第二十一話 なぜか私が狙われる
シドニアたちとの争奪戦を制し、俺たちは魔獣の核をひとつ手に入れた。
掌の中で転がしてみると、石とも硝子とも違う感触だ。表面は滑らかで、握ればわずかに指の圧を受け入れる柔らかさがある。
芯にはまだぬるい熱が残っていて、細い光が幾筋も走り、内側から淡く滲んでいる。
それは、魔獣にとっては心臓に等しい。
魔獣の生命活動は魔素に依存する。核を失えば、魔素を維持することができず、やがて静かに死ぬ。だからこそ、狙いは常にここに集約される。
俺は核を革袋に放り込み、踵を返した。
シドニアたちとこれ以上絡んでも、得るものはない。呼び止められる前に、その場を離れることにした。
背後から足音が追いついてきた。
「……ノアさん、お見事でした」
横に並んだアッシュが、抑えた声で言う。
落ち着いた調子のはずなのに、わずかに熱がこもっている。
「正面で斬り合いながら核を奪うなんて……あれ、狙ってたんですよね?」
「……まあ、一応な」
口ではそう答えるが、確信はどこにもなかった。あれ以外の手が思いつかなかったから、腹を括っただけだ。
それに、あそこまで魔獣が崩れたのは、アッシュの射撃が正確だったからだ。尾を射抜く位置もタイミングも完璧だった。
狙い通りに事が運んだ高揚感と、その場の熱に煽られて、
「これ、もらうぞ」
なんて決め台詞を口走ったが。
……思い出すと、結構恥ずかしい。
「いやあ、正直ちょっと震えましたよ。あの人の剣、完全に急所狙ってましたし」
「アッシュの一射のおかげだ。あれがなければ、結果は違ってた」
アッシュは一瞬きょとんとしたあと、照れたように笑った。
「そ、そう言ってもらえると救われます」
「はぅ……」
ミレイが、なぜか妙に目を輝かせている。
「ノアさん……さっきの……すごく格好よかったです……!」
両手を胸の前でぎゅっと握る。
その手が震えているのは、恐怖の余韻からではなさそうだ。内から溢れる何かを堪えきれないといったように、何やら鼻息を荒くしている。
「去り際の『これ、もらうぞ』……って発言、普段は冷静なノアさんだけど、相手の熱に圧されて……つい出ちゃったやつですよね……?」
やめろ。
今ちょうど、その台詞を思い出して後悔していたところだ。
「それに……あの構図、完全に見開きで絵が入るやつです……」
「なんの話をしてる」
「あ、相手視点の回想にも絶対入ります……! 『あのとき、あいつの背中がやけに遠く見えた――』みたいな……はぅ……」
ミレイはこちらを見ているはずなのに、その瞳はここではないどこか別の世界を映していた。
「しかもですね……冷静系主人公と熱血系好敵手の真っ向勝負って、王道なんです……! 真逆の温度なのに、剣を交えることで同じ熱を共有するんです……!」
「ミレイ?」
何かが憑依してしまったように、彼女の喋りは止まらない。
「で、あとで一人になってから、『なんで柄にもないこと言ったんだ……』って自己反省するんです……! でもそこがいいんです……! 自己評価は低いのに、周囲の評価だけが勝手に上がっていく主人公……はぅ……尊い……」
「アッシュ。どうしたらいい」
「ええと……」
アッシュは一度空を見上げ、軽く息を吐く。
「ミレイ、そのへんで戻ってこい」
「はぅ?」
「ノアさんが、今まさに自己反省中だ」
余計なことを言うな。
「えっ、そ、そうなんですか!? す、すみません! でも本当に格好よかったですからね!? あれは保存版です!」
「何を保存するんだ」
アッシュが小さく肩を震わせる。
「……たまにこうなるんですよね。ははっ」
「わかってるなら、止めてくれ」
ミレイはまだ期待に満ちた目でこちらを見ている。
「……次も、ああいうのありますか……?」
「ない」
即答した。
……二度とない。
ミレイが名残惜しそうに「はぅ……」と肩を落とす。
アッシュがそれを見てまた苦笑する。
そんなやり取りを挟みながらも、足取りは止まらない。
「ん……?」
通路の先、岩壁の継ぎ目から、細い水音が聞こえた。
近づくと、石の割れ目から清水が静かに湧き出ている。水は小さな窪みに溜まり、溢れた分が細い流れとなって石床を濡らしていた。
湧き口の周囲は、石が整えられている。縁は滑らかに削られ、誰かが何度も手を置いたように磨かれていた。
「わぁ……補給地点かもしれませんね」
アッシュが屈み、水に指を触れる。
「うん、魔素反応は薄い。飲めますよ、これ」
ミレイが恐る恐る覗き込む。
「はぅ……助かりました……命の水です……」
「休むならここだな」
壁を背にすれば死角は少ない。通路も見通せる。ギルドの巡回監視員が通るなら、こういう場所だ。
俺たちは腰を下ろした。
湧水を手酌で掬う。冷たい。
喉を通ると、身体の芯の熱が少しずつ抜けていく。
アッシュが弓の弦を張り直し、静かに点検する。
ミレイは両手で水をすくい、ほっと息をついた。
しばし、水音だけが響く。
戦いの余韻が、ようやく身体から抜けていく。
そのときだった。
天井近くの暗がりで、羽ばたきの音が爆ぜる。
――止まる。
誰も言葉を発さない。
アッシュの指が、弦にかかる。
ミレイの喉が小さく鳴る。
水面がわずかに震え、さっきまでの穏やかな空気が途切れた。
「……上だ」
俺が低く告げた瞬間、影が落ちた。
「うわ、そっち行ったぞ!」
別の通路から、焦りきった声が反響した。
二人の受験者が息を乱しながら駆け込んでくる。
一人は肩口から血を滲ませ、もう一人は小盾を構えたまま後退しているが、その足取りは重い。
その背後を、巨大な鳥型の魔獣が旋回しながら迫っていた。
翼が天井を打ち、石片が降る。風圧で砂塵が舞い上がる。
明らかに制御を失っている。目に入るものすべてを敵と見なしている動きだった。
「止まれ! くそっ、止まれ!」
小盾の男が叫んで剣を振るうが、間合いが遠い。刃は羽をかすめるだけで、決定打にならない。
肩を裂かれた男は弓を構えようとするが、体勢が崩れ、狙いが定まらない。
その瞬間、魔獣の首がぐるりと回る。
「はぅっ!?」
標的が、なぜかミレイに変わった。
「な、なんで私ぃぃぃ!?」
悲鳴が通路に反響する。
さっきまでの穏やかな休息は、跡形もなく吹き飛んだ。
――次の瞬間、巨翼が振り下ろされる。
【登場人物】
ノア・フェルド
元騎士、いまは普通の冒険者の青年。
パーティメンバーをまとめる。
⸻
アッシュ
国境の戦士の村出身の弓使い。
明るい人柄の、冷静な後衛。
⸻
ミレイ
アッシュの同郷の短槍使い。
超ネガティブだが、生存本能は一級品?




