表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

第六話 ミーシャの本能

 朝は、全員で宿の食卓を囲んでいた。

 眠りの名残が、呼吸と一緒に身体の外へ抜けていくような、ゆったりした時間が流れている。


 焼き立てのパンの香ばしさと、湯気の立つスープ。

 窓から差し込む柔らかな光が、木のテーブルにゆるやかな影を落としている。


 昨日あれだけ騒いだとは思えないほど、朝は静かに立ち上がっていた。


「おかわりーーー!!!」


 ただ、一人だけその静寂を破るやつがいた。


「ミーシャは、朝からよく食べるねえ……」


 まだ夢の中に半分浸かっているみたいな声で、リィナがぼんやりと呟く。両手で包んだカップのホットミルクをゆっくりと啜っていた。


「だって、ここのパンおいしいんだもん! それに朝はいっぱい食べたほうがいいんだよ、生きるために!」


 ミーシャ仕様に、パンがてんこ盛りの皿が置かれる。宿の主人は目を細め、いかにも満足そうに笑っていた。


「元気なのは結構なんだけど、その分食費も元気なんだよねえ」


 メルクの発言など気にも留めず、ミーシャは一心不乱にパンを頬張っていた。


 いつものやり取りだ。

 これだけで、朝がちゃんと朝になっている気がする。


 俺はスープを飲みながら、頭の中で報告書の段取りを整理していた。

 変異体ミューデッドの件。夕方までに、ギルドへ正式な報告書を出さないといけない。


「ねーねー、ノアっち」


 ミーシャがパンを口に詰め込みながら身を乗り出す。


「あとで特訓しよ!」

「特訓?」

「うん! 身体なまってるでしょ?」

「昨日のあれで?」

「まだまだ足りないっしょー!」


 尻尾がぶん、と揺れた。

 メルクはスープを飲みながら、ちらりとこちらを見る。


「報告書、今日に出さないとだよね?」

「ああ、夕方までには出したい」

「なら、時間決めなさい」


 リィナはまだ眠そうに瞬きをしながら、


「がんばってねえ〜……」


 とだけ付け足した。


「なははっ! じゃあ決まり!」


 ミーシャは満足そうに頷いた。



 宿の裏手、少し開けた空き地。

 俺とミーシャはそれぞれ木剣を手に取る。


「よーし。じゃあノアっち、いくよー!」

「おう。いつでも来い」


 ミーシャが地面を蹴った。

 小柄な体躯からは想像もつかない爆発的な踏み込み。斧槍ではなく木剣だが、振りの重さは並の戦士など及びもつかない。

 ――これがあの斧槍だったら、と思うと背筋が冷えた。


 俺は最小限の動きでそれを逸らし、間合いを外す。

 彼女は力任せではない。野生の勘に近い鋭さで、俺が避ける先を"嗅ぎ取って"次を放ってくる。


「ノアっち、やっぱうまいね。当たらないもん」

「当たったら終わりだからな」


 肩で息をしながら、ミーシャが笑う。

 俺たちは剣を引き、額の汗を拭った。


「そういえばさ、昨日、ノアっちの『こくいん』使ったじゃん?」


 不意に、ミーシャが剣の先を地面に突き、少し真剣な目でこちらを見た。


「アレなかったら、ちょっと危なかったよね」

「……否定はしない」


 一瞬だけ、ミーシャは唇を噛む。それから、逃げずにまっすぐ俺を見た。


「ミーシャ、もっと強くならなきゃって思った」

「急だな」

「急じゃないよ。ずっと思ってた」


 ミーシャは笑う。でも、その笑いはさっきまでの無邪気なものとは違った。


「ミーシャが生まれたとこさ。ずーっとケンカばっかしてんの」


 ミーシャは、木剣の先で地面をつつきながら言った。


 ――北方部族連合、ヴォルガ。

 寒冷な草原と山岳地帯に点在する、大小無数の部族の集合体。

 ひとつの国家というより、力関係で均衡を保っている寄り合い所帯だ。部族間の小競り合いは日常で、強さがそのまま発言力になる土地だと聞いている。


「でもね、昔は一回だけあったんだって。ちゃんとまとまってた時代」

「昔?」

「じーちゃんが言ってた!」


 胸を張って言う。


「《竜騎士の秘宝》があった頃!」

「……竜騎士」


 伝承でしか聞いたことのない言葉だ。

 竜と契約し、北方の戦場を制した存在。史実かどうかも曖昧で、吟遊詩人の誇張だと思っていた。


「それがあるとね、強い人が誰か、すぐわかるんだって。だからムダなケンカが減ったっぽいよ」


 ミーシャは楽しそうに言う。

 竜騎士の秘宝。初めて彼女と出会ったときにも、口にしていた言葉だった。


「どうやっても勝てないってわかってたらさ、みんな無茶なケンカなんかしないでしょ? 迷わなくていいでしょ?」


 力による抑止。あるいは、圧倒的な存在への信仰。

 一族がその末裔だという話を、彼女はさらりと置くように語った。


「だから、ミーシャは強くなるの。思いっきりドーンっていって、一気にぜんぶ終わらせちゃうみたいな感じ!……それがミーシャ流!」


 ミーシャはそう言って、木剣を肩に担いだ。

 さっきまでの真剣な目はもうなくて、いつもの調子に戻っている。


 それからしばらく、木剣が打ち合う音が庭に響いた。汗をかいて、息が上がって、それでもミーシャは手を止めなかった。


 やがて、ひと息ついたところで、


「よし! 特訓おしまい!」


 ミーシャは気持ち良い汗を誇るように胸を張った。


「ノアっち、報告書手伝おっか?」

「いや……いい。絵日記になっても困るからな」

「えー! ミーシャだって書けるし!」


 少し不満そうに頬を膨らませながらも、結局ミーシャは満足そうに笑っていた。


 背伸びをひとつして、空を見上げる。

 朝の光はすっかり高くなっていて、昨日の森の気配が嘘みたいに遠かった。


 強くなりたい理由は、人それぞれだ。守りたいものも、背負っている過去も、目指している未来も違う。

 ただ、一歩前に出る理由だけは、俺たちは案外似ているのかもしれない。


「ノアっち、お腹すいたねー!」


 ミーシャは、宿の方へ駆け出していった。振り返りもせず、真っすぐ前へ。

 俺はその背中を見送りながら、ゆっくりと後を追う。


 怖さも不安もぜんぶ引き受けて、それでも真っ先に飛び込んでいく。

 考えるより先に身体が動く。そのくせ、ちゃんと自分の責任として背負っている。

 それが、ミーシャという強さだ。


 こんな不揃いの俺たちは、何の巡り合わせか出会ってしまい、それぞれ別の未来を見据えながら、不思議と足並みだけは揃っている。


 この先どうなるかは分からない。

 それでも――今は、同じ旅の途中にいる。

【登場人物】

ノア・フェルド

元エリート騎士、いまは普通の冒険者の青年。

みんなをまとめる。

リィナ・ハルト

魔法学者の少女。

結界と魔法で、みんなを守る。

メルク・ヴァランタン

シーフ担当、現実主義者の女性。

みんなの財布の紐を守る。

ミーシャ・ヴァルヤ

半獣人の少女。

戦闘は強い、常識は弱い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ