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第6話 悪女化進行中



「最初に言っておくけど、別に決闘を止めようっていうんじゃないのよ」


 右手をヤンへ、左手をピ・グーへとかざしながら苺花は男2人を交互に見据えて言った。


「やめてぇ2人ともっ! 私のために争わないでー!

 ……って、王道のセリフ言ってみたいし」

「本当に本気で止める気皆無(かいむ)だな!」


 次いで、非常に小さな声で呟かれた彼女の不穏な発言をしっかり耳にしてしまったヤンが反射的にツッコミを入れる。

 そんなある意味息ぴったりなバカップル2人の流れを無視して、ピ・グーは訝しげに苺花へと問いかけた。


「ダとすれバ、ナぜ名乗りの邪魔をすル。

 時間稼ぎなラ、無駄と……」

「決闘が始まる前に、あなたに聞いておきたいことがあるからよ」


 彼の言葉を遮って、彼女は真剣な眼差しを向け己の目的を場に放つ。

 意図が読めずに苺花へ懐疑的な表情を浮かべながらも、ピ・グーは次を促すように顎をしゃくった。

 その動作に小さな頷きで返した彼女は、間をおかず質問に取り掛かる。

 ヤンは黙って成り行きを見守ることにしたようで、男の動きを警戒しつつも口を噤んでいた。


「まず、これから先の目的地はあるの?

 もしくは、拠点と定めている場所は?」

「……特に無イ」


 自らを不利に晒すような内容ではなかったため答えはしたが、やはりピ・グーには苺花の考えがつかめない。

 そもそも、目の前の豚獣人に(かどわ)かされようとしている場面で、その獲物が一切の負の感情なしに話しかけることが出来る時点でおかしいのだ。


「闘って女を奪う行為は、過去にもしていた?

 恋人は……伴侶と定めた人はいるの?」

「……イなイ。欲しいと思ったのハ、オ前だけダ」

(やっだ、なに今の言い方っ。

 普通にトキメくんですけど!

 キュンキュン来るんですけど!)

『はいはい、良かったわね』


 心の中で猛る苺花とは逆に、ふてくされたような態度の女神。

 しかし、それを諌めるにはいささか現在における優先順位が低かったため、苺花はスルーで対処することにした。

 仮にも力を与えて貰った神を相手に不敬も良いところである。

 至極いまさらだが。


「私を手に入れてどうするつもり?

 犯して楽しんだら殺してお終い?」

「……サぁな、マだどうするか決めていなイ。

 オそらく殺しはしないだろうガ」


 不気味に思いながらも、存外律儀なピ・グーは彼女の不可思議な行為に流されていく。

 いや、決闘に向けて冷静さを失わないために、敢えて、身を任せている部分もあった。


「真剣勝負の途中にわざと私の方へ攻撃を仕掛けるなんてことは……?」

「5強士の誇りに誓って有り得ないと断言すル」

「それは失礼。……で、年齢は?」

「23ダ」

(おおっ! 女神様、若いですよ!

 貴女好みの若くて有能な男の子ですよ!)

『止・め・て。

 トン・デイブ人が若かろうがどうだろうが興味ないわよ』

(人種差別か、この人でな……いや、神でなし!

 私はフェロモニー様が何と言おうと、このブタ野郎をハーレムに入れますよ!)

『その呼び方も充分、人でなしでしょう!

 ていうか、プライベートはともかく仕事の時はちゃんと平等に接してますぅー!』


 表面には出さないまま、ぎゃいぎゃいと子供のように言い合う女神と苺花。

 未だ困惑するピ・グーとは逆に、ようやく彼女の目的を察したヤンは眉を顰めつつ口を開いた。


「って、おい。イッカ、お前まさか……」

「ん? ……んー、うん。

 その、ま・さ・か」


 緊張の面持ちで喉を鳴らす彼とは逆に、ごく軽いノリでウインクとピースを返す苺花。

 楽天的な彼女へ呆れたような顔を見せた後、ヤンは苦々しく歯を喰いしばりながら、こう忠告する。


「アイツは強い。俺が勝てるとは限らないんだぞ」

「あら、それはウソ」

「は?」


 本心からの言葉を間髪入れず否定されて、ヤンの口から思わず疑問の声が上がった。

 そんな彼へ、苺花が穢れなき天使のような美しくも慈愛に満ちた微笑みを浮かべて甘く甘く囁きかけてくる。


「ヤンは私を守るために絶対勝ってくれるよ。

 ……そう、信じてる」


 光を纏い静かに草原に佇む姿は、さながら宗教画に描かれた聖女のごとく。

 数秒の間の後、カッと音が鳴る勢いでヤンの全身が真っ赤に染まった。


 ……彼女はズルい。

 普段は奇行を繰り返しその神々こうごうしいまでの美を一切隠しながら、ふいに最高の形でそれを使ってくるのだから。

 無頼な男は、もはや翻弄されるより他はない。


 ヤンはスッと目を瞑り呼吸を落ち着けた後、苺花を見つめ薄く笑みを返した。

 彼女の艶のある桃色の唇がさらに嬉しそうに綻ぶ。

 実力の拮抗する豚獣人を前にしながら、不思議ともう負ける気はしていなかった。


 それから勢いよくピ・グーへと振り返った苺花は、大げさな動作で彼を指さしながらこう叫ぶ。


「よぉし、いいわ!

 この決闘、ヤンが負けたら私はアナタの物!

 そして、ヤンが勝ったらアナタは私の物だからね!」

「…………ハん?」


 一瞬、彼女の言ったセリフが理解できずフリーズしてしまうピ・グー。

 諦めた様なため息をつきながら、ヤンが簡単に彼女の言葉を補足した。


「あー、その。このイッカはな、何でもハーレムが作りたいんだと。

 それで、どういうワケかコイツ、お前のことが気に入ったようでな。

 こっちが勝ったら、その一員になれと言っているんだ」


 しばしの沈黙の後、広く草原にピ・グーの驚愕による絶叫が響き渡ったのは語るまでもない。




~~~~~~~~~~




 それから、女を賭けた男2人の勝負は意外なほどあっけなく幕を閉じた。

 苺花に激しく精神を動揺させられたピ・グーと、反対に支えられたヤン。

 また、苺花の身を守るためにも勝たなければならぬヤンと、負けたとしても彼女のハーレム入りが決まっているピ・グーである。

 どちらがこの決闘に有利であったかなど、語るまでもなく明らかというもの。

 ちなみに、2人の勝負中。彼女が望んでいた例のセリフはばっちり言えたらしい。


 長らく片膝をつきガックリと項垂れていたピ・グーが、ようやく決心したようにおもてを上げた。


「……約束は守ル。

 オレは今からアンタの物ダ、イッカ。

 煮るなり焼くなリ、好きにするがいイ」


 どうしてなかなか、美味しいブタ料理ができそうな提案である。

 古きしきたりや契約を非常に重んじるトン・デイブ人である彼からすれば、相手の「物」となる約束とはすなわち隷属の意に他ならない。

 人間1人をその身に請け負う重大さを分かっているのかいないのか、苺花は喜色満面にピョンピョンと飛び跳ねつつヤンの腕を叩いて問いかける。


「キャーっ! ねぇ、ヤン! ヤン!

 ここは、彼の頭を思い切り足蹴にして地面に額をつけさせた上で『良くってよ、ブタ野郎』なんて言ってあげる場面かしら!

 それとも、『くっくっく……それじゃあ、早速楽しませてもらおうか?』って押し倒……」

「両方却下だ馬鹿ッ!」

「ええーっ!」

『これはひどい』


 とんでもないことを言い出した苺花を窘めて、常識を知る男ヤンは深くため息を吐いた。

 それから、彼は至極真面目な表情を作り彼女の肩に手を置く。

 図太い性格に反して、細く脆そうな身体だ。

 このままヤンがほんの少し力を入れるだけで、彼女の肩の骨は容易く砕けてしまうだろう。

 わざとらしく頬を膨らませる姿ですら麗しい苺花だが、ヤンはそれに怯まずどこか親のような心境で彼女に現状を把握させようと口を開いた。


「仕方の無かったこととは言え、お前は1人の人間の人生を奪った。

 それをきちんと理解しているのか?」

「……人生?」


 彼の言葉に、苺花はきょとんと首を傾げる。

 この世界の何もかもについて、彼女は未だ無知にも等しい。

 苺花の表情に、やはり分かっていなかったかと肩を少し落としてヤンは滔々(とうとう)と説明を始めた。

 しかし、それを聞いたうえでなお想像の限界を打ち壊してくるのが彼女だ。


「えーと、要はこのままだとご主人様と家畜。

 いや、有閑マダムと性奴隷って立場になっちゃうワケね」

「お前、俺の説明聞いてた?」

『マダムって、苺花まだ結婚してないでしょ』

(あ、そうでしたー。こいつぁ、うっかり)


 当然、ヤンがツッコミたいのはそこではない。

 なんだかんだ、女神という立場にあるフェロモニーの感覚も世間一般のソレからズレていた。

 そうじゃなくだなと呟きつつ額に手を置くヤンへ、苺花は爽やかに笑いかけ安心させるように彼の太い腕を撫でさする。


「大丈夫、私に良い考えがあるよ」

「えっ……」


 無論、言われたヤンには嫌な予感しかしない。

 だが、それを止める間もなく……彼女はピ・グーの方へと向き直り、己の腰に左手を当て右手で彼を指さしながら声を張り上げた。


「はい、そこなピーちゃん!

 今から最初で最後の命令を下すから、耳の穴かっぽじって良ぉーっく聞いてねっ!」




~~~~~~~~~~




 夜。

 昼間の喧騒が嘘のように静まり返ったコレクチオンのとある宿の一室で、クイーンサイズのベッドに身を沈めるピ・グーが穏やかな声で呟いた。


「……不思議な女だナ」


 己の腹の上ですやすやと寝息を立てる苺花へ目を細めながら、彼は極上の絹にも勝る彼女の髪の手触りを堪能している。

 一方。ヤンは身体の熱を冷ますために窓を僅かばかり開き、そこで風に当たっていた。


「っあぁ、まぁ。不思議というか、壮絶というか……」


 現在までにさんざかけられた苦労を思い出し、彼は微妙に表情を渋くする。

 その顔に対し、苺花を起こさぬよう忍び笑いに抑えつつピ・グーが面白そうな声色で言葉を返した。


「コの破天荒な性格でハ、さもありなン。

 ダが、……惚れているンだろウ?」


 沈黙が落ちる。

 それでも、ピ・グーはニヤリとした笑みを浮かべたままヤンの返答を待っていた。

 しばらくして、彼はどこか観念したようにため息を吐きながら口を開く。


「……残念なことにな」

「ハ、ヨく言ウ。

 アの有名な武力国家の元騎士であった男ガ、タかがか弱い女1人に無理やり手籠めにでもされたト?」

「ゴホッ!」


 思わず咽てしまうヤン。

 あまり知られていないはずの過去がバレていたこともそうだが、何気に苺花との出会い初日の苦すぎる出来事を言い当てられてしまい動揺せずにはいられない。


「お、お前はどうなんだ。

 1度は自由に去ることを認められながら、敢えて女に囲われる道を選んだお前は。

 トン・デイブ人なら逆はあっても、この状況は屈辱でしかないはずだろう」


 乱れる心を隠しついでに発された彼の問いは、一瞬だけ不敵な笑みを見せたピ・グーが腹上の苺花へと熱を含んだ視線を向けることで返された。

 ヤンはそれ以上追及する気にもならず、ただ肩を竦める。

 そのまま男たちの会話は終わり、再び部屋に静寂が戻った。




 苺花の逆ハーレム作りはまだ始まったばかり……。



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