私の逆ハーレムには入らなくていいわ。

 そして……もし、入ってくれるのだとしても、自らの心を曲げてまで私のワガママに付き合う必要なんてないってこと。

 愛しい恋人の嫌がることをしたい女なんか、余程の特殊性癖でない限り居やしないんだから」


 彼女には珍しく難しい顔をして、腕を組みうーうーと唸りつつ言葉をひり出している。

 が、その最中。聞き捨てならないことでもあったのか、ヤンが横から口を挟んできた。


「オイ、待てイッカ。

 俺はお前にもう何度も襲うなとはっきり口にしていたはずだが?」


 そのセリフにピクリと反応した苺花は、勢いよく振り返り彼を強く睨みつけた。

 瞬間。本能的に恐れを感じ、軽く後ずさってしまうヤン。

 猛者も形無しである。


「それについてはヤンの色気が悪いのであって、私は悪くないッ!」

『えっ、まさかの逆ギレ!?』

「常日頃から熟練の猛者特有の濃厚な雄臭さをプンプンまき散らしているのはヤンじゃないの!

 そんなもん1日中放出してりゃ、こっちだって当然ムラムラするわ!

 ケダモノにだって変わるわ!」

「何それ怖いっ」


 苺花の激しい主張に、ヤンは思わず自らの肉体を抱えて脅え出す。

 彼にこうまで簡単に恐怖を感じさせることができるのは、おそらく彼女くらいだろう。

 しばし、草原に微妙すぎる空気が漂った。


「……クッ」

「ん?」

「あっ」


 ふと背後から漏れ出た声。

 揃ってその声の方へ注目すると、そこには己の口に手を当て小刻みに肩を震わせているピ・グーがいた。


「ピーちゃん?」


 苺花が首を傾げ不思議そうに問いかける。

 瞬間、彼は堪えきれずに噴出した。


「クック……ハハ、アッハ、アーッハッハッハッハ!!」


 心底おかしいといった風に爆笑を続けるピ・グー。

 どう反応したものか、考えあぐねて固まる面々。

 しばらくの間、この場にはただ彼の笑い声だけが広く響き続けていた。


 それから、数分。

 呼吸を落ち着けたピ・グーが立ち上がり、苺花へ視線を向ける。

 正面から捉えた彼の瞳は、意外なほど穏やかな色をしていた。


「……イッカ。

 オ前になラ、振り回されるのも楽しいかも知れんナ」

「え」


 一瞬、彼の言葉の真意を図りかねて疑問の声を上げる苺花。

 しかし、すぐに目を大きく見開き期待に輝かせた。


「ってことは、ピーちゃん!」

「アあ、オレはオレ自身の意思でイッカのハーレムとやらに入ろウ」


 ピ・グーは僅かに微笑みを浮かべつつ、抑揚に頷いてみせる。


「……ッキャアーーーーー!

 やぁったぁーーーー、ピーィちゃああああん!」

「っト……」


 瞬間。感激のあまり奇声を上げ身体ごと飛び込んでくる苺花を、ピ・グーは危なげなく受け止めた。

 横にも縦にも大きな彼の巨体だ。

 抱きしめるというよりは完全にしがみつく形になってしまっている彼女だったが、まぁ、そんな細かいことを気に止めるような性格ではない。

 構わず自らの腕にあらん限りの力を込め、その喜びを全力で表現していた。


「嬉しいよぉーう! ピーちゃーん、ピーぃちゅあーん!」


 そのうちに、段々と彼の頬がほんのり紅色に染まってくる。

 ここまで喜ばれるとは思っておらずどこか気恥ずかしさを感じたためでもあり、また、初めて触れた苺花の柔らかな感触と甘い香りに軽く酔わされてもいた。


 ちなみに、苺花が彼の身体の上で就寝しようと決めたのはこの時である。


(ふぉーっ、なんじゃコレこの感触ーッ!)

『え、何。どんな感触なの?』

(ふっかふかのぽっかぽかっつーんですかぁー、これぞ最高の肉布団っつーんですかぁーっ。

 たとえるなら温かいウォーターベッド!

 日差しを浴びた柔らかな羊毛の束!

 優しさに包まれたならきっと目に映る全ての雄はソーセージ!

 ……つうーっ感じっスよおーっ!)

『ごめん、良くわからない』


 強く抱き合う2人のすぐ傍で、立場上ピ・グーに嫉妬を覚えておかしくないはずのヤンは、なぜかご愁傷様とでも言いたげな顔で静かに佇んでいたという。




~~~~~~~~~~




「ソういえバ、オ前たちはどこを目指しているんダ?」


 青々とした野菜を豪快に口に含みつつ、ピ・グーは苺花へ問いかける。

 にぎやかな宿の食堂。その隅にある円形のテーブル席を囲みながら3人は朝食を取っていた。

 面子が面子だけにかなり目立っていたのだが、彼らの中にそれを気にする者はいない。


「あらやだ、ピーちゃん。

 そこはもうオレたちって言ってくれなきゃ」

「いや、今そんなことどうでもいいだろ」


 彼の返答に「っもー、分かってないー!」などと憤る苺花を無視して、ヤンはピ・グーへ答えを返す。


「特に目指しているところは無いな。

 せいぜいあるのは、このイッカの次のハーレム人員を探すという目的くらいじゃないか」

「……ソうカ」


 言って、彼は不貞腐れたような態度で食事を口に含む苺花へと目を向けた。

 視線に気づいて、彼女は咀嚼(そしゃく)を続けつつ小さく首を傾げる。


「イッカ。次はどんな男を選ぶつもりダ?」


 ピ・グーの問いに数度頷きつつ、苺花は自身の口元に手を当て噛むスピードを速めた。

 数秒後、口腔内を空にした彼女がニヤリといやらしい笑みを張り付けて言う。


「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました。

 次はねぇ、ちょーっと珍しいタイプのメンバーを入れようと思ってるの」

『トン・デイブ人をハーレム入りさせた時点で、充分過ぎるほど珍しいわよ』


 女神のもっともなツッコミ。

 しかし、苺花はそれを無視して話を続ける。


「その前に、ちょっと聞きたいんだけど。

 確かアレだよね、魔法が使えるのって魔獣と精霊だけなんだよね」

「……まぁ、そうだな」


 彼女のその発言から早くも最悪の想像をしてしまったヤンは、それはそれは嫌そうに顔を歪めていた。

 一方、ピ・グーは彼女が何を言いたいのか分からずキョトンとした表情を浮かべている。


『うっふっふ。この世界の魔法は一味違うからねぇ。

 人間みたいな貧弱な生物が魔法を扱おうとしたら、肉体が耐えきれずに粉々に弾け飛ぶわよーっ』

(うおっ、マジすか! 怖いなこの世界の魔法!)


 その間に、じゃれ合う女神と苺花。

 どうにも彼女が会話を進めようとしないので、待ちくたびれたピ・グーが先を促すように問いかけた。


「イッカ……何を考えていル?」

「バッ……!」


 逆に、続く話を聞きたくなかったヤンが慌てたように口を開く……が、時すでに遅し。

 鋭く目を光らせた苺花はビシッと右手の人差し指を立てて、こうのたまった。


「んっんー、さすがにいくら私でも獣姦の趣味は無いし?」

「待て、イッカ。その先はっ……!」

「お次は、精霊とやらを逆ハーターゲット・ロぉーックオぉーンッ!」


 ヤンの必死の制止も虚しく、大声で叫びながら埴輪のようなポーズを取りまだ見ぬ精霊に熱く想いをたぎらせる苺花。

 途端にヤンは苦悩の表情で頭を抱える。

 対照的に、ピ・グーはただ信じられないものを見た時のように呆然としていた。

 また、食堂内にいた他の人間たちもピ・グーと同様の表情を浮かべて固まっている。

 カラン、とどこかの席でフォークを落とした音が響いた。

 その音にハッと意識を戻して、ピ・グーは未だにポーズを決めている彼女へとためらいがちに言葉をかける。


「セ……アー、イッカ。

 精霊は人間がどうこう出来るような存在ではないゾ」

「何事も諦めたらそこで試合終了ですよ!」


 何とか諌めようとする彼に対し、ビシィーッと力強く右手を上げながら苺花は大仰に言い放つ。


「イや、ソういう問題じゃなくだナ」

「放っとけ、ピ・グー」


 さらに続けようとするピ・グーへ、顔を上げたヤンがぶっきらぼうに制止をかけた。

 自身を止めた男へと、訝しむように眉を顰めながら視線をやる。


「今、コイツに何を言ったところで、聞き入れる耳なんざねぇよ。

 まぁ、やるだけやって無理だと分かれば、さすがのイッカも諦めがつくだろう」


 すると、ヤンは疲れたようにため息を吐きながらそう告げた。

 やけに実感のこもった重苦しい音声を前に、ピ・グーはチラと再び食事に戻った苺花へ視線をやってから、乗り出し気味であった己の姿勢を正す。


「ソンなものなのカ?」

「そもそも、コイツを止められる人間がいると思うか?」

「………………思わンナ」

「とどのつまり、そういうコトだ」


 どこか遠い目をして肩を竦めるヤンと、難しい顔をして眉間に指を当てるピ・グー。

 すぐ隣の会話が聞こえていないはずもないのに、苺花は我関せずで小さく鼻歌なぞ奏でている。




 先々の苦労を思い描いて、少しだけ、彼女に惚れた事を後悔してしまうハーレムメンバーの2人であった。



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