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第二十二話 制御不能

 通路の奥から、荒い足音が近づいてきた。


 二人の受験者が、明らかに退避中の様子で駆け込んでくる。

 一人は肩口から血を滲ませ、もう一人は小盾を構えたまま後退している。戦うというより、時間を稼ぎながら逃げている動きだった。


 その背後で、巨大な鳥型の魔獣が旋回する。

 羽ばたきが通路の空気を引き裂く。


「危ない! 逃げてくれ!」


 小盾の男が叫ぶ。


 次の瞬間、魔獣の首がぐるりと回った。

 黄濁した瞳が、こちらを捉える。


「な、なんで私ぃぃぃ!?」


 標的が、ミレイに変わる。


 悲鳴と同時に全力疾走。

 瓦礫を蹴り、壁際へ流れる。


 ――なるほど、仕留めきれなかったな。


 状況は把握した。

 アッシュはすでに弓を引き絞っている。


 一射目が翼の付け根に刺さり、魔獣の軌道がぶれる。なおもミレイを追おうとする。


「はぅぅ……私、何かしましたかぁぁ!?」


 泣き声のわりに、走りは乱れない。

 わずかに進路を変え、アッシュの射線を空ける。


 二射目。矢が目を射抜く。

 巨体が石壁へ叩きつけられ、羽根が散る。


 動きが鈍った瞬間を逃さず踏み込む。

 剣先を突き入れ、額に露出した核をえぐり取る。


 核を抜いた瞬間、鳥型の巨体は完全に崩れた。


 追われていた二人は、その場で膝をつく。

 肩口から血を滲ませている男の呼吸は荒く、もう一人は剣を握ったまま視線が泳いでいる。


「……助かった」


 負傷した男は、絞り出すように言った。


「傷、見せろ」


 俺は短く言って、肩を掴む。

 爪でえぐられた裂傷。深くはないが、出血が多い。


 革袋から布と薬草を取り出し、手早く圧迫する。


「くっ……」

「大丈夫だ。直に止まる」


 横でアッシュが静かに周囲を警戒している。


「……動揺が大きいですね」


 低い声で言う。


 小盾の男は、まだ手が震えている。

 剣を握ったまま、指先が白くなっていた。


「……すまない。俺たちで仕留めるつもりだったのに」

「魔獣は恐慌状態だった。ああなると、なかなか手に負えない」


 俺は傷口を確認しながら言う。


「判断を誤ったわけじゃない。生き残る選択をした。それでいい」

「……だが、怪我をした仲間を一人、置き去りにしてしまった」

「巡回監視員は定期的に通る。負傷者の回収は最優先だ。心配しなくて良い」


 負傷した男の呼吸が、ようやく落ち着いていく。


「試験は、倒した数じゃない。最後まで立っていられるかだ」


 俺は包帯を締め、軽く叩いた。


「今は休め。動けるなら、次の判断はそのあとでいい」


 ミレイがそっと近づく。


「はぅ……だ、大丈夫ですか……? いきなりあれに追われたら、心臓がどうにかなっちゃいますよね……」


 自分の恐怖を引き合いに出す。

 それが彼女なりの励ましだ。


 男たちは苦笑した。


「……ああ。正直、足が止まった」


 アッシュが二人の前に膝をついて、話しかける。


「止まっても、生きてるなら立て直せますよ。さっき、身体はちゃんと前に出てましたし」


 小盾の男がわずかに目を見開く。

 ミレイがこくこくと頷く。


「はぅ……あれだけ追われて、ここまで走れたんですから……すごいです……逃げ足は全てに勝る護身術です……!」


 ミレイが言うと説得力がある。

 場の空気が、少しだけ和らぐ。


 俺は包帯を締め直し、立ち上がった。


「ここは巡回の導線上だ。動けないなら待て。無理に進まないほうが良い」


 負傷した男は一瞬迷うように唇を結び、それから小さく頷いた。


「……ああ。あんたたちも、気をつけろ」


 小盾の男も、肩で息をしながら顔を上げる。


「助かったよ。本当に、ありがとう」


 俺は軽く手を上げただけで、踵を返す。

 背後から声が飛ぶ。


「――頑張れよ!」


 振り返らない。

 それでも、その声はちゃんと背中に届いた。


 その後も、探索は順調だった。


 小規模な魔物の群れを散らし、通路に仕掛けられた古い罠も解除する。

 床板の沈み込みに気づいたのはアッシュで、天井の細い導線を見抜いたのはミレイだった。


「これ、踏んだら落ちるやつです……」


 石板の下に空洞。

 足裏に伝わる反発が、不自然に軽い。

 重心をかけると、板が沈む。


 遺構の罠は、試験用にそのまま再利用されていると聞いていたが、想像以上に巧妙だ。


「助かった」


 ミレイは胸を押さえて首を振る。


「……センサーが……たまに役に立つんです……はぅ……」


 ミレイは自分の頭頂を指さす。


「このアホ毛が、危険を察知してくれるんです……」


 ぴょこん、と跳ねた毛先が、当の本人よりも自信ありげに揺れている。

 アッシュが一瞬真顔になり、それから小さく笑う。


「じゃあ、今後はそれを前に出して進もうか」

「はぅっ!? わ、私が囮前提なんですか!?」


 俺は落とし穴の縁を跨ぎながら言った。


「そうだな。その一本に命を預けよう」

「はぅっ!? そ、それは荷が重いですぅ!」


 アッシュが肩を震わせる。


「抜けたら全滅ですね」

「やめてくださいぃ!」


 ミレイが本気で頭を押さえた瞬間、

 ――どこかから、声が響いた。


 三人の動きが、同時に止まる。

 言葉は拾えなかった。


 ミレイのアホ毛が、ぴたりと静止する。


「……いま、反応しました……」


 今度は、誰も笑わなかった。


「……だ、……か……!」


 反響の向こうから、途切れ途切れの声。

 距離がある。しかし、助けを求めているのはわかる。


 アッシュが低く言う。


「奥の方ですね」


 俺は頷く。


「走るぞ」


 返事は要らなかった。

 俺が踏み出すと同時に、二人の足音が重なる。

 石床を蹴る音が反響し、呼吸が早まる。

 声はまだ遠い。反響で方向が歪む。


「こっちだ」


 分岐を抜ける。さらに速度を上げる。

 叫び声が、今度ははっきりと耳に届く。


「試験は中止だ! 全員、撤退――!」

「はぅ……ちゅ、中止……?」


 胸の奥が、ざわつく。


 試験中止?

 ただの事故ではない。


 角を曲がった先で、ローブ姿の男が通路の中央に立っていた。


 実地試験の責任者、オーウェン。

 顔色は青ざめ、額に汗を浮かべている。

 周囲に向かって必死に叫んでいた。


「ま、魔導兵が! 魔導兵が動き出した! 奥の最終地点で――」

「何があった」


 オーウェンは振り向き、青ざめた顔のまま結晶を掲げた。


「ま、魔導兵……!魔導兵が ……!」


 声が裏返る。

 説明しようとして、言葉が追いつかない。


「最終地点で、突然……起動した。一度も、こんなことはなかったのに……!」

「魔導兵?」


 アッシュが眉をひそめる。

 オーウェンは必死に頷いた。


「石の兵だ……アウレリア古式の、軍用ゴーレム……!」


 ゴーレム――

 アウレリア樹海国が軍用していた防衛兵装。

 遺構の奥に眠っているだけのはずの代物が、いま動いている。


 一瞬、誰も口を開くことができなかった。


「一組が……閉じ込められた」

「どのパーティだ」


 オーウェンの視線が揺れた。

 手にしていた結晶が淡く光っている。


「これで……内部の様子が見られる。監視用の転写結晶だ」


 結晶の中に像が浮かぶ。


 石造りの大広間。いくつも崩れた石柱が転がっている。

 中央にそびえる巨大な人型のゴーレム。

 大きく膝を振り上げ、石床を踏み砕く。

 その足元で、三人の受験者が散開している。


 ひとりが、振り向いた。


 「……リィナ!」


 無意識に、声が荒れて押し出される。


 リィナの長い髪が揺れる。額に汗。

 しかし、彼女の目は揺れていない。


 魔導兵の腕が振り下ろされる。

 石柱が粉砕され、衝撃が広間を揺らす。

 長い年月を放置されていたからか、動作はぎこちない。関節の連動に微妙な遅延がある。


 オーウェンの手が震えている。


「と、扉が……閉じたんだ……! 本来は安全装置だ……外から解除できるはずなのに……!」


 声がひび割れ、半ば悲鳴のように叫ぶ。

 結晶の表面に、汗が滴り落ちる。


「解錠信号が通らない……! 魔素の流れが乱れているのか……! わ、わからない……!」


 結晶の像が揺れる。

 石の巨腕が振り下ろされる。


 俺は結晶から目を離さない。

 これは映像だけが転送されている。

 向こうの音は届かない。こちらの声も届かない。

 

 干渉する術はないのか。

 ――何ができるか、考えろ。


 結晶の中で、石の巨腕が再び持ち上がる。

 その影が、リィナを覆った。


 そこで、像が激しく揺れた。

【登場人物】

ノア・フェルド

元騎士、いまは普通の冒険者の青年。

パーティメンバーをまとめる。

アッシュ

国境の戦士の村出身の弓使い。

明るい人柄の、冷静な後衛。

ミレイ

アッシュの同郷の短槍使い。

超ネガティブだが、生存本能は一級品?

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