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第5話 そこはトンファーだろjk



 それから1時間半ほど歩き、ようやく森を抜けた先の草原で苺花が初めてまともにヤンへと話しかけてきた。


「そういえば、私の逆ハーレム計画の件だけど」

「唐突だな」


 返事をしつつも、足と警戒は緩めない。

 ここはまだ魔獣の跋扈ばっこする森からすぐの場所だ。

 いや。それより何より、未だ絡み付く敵意混じりの視線がヤンにそうさせなかった。


『うんうん。そうね、いい加減に次の男が増えて良い頃よね。

 今度はせめてもう少し若くてキレイな子だと嬉しいけど……』

(次の人に関しては年齢の条件は定めていないので、可能性はゼロじゃないですよ。

 顔はともかく)

『そこが一番重要なのにっ!』


 彼の心を知ってか知らずか、苺花も女神も暢気なものである。

 早足で隣りを歩き始めた彼女は、何かの期待に溢れた瞳でヤンを見上げながら再び口を開いた。

 どれだけ埒外の発言をされようが敵に隙を見せることだけはすまいと己の心に固く誓って、彼は見た目だけは最高に美しい恋人へと顔を向ける。


「あっ、最初に言っておくけど……。

 こっちとしてはハーレムのメンバー全員仲良くして欲しいと思ってるから、無理そうだと感じる相手なら早めに言ってね?

 女の目線からじゃ分からない男の裏側なんてのもあるかもしれないし」

「え……あ、あぁ」


 想像よりもだいぶ大人しい内容であったことに拍子抜けしてしまうヤンだったが、すぐにそれは間違いであったのだと気付かされた。


「でもでも、『僕以外の恋人なんて止めておくれベイビー嫉妬の炎で我が身が燃え尽きてしまいそうさ!』とかそういうのはさすがのヤンでも受け入れがたいというか……」

「死んでも言わんから安心しろッ!」

『どう考えても彼のキャラじゃないわね』


 どこまで行っても苺花は苺花であるらしい。

 軽い演技を交えながらのそのセリフは、微妙に上手いことも相成って苛立ちを助長させる。

 彼女の中の自分は一体どういう人間になっているのかと少々不安を覚えながら、ヤンはため息と共に自身の考えを述べた。


「……むしろ、俺ひとりの身には余りすぎて早いトコこの苦労を分かち合える相手が欲しいくらいだ」

「ちょっ、不純同性交遊反対ッ!」

「なぜそうなる!?」


 急に至極不機嫌な顔でヤンの服の裾を引っ張って来る苺花。

 過去には腐女子と呼ばれる要素も持ち合わせていた彼女にとって当然の連想であったのだが、そんな文化を知らぬ彼からすれば青天の霹靂も良いところである。

 が、切り替えが早いのも苺花だ。

 ヤンのその反応に、余計な心配をしていたことを理解した彼女は、即座に思考を戻し話の続きに移った。


「ちなみに、次は獣人なんか良いなぁと思ってるんだけ……」


 はずだった。


「イッカ!」


 叫ぶと同時に片腕で彼女の腰を抱え、右前方へと大きく跳躍するヤン。

 突然のことに、苺花は叫び声さえあげられず彼のされるがままになっていた。

 空中でヤンが身体を捻り背後を見据えた時、彼女は恋人の唐突な行動の理由を知る。


 どうやら2人は何者かに襲われたらしい。

 森から飛び出し、さながら空を舞う鳥のごときハイスピードで駆けて来る人影の手部分に、無駄に長い鎖鎌が戻って行くのが見えた。

 地に降り立ったヤンが、腕から解放した苺花を大きな背に庇いながら、緊張の面持ちでヤリを構える。

 このまま迎え撃つつもりのようだ。


 走りながら再び鎖鎌を投擲してくる影。

 一瞬でその目的をヤリの強奪もしくは無力化にあると悟ったヤンは、解体用ナイフを素早く1本投げつけることで方向を逸らした。

 襲撃者が舌打ちと共に獲物を引き戻す。

 それが彼の手に収まった時にはすでに、ヤンの攻撃のギリギリ範囲外と思われる位置で立ち止まっていた。

 その距離……およそ4メートル。

 互いの武器を持つ手に力が入る。


「……てっきり森の中で襲撃されるものと思っていたんだがな」


 あるいは独り言のつもりで放たれたヤンのセリフだったのだが、律儀にも相手はそれに答えを返して来た。


「ナに、コこの方がお互い闘い易イだろウ?」


 訛りの残る言葉使い。目が隠れるほど深く被られた帽子から覗く特徴的な鼻。その帽子の側面にある切り込みから延びる大きな耳。桜色の肌と、脂肪に包まれつつも力強い力士のような体形。

 ヤンの筋肉の隙間から襲撃者の姿を目の当たりにした苺花は、心の内で強くこぶしを握り吠えた。


(うぉっしゃあああああ!

 待ち望んでいたブタの獣人来た! これで勝つる!)

『だっから、人選コラぁぁあああああッ!

 私はハーレムを作れと言ったのであって、キワモノ集団を作れと言ったんじゃなぁぁい!』


 苺花のダダ漏れの思考に全力でツッコミを入れる女神。

 しかし、その直後、逆にフェロモニーは彼女から怒鳴り返されてしまう。


(ブタ系獣人の何がキワモノじゃーーッ!

 ポノレコ・ロッンに謝れ! 謝れ!)

『誰よ、それ!?』

(そもそも女の下にひれ伏す男っていったら、ブタで決定でしょうが!)

『アンタは一体逆ハーレムに何を求めてるわけ!?』


 何とも緊張感のないやりとりであった。

 さて、守るべき苺花が敵をハーレム要員としてロックオンしたなど露とも知らず、ヤンは目の前の男から視線を離さないまま己の女へ注意を促す。


「用心しろ、イッカ。

 トン・デイブ人は常に集団で行動する習性がある。

 こいつは囮かもしれん」

「ふン。群れるなド、雑魚のスることダ。

 オレには当てはまらン」


 指摘された同族の習性に対し、面白くなさそうに鼻を鳴らすブタの獣人。

 ヤンは眉間に皺を寄せ男を睨みつけた。


「……口では何とでも言える」

「分かっているンだろウ。コこにはオレたちしかいなイ。

 コちらの尾行を終始把握していタ男の台詞じゃあないナ」


 言って、唇の端を愉快そうに歪める。

 ピリ、と空気が張り詰め2人の間にまさに一触即発といった気配が漂った。


(ていうか、あのブタ! 声が十郎太ですよ! 十・郎・太!

 異世界ってぇのはせい犯罪者の温床か!

 どれだけ私の耳を犯しまくったら気が済むというのか!)

『ちょっと、人聞きの悪い言い方しないでよ!』


 あくまで男2人の間だけに漂った。


「オレはトン・デイブ国5強士きょうしが1人、ピ・グー・マイノゥリット。

 名乗レ、流れ戦士。オレはお前に正式に決闘を申し込ム」


 そう告げると、彼は自らの帽子に手をかけ投げ捨てる。

 おそらく、決闘の際の礼儀か何かなのだろう。

 ようやく顔の全体像が露わになったブタ獣人を視界に入れた苺花は、一瞬で興奮状態となり鼻息を荒くした。


(ふっひょぉぉおーーう! なんという、つぶらな瞳!

 予想外、これは予想外ですぞぉぉ!

 まさかの愛玩系ですぞぉぉぉ!

 良い意味で期待を裏切られたぁーーーッ! っしゃぁあああ!

 祭りじゃーーー、ブタさん祭りじゃーーーー!)

『トン・デイブ人にしてはきれいな顔をしてるけど、それだけね。

 やっぱり人間の美形じゃないと』

(まっ、なんというワガママ女神ぃフェロモでポン!)

『意味が分からない』


 脳内で踊り狂う彼女とは逆に、女神のテンションは低い。

 しかし、人間の若き有能な美形による逆ハーレムを望むフェロモニーからすれば、当然の反応だろう。

 また、彼の素顔に興味がないらしいヤンはその行為の前後で一切態度を変えぬまま答えを返した。


「ふん。決闘とは互いの誇りを賭けた神聖なもののはず。

 奇襲などという卑怯な手を仕掛けて来たお前が、いまさら……」

「ハ、ハ、オかしなことを言ウ。

 アンなものはオレたちにとっテ、ほんの挨拶代わりに過ぎなイ。

 ソうだろウ?」


 ピ・グーは、訝しむヤンを遮って笑う。

 目の前に立つ相手の実力が自身のソレと拮抗していることを互いに感じ取っていた。

 ヤンは、心の内で小さく舌打ちをする。

 苺花を庇う立場にある彼は、その性質上どうしても攻撃防御共にある程度制限されざるを得ない。

 自らの不利を悟るヤンの額から、ひとすじの汗が流れた。


(女神様、5強士って何でしょう?)

『簡単に言えば、彼の国において5本の指に入る最高レベルに強い戦士ってことね』

(ということは、アレを手に入れられれば2人のあまりの強さにいつしか天女守りし双頭の龍なんて通り名がつく可能性も!?)

『ゼロに決まってるでしょう!

 オッサンとブタのどこに龍の要素があるのよ!』


 苺花が女神とユルくじゃれ合っている間に、男たちの会話も進んでいたらしい。

 ここにきて、ようやくピ・グーの襲撃理由が明かされていた。


「オレが勝ったラ、女を寄越セ」


 彼の要求に片眉を上げて唸るヤン。


「イッカだと?

 ……トン・デイブの者が、どういう風の吹き回しだ」

「オレは異端でナ。同郷の女に欲を覚えルことが無かっタ」


 あっさりと告げられた回答には、しかし僅かばかりの苦みが入り混じっていた。


 トン・デイブ人は基本的に同族としか交配はしない。

 それも肉付きの良いほど女としての魅力が上だという、世界的に見て特殊な価値観を持っていた。

 だが、どういう運命の悪戯か。彼は自国の文化に馴染むことができなかったらしい。

 5強士という立場にありながら女に興味を持たぬピ・グーにとって、祖国に暮らし続けることは拷問にも等しかった。


 当然の流れとして国を出、目的なき放浪の旅を始めてより数年。


 彼は何気なしに訪れたコレクチオンの町中で苺花という至高の美に出会い、そして心奪われる。

 たとえ彼女の隣に男がいようと、生まれて初めて心から欲した女を相手に諦めろという方が無理な話だった。


 一方のヤンは、彼が自身を異端と呼んだ事実に少しばかり驚いていた。

 彼もヤンと同じく、理不尽ともいえる理由で故郷を去りながら、未だ愛国心を失わぬ者であるらしいと気付いたのだ。

 同情とも仲間意識ともつかぬ感情が彼の中に芽生え、同時にそんな感情を抱いた己を嘲笑う。

 人生の半分も過ぎようかという年嵩の男が何という軟弱な精神であろうか……と。

 良くも悪くもヤンは真面目な人間だった。


「いいだろう、名乗ってやる。

 俺は流れ戦士のヤン・リー……」

「っと、待ったぁーーー!

 ヤン、ちょっと待って、まだ名乗らないで!

 たんまたんま!」

「イッカ!?」

「そっちのピ……えー、ピーちゃんも、ストップ分かる?

 ザ・ワールド! タイムストッパー! メイド長!

 オーケー?」

「……何語ダ、ソれハ。

 イや、ソの前にピーちゃんとハ?」


 張り詰めていたはずの空気をこれでもかとボッコボコにぶち壊して、苺花が男2人の間に割って入る。

 微妙な顔で固まるピ・グーを余所に、ヤンはこれから起こるであろう常識外の騒動を予想し頭を抱えたくなるのだった。




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