第三話 ギルドへの報告
ギルドに戻った頃には、陽はすでに西へ傾きかけていた。
扉を押し開けると、夕方特有の落ち着いた空気が流れ込んでくる。
依頼帰りの冒険者が報告を済ませ、掲示板の前では次の仕事を物色する声が飛び交っている。いつも通りの光景だ。
「お腹すいたー……」
真っ先にそう零したのは、素材袋をずるずると引きずっているミーシャだ。
「まずは納品。話はそれから」
「えー」
「えーじゃない。依頼のあとはきちんと報酬を見ないと、胃袋が動かないわ」
メルクが即座に切り捨てる。
そのまま自然な流れで受付カウンターへ向かうあたり、完全に慣れたものだ。
俺は一歩遅れて、袋の重みを肩で感じながら歩いた。中身は軽い。灰鱗草と、必要最低限の証拠素材だけ。
「素材採取の納品です」
リィナが一歩前に出て、カウンターへ袋を置く。
そこに立っていたのは、眼鏡越しの落ち着いた視線が印象的な女性――エルシー・クロイツだった。
この支店の実務を取り仕切る彼女の所作には、一切の無駄がない。
きっちりとした制服に身を包み、背筋を伸ばした立ち姿には、"仕事ができる人間"特有の静かな圧があった。
彼女が頷き、袋の中身を確認し始めた。
「……灰鱗草、品質良好。採取跡も問題なし」
エルシーは慣れた手つきで内容を確認していく。
葉の縁の銀色、冷気の残り、根の処理。その厳格な検品をパスして、リィナはようやく安堵の息をついた。
けれど、ここからが本題だ。
「……それと、もう一点。重要な報告があります」
リィナが、声のトーンを落とした。
俺は無言で一歩前に出る。
メルクとミーシャも、自然とその後ろへ並び、周囲の喧騒から自分たちを切り離すように壁を作った。
「採取地付近で、変異体と遭遇しました。樹木と魔獣が融合した個体です。魔素の集束が異常で、中心部に核を確認しました」
エルシーのペンが、ぴたりと止まる。
彼女は驚いた様子は見せなかった。ただ、確認するようにゆっくりと顔を上げた。
「……最近、他の支店からも似た報告が上がっています」
淡々とした、しかし重みのある声だった。
「頻度が明らかに高すぎる。それに、今回の発生現場と変異の様式は――」
彼女は手元の記録をめくり、少しだけ言葉を選んだ。
「統計上、異常値ですね」
メルクが、面白くなさそうに肩をすくめる。
「つまり?」
「通常の局地変異では説明がつかない、ということです」
エルシーは即答した。
「本件は、ギルド本部へ優先報告します。同時に、《魔法監理院》にも共有されるでしょう」
魔法監理院。
その名前が出た瞬間、リィナの表情が硬くなった。魔法学者にとって、それは軽い言葉じゃないからだ。
「本来の依頼内容を大きく逸脱した事案です。別途、詳細な報告書をいただけますか? 危険手当としての報酬を追加します。……提出は明日でも構いません。まずは休養を」
事務的な言葉だが、そこには現場の過酷さを知る彼女なりの配慮が滲んでいた。
「エルぽーん!」
重苦しい空気をぶち破ったのは、ミーシャだった。
「今日もビシッとしててかっこいいね! ねえねえ、どうしたらそんな『ぼんきゅっぼん』になれるの?」
エルシーは、書類から目を上げない。
「業務中です」
「つれなーい!」
けれど、ミーシャの尻尾が視界に入って邪魔だったのか、エルシーはほんの一瞬だけ、眼鏡を押し上げた。
「……まずは、姿勢を正すことです。筋肉の維持は、正しい姿勢から始まります」
「えっ、まじで!?」
「以上です。お下がりください」
即座に業務モードへ戻る。
俺は小さく息を吐いた。
この人が受け取ったなら、大丈夫だ。問題は、ちゃんと"問題"として扱われる。
「それじゃ、俺たちはこれで」
「お気をつけて。……ノアさん、次の依頼は少し様子を見た方がいいでしょう」
その忠告は、職員としての注意喚起であり、同時に戦いを知る者同士の信頼でもあった。
俺たちはギルドを後にする。
背後ではまた、いつもの喧騒が戻っていく。
普通じゃないことは、ある日突然起こり、そしていつの間にかそれが"普通"へとすり替わっていくことがある。
けれど、今の俺たちにとっては、それよりも優先すべきことがあった。
「おじさーん! 一番いい肉料理、四人分ちょうだい! 今日はノアっちのおごりだからね!」
「おいミーシャ、勝手に決めるなよ!」
「あ、ノア、わたしも出すからさ、今日はデザートも食べようよ!」
「いやー、意外と報酬弾むみたいだし、安心して飯食えるわー」
賑やかな食堂の灯りと、漂ってくる香ばしい香り。
忍び寄る時代の足音よりも、冒険終わりの温かい食事と泥のように眠れる休暇のひととき。
今はただ、それだけを何よりも大切にしたかった。
【登場人物】
ノア・フェルド
元エリート騎士、いまは普通の冒険者の青年。
パーティメンバーをまとめる。
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リィナ・ハルト
魔法学者の少女。
結界と魔法で、みんなを守る。
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メルク・ヴァランタン
シーフ担当、現実主義者の女性。
みんなの財布の紐を守る。
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ミーシャ・ヴァルヤ
半獣人の少女。
戦闘は強い、常識は弱い。




