第4話 しっ、見ちゃいけません!
なんやかやと時は流れ、苺花とヤンの邂逅から早くも半月ほどが経過していた。
(しっかし、これだけ大きな町でも検問だとかそういうの何にもないんですねぇ)
『この世界の門番が止めるのは額に罪人の焼き印が押された者か、魔獣くらいよ』
(はぁ、そんなもんですかぁ)
小さな村々を経由しながら辿り着いた海辺の商業都市コレクチオン。
各国の商人が集って作り上げた貿易都市でもあり、港には大小数多くの商船が停留し訪れた旅人を驚かせている。
実はまだ都市としての歴史は40年程と浅いのだが、その発展ぶりは凄まじく、ここにあって手に入らぬものは無いとして、すでに大陸端の田舎村にまで名が知れ渡っているほどだった。
そんな発展都市をなぜ2人が訪れたのか……。
答えは苺花用の必要物資の購入と旅の資金稼ぎとして割の良い依頼を探すためである。
懐が潤っている商人たちはそれなりに払いが良く、また護衛や魔獣の素材採取などによる流れ戦士への依頼が他の都市と比べて圧倒的に多い。
さらに、様々な人種が集まっているため、普段は悪目立ちしてしまいがちなヤンと苺花でもあっさりと周囲にとけ込める。
何とも今の彼らに都合の良い場所だった。
「いいかげんに離れろ、イッカ。
ただでさえ混雑しているというのに、歩き辛くて仕方がない」
そんな都市の整備された石畳の道を必要以上に密着して歩く2人。
『ちなみに、ここまで周囲に舌打ちされた回数は35回。
羨ましげに見られたのが17回で、2度見された回数なら82回ね。
あぁ、ついでに1回だけギラついた目でガン見もされてたかしら』
(どれだけ暇神ですか、フェロモニー様……)
旅の途中では、危機に備えるためだとヤンに諭され手すら繋いでいなかったのだが……。
町に入ってからというもの、どういうわけか苺花は彼の左腕にギッチギチに絡みついて離れようとしない。
ちなみに豊満な美乳で挟み込むサービス付きである。
眉間に皺を寄せながら注意を促すヤンへ、彼女は拗ねた様な顔で口を開いた。
「い、やっ。
普通に並んで歩いてたんじゃ、恋人に見えなくて牽制にならないもんっ」
『うーん。表情、仕草、見上げる角度、目線の動かし方に話し方……。
相変わらず計算高いわね、苺花』
「一体何の牽制だ、何の」
飽きれつつも恋人というセリフを否定しない辺りに、今日までの彼の心境の変化が見てとれる。
ブッ飛んだ性格は別にしても、常に傍で好意を示され続けて絆されないというのは、ヤンの性格上難しかった。
また、見た目だけは美しい苺花だ。
男として美女連れという事実に優越を感じることもあるだろうし、フワフワのマシュマロに包まれた腕が解放されることを惜しく思う心だって無いとは言えない。
不良がたまに普通のことをするとすごく良い人に見える現象のごとく、苺花がまれに一般の女性らしき態度を取った際にやたら健気で可愛く見えてしまうことも彼の背を押す要因となった。
「私に粉を掛けようとする身の程知らずの坊やちゃんと、ヤンに色目を使う美少年への牽制に決まってるでしょう!」
「前半はともかく後半待てオイ!」
普段はまぁ、残念言動が過ぎて一応仮にも恋仲の男女でありながら、醸す空気に色気も何もあったモノではないのだが……。
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さて、慌ただしくも無駄に長い女の買い物と依頼の受注を終わらせ、適当な中級宿に身を落ち着けた2人。
後は宿の夕飯を待つばかりとなった彼らは、今ぐったりとダブルベッドに転がっていた。
ヤンがやや右よりの場所に仰向けで大の字に、苺花はそんな彼の腹部分を抱え込むような形でうつ伏せに身体を預けている。
ちなみに部屋を取る際、ヤンがツインを指定したところ苺花に「無駄な足掻きだと思わない?」と呟かれ悔しげにダブルにチェンジしたという流れがあったのだが、それは全くの余談である。
「……おい、起きているか?」
「ほいさっさー」
静かに語りかけてくるヤンに、苺花は返事なのか何なのかよく分からない声を出した。
いちいち意味を考えるのはバカらしいと、彼女が寝ていないのを確認した彼はそのまま次の話に移る。
「明日は北西にあるモンハの森へ指定魔獣を狩りに行く。
イッカ、お前は……」
「ついて行くわよ」
彼のセリフを途中で遮って、有無を言わさぬトーンで自らの意思表示をする苺花。
普段にない音量の小ささがどことなく不気味である。
『幸運補正がついているし、危険なんかあるワケないものねぇ』
女神の考え方も最もだが、実のところ彼女は幸運を理由にそれを決めたわけではない。
フェロモニーとは逆に、彼女の身を案じるヤンは何とか町に残らせようと再度の説得を試みた。
「いや、危ないからここで待……」
「町で帰りを待っている間に下卑た男たちに嬲り犯され正気を失うくらいなら、私は森でヤンと一緒に死ぬ方を選ぶわ!」
『ちょっと想像力たくましすぎない!?』
「本気でどうなってるんだ、お前の脳内!?」
苺花の口からいきなり飛び出した究極の2択に仰天して叫ぶ女神とヤン。
彼らの知らぬ間に、彼女の中でどれだけの悲劇的ストーリーが展開されていたと言うのだろうか。
理解不能だと両手で頭部を抱え苦悶の表情を浮かべるヤンへ、苺花は子供に聞かせるような落ち着いた口調で語り出す。
「ねぇ、ヤン?
生き物っていうのは、必ず死ぬものよね。
寿命に怪我や病気、そのほか色んな理由でさ。
でも、当の死ぬ瞬間がハッキリいつだなんて誰にも言えない……でしょ?
私は、たとえ1分先に死が待っていたとしても、笑っていられるような生き方がしたい」
滅多に見られない真剣な眼差しに、ヤンは彼女の本気を感じ取る。
強烈な言動のおかげで流されがちだが、本来ならば苺花の声色は妙なる調べと評される極めて美しいもの。
緩やかで、穏やかで、そのまま空気と交ざり合って溶けてしまいそうな、どこまでも優しくて、あたたかくて、ただ奏でるだけで人の心に癒しを齎す、そんな声なのだ。
天からの啓示を一身に受ける高位神官の常の心情とはかくもあろうか、と。
いつしか、ヤンはとても落ち着いた気持ちで苺花の話に耳を傾けていた。
彼女の言葉ひとつひとつがその身に何の違和感もなく染み込んでいくような、そんな不思議な感覚にジッと身を任せている。
「悪い想像っていうのは、どれだけ沢山していてもやり過ぎってことは無いと思うの。
一瞬の判断の差が生死を分けることだってあるかもしれない。
同じ死ぬのでも、1秒でも早く行動を開始することで後に残せるものがあるかもしれない。
予め覚悟していれば、残酷な結末をむかえても後悔が少なくて済むかもしれない。
……都合の良いことばかりを考えて、いざという時に何も出来ずに終わってしまうのはイヤ。
それにさ。ネガティブに考えていれば、実際に何も起こらなかった時にそれだけで幸せを感じられるじゃない?」
そこまで言って、苺花は沈黙した。
話が終わったから、というよりは今になってようやく自分を客観視した結果である。
(って、うっわああ!
何か偉そうに自分語っちゃってるよぉぉ!
これ絶対、言葉の後にキリッとかドヤッとかついてるよぉぉぉ!)
『いっ、いい苺花がまともなセリフを!
え、やだっ。この星大丈夫なの!?
私、ちょっとこの世の終末が早まってないか確認してくるわ!』
(あっ、いや。さすがにそこまでは失礼じゃありません?)
内心で羞恥に悶える苺花だったが、それ以上に混乱しまくる女神の様子にあっさり冷静さを取り戻した。
黙り込んだ彼女を前に、ヤンはようやく長く深いため息と共にこう呟く。
「……何と言うか。
お前がやたら極端な行動を取る理由が少し理解できた気がす……って、オイ!?」
『あらっ』
「イッカおまっ、いきなりどこを触って……っ!」
大慌てで上半身を起こし、不埒な場所をまさぐっている苺花を怒鳴りつける。
台無しだった。何もかもが台無しだった。
しかし、彼女は己の手を止めぬまま悪びれもせず言い放つ。
「相互理解が深まった今こそ、コッチの仲も深めるべきだと判断した!」
「判断するな!」
『なぁんだ、安心した。いつもの苺花だわ』
ここでホッとしてしまうあたり、女神はもうすっかり彼女に毒されているのだろう。
未だ抵抗を見せるヤンと違って、あまりにもチョロい存在である。
「大丈夫、痛くしない! 痛くしないからッ!」
「余計、不安を煽られるわ!」
「むしろ、外は嫌だとか、すぐ傍に人がいる状況では嫌だとか、いちいち我侭を言うヤンのために今日の今日まで我慢し続けた私を褒めればいいと思う!」
「褒めるかああああああ!」
ヤンの雄たけびが空しく室内にコダマした。
結局、激しく攻防を繰り返す2人がこの日の夕飯を食べ損ねたのは言うまでもない。
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さて、そんなこんなで翌日。モンハの森。
早々にバテるのではないか、足手まといになるのではないかと予想されていた苺花は、意外なほど余裕の表情で戦士の後を追いかけ歩いていた。
「さすが私のヤンは格が違ったっ。
普通に考えて森の中でそんなデカいヤリ振り回せるわけないじゃないですかー、やだー。
なんて思っていた過去の自分を叱ってやりたいわっ」
『中級レベルとは言え、自分よりひとまわり以上も大きな魔獣をこうも簡単に……。
うーん、やっぱりマッチョフンド神の加護は伊達じゃないってことね』
熊型魔獣の毛皮を剥ぎ取るヤンの傍らで、場違いな美女が一応気を使ってかボリューム抑えめにはしゃぎ声を上げている。
「……マトモな誉め言葉なんか期待してたわけじゃあないがな。
まぁ、いい。これで依頼数は達成した、さっさと帰るぞ」
言うと同時にヤンは計5枚の赤い毛皮をヒモで一括りにし、サッと肩に担いで歩き出す。
すぐ背後をついて歩く苺花が「あぁん、ヤンってば逞しいハァハァ」だの「そのカッチリと引き締まった尻を……ドゥフフ」だのと精神衛生上最悪な呟きを連発していたが、彼は努めて耳に入れぬよう周囲の気配にのみ意識を集中させていた。
まだ昼前とはいえ、森の中は薄暗く鬱蒼と木々が生い茂っているおかげで視界が悪い。
おまけに、町を出てから現在まで、ずっと誰かに監視されているような気配をヤンは感じ取っていた。
苺花には敢えて教えていないが、前方を歩く男のピリピリとした空気はおそらく伝わっているのだろう。
妄想は無意識に垂れ流せども、彼女はいつものように彼の行動を遮る様な真似をここまで1度たりともしていなかった。
何だかんだで苺花は人の感情に敏いところがある。
ヤンが絶対に駄目だと思っているところでは踏み込んで来ないし、普段かけられる迷惑も一応許せる範囲のものだ。
まぁ、おかげで彼は人生の半分が過ぎようかという今頃になって、無駄に苦労の連続にさらされる羽目になっているわけだが……結局、何をどう繕ったところで彼女を受け入れたのはヤン自身であり、他人から見ればハイハイ惚気ですかリア充爆発しろ状態でしかない。
とにかく、新たに得た守るべき彼女のため、流れ戦士ヤンはただ黙々と森を進み続けるのだった。
「ふひひ、コレクチオンに戻ったらご褒美と称してあの肉体を……じゅるッ」
時に本気でこのまま捨てて帰ろうかなー等とは全くカケラも微塵も思わず、本当にただ黙々とヤンは森を進み続けるのだった。




