第20話 萌えよ止まれ、そなたは美しい
「おやおや。
太陽と戯れようと訪れた庭先でひときわ可憐な花が咲いているかと思えば、その正体はユーリちゃんか。
相変わらず目も眩むような美しさだね」
ユーリウスが再び目を覚ましてからすでに3日。
ようやくまともに歩けるようになった彼女がゼニス一行貸切の宿屋中庭を散策していると、今日の護衛担当ピ・グーを引き連れた苺花が颯爽と現れ話しかけてきた。
どこぞの歯磨き粉のCMのごとくキラーンと歯を光らせつつ笑みを浮かべる彼女に、隣を歩くピ・グーが軽く戸惑っている。
そんな苺花に対し、ユーリウスは困ったように眉を下げ自らの長髪をいじった。
「やだな、イッカさん。
僕なんかに気を使って、そんなお世辞を言わなくても……」
苺花の働きにより己が心に嘘を吐くことを止めはしたが、それでも彼女の中にある後ろめたさは簡単に消えるものではなく、結果、それは卑屈な態度として表に出るようになっていた。
苺花は髪をいじるユーリウスの手を掴み傍に引き寄せて、常より少しばかり低めの声で囁く。
「心外だな。私はいつだって本気なのに」
「えっ?」
パチクリと瞼を瞬かせるユーリウス。
次いで、苺花は自身よりも少しばかり背の高い彼女を上目使いに見、微笑んだ。
「確かに、外見だけで言えば君より美しい人はいくらでもいると思う。
この私のようにね」
『その一言はいらなかった』
「でも、君の美しさはもっと別の、言うなればそう、魂の美しさだ。
魔獣をも包む懐深き愛、俗世に染まらぬ清らかな心、言動は常につつましやかで、無意識に己より他を優先する慈愛に溢れた精神……。
それからすれば、身体が男性?
ははっ。その程度のことで、君自身の価値が左右されるわけもない。
私はいつだって、君の穢れなき魂に惹かれてやまないよ。
いや、惹かれるなんて生易しいものじゃあない。
焦がれている、君からの愛を授かりたくて真実焦がれているよ。
美しき、ユーリウス嬢」
クサすぎるセリフの後、とどめとばかりに彼女の手の甲に軽い口づけを贈る苺花。
そしてその動作の間中、苺花は熱い視線をユーリウスから離さずにいた。
それは、果てしなく……果てしなくキモかった。
初見であるなら絶世の美女という補正もあり、違和感なく眺めることのできる人間もいたかもしれない。
しかし、すでに彼女の本性を嫌というほど知っている女神とピ・グーは当然と言うべきか、まさに開いた口が塞がらない状態で固まってしまっていた。
が、唯一そのキモさを直接ぶつけられたはずのユーリウスは、なぜか頬を赤く染めて視線を逸らすという、常人に理解しがたい反応を見せている。
「か、からかわないで下さい。
焦がれるだなんて、そんな……貴女には素敵な恋人たちが……」
『っえ、何この男。
チョロイン属性? チョロイン属性なの?
どんなゲームのイージーモードだってここまで簡単じゃないわよ?』
(古いですね、フェロモニー様。
これがゆとり仕様ってやつですよ)
『なん……ですって?
そんな、嘘よっ。
いつ? いつなの!
一体いつの間に地球のゲーム業界はそこまで堕ちてしまったというの?』
(いや、普通にシバマラティックバランスなゲームも存在するんで)
ジェネレーションギャップ、またはカルチャーショックを隠し切れない様子の女神。
苺花が初めてユーリウスの女心を認め解放した相手であり、崇拝にも近い強烈な刷り込みを受けているにしろ、とにかくご都合主義展開も甚だしかった。
相手の分かりやすい反応に「I・KE・RU!」と踏んだ苺花は、今度は憂い顔を浮かべ彼女から1歩離れる。
「そう、だね、私は何人もの恋人を持つズルくて悪い女。
こんな汚い私が、ユーリちゃんのようなキレイな子に近づくなんてダメだよね」
「……え?」
思わぬ内容に、ユーリウスは目を見開き固まった。
しかし、苺花は自嘲するかのような笑みを見せつつ更に話を続ける。
「ごめん、こちらの勝手な気持ちで君を混乱させてしまって。
もう余計なことは言わないし、極力近付かないようにするから」
「ええっ、違っ……僕はそんなこと全然!」
思わず口をついた咄嗟の否定も、妄想ビッチの耳には届かない。
いや、実際は届いていたのだが、それでも彼女は敢えて聞こえないふりをしていた。
「だから、どうか安心して元気になるまでゆっくりしていってね。
……ッそれじゃ!」
「待っ……イッカさん!」
「あ、オイ! イッカ!?」
言うなり背を向け、やたらと正確なランニングフォームで宿の中へと走り去る苺花。
そして、それを慌てて追いかけるピ・グー。
彼女の唐突な行動に、ユーリウスはただ伸ばした腕をそのままに呆然と立ち尽くすしかなかった。
『……な、なんという茶番』
中庭に彩られた花々が風に押され、まるで呆れ項垂れるようにゆらゆら揺れていた。
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それから宿の自室に戻った苺花は、実に悪そうな笑みを浮かべつつ別名ピ・グーという名の肉クッションにもたれ掛かり美脚を組んだ。
「くっくっく。さぁて、これであとはユーリちゃん次第。
このビッチの魔の手から逃げるなら今の内、それでも構わないと近づいてくるようなら……。
ま、美味しくいただ……私の全身全霊でもって彼女を幸せにしてあげないとね! うん!」
『本音が透けて見えるってレベルじゃないんだけど』
辟易とした雰囲気の女神とは裏腹に、ピ・グーは苺花の胴へ腕を回しながら何かに納得するような仕草で呟きを溢す。
「アぁ……ナんダ。
一応、見逃すことモ視野に入れテの行動だったのカ」
「あぁ、まぁ。
私から強引に、じゃなく、自分で選んだって意識させることで先々で不満なんかが出ても比較的容易く諦めてくれるようになるわけでね」
『うわぁ、アンタどこまで狡猾なのよ』
「……イかン。思い当たル節ガ」
右手人差し指を皺の刻まれた眉間に当て、頭痛に耐えているかのような表情を見せるピ・グー。
が、数秒後。彼はふと苺花の頭部へ視線を寄せ話しかけた。
「ソれにしてモ、イッカ……」
「なぁに?」
なにやら問いたげな呟きに、苺花はクリンとピ・グーを見上げる。
「あ、ソの。サっきのはドう見ても女遊びニ慣れた男……アぁ、イやいヤ。
ユーリウスとオレたちへの態度が随分異なルと思ってナ」
人の話を聞かないビッチ相手にわざわざ無駄な気を使い、元の言葉を何重にもオブラートに包み込むピ・グー。
これがもしヤンであったのなら「さっきの何だアレ、キモい」と、タマであれば「様子がオカシイようだが、どこぞで拾い食いでもしたのか?」と、ゼニスならば「昔、そんな詐欺師がいたのぅ」などと、それはもうズバリ指摘されていたことだろう。
しかし、やはりと言うべきか。湾曲表現では苺花に真意が伝わらなかったようで、彼女はまるで検討違いの答えを返してくるのだった。
「えっ、もしかして嫌な気分になっちゃった?
ピーちゃんもユーリちゃんに接する時みたいな褒め言葉が欲しかった?」
「ソれは無イ」
さすがに即答だった。もう、キッパリと即答だった。
それからピ・グーは浅くため息をつき、今度は心配そうに彼女を見やる。
「タダ、アイツを落とすたメに敢えて自らヲ偽っていルんじゃないカと、ナ。
モしソうなラ、後々問題にナりかねなイと……」
「まさか。
心配してくれるのはありがたいけど、一応アレもそのままの私よ」
彼のセリフを遮り、苺花は心外だと言わんばかりの声を上げた。
「んん、そうねぇ。それじゃ、逆に聞くけどさ。
ピーちゃんは『親兄弟』と『親しい友人』と『最愛の恋人』と『馴れ合うつもりは毛頭ないけれど争いを通じて他の誰よりも深く互いのことを理解し合っている戦友と書いてライバルと読む関係のたまにピンチも救ってくれちゃうツンデレ属性のアイツ』で全く同じ態度を取るの? 取れるの?」
「…………イや、ソレは」
『ていうか、最後のだけ意味不明すぎるんだけど』
返答に詰まるピ・グーを相手に、ニコッと邪気の無い笑みを見せて苺花が告げる。
「ほら、ね?
ユーリちゃんとピーちゃんへの態度が違って見えたって、要はそれだけのことなのよ」
「ヌ……ぅ……言われテみれバ、という気もするガ。
……今いチ釈然とせんナ」
『いやいやいや、絶対そんな程度のレベルの変化じゃなかったってば!
あぁもーっ、このトン・デイブ人も大っ概チョロいわよね!』
女神の叫びが苺花の脳内にのみ虚しくこだまする。
そして、唯一彼女の声を聞くことが出来るビッチは、安定のスルー能力を発揮していた。
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さて、そんな微妙な会話が繰り広げられてから丸1日。
本日もイイ年こいたビッチは、不調というものを知らぬように自室内にて好き勝手暴れまわっていた。
「ボディ! ボディ! ボディ!
ドラゴンフィッシュブルァァァアアア!」
「あべし」
「トドメだ!
超スーパーウルトラグレートミラクルデリシャスワンダフルボンチュァアアッ!」
「……まだだ。まだ終わらんよ。
水滴のみが何かこう穴を穿つ」
「曖昧回避! へのつっぱりはいらんですたい!
もう……消えて……キミは……塵……」
「待て。話せばわかる」
「いよっしゃー、聞く耳持たないぜぇブラザー!
命乞いが許されるのは、小学生までだよねー!」
「まさに外道、ぬわー」
感情のこもらない断末魔らしきものと共に、男は地に倒れ伏した。
その様子を黙って眺めていた女が、しばらくして自らの肉体をかき抱きブルリと全身を震わせる。
「くっ、完……璧! 完璧よっ、タマちゃん!
そして、それ以上に無表情棒読みではしゃぐ姿……イイ!」
「何をやってるんだお前たちは……」
恍惚とした表情で身悶える苺花へ、いつの間にやら部屋を訪れていたヤンが呆れるまま問いかけた。
「あ、猛者フェロモン。
ごく一部に圧倒的エロと認識されるボディの持ち主」
しょっぱなの言われように、ヤンは額にピシリと筋を立てる。
「おい、それ誰の……いや、やっぱりいい。
ものすごい勢いで墓穴を掘りそうな気がする。
……で、えー、何をやっていたんだ」
彼の賢明な判断により、苺花の脳内で立っていたはずの襲いフラグが折られた。
心の内でそれを残念がりつつも、表情に出さず彼女は微笑する。
「暇だから1人でごっこ遊びをしてたんだけど、面白そうって言ってタマちゃんが付き合ってくれたの」
「また天下の精霊に下らないことを教えていたのか」
ちなみに、その天下の精霊は未だ死体役として地面に転がっていた。
生命活動が不要な肉体のためか、彼のその姿は不気味なまでに本物らしさを醸し出している。
「下らないだなんて、おほほ。
大人になっても子供の頃の心を忘れない人ってステキじゃあないかしら?」
「…………あぁ、そうか。なるほどな。
お前のは童心じゃなく、大人の悪ふざけが基本だから質が悪いんだな」
「ハハハ、こやつめ。ハハハハ」
『目が笑ってないんだけど』
「あー、そんなことよりイッカ」
若干、不穏な空気を感じ取ったのか。ヤンは少しばかり強引に話を逸らした。
「これだけ雑談しておいて今さらだが、俺は案内を頼まれただけでな」
「は? 案内?」
ここは仮にも貸切の宿屋だ。
すでに1週間以上も滞在している現在、案内の必要な人間がいるものだろうかと苺花は小さく首をひねる。
「おい、アンタ。待たせてすまなかったな。
コイツに話があるんだろ?」
言いつつヤンが身体を逸らした先に、唖然とした表情で1人の青年が固まっていた。
「……ユーリ……ちゃん?」
思わぬ訪問客に目を見開く苺花。
それを後目にヤンは無言で扉の向こう側に消え、また良い意味でも悪い意味でも空気なタマは何が楽しいのか延々と死体の演技を続けていた。




