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逆ハー畑でつかまえろ☆  作者: さや@異種カプ推進党
本編

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第3話 初白星と初黒星



 森の中ではろくに話も出来ないと、近くの村の食堂へと場を移した2人。

 突然、田舎村に現れた美貌の苺花にテンション上げ上げ状態になった男衆は、しかし直後に彼女の連れている厳つい猛者を視界に入れ顔を真っ青にさせて目を逸らしていた。

 美人局つつもたせを疑いたくなるような組み合わせであれば、その反応も致し方のないことである。

 慌ただしい周囲の様子に気が付きつつも、暗黙の内に人々を意識の外へ追い出して会話に終始していた2人は、意外とお似合いなのかもしれない。


 苺花は村に入って最初に、昔の中国っぽいという呑気な感想を抱いていた。

 人間こそ金髪碧眼という西洋風の顔立ちだが、その衣装や街並みは彼女が幼き日に見たカンフー映画やドラマの西遊記などを思い起こさせる。

 おのぼりさんに見えないように視線だけ動かして観察するあたりは、彼女も小心者のオタクであった。

 食堂に入った瞬間に苺花はタンメンネタを披露したくなったが、すぐに誰も知らないからと思い直したのは賢明な判断だったろう。


 猛者はおもむろに3人用の丸テーブルの席へと腰を下ろす。

 瞬間、簡素な木の椅子がギシギシと悲鳴を上げた。

 そして、その後、きっちり等間隔に置かれていた椅子を男のすぐ隣へとズラしてから腰掛ける苺花。

 男が何か言いたげな顔を向けるが、彼女はそれを満面の笑みを浮かべることで黙らせた。

 眉間に皺を寄せた後、彼は腕を組んで目を瞑り小さくため息を吐く。


 しばしの沈黙。


 苺花は、彼女には珍しくただじっと男が口を開く時を待っていた。

 そうすることによって、話の主導権が彼の方にあると思い込ませるためである。

 彼女は、男と言う生き物は良くも悪くも女より上位でありたがる存在なのだと認識していた。

 やがて、どこか観念したような顔で猛者は苺花を見下ろしながら静かに名乗る。


「俺は流れ戦士のヤン・リーツェと言う」

(……流れ戦士?)


 聞き覚えのない単語に内心首を捻る苺花だったが、すぐに女神が補足を入れた。


『一定の国に所属せず、各地で依頼を受けて魔獣や野盗の類を討伐する者のことよ』

「なるほど、流れ戦士だったのねっ。

 どうりで逞しい身体をしていると思った」


 たった今しがた得た情報を、さも昔から知っていましたとばかりに振る舞う苺花。

 感心したように微笑んで女のシナを作りつつ、ヤンの太い腕に自らの手を添える。


(ウホッ。サラマンダーより、ずっとかたい!

 なんつってな!

 それにしても、ヤン。素晴らしい筋肉である。

 ふひひ、役得役得)

『まごうことなき変態ね』


 ちなみに、彼女の名の方はすでに森で教えてある。

 イチカと正確に発音するのは彼には難しいようで、仕方なく妥協してイッカと呼ばせていた。


(ふっふっふ……。

 こんな素人童て……ゴホンっ、一般の女にモテなそうな男なんぞワイの笑顔とお触りでイチコロやでぇ!

 ニコポ、ナデポは男だけの特技とちゃうんや!

 ふはーっはっは!)

『これはヒドい』


 女狐と言われて仕方のない所業であった。

 そして、最初は使っていた敬語をあっさり止めたのも、自らを親しみ易く感じさせるための計略から来ているものである。

 表情は変わらないが敢えて彼女の手を払い除けない辺り、効果はそれなりにあったのかもしれない。

 きたない。さすが女、きたない。

 ヤンはなぜか顔を窓の方へと逸らしながら、苺花に話しかけた。


「悪いが……いきなり惚れただ何だと言われても信用できない。

 本当は、何か裏があって俺を利用しようとしているだけなんじゃないのか?」

「まさかっ。私は、ただ純粋に貴方に焦がれているだけよ!」

『って、ちょっとイチカ!

 オッサンの媚態を想像するのは勝手だけど、こっちに漏らさないでちょうだい!

 私はアンタと違って普通の美形が好きなんだからね!』

(あ、漏れてましたか。すみません)


 苺花の全く純粋でない脳内妄想についてはさておき、ヤンからすれば至極当然の疑問だ。

 必死に否定しようとする苺花へと視線を戻して、彼が怪訝そうに顔を歪めた。


「だから、それが嘘臭いと言っている。

 俺はお前のような若い女に好まれる容姿はしていない」

「うん、その辺りは否定しないわ。貴方の見た目はとてもマニア向けよ。

 あと、掘られる側の男性にも受けが良さそうよね」

『えー、さすがにその回答は悪手でしょー』


 完全に見物人状態の女神。

 さながらお菓子片手にテレビに話しかける暇な時間帯の主婦のごとしである。

 真剣な顔で何度も頷きつつハッキリキッパリ言い放った苺花に、ヤンは口の端をヒクヒクと引き攣らせた。

 が、彼女はそれに構わず話を続ける。


「そりゃあ、ね?

 貴方は人間を素手で2つに裂いちゃいそうな酷い見た目だし?」

「おい、さすがに傷つくぞ」

「私は絶世の美女だし?」

「自分で言うか」

「それに、湖に落ちた時に荷物は全部水の底に沈んで今は無一文だし?」

『あ、そういう設定にしたんだ』

「それ、少なくともここのメシ代は俺にタカるつもりに聞こえるんだが」

「さらに、他にも3人か4人くらい男を作る気満々だし?」

「待て、またありえない幻聴が聞こえた」

「これだけの不安要素があれば、私の気持ちを疑いたくなるのも分かるけど……」


 本当に、人の話を聞かない女である。

 言葉の途中でためらいがちに口を噤んだ苺花は、次に目に涙を浮かべつつ勢いよく立ち上がりヤンの腕をガッシと掴んだ。


「でも、貴方を愛している気持ちは本当なの!

 利用してやろうなんて、これっぽっちだって考えてないわ!

 お願い、信じて!」

「この流れで、はいそうですかと納得できる男がいたら逆に見てみたいが!?」


 これ以上は無いというほどの困惑顔で彼女にツッコミを入れるヤン。


『いやぁ、案外美女ってだけで惚れ込んで何でもハイハイ頷く男もいるものだけどね』

(ですよねー、はっはっは。

 このヤンの常識人っぽいところがまた良いわー)


 苺花のド非常識な話は、この後もウンザリするほど続きに続いた。

 そうしていつしか疲労困憊に陥った彼は、ついに妥協点として己の旅に苺花を連れることを了承させられたのだった。

 恐るべし、愛のパワー。愛のパワー、恐るべし。




~~~~~~~~~~




 その日の真夜中。

 煌々と輝くオレンジ色の満月の光をバックに、1つの影が窓の内側へと侵入した。

 その口は愉快そうに歪み、ごく小さな音を奏でている。


「たらりらったるんたらった、らんらんるー♪」

『何か雑ざってない?』


 苺花だった。

 ここは村にたったひとつの宿屋。その最上階である3階端の客室である。

 侵入者の気配に目を覚ましたヤンが素早く身体を起こし、すぐ傍に立て掛けていたヤリを手に部屋中がビリビリと振動するほどの怒声を上げた。


「誰だッ!」

「こんばんは、月がキレイですね?」

『あ、ソレ知ってる。貴方を愛してますって意味なのよね』


 恐竜ですら逃げ出しそうな鋭い殺気を飛ばすヤンを前に、余裕の笑みで答えを返せる苺花はある意味大物なのかもしれない。

 前述から分かるように、ここは彼の部屋である。

 一緒が良いとダダをこねる苺花を無視して何とか別の部屋に隔離することに成功したヤンだったが、どうやらそんな努力も全く意味をなさなかったようだ。


「なっ!? ……って、どうやってこの部屋に!?

 内側のカンヌキはかけておいたはずだぞ!」

「そこの窓から入って来たの。

 最初に少しだけ部屋に入れてもらった時に、こっそり鍵を外しておいたから。

 あ、入った後にちゃんと鍵かけ直したから、そこは安心してね」


 防犯バッチリ♪

 と、ウインクを飛ばす彼女の後方を見やれば、しっかりと閉じられた白濁色の格子窓が月明かりを柔らかく受け止めていた。

 直後、ハッと何かに気が付いたような顔をしてヤンは眉間に皺を寄せつつ声を荒げる。


「窓って、おまっ……ここを何階だと思ってる!

 もし、落ちて死にでもしたらどうするつもりだったんだ!」

「うそっ、ヤン。私のこと、心配してくれるの?」


 彼の意図とは逆に、頬を染め本当に嬉しそうに笑んだ苺花。


「しっ……だ……っ……もういいっ」


 そんな彼女に、ヤンはうっかり見惚れて勢いを削がれてしまう。

 普段の言動は奇奇怪怪だが、姿だけは絶世の美女というのだから、男としてはやり辛くて仕方がなかった。


「……それで、ここに何しに来た」


 問うと、苺花はキョトンと首を傾げる。


「えぇ?

 やぁね、夜中に女が男の部屋を訪ねる理由なんて1つでしょ?」

「…………っまさか」


 彼女の思わせぶりなセリフに、ザッと顔を青褪めさせるヤン。

 彼の想像通り、苺花の目的は間違いなく夜這いと呼ばれるソレであった。

 力で押え込めば所詮女である苺花など如何様にもなるはずなのだが、すでに精神面でボロクソに負けているヤンの脳内には、己が彼女に捕食される映像がありありと浮かんでしまっていた。

 引き攣る喉から小さく掠れた声が漏れる。


「なんで……そんなことを……」

「私みたいな美女に四六時中ひっつかれてて、なお欲情しないようなお堅い人間には見えないし。

 だからって、娼館なんて利用されても腹立つじゃない。私がいるのに」

「そんなバカげた理由で!?」

「大問題よ!

 私は、好きな人が遊びでも他の女を相手にする姿なんて見たくないの!」

「えっ……」


 その時、眉尻を下げて自信なさ気に嫉妬らしき言葉を紡ぐ彼女に、ヤンは不覚にも胸を高鳴らせてしまった。

 が、そんなチャンスをアッサリ覆してしまうのが苺花である。

 彼女の表情が切なげなものから一瞬で獲物を弄る獣のような笑みに変わり、ヤンの心に再び恐怖が呼び起こされた。


「あっ。私、初めてだから優しくしてね?」

「は!? っちょ、待て!

 イッカ、お前! 本っ当、色々イカレすぎ……どわっ!」


 ジリジリと距離を詰めて来る苺花から逃れようと後ずさり、それに失敗して逆に背面からベッドへと倒れ込んでしまうヤン。

 まさに夏の虫状態。苺花は彼の身体の上に躊躇なくダイブした。

 その姿は、さながらアルセーヌな大泥棒。


「どりゃぁああああ!

 逃がすか理想猛者ぁあああああ!」

「うわああああああ!」


 彼の知人が見れば心底驚くような、何とも情けない顔でヤンは悲鳴を響かせる。

 それに嗜虐心でも煽られたのか、彼の筋肉に乗り上げた苺花はニヤニヤとしたイヤらしい笑みを貼り付けて山賊顔を覗き込み囁いた。


「くっく、ウブなネンネじゃあるまいし……観念して一緒に楽しもうや、なぁ?」


 完全に男側のセリフである。

 それも、無理やり女を手籠めにしようとする悪役タイプの男のセリフだ。


『あー……私、一応朝まで席を外しておくから。

 何か緊急事態があった時だけ呼んでちょうだい』

(了解。健闘を祈ってて下さいねー)


 その夜の出来事はヤンの名誉のためにも語られるべきではないだろう。

 ただ、彼らが翌日。宿の朝食を揃って食べ損ねたという事実だけは、違えようのないリアルであった。



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