第21話 あぁ、愛する幸せ再び……愛光年
ユーリウスの姿を目に映した瞬間、苺花は顔に華やかな笑みを浮かべ駆け寄った。
「ユーリちゃん!」
そのままの流れでユーリウスの手を握ろうとし、途中ハッと何かに気が付いたように動きを止め、寂しげな表情で腕を後ろに組む。
なるべく近付かないようにすると自ら宣言したことを思い出し、珍しくも自制したのだ。
ちなみに、表情には若干の演技が入っている。
「えっと、私に用事かな?」
言って、苺花は先程の動作を誤魔化すように微笑んだ。
女神が『汚い、さすが苺花。汚い』と脳内で連呼していたが、言われた本人は欠片も気にしていない。
彼女の分かりやすい態度に、ユーリウスは少々躊躇うように視線を逸らした。
が、またすぐ何かを決意したような瞳で苺花を正面から見据える。
「っその、昨日のことで……僕」
「うん、なぁに?」
軽く首を傾げると、彼女の髪も合わせてサラリと流れた。
通常であればわざとらしい仕草も、一応外見だけは絶世の美女であるおかげか、ユーリウスが瞬間的に魅せられてしまう程度には似合っていた。
「ユーリちゃん?」
「あっ…………いえ。
その、ずっと、考えてて、イッカさんが言ったこと」
「ん? 私の?」
どの発言だろうか、と思い出そうとして苺花は先ほどと反対側に頭を傾ける。
しかし、彼女が自力で答えにたどり着くよりも早くユーリウスが正解を口にした。
「僕の心が綺麗だって、だから、あ、愛するのに、性別なんて関係ないって。
昨日、そう、言ってくれましたよね」
「……っあ、うん」
どもりながらも懸命に話すユーリウスに、苺花はどこかおざなりとも言える微妙な態度を取る。
その上、彼女の瞳はやけに座っており、その様子の意味するところが理解できないユーリウスは少しばかり困惑にたじろいだ。
(やっべ、愛って単語を口にするのが恥ずかしくてちょっぴり赤くなっちゃうとか何それ超可愛いんだけど、ただの女がやってたらあざといとか思うところだけど男性体のユーリちゃんなら嫌味にもならなくて普通に可愛いと思えるっていうか、その前にこの状況って据え膳にしか見えないんだけどシチュ的にも2人きり……あぁ、タマちゃんは精霊だし今死んでるから数にはかぞえないってことで、とにかく邪魔も入りそうにないしコレもう押し倒していいんじゃないですかねGOサイン出てますよね? 脳内の狼さんの涎がヤバいレベルに達しちゃってるし、ここは味見くらいは許されて然るべきですよね? てか、実はYOUヤっちゃいなYO☆という神からの啓示とかそういうアレだったりするんだと思うんですよ、実際こんな美味しい場面で襲わないとか少女マンガでだってヘタレ呼ばわり必至ですよ、うん、やっぱ『神は言っている、あの子を襲うんだ、と』っていう交信に違いないですよコレ)
『そんな神がいてたまりますかっ!』
(こんな神はいるじゃないですか!)
『ちょっとソレどういう意味よ!?』
プンスカピーと憤りを表す逆ハー観察大好きという下世話な趣味持ちの女神フェロモニーをシカトして、苺花は再び思考する。
(あぁ、でもダメダメ。
関係性も曖昧なままにモノにしちゃったら、後で傷つくのはユーリちゃんだわ。
そうよ、苺花。真に相手のことを想うのなら、ここは我慢の時よっ。
ふおおお! 萎えろ、私の頭の中の欲棒!
なけなしの理性を振り絞れぇぇ!)
『っえ、でも確かヤンの時は無理やり押し倒……』
(何をおっしゃる!
全ての食材を同じように調理していては、その真の美味しさは引き出されないのですよッ!
しかも、彼女は特級珍味かつ超高級食材ですから、細心の注意を払うのは当然じゃないですか!)
『何その例え!?
なんでナチュラルに食物扱いしてるの!?』
(そりゃ、最終的に食べるという意味では一緒と言いますか)
『うわ最低! 知ってたけど!』
(まぁ、真面目に語るなら、女の子の、特にユーリちゃんのような微妙な立場に生きてきた子の心は繊細ですから。
特に今はようやく彼女が彼女として生きようとしている不安定かつとても大切な時期でしょう?
それを考えたら、他の4人みたいに「いいからドッキングだ!」ってワケにはいきませんよ)
『あの、私が言うのもなんだけど、男だって充分繊細な心を持ってるのよ?』
女神が男衆に対してにわかに同情の意を示し始めたころ。ユーリウスは、先ほどから自身の顔を見上げているようで、しかし、どこか焦点の合っていない苺花へと意を決して話しかけた。
「ええと、イッカさん」
「……ん? っあ、あぁ。
ごめんなさい、少し考えごとをしていたわ」
彼女の呼びかけによってようやく脳内ワールドから帰還した苺花は、申し訳なさそうな笑顔を作る。
そして、下手に考え事の内容を詮索されないよう、すぐに会話を進めるべく口を開いた。
「それで、えーっと、その昨日の話がどうかした?
あ。もしかして、やっぱり私の気持ちが迷惑だから、すぐにでも出ていく……なんて」
「まさかっ!」
悲鳴のように悲痛な音色の混ざる声を出しながら、ユーリウスは激しく首を横に振った。
それに驚き目を見開きつつも、すぐにホッと安堵に表情をほころばせる苺花。
ユーリウス本人のいちいち分かりやすい態度から好かれているという事実を察していながら、敢えてそのようなセリフを挟んでくるのだから、本当にタチの悪い女だった。
笑む苺花を見下ろしながら、ユーリウスはギュっと己の拳を握りこむ。
「イッカさん……」
「はい」
「あの時、イッカさんは自分自身に対して汚いなんて言ったけど……。
僕は、全然そんなことは無いと思うんです」
彼女の唐突な主張に、苺花は数度瞬きをしたのち問い返した。
「どうして?
現に私は沢山の男の人と……」
「逆なんです!」
「逆?」
いつになく大きな声を上げるユーリウスへ、訝しがるように眉を寄せる。
勢いのまま彼女は苺花の手をガッシと両手で握り、続けてこうまくし立ててきた。
「僕を助けてくれた貴女が、僕なんかを認めてくれた貴女が、そして僕なんかを好いてくれた貴女が、汚いなんて有り得ない。
きっと逆で、イッカさんの魂は綺麗すぎるんです。
だから、光に群がる虫のように貴女に惹かれ集まる人間がいるのは当然で……。
何より、僕の大切な魔獣タランドールと好意的に接してくれた人は貴女が初めてでした。
僕はイッカさんのこと、慈愛の女神のような優しさに溢れた誰より綺麗で素敵な女性だと思っています」
『なにこの子こわい』
それは、女神が素で引くほどの、本気で言っていることが一目で分かる大層まっすぐな瞳だった。
さすがの苺花も、彼女の中で美化200%状態になっていることに困惑せざるを得ない。
自らがドブスだったとして「君は不細工なんかじゃない、愛してる!」と告白されるよりも「君は確かに不細工だ、でも愛してる!」と告げられる方が好感の持てるタイプの女である苺花には到底見過ごせるような思い込みでは無かった。
即座にこの勘違いの払拭を図るべきであると判断を下し、次の瞬間には数通りの作戦を立て、最も想定外の展開へ転びそうにないものを選択し実行していた。
「……ねぇ。ユーリちゃん、貴女は一体誰を見てるの?」
「え?」
直後、あからさまに不機嫌ですといった空気を醸し出す苺花。
ユーリウスは彼女の急激な変化に戸惑い、固まった。
「慈愛の女神? 誰より優しい? 綺麗な魂?
そんな苺花、どこにも居やしないわよ」
「あ、あの……」
攻めるような口調と冷たい視線に晒され、ユーリウスは掴んでいた手を無意識に離し半歩足を後退させる。
「勝手に私を分かった気になって、枠に嵌め込んで。
それと異なる言動を取れば、そんな人だと思わなかったと幻滅するの?」
「……ぼ、僕はそんなつもりは」
「でも、結局はそういうことだわ。
私はね。愛だ何だと言いながら、その実醜い欲望を際限なく募らせているだけのそれは醜い人間よ。
今だって、衝動のままに貴女を襲ってしまわないよう必死で自らを抑えている。
でも、貴女はそんな汚い私なんか知らないふりして、ただ美しいばかりの偶像を求め崇めているのよ」
悔しそうに顔を歪める苺花とその言葉から、ユーリウスは己が発言の迂闊さを嘆いた。
美しすぎる容姿にばかり注目が集まる日々。勇気を持って本当の自身を晒せども、返って来るは冷めた結末。上辺のみの薄い人間関係、囲まれつつも孤独に苛まれる心、求められる姿と現実との差異による苦しみ。ともすれば、大切に思っていた人間から手酷い裏切りを受けた過去すら存在するのかもしれない。
そんな勘違いも甚だしい苺花顔負けの妄想を重ねながら、ユーリウスは罪悪感に身を震わせた。
その時である。
「ねぇ、ユーリちゃん。
身体に教えてあげれば流石に分かってくれる?」
「え?」
瞬間、彼女の肉体は突如として反転し、背中に少し強めの衝撃が走った。
気が付けば、ユーリウスはすぐ傍にあった3人掛けのソファへと押し倒されている。
同時に遠慮なく乗り上げてくる苺花を押し返そうとし、その途中でピタリと動きを止め彼女は全身の力を抜いた。
そんな諦めとも取れる様子を目にした苺花が、訝しむように眉を顰める。
「…………抵抗……しないの?」
ユーリウスの顔の両側に手をついて覗き込みながら、苺花は小さく呟いた。
その呟きに、彼女はどこか自嘲するような笑みを返してくる。
「……僕は、本当の貴女がどんなだって軽蔑も幻滅もしません。
先ほどは浅はかな発言で傷つけてしまって、ごめんなさい。
僕のこんな身体で良ければ、イッカさんの好きに……」
「バカ!」
「ごっ、ごめんなさいっ」
唐突に罵られ、ユーリウスの口から反射的に謝罪の言葉が飛び出した。
直後、苺花は勢いよく背を仰け反らせ、パンと己の額に右手をぶつけて目を瞑り叫ぶ。
「っあぁ、もう! 違う!
ごめんなさいはこっちのセリフ!
ユーリちゃんは何も悪い事してないとか、女の子が簡単に身体を許すんじゃないとか、自分を卑下しちゃいけないとか、謝罪の意味なんかで身を差し出されても嬉しくも何ともないというか、お互いに後味の悪い思いしかしないでしょうとか、自分を棚上げして色々言いたいことはあるけど、あるけどっ!」
「は、はい」
そこまで言って、苺花は荒ぶる感情を整えるように幾度も深呼吸を繰り返した。
反対に、ユーリウスは緊張の面持ちで苺花の次の発言を待っている。
しばらくして、ようやく瞳を開き視線を交わらせた彼女は、別人のように落ち着いた声でこう囁いた。
「ねぇ。私、貴女が好きよユーリウス」
このタイミングでのまさかの告白に、告げられた側であるユーリウスの時が数秒止まった。
それに構わず、苺花は間を置かず問いかける。
「……貴女は?」
「……ぼ……くも、イッカさんが……好き、です」
思考が回復したわけではない。
ユーリウスは、苺花の問いにただ呆然とそう返していた。
苺花は肯定の返答を耳にした瞬間、ニコッとそれまでの空気を換えるように華やかな笑みを作った後、おもむろにソファから離れて伸びをする。
「んん。うん、分かった。
お互いの気持ちを確かめ合ったし、これでユーリちゃんと私は正式に恋人同士」
「えっ?」
『待って苺花、展開が早すぎてついていけてない!』
女神のツッコミは各方面において的確だったが、当然ながらそれを聞く苺花ではない。
「そうと決まったら、乱れちゃった髪とか服とか直して直して」
「あ……はい……ええと」
急かされて、何がなんだか分からないままユーリウスは身を起こし、気付かない内に外されていた服のボタンをのろのろと留め始める。
手伝いとばかりに彼女の跳ねる髪を手櫛で梳きながら、苺花は無邪気に笑った。
「それでさ。身綺麗にしたら、他の皆にも紹介してさ。
そのあと町に出てデートでもしよう?
始まったばかりの恋人同士らしく、ね」
「……っあ」
そこで、ようやく苺花の言わんとすることが脳に浸透したらしいユーリウスが、頬を染め瞳を輝かせながら彼女の手を取り満面の笑みを見せる。
「はい! はい、イッカさん!
ありがとうございます、宜しくお願いします!」
こうして、まんまとビッチの罠にハマり逆ハーレム入りしてしまったレズの男性ユーリウス・シン・フィメル。
一方で、その存在をすっかり忘れ去られていた偉大な精霊タマは、苦手ながらも空気を読みきり、きちんと彼女らが部屋を去るまで死体役に徹していたという。
数時間後、それを本人の口から聞いたアラフォーとアラフィフが成長しただ何だと笑顔で空気男を褒めちぎるキモい空間が完成するのだが、それはまた別の話である。




