表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

第一話 冒険者になった今

 本来なら、気楽な仕事のはずだった。


 森の奥、陽が差し込む比較的開けた一帯。俺たちは足を止め、手分けして素材を探していた。


「えーっと……灰鱗草はいりんそうは、葉の縁がちょっとだけ銀色で、触るとひんやりしてて……あ、あった!」


 声を上げて地面にしゃがみ込んだのは、金髪の少女――リィナ・ハルトだ。


 魔導杖を傍らに立てかけ、慎重に葉を摘み取る。

 理論は明晰だが、あまり要領がいい方ではない。考えが深みに入りすぎて、周りが見えなくなることもある。

 それでも、どんな困難に直面しても、自分の信念から目を逸らさない。理屈で世界を理解しようとして、感情で人に寄り添おうとする。

 俺たちの中で、いちばん頭が回って、いちばん無茶をする少女だ。


「一本ずつでいいのか?」

「あ、うん! 根っこは残してね。再生するから」


 学者らしい、命への敬意が込められた返答が戻ってくる。

 そのすぐ横で、ガサガサと茂みを揺らす音がした。


「ねーねー、これもそれっぽくない?」


 両手いっぱいに無関係な雑草を掴んで現れたのは、小柄な半獣人の少女――ミーシャ・ヴァルヤだ。

 自身の背丈を優に超える巨大な斧槍を、まるで"ちょっと重めの棒"みたいに肩に担ぎ、獣耳を揺らしている。

 勘と嗅覚と馬鹿力で生きている、このパーティの切り札。

 戦闘力だけなら、俺たちの中でいちばん信用できて、それ以外はいちばん信用できない。


「それは違う。全然違う」

「えー! 色、ちょっと似てない?」

「似てない」

「えー!」


 食い下がるミーシャを、少し離れた場所から冷ややかに制したのは、黒髪の女性――メルク・ヴァランタンだ。

 罠、退路、所持品の残り。それらすべてを同時に勘定しながら、常に金と命の天秤を測る。

 俺たちの選択が"割に合っているか"を、誰よりも早く判断する現実主義者だ。


「ちょっとミーシャ、無駄に踏み荒らさないで。足跡が残ると、あとでギルドに文句言われて面倒なんだから」


 あきれたように、メルクが言う。


「はーい」


 そんな調子で、空気は緩かった。

 俺――ノア・フェルドは、そんな三人の様子を少し離れた位置から見守っていた。

 元《剣誓(けんせい)騎士団》――通称ブレイズ。かつては規律の鬼のような組織に所属していたが、今は事情があって、このパーティで"普通の冒険者"をやっている。


 警戒はしているが、張り詰めてはいない。

 あくまで今日は、ただの採取依頼のはずだった。


 ――その時までは。


 不意に、森の奥が不自然な静けさに包まれた。


 風がないわけじゃない。枝は揺れているし、葉擦れの音もある。

 それなのに、音が遠い。まるで水中に届く音のように、どこかくぐもって聞こえる。


 俺は無意識に、腰の剣へと指をかけていた。

 騎士団時代の経験が、警鐘を鳴らす。こういう静けさは、だいたい血の前触れだ。


「……みんな、ちょっと静かに」


 リィナの声は小さかったが、はっきりと空気を切った。彼女はしゃがみながら周囲を注意深く観察したあとで、地面に指先を触れる。

 土の感触を確かめるように、ほんの数秒――森そのものが息を潜めたように、沈黙が落ちる。


魔素マナの流れが、おかしい」


 次の瞬間、空気が変わった気がした。

 肺に入ってくる空気がどろりと重く、鉄臭い。


「やばー!」


 ミーシャの間の抜けた声が、場違いなほど明るく響いた。


「これ、死ぬ匂いするやつ!」


 その声とは裏腹に、彼女の足はすでに半歩引いている。

 小柄な体に似合わない巨大な斧槍を構えて、獣耳がぴんと立っていた。


 メルクが小さく舌打ちする。


「最悪。リィナの『おかしい』と、ミーシャの『死ぬ匂い』が重なるとか、完全に赤字案件じゃん。……リーダー、どうするよ?」


 全員の視線が、俺に集まった。

 ここから先は、素材採取の延長じゃない。


 ――戦闘だ。


 おれは、大きく一歩前に出た。


「リィナ、後衛。距離を取れ。詠唱は最短でいいから防御結界を頼む」

「うん、了解」


 即答だった。説明はいらない。

 リィナは魔導杖を胸元に引き寄せ、すぐさま後方へ下がる。足取りはぎこちないが、位置取りは正確だ。


「メルク、左。索敵と牽制。深入りするな」

「はいはい。死なない程度に動くわ」


 軽口とは裏腹に、彼女の姿はすでに木陰へ溶けていた。気配が消える。


「ミーシャ」

「うん?」


「来たら、止めろ。全力で」

「なははっ! りょー!」


 嬉しそうに笑いながら、ミーシャは斧槍を地面に叩きつける。低い音が森に響き、空気が震えた。


 ――まだ、敵の姿は見えない。

 しかし、確実に何かがこちらを見据え、牙を研ぎ澄ましている気配があった。


 俺は剣を両手でゆるやかに握り、戦うための呼吸へと意識を切り替えた。


 これは、騎士団にいた頃の戦い方じゃない。

 勝利のために命令を最優先し、人を使い潰す戦争じゃない。


 あの場所では、誰が倒れ、誰が残るかは、戦果の陰に埋もれていった。


 しかし今は、違う。


 誰かが踏み出すなら、誰かが支える。

 誰かが迷えば、誰かが判断する。


 全員で、生きて帰るための戦いだ。

 そのために、今の俺は剣を振るう。

【登場人物】

ノア・フェルド

元エリート騎士、いまは普通の冒険者の青年。

パーティメンバーをまとめる。

リィナ・ハルト

魔法使い兼学者の少女。

結界と魔法で、みんなを守る。

メルク・ヴァランタン

シーフ担当、現実主義者の女性。

みんなの財布の紐を守る。

ミーシャ・ヴァルヤ

半獣人の少女。

戦闘は強い、常識は弱い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ