第九十七話 「ディープ・パープルで、スピードキング」
イエローは壁際で縮こまってトラコだったモノに怯えながら、紫の炎の出だしのメロディーを何度も弾いて電流になろうとするが、いつものようには弾けずにいた。前に巨大な白いケルベロスを相手にしたときは、臆することなく上手く弾けていたので、余計不思議に思えた。
もしかすると、この怪物の正体がトラコだからこそ、怖いのかもしれない。先ほどはというと、怪物になる前のトラコや彼女のバンドメンバー達の前ではちゃんと弾けていたものの、トラウマとか恐怖というのはやっぱり残っていたのだろう。
彼は演奏後、トラコに対し「トラコっていう俺の中のトラウマに、もう勝てそうなんだ」とも言った。
まだ完全には勝てていないのだ。だから、怯えていつもの力を発揮できないのだ。
他方、トラコだったモノはイエローが弾けるようになる事なんて待ってくれず、だんだん大きく羽をはためかせて飛び掛かるための予備動作を始める。
このままだとイエローが電流になる前に羽毛にされると思い、いつモノが飛び掛かってきてもいなせるように、僕は再び赤の柄を構えた。
「イエロー、そのまま弾いてて。 僕が食い止めておくから」
「おっ、おう」
イエローが弾く曲を変えたのか、紫の炎とは違う雰囲気の、だけど恐怖におびえてよく分からないメロディーが聞こえたその瞬間、モノがまた飛びかかってきた。
「吾火衣炉!」
炎の旗のようにもなった赤の柄を何度も振り回しモノを退けようとする。しかしモノの方はというとさっきと違って後ろに下がらず、むしろ今度は翼を器用にはためかせて炎の旗をかわしては、僕の目の前へ何度も迫ってくる。その度に炎の旗をモノの前へはためかせるが、やはりかわされては、執拗なくらいに何度も眼前へ近づいてくる
このまま僕の腕が疲れ、赤の柄を振れなくなって羽毛にされるのは時間の問題だ。どうやらイエローがトラウマを完全に乗り越え、電流になれるかで命運が分かれることになりそうだが、そのイエローはというとやっぱり上手く弾けないままだった。怯えて手が震え、指を上手く動かせないようだ。
何とかしてイエローがトラウマを乗り越えるためにはどうするべきなのか、柄を振り回しながら必死に考えるが、どうも相手であるモノの猛攻がしつこくて仕方がなかった。
思わず心の中で舌打ちをついてしまったその時、思いついた。
「ねえイエロー! トラコっていうトラウマに、怯えさせられてるままでいいの?」
「へ?」
彼からすると突拍子も無いだろう言葉に対し、イエローは間抜けな声で聞き返すが、そんなのお構いなしに、僕は続ける。
「ずっと無視された上にギター壊されたのに、怖がるままで、何も怒らなくていいの?」
今度は、何も返ってこない。一瞬だけ後ろを振り返り、目の端で彼を見ると、胸に抱きしめているギターを見つめたまま眉間をピクつかせていた。
「怒ることさえもできずに、ギターで伝えられる思いが『怖い』だけになっちゃって、いいの!?」
そのまま僕はダメ押しにもう一言ぶつけ、普段ギターの表現力が高いはずの彼を奮い立たせる。
「ダメ、だな!」
イエローの勇気の言葉が後ろから響くとともに、彼がギターを構えたときにいつも鳴らす、弦を擦る音が聞こえてきた。
「おいトラコ、もうお前のせいで怖い思いだけするのはウンザリだ!
弦を素早くピロピロ鳴らしながら、彼の「怒り」が真っすぐ放たれた。
「聞きやがれ、ディープ・パープルで、スピードキング!」
すぐさま、突き進むようなイエロー歌声とギターのメロディーが後ろでぶちまけられた。




