第13話 虎の威を借る女狐
「では、ゼニス様はいたってノーマルであると思ってよろしいのですね?」
「……そうですね」
遠い目をしたゼニスが棒読みで答えを返す。
背後でヤンが「天下の商王に何を聞いているんだ、何を!」とでもツッコミたげな空気を醸し出していたが、さすがにそこは自制しているようだった。
「ということは、私がゼニス様の伴侶になる可能性もゼロではございませんね?」
「限りなくそれに近くはありますが……」
そう言って静かにまぶたを閉じたゼニスは、どこか後悔をにじませる表情を見せる。
そんな彼に、苺花は少しばかり神妙な顔をして小さく頷いた。
「愛する奥様の亡くなった原因が心労では、無理もないことです。
……が、私に限ってその奥様の二の舞を踏むことはありえないと断言できます。
ですから、遠慮なく私という女を売り込ませていただきますわ」
無遠慮な発言に怪訝な瞳で苺花を見つめるゼニスに、彼女はにっこりと微笑んだ。
だが、女神のように美しいその笑みに対し、ゼニスはどうしてか寒気を覚えたのだという。
(あら、でも考えてみれば意外とメリットって少ないかも。
この若く美しい肢体を自由にできるといったところで、そうそう精力の強いタイプには見えないし。
むしろ、実情がどうであれ周囲の人間にはお金で若い妾を買ったという印象を抱かせることになってしまうデメリットの方が大きそう。
ていうか、実情通りに私に囲われたってバレる方がマズいわ。ビッチ女王に傅く商王なんて、信用が地に落ちまくっちゃいそうだもの。
タマちゃんの魔法だって便利だろうけど、人前でホイホイ使うわけにもいかないからかなり限定されるでしょう。
やりようによっては脅しや詐欺にも使えそうだけど、そんな卑怯な手で商売をするタイプにも見えないし。
元の世界でそろばんと簿記2級の資格を持っていたからって、こちらの世界でも使えるとは限らない。そもそもこれだけの規模の商会に計算のプロは間に合ってるわよねぇ。
同様に、異世界の発想で新たな商売をなんて言ったところでそれがここで通用するかは分からない。
ヤンやピーちゃんの武力だって、現在雇っている人間で問題ないから今まで生きてるわけで。
……あれ、ゼニス様が私の逆ハーレムに入るメリットどこ?
いくら恋愛は損得勘定でするものではないと言ったって、これじゃ、あんまりにあんまりだわ)
『そこまで気付いたのなら、今からでも諦めればいいのに』
ちなみに、この思考が完了するまでの時間わずか1.5秒。
妄想族の面目躍如たる脳の働きである。
「……まぁ、いいわ。
まず先に、私がゼニス様の伴侶となったらどうしたいかを示しておきましょう。
できれば質問は話の終わった後にお願いいたします」
『そうじゃないと、初手からツッコミどころ満載そうだものね』
「一応、お聞きしましょう」
ゼニスの頷きを取って、苺花は小さく息を吐いてからおもむろに言葉を紡ぎ始めた。
「さて。まず私が望んでいるのは、特定の国の権力者などに目をつけられた際にゼニス様のお名前でもって断らせていただくということ。
この美貌ですもの。無いとは言えませんでしょう?
商王という立場やゼニス様が築いていらした人脈を使わせていただきたいのは、基本的にはその1点だけです。
ちなみに、贅沢品の類は興味ありません。私は私という存在のみですでに美が完結しており、余計な装飾はそれを損なうものであると考えているからです」
『うーん、前半はともかく後半。微妙に同意できちゃう自分がイヤね』
「そして、愛する人に求めるものとしては……なるべく傍にいること、浮気はしないこと、他の恋人たちとも仲良くすること、それくらいですね。
他の恋人、とはこちらに立つ3人のことです。
今はゼニス様が私の伴侶となった場合の風評被害を考え敢えて護衛の体をとっていただいていますが、普段は上下関係なく対等に接しています」
『た、対……等……?』
「今のところ、ゼニス様以外に新たに恋人になっていただきたいと考えている者はおりませんね。
それと、3人とは婚姻関係を結んでいません。
もし私がそれをするとしたら、ゼニス様が妥当だろうということで一応の話がついています。
ですので、その最終的な決定権はゼニス様にある状態です」
『それぞれ事情があるみたいだし、タマちゃんに至っては戸籍すらないものねぇ』
「あと、浮気・駄目・絶対。
もし浮気したら……ふふ。まぁ、その時になれば分かりますよ。
ただし、それが浮気ではなく本気なら泣く泣く身を引くことも考えます。
愛情を失った恋人をむやみに引き止めていても、虚しいだけですから」
『浮気がどうとか苺花が言えた義理なの? ねぇ?』
「なるべく傍にとの条件についてですが、現在、私たちに拠点となるような場所はございませんので、もしゼニス様が私の伴侶となっていただけるのでしたら、おそらくゼニス様の家のお世話になるのではないかと。
その際、私はともかく、3人にはきちんと生活費を入れさせますわ。
ついでに、短期や長期の出張などにも全員揃いでつきまといますのでそのおつもりで。
いざとなったらタマちゃんに光の屈折率を操作してもらって姿を消すこともできますし、極力邪魔は致しません」
『えぇー。これ、どこからツッコミを入れたらいいの?』
「あ、そうそう。
このタマちゃん。ターマノミ・スピリンタルは、人間の姿をとってはいますが、正体は精霊ですので魔法を使います。
ついでに、こちらの山賊の頭のような厳つい悪人顔の男が戦神マッチョフンド神に愛されし実力派流れ戦士のヤン・リーツェ。
そちらのトン・デイブ人は、祖国トン・デイブ国において5強士を名乗ることを許された有能な若き戦人ピ・グー・マイノゥリット。
いずれも私の愛する素敵な男性たちですわ。
もちろん、これが騙りでないことはすぐにでも分かります」
『あー。まぁ、顔や年齢以外は素敵といえなくもないかもねー』
すでに棒読みの女神。
苺花のフェロモニーに対するスルースキルも中々のものである。
ゼニスはかなり初期からあからさまに怪訝な顔つきをしていたが、それでも約束通り口を挟まず彼女の話を聞いていた。
(……おい、俺の説明だけ酷くないか?)
(気のせいダ)
(おまっ、自分がまともに紹介されたからってなぁ)
そんなゼニスと苺花のすぐ背後において、目と目で通じ合うヤンとピ・グー。
彼らが女神のように口を挟まずいられた事実は、中々に驚異だ。
これが普段なら、さながら大喜利のお題が出たかのごとく様々なツッコミが飛び交っていたことだろう。
「で、ええと……大体話したかしら。
ゼニス様、何か質問あります?」
その瞬間、「無いわけあるか!」という思いで苺花以外の全員の心がひとつになったのは言うまでもない。
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ゼニスの屋敷を後にし、一同は適当に通りをぶらついていた。
「うーん。
何かゼニス様を一発で落とすような良い手はないかしら。
例えば、雇っている護衛を蹴散らすほどの暴漢に襲われるゼニス様を華麗に助けて、あ、もちろん助けるのは私じゃなくてヤンとピーちゃんとタマちゃんだけど、そして、恐怖にふるえるゼニス様をそっと抱きしめて、優しい声で『もう大丈夫ですよ、お嬢さ……』あ、違ったゼニス様ね。ゼニス様。でもって、助けられたゼニス様は私の頼りがいのある微笑みに釣り橋効果もプラスして『ありがとうございます……ポッ』みたいなそんな展開とか」
「無いな」
『無いわね』
「有り得ン」
「それを実行する場合、あの男を常に監視し、つけまわす必要があると思うのだが」
間髪入れずに総ツッコミを受けて、苺花は頬を膨らませる。
「もうっ、夢がないわねぇ!」
「イや、夢トかそうイう類の話デは無かっただろウ」
「本当にイッカの思考回路だけは一生分かる気がしないな」
「話を聞く分には愉快であるが」
『私は、タマの思考回路もよく分からないわー』
彼らの会話からも分かるように、苺花は色よい返事をもらうことなくゼニスとの邂逅を終えた。
ただし、ハッキリと断りを入れられたわけではない。
頭が混乱しているので整理する時間が欲しいと請われ、そのあまりにも焦燥した様子に頷かざるを得なかったのだ。
おそらく、彼らの正体の証明として惜しげもなく魔法を披露したことや、ゼニスの護衛たちをコテンパンにしたことなどが悪かったのだろう……。
さて、先ほどまでの憤りはどこへいったのか。気まぐれな彼女は、すでに次の考えに没頭しているようだった。
両腕を組み、難しい顔でうなる苺花。
おかげで彼女の豊かな胸がグイと強調され、何食わぬ顔でそれ観察するヤンと少し恥ずかしげに視線を外すピ・グーという対照的な構図が出来上がっていた。
そのあたりは、年齢の差によるものなのかもしれない。
ちなみに、1番年かさであるタマちゃんは単純にその事実を認めただけで全くの無反応であった。
「うーん、でもその手が無理だと後は地道に外堀を埋めていくくらいしか考えつかないわねぇ。
本人に知られないように息子や従業員を掌握して、広く噂をばら撒いて気付いた時には後戻りできない状況に……」
「それが仮にもハーレムに入れようという男に対する扱いかっ」
「ええー、恋は戦争って言うじゃない」
「聞イたことモないガ」
「そも、そのように卑劣なる振る舞いで勝ち名乗りをあげた官軍に、賊軍が大人しく従う道理はなかろう」
『ていうか、苺花。商王相手に情報戦で勝てると思っているの?』
メンバーの態度に、苺花は興奮のまま自身の腕を激しく振り回す。
「っあぁもー!
みんなして自分の意見も述べんと、人の言うことなすこと否定してばっかりでー!」
「だったら、もっと建設的な内容を上げろ。
その前に往来で暴れるな。
ただでさえ、行く手を塞ぎがちな集団だというのに」
「ハッキリ言っテ、アレを落とすのハ難しイ。
モう諦めてハどうダ」
『そうよ。
トン・デイブ人の言うとおりにして、今度こそ良い人材を探しましょうよー』
「我は苺花の決定に従うだけだ」
ピ・グーの意見に、苺花は両腕を順に関節で直角に曲げるなどという意味の分からない挙動を示しながら主張しだした。
「ノン! そして、ノン!
諦めるのは全力でぶつかって、完全に木っ端微塵になってから!」
言いつつ、今度はその腕を伸ばしYの字にポーズを決める。
相変わらずのウザさである。これに手を上げない男衆の忍耐力はいかほどであろうか。
「私イヤよ、後になって『あの時、ああしていれば』なんてベタな後悔するのっ」
苺花の言葉に、ヤンが1人、苦々しく顔を顰めて黙り込んだ。
どうやら彼の過去に思い当たる節があったらしい。
「諦めて受ける傷より戦い続ける痛みが良いって、どこかの誰かも言ってたし」
『誰よ、どこかの誰か』
「……マぁ、ソの考えは分からンでもないガ」
「しかし、それは強者の弁ではあるまいか?」
「そう? 弱者には弱者の戦い方があるわ。
諦める選択肢しか用意されていない人間なんていないと思うの」
「フむ、例えバ?」
タマの一言から思い切り話が逸れてしまったことにも気付かず、それからしばらく彼らは無益な討論を繰り広げていたのだという。
どうなる、ゼニス!




