表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/24

第十六話 魔法は力じゃない

リィナ視点

 魔法は、音楽みたいなものだ。


 ……なんて言うと、魔法学者らしくないって言われそうだけど、わたしはずっとそう思っている。


 感情が乱れていると、音が濁る。

 焦ると、リズムが崩れる。

 無理に大きな音を出そうとすると、調子が外れる。

 ちょっとしたズレで、全部が崩れてしまうところもよく似ている。


 わたしは昔から、魔法を()だと思ったことがない。

 それは、世界とわたしの間に流れる、繊細な調和の結果だと思っている。


 魔素は、無理に押さえつけようとすれば、すぐに暴れたり反発したりする。

 だからこそ必要なのは、力でねじ伏せることじゃない。対話を重ねて、理解しようとすることだ。


 どこまでなら、流していいのか。

 どこから先が、壊れてしまうのか。


 その境界に、全身を預けて耳を澄ませること。

 それが、わたしの魔法のやり方だった。


 魔法技能試験の区画では、いろいろな魔法が飛び交っていた。

 光が弾け、風が鳴り、轟音があとを追いかけてくる。


「――穿て、《火球フレア・ショット》!」

「――切り裂け、《風刃ウィンド・スラッシュ》!」


 攻撃魔法を選ぶ人が多い。

 派手で、わかりやすくて、成果として目に見えやすいから。


 きっと、評価もされやすい。

 けれど、その分――失敗もよく見える。


 出力が安定せず、魔法が歪んで空中で霧散したり。

 持続が続かず、一瞬で途切れてしまったり。

 威力は十分なのに、制御が追いつかない人も少なくなかった。


 魔法は、感情に引っ張られる。

 ――強くしたい。

 ――大きくしたい。

 ――派手に壊したい。


 そういう気持ちが先に立つと、魔素は必要以上に引き寄せられて、形を保てなくなる。


 防御魔法を選ぶ人は、少ない。

 回復魔法は、さらに少ない。


 静かな魔法ほど、難しい。

 結果が目立たない分、誤魔化しもきかない。

 だからこそ、選ぶ人も自然と減っていくのだと思う。


「次の方、準備をお願いします」


 わたしの順番が回ってきた。

 足を一歩踏み出す。砂利の感触が、靴越しに確かに伝わってきた。


 目を閉じて、もう一度大きく深呼吸する。


 風が皮膚に触れる。

 空気がわずかに揺れる音が聴こえる。

 光の輪郭が、意識の内側に浮かび上がってくる。

 感覚が、少しずつ研ぎ澄まされていく。


 ――大丈夫。

 準備は、できている。


「うおーーっ! リィナっち、がんばれーーっ!!」


 柵の向こうから、ミーシャの全力の声が飛んできた。


 ……ふふ。


 思わず、口元が緩む。

 肩に入っていた力が、すっと抜けた。


「では、選択する魔法の系統を」


 試験官の声に、わたしは前を向く。


「防御魔法を選びます」


 一瞬だけ、視線が集まる。

 驚きというほどじゃない。でも、少しだけ意外そうな空気。


 それでいい。

 わたしは派手な魔法より、静かな魔法のほうが得意だから。


 本当は。魔法陣のほうが、ずっと得意なんだけどね。

 線を引いて、構造を組んで、意味を固定する。

 時間をかけて、丁寧に世界と合意を取る作業。


 でも、ここは実技試験だ。

 即時発動で、どれだけ強くて安定させられるかを見られる。


「評価項目は、強度、安定性、持続時間です。では、いつでも始めてください」


 わたしは魔導杖を両手で握り、軽く息を吐いた。


 視線を、魔素共鳴結晶へ向ける。

 そこに、ただ――こう在ってほしい状態を思い描く。


 魔素が、静かに集まってくるのを感じる。

 呼吸に合わせて身体に入り込み、脈打つことも暴れることもなく、そのまま杖の先へと流れていく。


 いつも通りだ。

 音楽の、最初の音を奏でるみたいに。


「荒れた風をなだめて。乱れた光を紡いで。ここだけは、誰も傷つかない穏やかな場所になりますように」


 言葉が結ぶ像を思い浮かべながら、ひとつずつ置いていく。


「――《微睡みの盾(ヴェール・プロテクト)》」


 詠唱と同時に、体内の魔素と杖先の魔素が共鳴し、光が生まれる。


 防御膜が、魔素共鳴結晶の周囲に展開される。薄く、やわらかく、けれど寸分の揺らぎもない。


 結晶の色が、ゆっくりと変わる。

 防御魔法を示す淡い光。


 強さを測るための輝度が、一定の明るさに達して――そこで、動かなくなった。


 ……あれ?


 色は、揺れない。

 明滅も、濃淡もない。


 まるで、最初からその明るさ、その色に決まっていたみたいに、そこに在り続けている。


 試験官が、結晶をじっと見つめたまま動かない。

 周囲の受験者たちも、何か言いたげに視線を行き来させている。


 ――失敗、じゃない。

 けれど、見慣れた反応とも少し違う。


 わたしは防御膜を維持したまま、呼吸を整え続ける。


「……解除して、大丈夫です」


 試験官がそう告げて、わたしは魔素の流れをゆっくりほどく。


「強度は、平均的です。突出した出力ではありません」


 わたしは一礼して、その場を去ろうとした。

 ――けれど。


 試験官は、そこで言葉を切らなかった。

 結晶から視線を外さないまま、ほんの少し間を置いてから、続きを口にする。


「……ですが、安定性が非常に高い。色の揺らぎが、ほとんど観測されていません」


 ざわ、と小さなどよめきが起こる。


「持続時間も問題ありません。むしろ、維持の仕方が――」


 一瞬、言葉を探すように口が止まり、


「……いえ。評価としては、十分です」


 そこで、試験官は話を締めた。


 終わった、という安堵感で、わたしの肩からふっと力が抜けていく。

 思っていたより、ちゃんと呼吸ができていなかったらしい。


 ……よかった。


 ノアとミーシャのところへ戻ろうと、振り返りかけた、そのときだった。


 柵の向こうで、長いローブをまとった魔法使い風の人が、こちらをじっと見ていた。


 距離はあるし、フードを深く被っていて表情はわからない。

 それでも、はっきりと視線を感じる。


 ――受験者でも、試験官でも……ない、よね。

 なぜか、すぐに目を逸らせなかった。


「リィナっちーーーっ!!」


 その声で、はっと我に返る。


 柵の向こうで、ミーシャが思いきり手を振っていた。

 腕と一緒に尻尾まで勢いよく揺れていて、満面の笑顔だ。


「すごかったよ! なんかね、フワっとしててきれいなのに、でもピシーってしてて!」

「語彙が死んでるな」


 隣で、ノアが呆れたように笑う。


「でも、言わんとすることはわかるな。リィナ、いい魔法だった」


 その一言で、胸の奥がふっとあたたかくなる。


「……ありがとう!」


 わたしは小さく手を振り返して、もう一度、さっきの柵の向こうを見る。


 ローブの人の姿は――もう、どこにもなかった。

 ほんの一瞬の出来事だったはずなのに、なぜか、心の奥に静かな余韻が残っていた。

【登場人物】

ノア・フェルド

元騎士、いまは普通の冒険者の青年。

パーティメンバーをまとめる。

リィナ・ハルト

魔法使い兼学者の少女。

結界と魔法で、みんなを守る。

メルク・ヴァランタン

シーフ担当、現実主義者の女性。

みんなの財布の紐を守る。

ミーシャ・ヴァルヤ

半獣人の少女。

戦闘は強い、常識は弱い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ