灰色の王都
雨は、無数の灰色の線となって石畳を叩いた。その音が満ちるほどに、街はゆっくりと仄暗い水底へと沈んでいくようだった。
一人の男が、剣を片手に立っていた。
鈍く光る銀の甲冑。
白地のマントには、金糸のグリフォンが荘厳さを湛えて象られている。
鷲の翼を広げ、獅子の体で剣を掴む――王国の守護者であることを示す騎士団の紋章だ。
甲冑の男は、自身の足下に這いつくばるものを、無言で見下ろしていた。
四肢と上半身の一部は異様に隆起し、皮膚はところどころ硬質化している。輪郭はかろうじて人の形を留めてはいるが、夜影に蠢く姿は怪物のなれ果てでしかない。
自身の異形化した肉体を持て余すように、それは地面の上で不格好に身をよじらせていた。
甲冑の男は、剣を静かに振り上げた。
「……ャ、メ……ワた、シは……マダ……」
それは、人間の声を発した。
甲冑の男は、剣を振り下ろした。
肉が裂ける、湿った音がした。
赤黒い鮮血が噴き上がり、雨と混じって地面へと散っていく。
飛沫は甲冑の隙間に入り込み、白いマントをじわじわと染めていった。
甲冑の男は、剣を一振りして刃の血を払うと、無言のまま鞘へと収めた。
凝固しかけたどす黒い塊が、雨水にほどけて不自然に鮮やかな赤へと薄まっていく。それはもはや命の残滓ではなく、不潔な汚物として石畳の隙間を伝って放射状に流れ出した。
血の匂いは雨に溶けきらず、湿った空気の底に腐るように蟠っていた。
肉塊は無惨に崩れ落ちたまま、雨に打たれている。
もはや蠢くこともなく、ただそこに在るだけだった。
「……っ」
背後で、息を呑む気配があった。
物陰から、幼い少女が顔を出した。
濡れた髪が頬に張りつき、大きな目だけが異様に冴えている。
少女の視線が、ゆっくりと動く。
地面に転がる、異形の肉塊。
石畳を伝って流れる、赤黒い液体。
そして――
その色を浴びたまま立ち尽くす、甲冑の男。
「……いや、だ……」
少女が絞り出した呼気が、雨に溶ける。
「……か、して……よ……」
かすれた声だった。
意味を持つには、あまりにも弱い。
「……パパを……かえし、てよぉ……」
その言葉が、雨音の隙間を縫って届く。
甲冑の男は、何も言わなかった。
やがて、雨の闇へと消えていった。
*
高い天井。
石造りの壁は無駄な装飾を排し、重たい沈黙を抱え込んでいる。
静寂に包まれた室内に、湿った足音が響いた。
重厚な机の向こうで書類に目を落としていた男が、ゆっくりと顔を上げる。
その鋭い眼光は、部屋に入ってきた男の全身にこびりついた返り血と、雨の滴を冷徹に捉えた。
机の上に、鞘に収められた白銀の長剣と泥に汚れた徽章が音もなく置かれた。
男の眉が、微かに動いた。
彼は置かれた物を一瞥し、目の前の男を真っ直ぐに見据える。
「……それが、お前の決断か。ノア」
呼ばれた男は、答えなかった。
濡れた甲冑から、雨水が床へと落ちる。
まるで、血の続きを垂らしているかのようだった。
沈黙が、部屋を満たす。
それは、一つの終わりを告げる静けさだった。




