歪んだ音
タン…タン…タン……。
どこからか水滴が落ちるような音がする。
長いまつ毛を震わせて結は目覚めた。汗で顔に張り付いた前髪を振り払おうと、右手を上にあげる動作をしたはずなのに、右手が見当たらない。
不思議に思って必死に動かそうとすると、ガチャガチャと音がする。どうやら、手首をベルトで固定されているらしい。左手も同じらしく、動かそうとしてもガチャガチャと音がするだけだ。
「ここはどこ?」
周りに人がいる気配はない。その間も水音は続いている。結は今日何が起こったのかを思い出す。
「学校で授業をして…、放課後は健太と図書館で待ち合わせをしたっけ…」
健太は結の1つ年上の従兄弟だ。いつも話を穏やかに聞いてくれて、どんな時も否定しない健太のことが大好きで、幼い頃からついてまわっていた。中学も同じ私立の学校を選び、高校も健太と同じ学校を選んだ。入学後にバッタリ廊下で会った時、結はとても喜んだ。これからもずっと一緒にいられる。
「こんなところにいる場合じゃないのに。今何時だろう。」
辺りを見回そうとするも、頭部も手首と同じように固定されているらしい。
できる範囲で周囲の様子を探ると、ここは白い壁に囲まれた空間らしい。病院の個室のような印象だが、窓やカーテン、洗面台、ナースコールなどは無い。あるのは自分が横たわっているベッドと、すりガラスのはまったドアだけ。人が通る気配はない。
タン…タン…タン…。
「すみません」
人の気配は無いが、ジッとしていられなくて叫んでみる。誰か来る様子もない。
「そういえば、水滴を落として正気を無くす…なんて拷問方法があったっけ」
痛む頭で、そんな事を思った。
「…こんなことしてる場合じゃないのに。健太との約束が…今何時だろ」
部屋の中にあるライトと、すりガラス越しのライトは明るく、外の様子を伺いしれない。
タン…タン…タン…タン…。
「やめてくれないかなぁ、この音!イライラする!」
目覚めてからずっと続いている音に苛立ちが増す。
ふとドアの外から、カラカラと台車が近寄ってくる音がする。
音に気づいた結は助けを求めようとするも、今の状況を考察する。学校を出た辺りから今日の記憶が無い。ということは、そこから、攫われてここに連れてこられたと考えるのが正しいのではないか。
もしそうであれば、目覚めていることが知られれば、身に危険が及ぶのではないか。頭痛により、あまり働かない頭をフル回転させる。結は寝たフリを続けることにした。
台車はドアの前に止まり、鍵を開ける音がした。
薄目で確認すると、淡いブルーの制服を来た看護師が現れた。台車からこちらに目を移した途端、看護師は叫ぶ。
「立花結さんが出血しています!誰か!先生来てください!」
開け放たれた廊下の方から数人が走ってくる音がする。
目覚めてからずっと続いている音が血の滴る音だと分かって、結は全てを思い出した。
健太がどこにでもついて来る結を敬遠していたこと。いつの間にか、別の女と付き合っていたこと。コソコソと隠れてデートを重ねていたこと。
「そうだ…健太と図書館で待ち合わせていた女を刺そうとしたんだった…。」
医者や数人の看護師が駆けつけて何やら言っている。健太を奪っていった女を刺そうとして捕らえられた時に、自分の体を傷つけておいたんだった。冴えた頭で健太を奪っていった女への復讐を考える。
幸い寝たフリをしていたおかげで、皆は私が起きているのに気づいていない。処置室に運ばれた時に結は脱出するつもりだ。あの女に健太を奪われないように。健太を自分だけのものにするために。
「…待っててね」
結は小声でそう呟いた。




