第二十三話 格好良くなるために
「――これが終わったら、今より格好良くなってるからね」
遺構の入口で、わたしはノアにそう宣言した。
心配させたくなくて、つい威勢の良いことを言った。
けれど背を向けた瞬間、胸の奥で心臓がうるさくなったのを覚えている。
正直に言えば、不安しかなかった。
わたしはもともと、魔法学者として生きていくための手段として冒険者を選んだに過ぎない。
素材採取や遺跡調査が公に認められる。ついでに生活の糧も得られる。
――その程度の動機だった。
自分の研究に必要な素材採取が、ほかの仕事の納期に押されて間に合わなくなった。
苦し紛れに作った、細かすぎる依頼書。
誰も見向きもしなかったそれを、最初に見つけたのがノアだった。
『……信用に値する内容だと思った』
あの日、彼は淡々とそう言った。
わたしのこだわりを、変な依頼だと笑わずに、一つの仕事として受け止めてくれた。
あの一言がなければ、わたしは今も部屋の中で一人、理論式を書いていただろう。
それから、彼と一緒に冒険をするようになった。
彼はいつだって無茶をする。
自分の限界を削っても、まるで当然みたいな顔で剣を振るう。
その背中を、追いかけるだけじゃダメだ。
冒険者である以上、わたしは一人でも立てるようにならないといけない。
守られる側じゃなく、並び立つ側に。
――無茶を止められるくらいに。
それが、今の目標。
遺構の入口で、わたしは深く息を吐いた。
「……よし」
今日の実地試験。これは資格のための通過儀礼じゃない。
自分の足で立つための、一歩目だ。
「はっはっは! 今日の試験で、俺の伝説がさらに輝きを増すぜ!」
遺構の入口に響く大声。
ロングソードとカイトシールドを構えた戦士――バートラム。
黒髪を後ろでざっくり結んだ、二十代前半の青年。
日に焼けた肌に、よく笑う口元。
鎧は決して新品じゃない。肩当てにはいくつもの擦り傷があり、盾の縁は欠けている。
でもそれは、雑に扱ってきた跡じゃない。何度も前に立った証だ。
開口一番、自分のことを「未来のダイヤモンド等級のバートラムだ」と言い切った。
迷いがない。すごいな、と思う。
自分の未来を、あんなふうに疑いなく口にできるなんて。
わたしは、ついさっきまで不安で胸がざわついていたというのに。
「細っこい腕の魔法使いは後ろにさがっとけ! 俺はいつでも突っ込めるぜウォォーーーっ!」
勢いよく盾を打ち鳴らす。
金属音が遺構の石壁に反響する。
わたしはつい思い出して、笑ってしまう。
尻尾をぶんぶん振りながら「なははっ! まっかせろー!」と前に出るミーシャの後ろ姿。
考えるより先に身体が動くところとか、自分の強さを疑わないところとか。
……ちょっと似ているかも。
支援し甲斐がありそうだな、と思う。
「突っ込むのはいいけど、ちゃんと足並みを揃えてね」
「おっ! 未来の英雄様に向かって、言うじゃねえか!」
バートラムは嬉しそうに笑う。
歯を見せて、子どもみたいに。
「お前ら、俺にしっかり付いて来いよ! 悪いけど、全開になると周りが見えなくなるから、よろしく!」
……それは胸を張って言うことじゃない。
でも、隠さないところは正直だ。
自分の弱点を弱点だと思っていないのか、あるいは本当に気づいていないのか。
どちらにしても、前に出る覚悟は本物だ。
「見えなくなるって自覚があるなら、なおさら揃えるの」
「お、おう? ……なるほどな!」
理解しているのかどうかわからないけど、ちゃんと返事はする。
その横で、対照的な影。
「……うるさ」
杖槍を地面に突き、それに体重を預けて立っている女の子――減衰術師のライゼル。
肩までの黒髪は、寝癖のまま出てきたみたいに無造作で、内側だけが紫に染まっている。光の当たり方で、ふっと色が浮き上がる。
前髪は重く、片目をほとんど隠している。見えている方の目は、半分閉じたまま。眠たげなのに、奥に冷たい光がある。
なんというか――
“自分の世界をちゃんと持ってる人”って感じ。
片側の耳には鎖のピアス。小さな魔石がぶら下がって、歩くたびにかすかに揺れる。
あれ、ちゃんと魔素安定用の加工石だ。実用と装飾を兼ねている。
黒のローブはゆるめで丈が長く、袖も指先を半分隠すくらい。だらっと着ているのに、なぜか野暮ったく見えない。
首元のチョーカーには、細い魔術刻印。飾りに見せて、あれもちゃんと魔力補助だ。
刻印の線が細くて精密だから、たぶん自作なんだろうか。
「……なに」
前髪の隙間から、片目がわずかにこちらを向く。
「あっ、ごめんね。その、似合ってるなって思って……」
「……ふーん。あっそ」
ライゼルは気怠そうに視線を外して、また杖槍の柄に顎を乗せた。
褒められたこと自体が面倒だと言わんばかりの反応だけど、突き放すような冷たさはない。徹底的に、自身の出力を節約しているのかもしれない。
「……てか、そこの脳筋、ダルくね?」
「えっ、そうかな。バートラムが前衛、ライゼルが減衰、わたしが補助ってさ、ちょうど良い三角形じゃない?」
「は? 暑苦しいのとか、まじムリ……。ま、適当にやるし。よろしく」
ライゼルは、指先だけでひらひらと手を振った。
情熱を盾にして突っ込むバートラムと、熱量を削ぎ落として佇むライゼル。まるで、真昼の太陽と、夜明け前の冷たい月みたい。
あまりに極端な二人の間に挟まれて、今のわたしは足元がふわふわと浮いている感覚だ。
どちらの光にも、まだなりきれていない。
――ううん。
ただ挟まれているんじゃない。わたしが、二人の個性を繋ぐんだ。
強すぎる光と、静かすぎる薄明。
ぶつかれば、まぶしさか闇になるだけの色を、ひとつの空に溶かす。
そう。わたしは朝焼けみたいになればいいんだ。
熱も、静寂も、どちらも否定しない色。わたしの好きな、わたしの色。
――それなら、きっとできるはずだ。
……まあ、朝は苦手なんだけど。
最初の魔獣との戦闘は、わたしたち三人の性質をそのまま写し出す、わかりやすい序章だったと思う。
分岐を超えた先で遭遇したのは、野犬の魔獣だった。
「刻むぜ、伝説の一ページを! ダイヤモンド・エントリー!!」
案の定、バートラムが叫びながら突っ込む。
盾を前に出し、真正面から間合いを詰める。
その突進力は、頼もしい。でも、危なっかしくもある。
同時に、わたしは詠唱を走らせる。
「――【風は盾となり、光は層を成して】。風光の重層」
わたしの声に合わせて、透明な膜がバートラムの上半身をふわりと覆った。衝撃を風でいなし、余波を光の層で受け止める、二重の守り。
次の瞬間、横から飛びかかった爪が弾かれた。
「うおっ!?」
「前だけ見てて!」
その背後で、ライゼルの低い声。
「ちょ、あんな真正面からとか、まじ脳筋すぎ。――【刻は淀み、影は沈め】。速度減衰」
紫の魔法陣が宙に浮かぶ。
魔獣の跳躍が、目に見えて鈍る。
空中で、わずかに“重く”なる。
バートラムの目が輝く。
「なんだ!? 見える! 動きが見えるぞ!」
わたしは一歩踏み出し、魔力を杖の先に集める。
魔素を圧縮して、軸を定める。
焦点がぶれないように、呼吸を整える。
「――【魔素よ集え。理に従い、真っ直ぐに】。魔素の矢」
放たれた淡い光は、空気を切り裂く鋭い音と共に瞬時に細く伸びた。
鈍った魔獣の脚へ、吸い込まれるように着弾する。
衝撃は決して大きくはない。けれど、確実に均衡を崩す。
「バートラム、今だよ!」
「任せろォォ!」
バートラムが踏み込み、盾で押し崩し、剣を振り下ろす。
「ダイヤモンド・スラッシュ!!」
野犬の魔獣が、地に伏した。
地面の上を魔素の粒子が霧散し、ふわりと消えた。
「よっしゃあ! 見たか!? これが未来のダイヤモンド等級だ!」
「……黙れ脳筋」
ライゼルが即座に刺す。
「え?」
「リィナの保護と、ウチの減衰を忘れんな」
「……え?」
バートラムの顔に、ほんとうに“理解していない”色が浮かぶ。
その様子がおかしくて、わたしは思わず笑ってしまう。
「三人で、だよ」
バートラムはきょとんとしたあと、ふっと笑った。
「ま、俺が決めたけどな!」
「……これだから脳筋は」
「誰が脳筋だ! バートラム様と呼べ! もやしっ子!」
「……こいつ、やば。騒音のかたまり」
「なんだとっ!?」
二人の言い合いが、暗がりの奥へと反響していく。
さっきまで陰鬱としていた遺構が、急に人の気配で満ちた気がする。その騒々しさが、何だか妙に心地いい。
初めて、歯車がきちんと噛み合った瞬間だった。
浮いていた足元が、ようやく地面に降りた気がする。
「バートラムの前進も、ライゼルの減衰も、バッチリだったよ」
「だろ!? ほら、わかるやつにはわかってる!」
「……調子乗るから褒めるな」
ライゼルはそう言いながらも、ほんの少しだけ顎を上げた。
前髪の隙間から覗く目が、わずかに得意げに細まる。
わたしは小さく笑う。
極端な二人。でも、だからこそ面白い。
きっとこの三角形は、まだ歪だけれど、ちゃんと力になる。
【登場人物】
リィナ・ハルト
魔法使い兼学者の少女。
結界と魔法で、みんなを守る。
⸻
バートラム
未来のダイヤモンド等級を自称する。
全力前進型の熱血戦士。
⸻
ライゼル
眠そうでだるそうで、常にやる気がなさそう。
減衰術師のダウナー系女子。




